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第6巻「願い石の戦い」

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24.暗闇

 西の街道から少し離れた林の中で、フルートたちは身構えていました。

 たき火の炎が燃え続けています。炎の灯りが届く外は真っ暗闇です。ゼンがつぶやきました。

「まずいな。暗がりに潜まれたら敵が見えねえぞ」

 メールは林の中の気配を懸命につかもうとしていました。たくさんの馬の蹄の音が近づいてくるのが聞こえます。五頭、六頭……もっといるのかもしれません。闇に沈む林の中を、ためらうこともなく走ってきます。

 同じく音のする方を見ながら皇太子が言いました。

「闇走りの馬だな」

「闇走りの馬?」

 フルートは聞き返しました。

「暗がりの中でも走れるように訓練されているのだ。普通の馬より夜目が利く。暗殺集団や盗賊がよく使う馬だ」

 話しながら、皇太子は両手に握っていた大剣を左手に移し、鎧の胸元から何かを取り出しました。蹄の音はもうすぐそこまで迫っています。

 とたんに、皇太子の声が響きました。

「目をつぶれ!」

 何かを行く手の地面にたたきつけます。激しい光が突然あふれ出し、林の中を真昼のように照らし出します。馬がいななき、蹄の音が乱れました。

 閃光が林を照らしたのは一瞬でした。次の瞬間には、光は吸い込まれるように消えていってしまいます。

 けれども、暗闇でも走れるほど目の良い馬たちは、突然の光に目を焼かれ、パニックに陥って大暴れしていました。刺客たちがあわてて馬をなだめる声が聞こえてきます。そちらへ向かって、皇太子は飛び出していきました。手に大剣を握りしめています。

 すると、それにフルートが追いついてきました。やはり手にロングソードを握っています。ほう、と皇太子が横目で見ました。

「ちゃんと目をつぶったのか。感心だな」

「光玉なら、以前友だちが使ったのを見たことがありましたから」

 とフルートは答えました。光玉とは、地面にたたきつけて強い光を生む魔法の道具です。閃光をまともに見ると、目がくらんで、五分間ほど何も見えなくなってしまいます。

 そこへ、後ろから風の犬のポチがうなりをあげて飛んできました。やはり、光玉が破裂した瞬間に目をつぶっていたのです。フルートに並ぶと、ワン、と吠えました。

「乗ってください、フルート! こいつらはディーラに向かう途中で襲ってきたのと同じ集団です! メンバーはかなり入れ替わってるけど、あの時の失敗を取り返そうとしてるんですよ!」

「よし!」

 フルートは風の犬の背中に飛び乗ると、ぐんとスピードを上げて林の奥へ飛んでいきました。ちっ、と皇太子が悔しそうな表情に変わります――。

 

 たき火のそばにうずくまって、メールがわめいていました。

「ちきしょう! ちきしょう! こんな馬鹿なことって――!!」

 泣きながら怒り、片方の拳で自分の膝を殴り続けています。もう一方の手は両目をおおっています。突然輝いた光玉をまともに見てしまったのです。目の奥が焼かれたように真っ白になっていて、何も見ることができません。戦士にあるまじき失態でした。

 すると、すぐそばからゼンのぶっきらぼうな声が聞こえました。

「わめくな、馬鹿。敵に気づかれるぞ。俺たちは火のそばにいるんだ。矢を射かけられたら一発だぞ」

「ちきしょう!」

 メールはまた泣きながら膝をたたきました。何もできません。目が見えなくては、得意の花使いさえできないのです。情けなさに涙が止まりませんでした。

 すると、ふいにかたわらのゼンが緊張した気配がしました。メールに身をかがめ、幅広い手で口をふさいでしまいます。

「黙れ。敵が来るぞ……」

 林の中を人が走ってくる気配がしていました。彼らのたき火の明かりを目印に近づいてくるのです。ゼンやフルートたちと同じように、敵もとっさに目をつぶって閃光をやり過ごしたのに違いありません。

 ゼンがあたりをうかがうように沈黙し、やがて、メールにささやきました。

「ここを離れるぞ。おとなしくしてろよ」

 言うなり、メールの細い体を荷物のように肩に担ぎ上げてしまいます。メールは思わず悲鳴を上げそうになって、あわてて声を飲みました。ゼンはメールを担いだまま闇の中へ駆け込んでいきました――。

 

 フルートを乗せて飛びながら、ポチが言いました。

「ワン、敵は八人です。みんな武器を持ってます。馬は今の光で驚いてるから、全員が馬から下りてますよ。……見えますか?」

 フルートは首を横に振りました。たき火のそばにいたので、まだ目が暗闇になれていません。闇の中を動き回る人の気配はわかるのですが、姿はほとんど見えませんでした。

「ワン、奴らは黒い服を着てますからね。でも、ぼくには見えてます。敵のそばに飛んでいきます。攻撃してください」

「わかった」

 フルートはロングソードを握り直しました。その手が冷たく汗ばんでいるのは、緊張のためばかりではありませんでした。

 ごうっと音を立ててポチが空から舞い下ります。闇の中を進んでいた男が、ぎょっとしたように立ちすくむのが、黒いシルエットになって見えます。フルートは剣をふるいました血しぶきの音と共に悲鳴が上がります。フルートは、密かに歯を食いしばりました――。

 

 刺客たちはプロでした。

 光玉の閃光に馬が使いものにならなくなると、即座に馬を捨てて、徒歩に切り替えていました。闇の中でも殺す対象を見極められるよう、訓練を重ねてきた者たちです。月がなくとも、星明かりだけで充分に見えていました。

 先に馬車に乗った彼らを襲ったときに、子どもたちが手強いことはわかっていました。見た目は小さくとも、剣を使いこなし、驚くほどの距離を越えて矢を撃ってきます。空を飛ぶやっかいな魔法の犬までいます。刺客たちは林の中に散り、注意深く距離を詰めていきました。

 と、その一人へ、突然空から魔法の犬が襲いかかってきました。背中に乗っていた金の石の勇者が、ものも言わずに切りつけてきます。他の刺客たちはいっせいにそれぞれの場所で身構えました。仲間の悲鳴は勇者のいる場所を知らせてもいます。弓矢を持った者が即座に弓弦を引きました。暗がりの中、狙いをつけて矢を放ちます。

 

「ワン、危ない!」

 ポチがいきなり身をひるがえしました。フルートの体が、ぐん、と引っ張られるように空中で向きを変えます。とたんに、すぐそばを矢が飛びすぎていきました。ポチがかわしてくれなければ、まともに顔に命中した角度でした。

「ワン、あいつら、本当に目がいいですね。暗い中でも昼間みたいに見えるんだ」

 とポチが思わず言います。

「こっちも見えてきたさ。やっと暗さに目が慣れてきた」

 とフルートが答えました。改めて、剣を握り直します。向こうの方で戦闘が起きていました。皇太子が刺客と戦い始めたようです。ポチとフルートはそちらへ急行しました。

 

 ゼンはメールを藪の中に下ろすと言いました。

「目が治るまでここでじっとしてろ。俺は行くからな」

 暗い林の中です。動くことさえしなければ、見つかることはないでしょう。

 ところが、メールはゼンの腕をつかんでどなりました。

「冗談じゃない! あたいも戦うよ! 目が見えなくたって、気配で戦ってやる!」

 さっきまでの泣きべそが嘘のように、興奮した口調で言います。

「馬鹿言うな。戦えるわけねえだろ。おとなしくしてろ」

「いやだ! あたいも行くよ!」

 負けん気の強い姫は、本当に立ち上がり、藪から飛び出していこうとしました。とたんに、足下を枝に取られて転びそうになります。

「っと」

 ゼンが、とっさにそれを受け止めました。ほらみろ、言わんこっちゃねえ、と言おうとします。

 とたんに、ゼンは目を見張りました。メールが突然しがみついてきたのです。激しく身震いしながら、ゼンにぎゅっと抱きついてきます。

「お、おい……?」

 ゼンは面食らいました。これまでだって、いろいろな場面で何度もメールを抱きしめてきたのに、向こうから抱きついてこられると急にどぎまぎしてきて、思わず赤くなります。メールの目が見えていないのが幸いでした。

「ちきしょう」

 とメールがうめきました。また涙声になっています。戦士を自負している海の姫には、自分の今の状態が情けなくて、どうしても我慢できないのでした。こんな失態をさらすくらいなら敵の前に飛び出して殺された方がましだ、とさえ言い出しそうでした。

 ゼンは思わず苦笑しました。

「その目は数分たてば治るはずだ。フルートが前にそう言ってたからな。そしたら、おまえも参戦しろよ。――間違っても早まるんじゃねえぞ」

 メールが顔を上げました。見えない目で、懸命にゼンを見ようとします。その顔はゼンの顔のすぐ目の前に来ていました。暗がりの中でも、夜目の利くゼンには、海のように青い瞳がはっきり見えます――。

 ゼンはますます赤くなると、引きはがすように、メールを自分から離しました。何故だか本当に胸がどきどきして止まりません。

「いいな。目が治ったら来い」

 それだけを言い残すと、ゼンは藪から飛び出していきました。胸の鼓動は止まりません。本当に、自分でも、なんでこんなに焦っているのかわかりません。

 心の底で、ひとつの感情がはっきり動き出していました。けれども、ゼンはそれに見ないふりをしながら、戦いの中へ飛び込んでいきました――。

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