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第6巻「願い石の戦い」

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40.仲間

 「花たち!」

 メールの声が荒野に響きました。ざーっと音を立てて花が飛び、フルートの背後に集まります。

 風の牙をひらめかせて飛びかかってきたポチが、花の壁に激突しました。ばっと花びらが散り、ポチの体がそれていきます。

 皇太子は、自分に切りかかっているフルートへどなりました。

「きさま、正気か! 風の犬にやられるぞ!」

「あれはポチだ!」

 とフルートはどなり返しました。皇太子の剣を抑え込む剣に、いっそう力をこめます。

「絶対に、手は出させない!」

「首輪を切るだけだ! 殺すわけではない!」

 と皇太子がまたどなります。そう、風の首輪を切れば、風の犬は元の犬の姿に戻ります。それが闇の首輪に変化さえしていなければ、切られても命を失うということはありません。

 けれども、フルートは皇太子をにらみながら答えました。

「だめだ! あれはポチのお父さんの形見なんだ――!」

「馬鹿な!!」

 皇太子はまた大声を上げました。目の前にいるのは、本当に小さな少年なのに、その細い腕が握った剣は驚くほど重くて、皇太子にさえ払いのけられません。まるで、どこからか魔法で力が送られてきて、フルートの剣を支えているようです。

 

 そこへポチがまた襲いかかってきました。メールがまた花を呼び寄せます。

「こんちくしょう!」

 ゼンがわめきながらエルフの弓を構えました。ドラゴンの上のランジュール目がけて、また矢を放ちます。

「おっとっとぉ」

 ランジュールはドラゴンの羽ばたきで矢を返しました。口をとがらせて、地上のゼンを見下ろします。

「うっとぉしいよねぇ、キミたちって。ボクたちの勝負に首を突っ込まないでくれないかな。えぇと――ワンワンちゃん、こっちを先にやっつけちゃって!」

 とたんに、ポチが空中で向きを変えました。ごうっと一度上空に舞い上がってから、今度はゼンに狙いを定めます。

「ポチ!」

 子どもたちは思わずまた叫びました。

「馬鹿野郎、ポチ! 俺がわからねえのかよ!?」

 とゼンがわめきます。けれども、ポチの風の目は、何の反応もなく見下ろすだけです。「生意気野郎!」「単純ゼン!」と、じゃれるように悪口を言い合ってきたドワーフの少年に、ただ、冷たい殺気のまなざしを向けます。

「ポチ――!!」

 ゼンはまたどなりました。……本当は、ゼンの腕前なら矢でポチの首輪を断ち切ることもできます。でも、ゼンもやっぱりそんな真似をすることはできませんでした。ポチが自分の首輪をどれほど大切にしているか、知っていたからです――。

 うなりをあげてポチがゼンに飛びかかりました。

 メールがまた叫びます。

「花たち!」

 けれども、新たな花の壁は、たちまち風の犬に突き破られてしまいました。秋の終わりが近づく荒野。メールの呼びかけに飛んできてくれた花は、戦うのにはあまりにも数が少なかったのです。

 すると、フルートが突然皇太子から離れ、ゼンの前に飛び込みました。

 小さな体で精一杯に両手を広げ、飛びかかってくるポチに向かって鋭く叫びます。

「やめろ、ポチ!!」

 

 とたんに、ポチが空中で身をひねりました。ごうっと上空に舞い上がり、空の中で渦を巻きます。

「あれぇ?」

 ランジュールが不思議そうにそれを見上げました。

「どうしちゃったの、ワンワンちゃん。あんなおちびさんの命令なんか、きく必要はないんだよ。ほら、あいつを殺しておいでったら――」

 また強い念のこもった指をポチに突きつけ、ゼンをさし示して見せます。ワン、とポチは答え、またゼンに飛びかかっていこうとしました。

 フルートがまた叫びました。

「やめろ、ポチ!! 戻ってこい!!」

 これまでの優しく穏やかな口調とはうって変わった厳しい声です。聞く者の耳を強く打ちます。

 ポチがまた渦を巻き、ランジュールとフルートの間をぐるぐると飛び回り始めました。混乱して、どちらの命令を聞いていいのかわからなくなったのです。

 ランジュールは、ひどく面白くなさそうな顔になりました。

「やだなぁ。『元』飼い主のくせに、ボクのワンちゃんをとらないでくれる? あれはもう、ボクのワンちゃんなんだよ。ボクのかわいいペットさ」

 すると、フルートは強い声で答えました。

「ポチはペットなんかじゃない! 仲間だ! ぼくの弟なんだ――!」

「弟ぉ?」

 たちまちランジュールが吹き出しました。ドラゴンの上で腹を抱えて笑い転げ、笑いすぎて涙さえ浮かべた目でフルートを見ました。

「いやぁ、素敵な兄弟愛だなぁ。それじゃ、立派な兄ちゃんには、これをプレゼントしてあげるね」

 うふっ、と楽しそうに笑って、ドラゴンの頭を軽くたたきます。とたんにドラゴンは口を開け、フルート目がけて火を吹こうとしました。そのすぐ後ろには、ゼンも立っています。身をかわそうにも、とても間に合いません。

 ごぉぉ、と音を立てて、二人に巨大な炎の塊が襲いかかってきます――。

 

 と、その炎が、目の前でいきなり向きを変え、空に向かって立ち上り始めました。渦巻く炎の柱に変わります。

 ドラゴンの炎を巻き上げているのは、ポチでした。風の体に取り込み、ねじ曲げて、空へと吹き上げていきます。フルートとゼンに炎は届きません。

 少年たちは歓声を上げました。ファイヤードラゴンの炎が尽きます。

 最後の炎のかけらを空へ送ってから、ポチは振り返りました。笑うように、泣くように、白い風の瞳を大きく歪めながら、少年たちを見つめます。いつものポチの顔つきに戻っています。

 フルートは両手を広げて呼びかけました。

「おいで、ポチ――!!」

「ワン!」

 ポチは一声吠えると、まっすぐその腕の中に飛び込んでいきました。大きな風の犬の姿のまま、フルートに飛びつき、頭をすりつけます。フルートは、それをしっかりと抱きしめました。

 ゼンがランジュールに向かって勝ち誇った声を上げました。

「ざまぁ見ろ! ポチがおまえの手下になんかなるもんか! おととい来やがれ!」

「ちぇぇ」

 ランジュールは舌打ちをすると、またドラゴンの頭をたたきました。ばさり、と羽音を立ててドラゴンが宙に舞い上がります。

 とたんに、フルートも叫びました。

「行くぞ、ポチ!」

 風の犬のポチに飛び乗って、もうドラゴンに乗ったランジュールの目の前まで舞い上がっています。その手には炎の剣が握られていました。遠慮のない炎の一撃が飛んできます。

「ひゃあ」

 ランジュールは黄色い悲鳴を上げ、ドラゴンの上で首をすくめました。

「こりゃまずい。おちびさんを本気で怒らせちゃったみたいだな。ちょっと作戦変更。また出直してくるねぇ」

 あっという間に、魔獣使いはドラゴンもろとも姿を消していきました――。

 

 空から舞い下りてきたフルートとポチに、ゼンとメールが駆け寄っていきました。

「ポチ!」

「ポチ、良かったぁ!」

 子犬の姿に戻ったポチを抱き上げ、口々に話しかけ、小突いたりなでたりします。そんな様子を、フルートは黙ってほほえんで見ていました。

 すると、ポチがフルートを振り向きました。ポチは犬なので泣くことができません。けれども、この時、ポチの黒い瞳は涙で一杯になっているように見えました。

「フルート、ぼく、ぼく……」

 フルートはうなずきました。ただ黙ってゼンの腕からポチを受け取り、ぎゅっと強く抱きしめます。ポチは尻尾をちぎれるほどに振り、兜からのぞくフルートの顔を夢中でなめました。

 

 そんな子どもたちの様子を、少し離れた場所から皇太子が眺めていました。

 フルートもゼンもメールも笑顔です。子犬を囲んで大喜びしています。そんな彼らを見えない絆(きずな)が固く結んでいるのが、皇太子の目にも見えるようになってきていました。

 彼らは自分よりずっと年下の子どもたちです。それなのに、彼らは皇太子にはない、素晴らしいものを持っているのです。「仲間」という名の友だちを――。

 なんだか、何も言うことができなくなって、皇太子はただ立ちつくしていました。荒野を吹き渡ってくる風がマントをはためかせます。ひやりと肌に触れる秋風です。その手の中では、大きな剣が白く光っていました。

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