「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第6巻「願い石の戦い」

前のページ

第11章 静かな夜

41.謁見

 ロムド城の謁見の間に、城に仕える大貴族たちが集まっていました。謁見の儀の最中です。

 四十年ほど前までは、謁見の儀は王宮の重要な日課でした。ディーラに在住するすべての大貴族が城に集まり、一人ずつが国王に挨拶をし、国王のことばを聞きます。大貴族と呼ばれる身分の者たちは二百名を軽く越えていたので、その儀をつつがなく行うだけで午前中の時間が完全に費やされました。場所も謁見の間では間に合わず、城の大広間が使われていたのです。

 今では謁見の儀は週に一度だけしか行われません。集まるのは純粋に城に仕える者たちだけで、一定以上の役職を持つ者に限られますが、その中には貴族の身分を持たない者たちも含まれています。人数は数十人程度です。一人ずつの挨拶を聞くような、余計な時間もかけません。全体に報告する必要のある者が話し、国王がその時々に重要なことを担当の者に質問する、非常に実質的な会議の場になっていました。

 この日の議題はこの夏、西部を襲った大干ばつの被害報告と、その対策事業の進行状況、北の街道に出没する盗賊団の話、王宮恒例の新年を祝う式典の計画、南方諸国で起きたクーデター未遂事件の報告などでした。一つ一つの報告や計画が、具体的に率直に、国王と臣下の間で共有されていきます。

 

 ところが、予定されていた報告がすべて終わり、質問もなくなって、謁見の儀が終了しようとしたとき、一人の初老の男が口を開きました。

「陛下、皇太子殿下は今、どこにおいででしょうか?」

 メンデオ公爵でした。皇太子の伯父に当たる、灰色の口ひげの貴族です。

 公爵の口調には厳しいものがありました。皇太子が金の石の勇者と城を旅立って、すでに五日がたっています。それなのに、国王がそれに関して一言も触れなかったことが不満だったのです。

 すると、国王ではなく、かたわらに控えていたユギルが答えました。

「殿下と金の石の勇者の一行は順調に進んでおられます。現在は西の街道をはずれて大荒野に入り、ジタン山脈を目ざしておいでです」

「順調と何故わかるのか! 勇者やその仲間どもが皇太子のお命を狙うとは、何故考えない!?」

 公爵の声はいっそう厳しくなりました。居合わせた家臣たちの間にざわめきが広がります。勇者たちが皇太子を暗殺する危険性を、公爵があからさまに口にしたからです。

 国王が玉座から穏やかにいさめました。

「義兄上、彼らは他でもない、金の石の勇者の一行ですぞ。皇太子に何事かするなどありえません」

「義兄などと呼ばれますな、陛下」

 とメンデオ公爵は以前にも言ったことを繰り返して、顔をしかめました。

「あなたの妻となった我が妹は、今はもう世にありません。私は今はただ、あなたの臣下でございます。ですが、オリバン殿下のことだけは、妹の血を受け継いだ我が甥だと思い、毎日案じております。陛下、今からでも遅くはございません。殿下をお助けするべく、軍隊の派遣をお願いいたします」

 謁見の間のざわめきは、いっそう大きくなりました。軍隊の要請とは、本当に穏やかではありません。

 すると、またユギルが口をはさみました。

「公爵、殿下とその一行のご様子はわたくしが毎日占盤で見守っております。皆様はつつがなく進んでおいでです。ご心配には及びません」

「だが、いざという時にロムド城にいては助けなど間に合わぬではないか! 占いは万能ではない! 何事か起きたとき、誰がその責任をとるというのか!」

 けれども、国王は静かにこう答えました。

「ユギルはこの国一番の占者です、義兄上。軍隊を差し向けるように、という占いの結果は出ておりません」

 公爵は顔を真っ赤にすると、口ひげを震わせて黙り込み、国王のかたわらのユギルをにらみつけました。

 

 それから半日ほど後。ディーラ市内のとある路地裏で、二人の男が話し合っていました。一人はごく普通の市民、もう一人は物乞いの姿をしています。市民風の男が、物乞いに金を与える格好をしながら、声を潜めてささやきました。

「皇太子の一行の目ざす先はジタン山脈でした。噂のとおりです。国王の占い師が明言したと連絡がありました」

 物乞いを相手にごく丁寧な口調です。

「では、あれがロムドにばれたのか?」

 と物乞いの男が聞き返します。

「いえ、そうではないようです。もしもジタンの秘密が知れていたら、国王はジタンを守るために軍隊を差し向けるはずです。今のところ、王にその気はないようです……」

「だが、いずれにしても、皇太子たちがジタン山脈に入りこむのはまずいだろう。やはり、絶対にこの道中で皇太子を始末しなくては」

「金の石の勇者もです。奴も我が国には邪魔な存在です」

 二人とも、非常に物騒なことを顔色も変えずに言っています。

 それから、物乞いの姿の男はありがたそうに深々と頭を下げ、もう一人は横柄にうなずいて見せ、何事もなかったような顔でそれぞれ別の方角へと去っていきました。皇太子と金の石の勇者。二人のロムドの要人を葬り去るために、しかるべき場所へ向かっていったのです。

 

 ロムド城の一室でユギルが黒い占盤を見つめていました。同じ部屋の中には、ロムド王と鍛冶屋の長のピランだけがいます。

 ユギルが静かに口を開きました。

「食いつきました。ついに敵が本格的に動き出します」

 金と青の色違いの瞳は占盤を見つめたままです。

「いよいよ真打ちの登場かね。まったく物騒なこった」

 とピランがまたぼやきます。ひきずるほど長いひげを手でしごいています。

 国王は深い瞳で占い師に尋ねました。

「彼らに関してはどう出ておる?」

「今のところは、勝利の女神は殿下や勇者殿の上にほほえむと出ております。ですが、それに安心してしまうことはできません。運命は巧妙で深いものです。なお油断なく見守ってまいります」

 国王はうなずきました。濃い灰色の瞳をじっと占盤に向けます。その視線を感じてユギルが目を上げ、すぐにまた目を伏せました。こんな緊迫した場面でしたが、思わず、そっとほほえみます。

 国王は占盤の上に、ユギルのように象徴を探そうとしていました。占いの力を持たない国王には見えるはずがない象徴です。その時、王は、公の場では決して見せることのない、一人の父親の顔をしていました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク