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第6巻「願い石の戦い」

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26.伯爵

 フルートたちが暗闇の林の中で襲撃を受けた翌日、王都ディーラの一角にある屋敷で、灰白の髪の老人が一人の人物と会っていました。老人はキーレン伯爵。フルートを亡き者にしようと画策する三人の貴族の一人です。

 その前に静かに立つ人物は、暗い灰色の衣を着ていました。小柄で、まるで暗い影が部屋の中にたたずんでいるように見えます。部屋には二人の他には誰もいませんでした。人払いをしたわけでもなく、屋敷の中には家人が動き回る気配がしているのに、不思議なほど、誰もこの部屋には近づいてきません。魔法のしわざでした。

「エボルドの刺客たちが、金の石の勇者を暗殺するのに失敗したようですな」

 と暗い衣の人物が言いました。年を取った男の声ですが、キーレン伯爵よりはいくらか若いようでした。

 伯爵は苦い顔になりました。

「またシーラ子爵の先走りだな……。性懲りもない」

「あの者たちは、一度暗殺の指示を受けると、命令を遂行するまで狙い続けるのです。ですが、どうやら、そんな彼らも徹底的に撃退されたようですな。皇太子が首領を倒したという話です」

「殿下が金の石の勇者を助けてどうする。自分を殺そうとする毒蛇を罠から逃がしてやるようなものだぞ」

 と伯爵は頭を振りました。ますます苦い顔になっています。

 影のような男は言い続けました。

「マミルの町では、食事に混ぜられた毒を犬が見抜いたようです」

「こちらはスロウズ伯爵か。いや、やっぱりシーラ子爵のしわざか? スロウズ卿が同じ過ちを何度も犯すとは考えられんな」

「みどもには何とも。なにぶん、占い師ではございませんので」

 

 キーレン伯爵は小柄な男の顔を見ました。フードの奥に青白く光る二つの目があります。この世のものでありながら、この世のものでないような、得体の知れない不気味さを宿しています。

 伯爵はうなずきました。

「間もなく勇者たちは西の街道を離れて荒野にはいる。そのときこそ、おまえの出番だ。金の石の勇者の息の根を止めよ」

「仰せのままに、殿。ですが、みどもはもう老体でございます。今回の仕事はうちの若い者に任せようと思います」

「誰だ?」

「ランジュールでございます。あの男の能力は、みどもを超えましたので」

「よかろう」

 伯爵は鷹揚にまたうなずくと、厳しい目を部屋の壁に向けました。そこには、国王一家を描いた肖像画が飾られていました。賢王ロムド十四世と、王妃、皇太子と二人の王女です。この絵は何年か前に描かれたものなので、上の王女はすでの別の国へ嫁いで、今はもうロムドにはいません。下の王女はまだ幼くて、両腕に小さなぶちの子犬を抱きしめています。皇太子も、絵の中ではまだ少年の面影をしていました。

「王室の安定こそ、国家の安定。正当な王が王位を継ぎ、四百年にも及ぶ王室の歴史を守ることこそが、ロムドの平和と繁栄を約束するのだ。王室の伝統は守られねばならん」

 誰に向かってということもなく、伯爵はつぶやきました。自分は絶対に正しいのだと、かたくななまでに信じる者の、強さと狭量さが声ににじみ出ていました。

 

 けれども、影のような男は何も言いませんでした。キーレン伯爵は昔からの彼らの常連客です。彼らとしては大義名分などどうでもよく、ただ雇い主の希望どおりに、標的になった人物をこの世から消し去るだけだったのです。

「酒でも一杯飲んでいくか?」

 と老伯爵が言いました。皮肉を込めた目と口調を男に向けています。とっとと行って仕事にかかれ、と言っているのです。

 男はうやうやしく頭を下げました。その暗い灰色の姿が、かき消すように見えなくなります。

「ふん」

 魔法使いを見送った伯爵は、また壁の絵を見上げました。国王一家の絵の隣にかけられた、立派な額の絵に目を向けます。それは、先王ロムド十三世の肖像画でした。華やかな宮廷生活と圧倒的な軍事力を誇った時代の国王です。

 その絵へ、老伯爵は話しかけました。

「陛下はあまりに早くお逝きになられた……。ロムドの強大さを世界に知らしめる前に。陛下の夢は、わたくしの命のあるうちに、必ずやこの中央大陸に実現させてみせましょう」

 先王は黒い鎧をまとい、豪華なヒョウの毛皮のマントをはおっていました。兜からのぞく顔には、オリバン皇太子に似た面差しがあります。王宮の伝統を次々と無視して作り変え、ただこざかしい知恵と舌先だけで隣国と和平を結ぶ現国王とは違い、実に立派な姿をしています。

 伯爵は深々と肖像画に頭を下げました。

 先王が逝去して五十年あまり。けれども、この老貴族が心の中で仕えているのは、今でも、威風堂々とした、先王ロムド十三世ただ一人なのでした――。

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