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第6巻「願い石の戦い」

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20.食堂

 その日一日、一行は西の街道を進み続け、暗くなる頃に、マミルという宿場町に着きました。

 フルートは手頃な宿屋を見つけると、仲間たちと中に入っていきました。受付のカウンターの奥に座っていた主人に話しかけます。

「あの、今夜泊まれるでしょうか?」

 彼らは子どもの一行です。今までそんなふうに宿を取ろうとすると、たいてい相手からうさんくさい顔をされ、時には「ちゃんと宿代は持っているのか?」と聞き返されることもありました。金を持っているとわかると今度は、子どもが何故そんな大金を持っているのだ、と問いただされたものです。

 けれども、この時、宿の主人は一行の後ろに立つ皇太子をちらりと見ただけで、すぐに答えました。

「一部屋空いてございます。先に食事になさいますか?」

 皇太子は戦士のいでたちですが、あきらかに貴族の雰囲気を漂わせています。宿の主人は、彼らを旅の貴族とその従者たちだと思ったのです。

 予想外にすんなり宿が取れたので、ゼンがつぶやきました。

「へーえ、一緒にいて役に立つこともあるんじゃないか」

 

 フルートたちは空腹だったので、食事を先にすることにしました。案内された食堂へ行って席に着きます。他のテーブルはほとんど満席で、客がさかんに飲んだり食べたりしゃべったりしています。かなり賑やかなので、目の前の人と話をするのにも、顔を寄せ合って声を張り上げなくてはならないほどでした。

 給仕の娘がテーブルにやってきました。そばかす顔の金髪娘で、ちょっと美人です。

「あらまぁ、珍しい。貴族のお殿様のご一行なの? お殿様の口に料理が合うかしらね?」

 と笑いながら皇太子の顔をのぞきこみ、美男子なのを見ると、さりげなく色目を流してきます。

 けれども、皇太子は椅子に座って腕組みしたまま、一言も口をききませんでした。娘は肩をすくめると、代わりにフルートに尋ねました。

「ご注文は?」

 格好から、おつきの小姓なのだと思われたのです。フルートは答えました。

「適当に食べるものを。この店で一番おいしいものをお願いします」

 普段、フルートはこんなことは頼みません。同行している皇太子にちょっと気をつかったのです。

「飲み物は? 上等の蜜酒もあるよ」

 と娘がまた皇太子に話しかけました。この店には貴族はめったに泊まらないので、働いている娘も、貴族相手の話し方などわからなくて、まったくいつも通りの口調で話しているのでした。

 皇太子が一言答えました。

「いらん」

 ぶっきらぼうな声に娘はまた大きく肩をすくめると、厨房へ注文を伝えるために離れていきました。

 

 すると、メールが、ふぅん、とつぶやいて、皇太子に言いました。

「あんた、顔を見られても正体がばれないんだね。国民にあんまり顔を知られてないんだ」

 こちらはこちらで、一国の皇太子相手に本当に遠慮のないメールです。皇太子は、じろっとメールをにらみました。

「私は公の場にほとんど顔を出さないからな。王宮にいれば人も気がつくだろうが、こんな場所でこんな格好をしているのが、まさか皇太子だとは思わないだろう」

 先にも言ったとおり、食堂の中はかなり賑やかです。皇太子があからさまに自分の身分を語っても、それを隣のテーブルの人間に聞かれる心配はありませんでした。

「ま、それはフルートも同じだな。ここに金の石の勇者がいるってのに、だれも気づいてねえもんなぁ」

 とゼンが笑いました。実際には、金の石の勇者とその一行の噂はずいぶん世間に広まっています。金の鎧兜に身を包んだ少年と、怪力のドワーフの少年、魔法使いの少女と海の王女、そして人のことばを話す犬たち……。以前と違って、噂もかなり正確になってきています。ところが、それでもやっぱり、人々はフルートたちを見て、金の石の勇者の一行だとは思わないのです。実際の一行が、噂されているよりも、ずっと子どもに見えるからでした。

 フルートが答えました。

「ちょうどいいさ。変に騒がれたりしたら大変だもの」

 すると、皇太子がだしぬけに、ダン! と足を踏みならしました。激しい音に子どもたちはいっせいに飛び上がりました。

「なんだよ、いきなり! 驚くだろうが」

 とゼンが文句をつけましたが、皇太子は腕組みしたまま、怒ったように何も返事をしませんでした。

 

 やがてテーブルに料理が運ばれてきました。

 さっきの娘が大皿に山盛りになった肉の煮込み料理を運んできます。

「ほぉら。うちのコックの自慢の料理だよ。食べてごらん、ほっぺたが落ちそうになるからさ」

 と笑います。皿からは、湯気と一緒においしそうな匂いが立ち上っています。たちまち一行の腹の虫が鳴き出します。

 ところが、その時ふいにテーブルの足下からポチが飛び出しました。ワンワン吠えながら娘の腕に飛びつき、服の袖にかみつきます。娘は仰天して大きな悲鳴を上げ、その拍子に料理の皿を放り出してしまいました。皿が割れ、料理が飛び散る音が響き渡ります――。

 台所から前掛けをしたコックが飛んできました。

「なんで食堂に犬がいるんだ! せっかくの料理を台無しにしやがって!!」

 と顔を真っ赤にしてわめきながら、手にしていためん棒でポチを殴りつけようとします。

 ポチが飛びのき、その前にフルートが飛び出しました。両手を広げて子犬をかばいます。

「待って! ぼくたちの連れなんです、すみません! あの――」

 けれども、腹を立てているコックは、少年の声になど耳を貸しません。

「その犬をこっちによこせ! 皮をはいで、そいつをおまえらの夕飯に食わせてやる!!」

 騒ぎに注目していた周りの客が、それを聞いてどっと笑いました。だいぶ飲んでできあがっていたらしい客が、後ろからポチへ手を伸ばしました。

「そぉら、親父。食材をつかまえてやったぜ」

 大切な風の首輪をつかまれて、ポチがキャン、と声を上げます。とたんにフルートが鋭く振り向き、酔っぱらいの手をポチから払いのけました。

「おお、怒った怒った。坊やが怒ったぞ!」

 また周りで酔っぱらいたちがはやし立てます。コックはますます腹を立て、めん棒を振り上げて、本当にフルートを殴りつけようとしました。ゼンが反射的に拳を握り、その前に飛び出していこうとします。

 すると、ふいに皇太子が椅子から立ち上がりました。よく通る落ちついた声で言います。

「食事時を台無しにして申し訳なかったな。これは騒がせ料だ。出るぞ――」

 出るぞ、と呼びかけた相手は子どもたちでした。テーブルの上に銀貨を置くと、先に立って食堂を出ていきます。騒ぎがぴたりとおさまりました。怒り狂っていたコックさえ、思わず皇太子の堂々とした後ろ姿を見送ります。その隙にフルートたちは急いで食堂を抜け出しました。宿屋の外へ出て行く皇太子を、あわてて追いかけます。

 

 また馬に乗って宿屋を離れ、宿場町も抜けて、人気のない場所まで来ると、皇太子はようやく立ち止まりました。フルートたちの馬がようやく追いつきます。

 ポチはフルートの鞍の前の籠にいました。皇太子は、それを黙って眺めています。フルートは頭を下げました。

「すみません、殿下。助けてくださってありがとうございました……」

 皇太子がとっさに機転を利かせてあの場を抜け出してくれなかったら、彼らは食堂で大騒動を巻き起こすところでした。怪我人も出たかもしれません。

 すると、皇太子はポチを見たまま言いました。

「謝る必要はない。あれに何か入っていたんだろう」

 ゼンとメールが、ぎょっとした顔になりました。ポチは籠の中でうなずきました。

「ワン、そうです……。あの匂いは、多分猛毒のキサラだと思います。一口でも食べたら、みんな死んでいたはずです」

 フルートは何も言いませんでしたが、やはり皇太子と同じように、食事に毒が入っていたのだと勘づいていました。ポチがあんな行動をするのは、決まってそういう時だからです。

 ゼンは歯ぎしりをしました。

「また――フルートの命を狙ってきやがったな!? ちきしょう! あのコックを締め上げて白状させてやる!」

「ワン、無駄ですよ。あの人は何も知りません。気がつかない間に毒を混ぜられていたんです。たぶん、あの店の中のどこかに刺客が紛れ込んでいたんだと思います」

 フルートは思わず溜息をつきました。旅に出たら、さっそくです。やはり、フルートは、その存在を憎む者たちから命を狙われているのでした。

「これからは宿屋には泊まれないね……。野宿して、食事も自分たちで作るしかないんだ」

「俺は別にかまわないぜ。慣れてるからな。でも、王子様にはきついんじゃないのか? なにしろ、屋根もなければベッドもないんだからな」

 とゼンが皇太子を見て言います。からかうような口調です。

 すると、皇太子がそっけなく答えました。

「かまわん。私も辺境部隊と何度も出撃している。行軍中は私だって野宿だ」

 そんな皇太子に、フルートは頭を下げました。

「それじゃ、申し訳ありませんが、これからはずっと野宿にします。――宿屋に泊まると他の泊まり客が危険になるかもしれませんから」

 皇太子がちょっと驚いたようにフルートを見返しました。ゼンとメールが、やれやれ、と顔を見合わせます。フルートはどこまで行っても、やっぱりフルートです。自分の命が狙われていることよりも、それに他の人が巻き込まれることを心配するのです。

 ところが、皇太子がふいに、ふん、と鼻で笑いました。

「なるほど。おまえは金の石を持っているのだから、どれほど危険な目にあっても、どうということもないのだな。余裕なことだ」

 鋭い皮肉が込められたことばに、ゼンが、かっとなりました。今、フルートの金の石は胸当ての下で眠っていて、癒しの力も守りの光も発揮しないのです。それを皇太子に教えてやろうとすると、フルートがさえぎるように言いました。

「さあ、今夜眠る場所を探そうよ。ぐずぐずしてると月が沈んで真っ暗になっちゃうよ」

 空では太い三日月が輝いていました。西に大きく傾いています。子どもたちと皇太子は、寝場所を求めて急いで街道脇へと出ていきました――。

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