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第6巻「願い石の戦い」

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35.乱戦

 風の犬になったポチはフルートを背に乗せて飛び続けました。

 眼下の荒野にトカゲに乗った男たちがいます。全身黒いウロコに包まれていて、その上から袖なしの布の上着だけを着ています。腰には革のベルトがあって、大きな剣を下げ、弓矢や長い柄の斧を持っていました。頭上を飛び回るフルートたちを見上げる顔は、本当に、は虫類にそっくりでした。奇声を上げながらフルートへ矢を射かけてきます。

 それをかわしながら、ポチが言いました。

「ワン、リザードマンの体は鋼の鎧よりも丈夫だと聞いてますよ。どうしますか?」

 フルートは鋭い目で敵を見下ろし続けました。彼らが飛び立ってきた場所で燃え続けるかがり火は、巨大な炎の灯りをここまで投げかけています。揺らめく光と陰の中、トカゲ男たちが魔物のように見えます。

 フルートは答えました。

「乗り物を狙おう。低空飛行でトカゲに近づくんだ」

「わかりました」

 ポチは空で身をひるがえすと、また飛んできた矢をかわして、ごうっと急降下していきました。地面に激突する寸前で身をひねり、地をなめるようにしながら超低空飛行を始めます。フルートは炎の剣を構えました。飛びすぎざまに、大きなトカゲの脚に切りつけます。とたんに炎がわき起こり、トカゲが炎に包まれました。燃えるトカゲの背中からリザードマンがあわてて飛び下ります――。

「ワン、残念。巻き込めなかった」

 とポチがそれを見て言いました。

 とたんに、次のトカゲに切りつけようとしていたフルートの動きが止まりました。燃え上がるトカゲに巻き込まれて焼け死ぬ敵の姿が思い浮かんで、一瞬ためらってしまったのです。すぐに我に返って剣をふるいましたが、タイミングがずれて、剣は空振りしてしまいました。

 リザードマンの奇声が上がりました。彼らのことばはフルートたちにはわかりません。すると、行く手で別の男が長い斧を構えました。かわそうとするポチ目がけて振り回してきます。斧の刃先がフルートを直撃しそうになります。

 フルートは、とっさに左腕をかざしました。魔法のダイヤモンドで強化された盾で、がっきと斧を受け止めます。

 とたんに、激しい痛みが胸に走りました。背中へ突き抜けていって、息が止まりそうになります。ひびが入った肋骨に響いたのです。フルートは思わず胸を押さえてうずくまりました。

「ワン、フルート!?」

 ポチが驚いて叫びました。そこへ、また別のリザードマンが斧で切りかかってきます。ポチが身をよじってかわそうとしたとたん、その背中でフルートがバランスを崩しました。そのまま地上に転落してしまいます――。

 

 地面にたたきつけられて、フルートはまたすさまじい痛みに襲われました。苦しくて息ができません。倒れたまま、胸を抱えてうめきます。

 そこへ、リザードマンたちがいっせいにむらがり、斧や剣を振り下ろそうとしました。フルートは動くことができません。

 すると、そこへ馬が飛び込んできました。背中に乗った大きな男が、馬の蹄と剣で、あっという間にリザードマンを散らします。皇太子でした。

「きさまは馬鹿か! 無謀にもほどがあるぞ!」

 と倒れているフルートにどなりながら、大剣を風車のように振り回します。トカゲたちはいっそう後ずさり、一人の男が剣の直撃を食らって落ちました。そのまま動かなくなります。

 風の犬のポチがフルートに飛びつきました。

「ワンワン、フルート! フルート……!」

 そこへゼンも駆けつけました。斧で風の犬ごとフルートをまっぷたつにしようとしていたリザードマンへ、走る馬の上から飛びかかっていきます。

「この野郎!」

 リザードマンを一撃でトカゲの上からたたき落とし、さらに、牛よりも大きなトカゲを高々と持ち上げて投げつけます。

 その間にポチは必死でフルートの下に潜り込み、背中の上へフルートの体を乗せました。体を動かされると、またフルートが苦しそうにうめきました。やっぱり怪我をしているんだ――とポチは考えました。

 

 荒野は乱戦状態でした。

 必死でフルートを運び出そうとするポチに、またリザードマンが襲いかかってきます。馬に乗った皇太子がその前に立って敵を切り伏せます。別のリザードマンのトカゲがフルートにかみつこうとします。その大きな顎をゼンが、がっきとつかみ、背中のリザードマンごとひっくり返して、地面にたたきつけてしまいます。

 すると、ふいにメールの声が響きました。

「危ないっ!」

 ざーっと雨の降るような音と共に、花の群れが流れてきて、皇太子の背後に集まりました。いつの間にか忍び寄っていたリザードマンに崩れるように襲いかかっていきます。リザードマンは地面に倒れ、花から伸びてきた蔓に絡みつかれて悲鳴を上げました。――花の蔓は丈夫なウロコの隙間から侵入して、リザードマンの体に直接食い込んだのです。

 ところが、花を操るメールにまた別のリザードマンが襲いかかってきました。細身の少女をあっという間に押し倒し、手にしたナイフを突き刺そうとします。少女が思わず悲鳴を上げます。

「メール!!」

 皇太子とゼンが同時に叫びました。駆けつけようとしますが間に合いません。

 すると、その後ろからつむじ風のようなものが飛び出していきました。フルートです。負傷して動けなくなっていたはずの彼が、ポチと一緒に突進し、ポチの背中からメールを襲っていた男に飛びつきました。そのままもつれ合い、地面を上になり下になり転がっていきます――。

 

 フルートはリザードマンと胸の痛みの両方と格闘していました。左の脇腹に近い胸から背中にかけて、強烈な痛みが走り抜けていきます。痛みで息が詰まりそうになり、左腕に力が入りません。地面を転がる勢いが止まったとたん、フルートはあっという間にリザードマンに組み敷かれてしまいました。

 リザードマンのナイフが、遠くのかがり火を返してぎらりと赤く光りました。フルートはとっさに左腕の盾を構えようとしました。が、痛みで腕が動きません。

 ナイフの刃先が、左の肘の内側に突き刺さりました。そこは太い血管が体の浅い場所を走る急所です。そして、鎧の防御力が一番弱まっている場所でもありました。

 腕の内側を切り裂かれて、フルートは悲鳴を上げました。大量の血が吹き出します。

「フルート!!」

 メールが悲鳴を上げて立ちすくみました。ポチが猛烈なうなり声を上げて渦を巻きます。あっという間にフルートの上から敵を吹き飛ばし、周囲にいたすべてのリザードマンとトカゲに襲いかかって、次々と牙を突き立てていきます。二匹のトカゲが絶命し、リザードマンたちも傷を負いました。怒りに充ちたポチの牙は、彼らのウロコよりも強力だったのです。

 リザードマンたちが奇妙な声を上げました。生き残ったトカゲに飛び乗ると、あっという間に荒野の彼方へ逃げ去っていきます。皇太子が後を追ってとどめを刺そうとしましたが、それを振り切って、闇へ姿をくらましました。

 

「フルート――!!」

 ゼンが真っ青になって駆け寄りました。フルートは地面に倒れたまま、右手で左の腕を押さえています。どんなに強く押さえても、傷からあふれる血が止まりません。ゼンはフルートの籠手を引きむしるように外し、自分の服の裾を引き裂いて傷を縛り上げました。その布がみるみるうちに紅く染まっていきます。リザードマンのナイフはフルートの大静脈を切り裂いていました。そんなことくらいで血が止まるはずはなかったのです。

「フルート! フルート!」

「ワンワン、フルート――!!」

 メールとポチは半狂乱でした。どうしたらいいのかわかりません。彼らの目の前で、フルートがどんどん弱っていきます。

 そこへ、馬を返して皇太子が戻ってきました。血を流して倒れているフルートと、パニックになっている子どもたちを見て、いぶかしい顔をします。

「何をそんなにあわてている。金の石を使って治せば良いだろう」

 どん! とゼンが拳を地面にたたきつけました。すさまじい目で皇太子をにらみつけます。

「それができるくらいなら、こんなにあわてるか――。金の石は眠ってるんだよ! 癒しの力は使えないんだ!!」

「なに!?」

 皇太子は仰天しました。驚いた拍子に思わず口走ります。

「それであれほどの無茶をしていたのか? おまえは馬鹿か!?」

「なんだとぉ――!!」

 ゼンが逆上して皇太子に飛びかかろうとしました。が、とたんに、フルートに腕をつかまれました。ゼンを抑える手は血にまみれています。

「やめろ、ゼン――。ぼくは――」

 ぼくは大丈夫だよ、とフルートは言おうとしたのかもしれません。けれども、その時、フルートの手が力なくゼンの腕から滑り落ちました。金の鎧を着た小柄な体が、地面の上で動かなくなります。

 メールが泣き叫ぶような悲鳴を上げました。ゼンとポチがフルートに飛びつきます。いくら呼んでも、フルートは目を開けません。その顔は青ざめきっています。

 大量の出血と痛みで、フルートは気を失ってしまったのでした――。

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