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第6巻「願い石の戦い」

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25.戦闘

 皇太子が二人の刺客と戦っていました。暗い林の中、剣と剣とがぶつかり合い、激しい音を立てています。噂のとおり、皇太子は戦士としても一流でした。二人の男たちと同時に切り結び、勢いで押していきます。

 すると、皇太子の背後の藪に別の男が忍び寄ってきました。木陰から弓矢で皇太子を射ようとします。鎧の隙間に突き刺さるよう先が細く鋭く削られた、鎧通しと呼ばれる矢です。

 ところが、男が矢を放とうとした瞬間、その目の前に少年が降ってきました。金の鎧を身にまとっています。闇の中、剣が銀にひらめいたと思うと、鎧通しの矢はまっぷたつにされていました。

 ウォン! オンオン!

 ポチが激しく吠えながら上空から舞い下りてきて、風の牙で男にかみつきました。男が悲鳴を上げて倒れます――。

「殿下!」

 フルートは皇太子に駆け寄りました。そのまま、皇太子と並んで戦おうとします。

「助太刀など無用だ」

 皇太子はそう言うなり、目の前の男を横なぎにしました。男が大きく飛びのいてかわします。

 その隙にもう一人が皇太子の後ろに回って、がら空きの背中に切りつけようとしました。その剣にフルートの剣がぶつかりました。華奢にさえ見える細い腕で、がっちりと敵の一撃を受け止めます。

「む?」

 男が意外そうな声を上げました。力ずくで切り伏せようと思うのに、フルートの剣がびくともしないのです。フルートと剣をあわせたまま押し合いになっていると、その背中に白い矢が突き刺さりました。男がうめき声を上げて倒れます。

「ゼン!」

 フルートは歓声を上げました。少し離れた林の中に、大きなエルフの弓を構えた親友のシルエットが立っています――。

「手助けなど必要ないと言っている!」

 皇太子はうなるように言うと、飛びのき続ける敵に剣をまた振り下ろしました。とたんに大きな悲鳴が上がり、敵が地面に倒れました。

 

 空からポチが言いました。

「ワンワン、残る敵は四人ですよ! あちこちに隠れてます!」

 まっしぐらに舞い下りてくると、藪の中に隠れていた男に飛びかかります。男はサルのような勢いで藪から飛び出すと、そのまま、そばにいたゼンに飛びかかりました。不意を突かれたゼンを地面に押し倒し、馬乗りになります。倒れた拍子に、エルフの弓がゼンの手から離れます。

 男が笑いました。

「どうだ動けまい、坊主」

 太い腕でゼンの肩を押さえ込んだまま、もう一方の手に握っていた短剣を突き立てようとします。

 ところが、次の瞬間、男は目を見張りました。身の丈が二メートル近い大男でしたが、その巨体がみるみるうちに宙に持ち上がっていくのです。ゼンが、片手で男を差し上げながら立ち上がっていきます。

 仰天してあわてふためく男に、ゼンはつまらなそうにいいました。

「あのなぁ、おっさん。ドワーフ相手にあんまり間抜けなセリフを言うなよな。人間に俺が押さえ込めるわけないだろうが」

 ゼンは完全に立ち上がりました。軽い手の動きで男を宙に放り上げると、落ちてきたところをまた片手で受け止めます。男が盛大な悲鳴を上げます。ゼンはにやりと笑うと、アンコールにもう一度放り投げようとしました。

 すると、そこへ黒い虫の群れのようなものが音を立てて飛んできました。ゼンの体の周りを取り囲みます。ゼンは、驚いた拍子に男を取り落とし、男は地面に激突して、そのまま気を失ってしまいました。

 ゼンを取り巻いたのは小さな花たちでした。周囲で激しく渦を巻き、流れる水のような音を立てます。すると、その中に一本の矢が鋭く飛び込んできました。ゼンを狙って放たれた矢です。花の流れに巻き込まれ、あっという間に折れて地面に落ちます――。

「あんまり調子に乗ってるんじゃないよ、ゼン。油断してるとやられるよ」

 そう言いながら、メールが林の奥から出てきました。両手を高くかざして、花を操り続けています。視力が戻ったのです。

 ちぇ、とゼンが舌打ちしました。

「見えるようになったら、とたんにまた元通りか? おまえ、さっきの方が素直でかわいいぞ」

「どうせあたいは素直でもないし、かわいくもないさ」

 メールはゼンに向かって思い切り顔をしかめて見せると、また両手を振りました。

「さあ、お行き、花たち! 隠れてる奴らを追い出すんだ!」

 とたんに、花の群れはゼンから離れ、そっちこっちの藪へと飛んでいきました。藪の中から悲鳴が上がり、三人の男たちが次々に飛び出してきます。まるで蜂の大群を追い払おうとするように、激しく両腕を振っています。花は刺客たちを見つけると、いっせいに襲いかかって、細い茎を伸ばし、男たちの体に突き立てようとします。蜂よりももっとやっかいな襲撃だったのです。

 ゼンがあっという間に地面から弓を拾い上げ、弓を持っていた男へ矢を放ちます。背中に矢を受けて男がうめいたところへ、空からポチが急降下して、地面にたたき伏せてしまいます。

 残りの二人はフルートと皇太子の方へ走りました。矢に狙われているときには混戦状態にもつれ込むのが得策と、プロの刺客たちは知っているのです。

 ところが、味方がすぐ近くにいても、ゼンはまた矢を放ってきました。暗闇の中だというのにためらうことさえありません。――ゼンのエルフの弓矢は狙ったものを決して外しません。しかも、ドワーフのゼンにとっては、星明かりさえあれば昼間と同じくらいあたりが見えているのです。矢が一人の男の肩を貫きました。

 

 肩を射抜かれた男は、それでも、残る一本の腕で剣を振りかざし、フルートに切りつけました。もう一人の男は大剣で皇太子に切りかかっていきます。それは、以前馬車のそばで戦ったとき、ゴーリスと互角に切り結んでいた刺客の首領でした。猛烈な切り合いが始まります。

 

 フルートは歯を食いしばりながら敵の剣を受け止め、切り返していました。

 すっかり暗さに慣れた目には、戦っている相手の顔がはっきり見えています。口元を黒い布でおおっているので顔の上半分しか見えませんが、それでも、相手がまだ若いのはわかりました。左肩を負傷しているのに、驚くほどの正確さで、フルートの急所を狙ってきます。

 フルートは飛びのくように離れ、隙を狙って剣を構えなおしました。男が低く低く身構えます。まるで地面にはいつくばる大きな蜘蛛のようにも見えます。

 と、男は低い姿勢のまままた飛びかかってきて、フルートの足下に切りかかりました。手にした剣で、思い切りフルートの足首をなぎ払います。もちろん、魔法の鎧に守られたフルートは怪我ひとつしません。ただ、その剣に足をすくわれました。フルートが仰向けに倒れます。

「フルート!!」

 ゼンとメールが叫んだのが聞こえました。上空からポチの吠える声も聞こえます。助けようにも、誰の助けも間に合いません。若い男の剣がフルートのむき出しの顔を貫こうとします。

 ところが、そのとたん、男がうめきました。胸から鋭い剣の切っ先が突き出ています。男が血しぶきをまき散らしながら倒れていきます――。

 血に濡れて黒く見える大剣を手にした皇太子が、その後ろに立っていました。フルートを殺そうとした男を、後ろから刺し殺したのです。倒れたまま呆然としているフルートを見て、ふん、と鼻で笑います。

 皇太子の剣の勢いに一度退いた首領が、再び皇太子に切りかかってきました。おそらく、今回の襲撃に失敗したら、もう後がないのでしょう。他の仲間たちは一人残らず倒れたのに、しつこいほどに攻撃をあきらめようとしません。

 皇太子の剣が首領の剣を大きく払いました。首領が思わずよろめきます。首領は体の大きな男ですが、皇太子はそれを上回って立派な体格をしています。そこから繰り出される剣は力に充ちていました。

 皇太子は刀を返し、ためらうことなく首領の首に振り下ろしました。肉と骨を断つ鈍い音が響き渡り、男の頭が宙を飛びます。短い断末魔の悲鳴が、暗がりに吸い込まれていきます――。

 リーダーが殺されたと知って、他の仲間たちがあわてて引き上げを始めました。馬を呼び戻す口笛が吹き鳴らされ、駆け戻ってきた馬にはい上がると、皆ほうほうのていで逃げ去ります。後には、皇太子が切り殺した二人の男の死体だけが残されます。

 

 「隙だらけだな。これで金の石の勇者とは、聞いてあきれる」

 と皇太子が座りこんでいるフルートに言いました。あざ笑うような声です。

 けれども、フルートは返事ができませんでした。近くに飛んできた首領の首を、目を見張って見つめるばかりです。ついさっきまで生きて皇太子と切り結んでいた男が、今は頭だけになり、何も映さなくなった瞳をかっと見開いています。まるでフルートをにらみつけているようです。

 ゼンとメールが近づいてきました。空からはポチが舞い下りて子犬の姿に戻ります。他の子どもたちも、地面に倒れて死んでいる男たちを声もなく見つめていました。

 その様子に、皇太子がいぶかしそうな顔になりました。

「何をそんなに驚いているのだ。初めて死体を見たわけでもあるまいに」

 けれども、子どもたちは誰も返事をしません。

 皇太子はますます不思議そうな表情になり――次の瞬間、事実に気がついて、愕然としました。思わず声を上げます。

「おまえたち、まだ人を殺したことがないのか!? まさか!!」

 フルートは皇太子を見ました。青ざめきったその顔は、皇太子のことばをはっきり裏づけていました。

 皇太子は呆気にとられました。それ以上質問することもできなくなって、思わずつぶやいてしまいます。

「それで、どうやってここまで戦ってきたというのだ……冗談だろう……?」

 

 暗闇に沈む林の中、ケーッと鳥の声が闇を裂いて響き渡りました。

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