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第6巻「願い石の戦い」

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34.制限

 すっかり日が暮れました。

 今日は空全体を雲がおおっているので、月は見えません。薄ぼんやりと光る空の下、たき火を囲んでフルートとメール、ポチ、皇太子が立っています。

 ゼンがなかなか帰ってこないので、彼らは先に食事にすることにしました。フルートが荷物の中から携帯食を取り出して仲間に配ります。皇太子は自分が持っていた食料を出しました。火を囲みながら全員で黙々と夕飯を取ります。

 すると、メールが口を開きました。

「ねえさぁ、あたい、ずっと不思議だったんだけどね――」

 話しかけている相手は皇太子です。なんだ、とぶっきらぼうに皇太子は返事をしました。

「フルートが着てる、この鎧、なんであんたは着なくなっちゃったわけ? 今でこそ、だいぶガタが来てるけどさ、あんたが使ってた頃はまだまだ丈夫だったんだろ? あらゆる攻撃は防ぐし、たたきつけられても平気だし、暑さ寒さも防ぐし――こんな便利な防具はまずないと思うんだけど」

 フルートとポチも、思わず皇太子を見ました。それは、彼らも不思議に思い続けていたことだったのです。

 これは魔法の鎧兜です。重さは普通の布の服程度しか感じないし、鎧のパーツとパーツの間は見えない魔法で守られているので、下に重い鎖かたびらを着る必要もありません。軽いおかげで、自在な身動きができます。丈夫さや、暑さ寒さを防ぐ力については、メールが言ったとおりです。たった一箇所、面おおいをつけられない顔の部分が弱点なだけで、それ以外には非の打ち所のない、いいことずくめの防具だったのです。

 すると、皇太子が意外そうな顔でメールを見返しました。

「見ただけでわからんか。私が着るには小さくなりすぎたからに決まっている」

「え、だって――」

 子どもたちはとまどいました。魔法の鎧兜は着る者の体の大きさに合わせて伸縮します。今は小柄なフルートが着ているから、このくらいの大きさですが、もっと大きくなることだってできるのです。

 すると、その表情を見回して、皇太子の方が目を丸くしました。

「なんだ、知らなかったのか……? その鎧には年齢制限があるんだ。子ども用なのだ」

 

 子どもたちは驚きました。

 フルートが思わず声を上げます。

「殿下、年齢制限って、どんな――!?」

「正確には、身長制限か」

 と皇太子が答えます。

「それは、いくらでも小さくなることはできる。試したことはないが、おそらく一、二歳の幼児であっても着ることはできるだろう。だが、大きくなる方には限界があるのだ。使ってある金属の量が決まっているから、それを超えた大きさにはなれないのだと聞いている。私はその鎧を三歳の頃から使い始めたが、おまえくらいの年の頃にはそろそろ窮屈になってきて、十四の年に、とうとう着られなくなってしまったのだ」

 フルートは声が出ませんでした。フルートはあと二ヶ月で十四になります。まもなくこの鎧が着られなくなってしまうのでしょうか……。

 すると、皇太子が続けました。

「まあ、私は人より体が大きかったからな。おまえならば、もっと長く着ていることはできると思うが」

 と小柄なフルートを見て笑います。フルートは複雑な顔で鎧を眺めました。いつか、この鎧が着られなくなる時が来る――。それも、自分が大きくなってしまった時に。予想もしていなかった事実に、思わずうろたえてしまいます。

 そんなフルートを見て、皇太子がまた言いました。

「だから、防御の基本をきちんと身につけろと言っているのだ。いつまでも魔法にばかり頼って戦い続けることはできないのだぞ」

 フルートは何も言えませんでした。仲間の子どもたちも、声もなく金の鎧の少年を見つめてしまいます。その胸の中をよぎっていくものは、皆同じでした。いつかきっと来るデビルドラゴンとの決戦。その時に、フルートはこの鎧を着ていることができるのだろうか……と彼らは考えてしまったのでした。

 

 すると、暗くなった荒野から馬の蹄の音が聞こえてきました。ゼンがようやく戻ってきたのです。

 とたんに、フルートと皇太子は顔色を変えて立ち上がりました。ゼンの馬は全力疾走しています。暗くなった中をこんな走り方をしてくるのは、ただごとではありません。

 それを証明するように、ゼンの声が響いてきました。

「急いで火を消せ! 敵だ――!」

 メールも顔色を変えて立ち上がりました。ポチが一瞬で風の犬に変身し、目の前のたき火に飛びつきます。風の体で火を包み込み、あっという間に消してしまいます。

 皇太子は少し離れた場所で燃えていた自分のたき火へ走りました。火のついた薪を蹴って火を消そうとします。すると、その鎧の背中に、カーンと音を立てて何かがぶつかりました。皇太子は一瞬で火のそばから飛びのくと、兜の面おおいを引き下ろしました。荒野の彼方から矢が飛んできて皇太子に当たったのです。もちろん、ゼンの矢ではありません。

 ゼンの馬が駆けつけてきました。ドワーフの少年が息を切らしながらどなります。

「見たことのないヤツらだ! まるでトカゲみたいな顔をしていて、本物のでかいトカゲに乗ってやがる! 七、八人いるぞ!」

「リザードマンだ」

 フルートは厳しい声になって背中から剣を抜きました。

「国境を越えたザカラス高原に住む辺境民族だよ。ものすごく――凶暴なんだ」

「リザードマンか」

 と皇太子も駆け戻ってきて言いました。手にはすでに自分の大剣を握っています。

「奴らがロムドに現れるのは珍しい。おそらく刺客だな。奴らもトカゲも闇の中で目が見える。用心しろ」

 言っている間にも暗い荒野から矢が飛んできていました。たき火を消したのに、確かに、その矢は彼らを狙っていました。夜目のきくポチが舞い上がって、風の体で矢をたたき落としました。

「こんちくしょうめ!」

 ゼンが馬上でエルフの弓を構えて矢を放ちました。白い矢が夜の闇の中に吸い込まれるように飛んでいったと思うと、彼方から悲鳴が伝わってきました。ゼンの矢が敵に命中したのです。

「ワン、弓を持ったヤツがトカゲから落ちましたよ」

 感心するようにポチが言いました。けれども、ゼンとポチ以外の者たちに戦況は見えません。今夜、空は曇っていて月もなく、荒野を見通すには暗すぎたのです。

 

 フルートは一瞬唇をかんで考え込むと、すぐに振り返りました。少し離れた場所で燃え続けている皇太子のたき火へ駆け出します。フルート!? と仲間たちが驚きました。

 フルートは走りながら炎の剣の剣帯を外し、背中から鞘を引き下ろしました。たき火のわきに鞘を置きます。

 とたんに、ごうっと大きな音を上げてたき火の炎が大きくなりました。めらめらと燃え上がって巨大な炎の塊になり、空も焦がすほどの勢いで燃え出します。赤い炎の光に、夜の荒野が明々と照らし出されます。

「見えた!」

 とメールが荒野の向こうを指さして叫びました。巨大なかがり火の光を受けて、荒野の向こうからトカゲに乗って走ってくる男たちの姿が、闇から浮かび上がったのです。馬と同じくらいの速度です。トカゲの上から弓を構え、彼らに向かって矢を放ってきます。

「下がれ、メール!」

 皇太子がどなりながら盾を構えて飛び出しました。メールを狙っていた矢が盾にはじき返されます。

 フルートが呼びました。

「ポチ!」

「ワン!」

 風の犬がたちまちフルートに駆けつけます。フルートはポチの背中に飛び乗ると、リザードマンに向かっていきました。

「馬鹿者! 早まるなと言っているだろう――!」

 皇太子の声が追いかけてきましたが、フルートは止まりませんでした。まっしぐらに敵に向かっていきます。そんなフルートに向かって、次々と矢が射かけられてきます。

 ゼンはまた弓を構えました。狙いをつけて、百発百中の矢を放ちます。弓を持った男がまた一人、トカゲから落ちました。ところが、男は地面を転がったと思うと、またすぐに立ち上がって、戻ってきたトカゲに飛び乗りました。

 ゼンは、ちっと舌打ちしました。

「矢が刺さらねえぞ。鎧を着てるようには見えないのに」

「リザードマンは全身を堅いウロコでおおわれているのだ。なかなか攻撃を受けつけないぞ」

 言いながら、皇太子がピイと高く口笛を鳴らしました。たちまち暗い荒野から馬が駆けてきます。その背中に皇太子は飛び乗りました。

「あの無鉄砲を連れ戻してきてやる」

 と言い残すなり、駆け出します。

 ゼンはうなりました。

「あいつは無鉄砲なんかじゃねえ」

 仲間の彼らにはフルートが考えていることがよくわかります。リザードマンの狙いが金の石の勇者の自分なのを承知していて、他の仲間たちに攻撃のとばっちりが行かないように、自分だけが飛び出して敵を引きつけているのです。それが、フルートという少年でした。いつだって、仲間たちを守るために矢面に立ち、自分から最前線に飛び出して行ってしまうのです――。

「花たち!」

 メールが暗い荒野に呼びかけていました。

 ゼンは馬の脇腹を強く蹴り、皇太子の後を追って、フルートの方へ駆け出しました――。

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