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第6巻「願い石の戦い」

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21.野宿

 結局、彼らは街道からあまり離れていない林の中で野宿することにしました。

 ゼンが枯れ枝を集めて火をおこし、手早く夕食を作ります。その間に、フルートとメールは林の地面から乾いた落ち葉を集めて、火の近くの窪地に敷き詰めました。そこを寝床にしようというのです。

 ところが、皇太子だけは子どもたちから離れた場所に別に火をおこし、荷物から食料を取りだして、ひとりでさっさと食事を始めました。

「なんだ、一緒に食わないのかよ」

 とゼンが言いました。一応、四人と一匹が満足できるくらいの分量は作っていたのです。すると、皇太子が火のそばに座ったまま答えました。

「けっこうだ。私は自分のものしか食べない。ここでまた毒を入れられてはたまらないからな」

「な――んだとぉ!?」

 ゼンがいきり立ちました。

「俺があんたを毒殺するとでも言うのか!? 言いがかりもいいかげんにしろ!」

「言いがかり?」

 皇太子は冷笑しました。

「金の石の勇者は命を狙われている。そっちの食事に、いつの間にか毒が入っていたって不思議はないだろう。巻き添えはごめんだ」

「馬鹿野郎! なんでこの状況で毒が入るんだよ! 俺がずっと作ってるんだぞ!」

「だからだ。金の石の勇者がそばで見張っているわけでもない。まったく油断の塊だな――」

 ゼンは飛び上がりました。林の中に差し込む月の光に照らされた顔は、怒りのあまり、真っ青になっていました。

「もう一度言ってみろ」

 とゼンは低いくらいの声で言いました。どなってわめき立てるより、もっと激しく腹を立てている証拠です。

「その言い方だと、まるで俺がフルートを毒殺しようとしてるみたいに聞こえるぞ。どういう意味か、はっきりさせろよ」

「まったくその通りの意味だ」

 と皇太子は冷ややかに答えました。

「仲間は決して裏切らないと信じ込むのは危険なことだぞ、金の石の勇者。仲間と呼ばれるものほどあてにならないものはない。しかも、この世には、人の心に忍び込んで人を操る魔法というものもある。本人に自覚がなくとも、いつの間にか毒を入れていることはあるのだぞ」

 皇太子は、今はもうフルートに向かって話をしていました。

 ゼンは息もつけないほど怒って、皇太子に殴りかかろうとしました。フルートはあわててゼンに飛びつきました。

「やめろ、ゼン! 落ちつけったら――!」

「ちょっとゼン、むきになるんじゃないよ!」

 とメールもゼンの腕をつかみ、二人がかりで必死で止めます。

「放せ! 皇太子だろうがなんだろうが、言っていいことと悪いことがあるぞ! ちきしょう、いっぺんぶっ飛ばしてやる!」

 冗談ではありません。怪力のドワーフの中でも、ひときわ力が強いゼンです。本気で殴ったら皇太子が即死してしまいます。

 フルートはゼンを抑えながら、厳しい目を皇太子に向けました。

「ゼンはぼくの親友です。ぼくの命を預けている相手です。彼を侮辱しないでください」

 皇太子は、また、ふんと鼻で笑いました。

「自分のことには怒らないが、仲間を侮辱されると怒るわけか。見上げた友情だ。せいぜい夜中に寝首をかかれないようにすることだな」

 ゼンがうなり声を上げて皇太子に突進しようとしました。フルートとメールが跳ね飛ばされてしまいます。すると、そこへ風の犬に変身したポチが飛んできて、ゼンの体に絡みつきました。風の力で抑え込んでしまいます。

「ワン、落ちついて、ゼン。本気で怒ることないですよ。あの人はまだ、ぼくたちのことをよく知らないだけなんだから」

「放せ! あんなこと言わせておけるか! 放せったら、この――!!」

 ゼンがわめき続けます。

 メールがその前に立って皇太子に言いました。

「あんたって、いつも仲間をそんなふうに思ってるわけ? だったら、ずいぶんと淋しいね。そんなんじゃ友だちもできないだろ」

 ふん、とまた皇太子が笑いました。冷ややかな笑いです。何事もなかったように、食事の続きを始めます。

 メールは大きく肩をすくめると、まだ怒り続けているゼンに向き直りました。ゼンは、巨大な風の犬に縛られても、それでも暴れ続けていました。さすがのポチでも、抑えているのがやっとです。

 メールはあきれたように言いました。

「ゼンも、いいかげんにしなよ。さあ、早く夕食にしよう。お腹空いちゃったじゃないのさ。ドワーフの信条は『まずは食え』なんだろ?」

 そんなふうに言われれば、さすがのゼンも、それ以上暴れることはできませんでした。怒りのおさまらない顔はしていましたが、それでもなんとか落ちついて、また料理の続きに戻りました。メールとポチがそのそばについて、いつまたゼンが爆発してもいいように待機します。

 フルートは、皇太子のほうを見て、そっと溜息をつきました。なんとも、やりにくいことこの上ありませんでした――。

 

 夜半に月が沈みました。

 林の中が暗くなり、地面で燃えるたき火とその周りだけが明るく浮かび上がります。

 フルートは火のそばに立って、眠る仲間たちを眺めていました。最初の不寝番がフルートだったのです。

 窪地に集めた落ち葉の上に、ゼンとメールが並んで横になっていました。それぞれに、毛皮の上着やコートを着た上から毛布をかけています。ついさっきまで二人は起きていて、皇太子に腹を立て続けるゼンをメールがなだめていたのですが、その声もいつの間にか途切れて、寝息に変わっていました。

 ポチはたき火をはさんで反対側に丸くなって眠っています。たき火の赤い光が、子犬の白い毛の上で踊るように揺れています。

 フルートは、林の梢ごしに空を見上げました。夜空はよく晴れていて、星が綺麗に見えています。こんな晩は冷え込みが厳しくなって、翌朝には霜が降りることもあります。フルートは、たき火のわきに積み上げた薪を眺めて、これで足りるかな、と考えました。もしかすると、夜明け頃にもう少し枯れ枝を集めなくてはならないかもしれません。

 

 ひゅうっと風が林の中を吹き抜けていきました。身震いするほど冷たい風です。たき火の炎が揺れ、寒さに寝返りを打ったメールが、眠りながらゼンの方へにじり寄っていきます。ゼンはぐっすり眠ったまま目を覚ましません。

 その光景に、フルートは思わずほほえみました。しょっちゅう喧嘩ばかりしている二人ですが、本当は信頼し合っているのだとわかったからです。そうでなければ、こんなに近い場所に安心して眠ることなどできません――。

 なんとなく、うらやましいような気持ちになって、フルートは思わずまた頭上を見ました。雲ひとつない黒い空に、見えるはずのない魔法の国をつい探してしまいます。

 ポポロは今頃どうしているのでしょう。

 もちろん、修行の塔で修行をしているのはわかっています。でも、今、この瞬間、彼女が何をしているのだろうと考えると、たまらなく懐かしい想いがこみあげてきます。今すぐ彼女と会って、宝石のような緑の瞳を見つめ、その優しい声を聞きたくなります。胸の奥がどうしようもなくざわめいてきます――。

 フルートはとまどって目を伏せ、自分の口を押さえました。思わずポポロの名前を呼んでしまいそうになったのです。誰も見ている人はいないのに、思わず顔を赤らめてしまいます。

 ポポロは大切な修行中です。呼んでも来ないだろうとは思います。でも、万が一フルートの呼び声が聞こえて、それを一大事だと勘違いしたら、ポポロは何もかも放り出して駆けつけてきてしまうかもしれません。そうしたら、ここまでの三ヶ月間の修行が無駄になってしまうのです。間違っても、彼女を呼ぶわけにはいきませんでした……。

 

 とまどいを払うように、フルートは頭を振りました。少し離れた林の中の、もうひとつのたき火を振り返ります。

 皇太子は地面の上に直接横になり、子どもたちと同じように毛布をかけて眠っていました。もちろん、いぶし銀の鎧兜は身につけたままです。そばのたき火の炎はずいぶん小さくなっていました。薪が燃えつきようとしているのです。このままでは間もなく消えてしまいそうでした。

 フルートは、自分たちのたき火のわきから薪をいくらか取ると、そっと小さなたき火へ近寄っていきました。皇太子を起こさないように気をつけながら、弱々しくなってしまった炎へ新しい薪を足そうとします。

 すると、いきなりフルートの鼻先に剣が突きつけられました。

 寝ていたはずの皇太子が目を開け、一瞬で大剣を引き抜いてフルートに突き出してきたのです。鋭い切っ先は、フルートの鎧の唯一の弱点の、むき出しになった顔を狙っていました。

 驚いて声が出せなくなったフルートに、皇太子が尋ねました。

「何の用だ?」

 非常に厳しい声です。

 フルートは手に持ったままでいた枯れ枝を見せました。

「薪を足そうと思ったんです……火が消えそうだったから……」

 皇太子は起き上がり、小さくなったたき火を見て、不機嫌そうに言いました。

「余計なことはしなくていい。私は火のない真冬の夜に、外で寝たこともある。この程度の寒さはなんでもない」

 皇太子は剣をフルートに突きつけたままです。フルートが戻っていくまで、剣を引くつもりはないようでした。

 その様子にフルートはぴんと来ました。以前からなんとなく感じ続けてきたことが、はっきり見えた気がします。フルートは思わず尋ねました。

「もしかして――殿下も命を狙われているんですか――?」

 月のない暗い林の中を、冷たい風がまた音を立てて吹き抜けていきました。

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