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第6巻「願い石の戦い」

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第6章 道連れ

19.街道

 西の街道は秋真っ盛りでした。

 赤茶色の石を敷き詰めた道の両脇には、日差しと風を防ぐために街路樹が植えられていますが、その梢が色を変え、日の光の中でひるがえっていました。赤や黄色の紅葉が目に鮮やかです。

 街道や地面の上に、落ち葉はあまり多くはありません。葉はまだしっかりと枝についていますが、まもなくそれも落葉の時期を迎え、雪のように梢から降り出すのです。

 そんな景色の中を、フルートとポチ、ゼン、メール、そしてロムド皇太子のオリバンは、馬を進め続けていました。列の先頭でフルートとゼンが話をしていました。

「よお、俺たちが行くジタン山脈ってのは国境にあるんだろ? その先には何て国があるんだ?」

「ザカラスとメイだよ。二つの国と国境を接してるんだ。メイは小さい国だけど、ザカラスは大きくて、西側には海があるんだよ」

「海? 何て海さ?」

 と渦王の王女が耳ざとく聞きつけて尋ねました。

「ユーラス海」

「ユーラス海?」

 世界の海の半分を統べる王の娘が聞いたことのない名前です。すると、フルートの鞍の前の籠から、ポチが笑うように答えました。

「ワン、東の大海のことですよ。人間はあれをユーラス海って呼んでるんです」

「なぁんだ。……でも、そっか。どんどん西へ向かえば、やっぱり海に着くんだね。東の大海に出れば、西の大海までは海続きじゃないか」

「うん。でも遠いよ。ザカラス国の海岸までは、ここから何十日もかかっちゃうんだ」

 子どもたちの様子はごく自然でした。堅き石の探索は長い旅路になるし、その途中には危険も待ちかまえているのに、そんなことは忘れたように、のんびりと話し続けています。まるで、上天気に誘われて馬でピクニックに出かけてきたような気楽さです。

 一人遅れて馬を進めていた皇太子が、そんな子どもたちの姿を見て、ふん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らしました。先頭を行く少年の金の兜を見つめます。その目には、あからさまな憎悪がありました。

 

 先の集団で、子犬が声を低めて言いました。

「ワン、皇太子がこっちをにらんでますよ。ものすごく怒ってます。こんなに離れていても、匂いがはっきり伝わってきますよ」

「どうせ、俺たちが命を狙っているに違いない、とか考えてるんだろう。知るか、相手にしてらんねえよ」

 とゼンが吐き出すように言います。

 フルートは皇太子に気づかれないようにそちらを見ながら言いました。

「……あんなに強そうだし立派なのに、ぼくたちに殺されるだなんて、本気で信じてるんだろうか? だいたい、それならなんでぼくたちと一緒に堅き石を探しに出たんだろう?」

「フルートったら」

 とメールがあきれた顔になりました。

「金の石の勇者と張り合ったのに決まってるじゃないか。国王の命令で堅き石を探しに出かけてるんだ。自分をないがしろにされたみたいで、皇太子としては黙って見てるわけにはいかなかったのさ」

「え、だって、ぼくたちは陛下に命令なんてされてないじゃないか。ただ堅き石が必要だってピランさんが言うから――」

「だから、それが国王の命令と同じことになってんの! ピランさんは国王に向かって、それを言ってたんだからさ」

 けれども、それでもフルートは要領を得ない顔でした。仲間たちは思わず苦笑いしました。本当に、彼らのリーダーは、体面とか見栄とか、そういったものとはまるで無縁です。

 

 西の街道は穏やかな日差しに照らされていました。

 まだ王都から遠くない場所なので、大勢の人が行きかっています。旅姿の人も多いのですが、それと同じくらい目につくのは、近隣の町や村から商売に出てきた行商人や、王都に野菜や麦を運ぶ荷車です。

 街道脇の木立の向こうには、種まきのすんだ麦畑が芽吹きを待ちながら黒く広がっていました。そのさらに向こうには、なだらかな丘が続き、柵に囲まれた中で、牛や馬がのんびり草をはんでいます。丘のふもとに、赤い屋根の百姓家がぽつりぽつりとたたずんでいるのが見えます。本当に、気が抜けるくらいのどかで平和な秋の風景でした。

 すると、丘の陰からのぞく林の中で、何かがきらりと光りました。鈍い銀色の光です。うん? と言うようにゼンがそちらを眺めます。

 とたんに、彼らの後ろで鋭い鞭(むち)の音が響きました。突然、皇太子が自分の馬を走らせ始めたのです。街道脇に飛び出し、光の見えた林目がけて、畑の間の小道をまっしぐらに駆けていきます。

 街道を行く人々が、びっくりしたようにそちらを見ました。フルートたちも急なことに驚きましたが、すぐに後を追って街道から飛び出しました。馬を走らせながら、皇太子が向かう先の林に何があるのだろう、と目をこらします。

 すると、ゼンがどなりました。

「見ろ!」

 丘の陰の林に隠れるようにしながら、街道に沿って馬で進んでいる数人の男たちがいました。鈍い銀に光ったのは、彼らがまとう鎧兜でした。腰には剣を下げて、戦姿をしています。

 先頭を駆ける皇太子が腰から大剣を抜きました。ゼンも走る馬の上で背中から弓を外しました。狙ったものは決して外すことのないエルフの弓矢です。

 ところが、フルートが叫びました。

「撃つな、ゼン! あれはロムド兵だ!」

 林の中を行く男たちは、ロムドの紋章を描いた盾を左腕に装備していたのでした。

「ロムド兵?」

 ゼンは驚いて、構えかけていた弓矢を途中で止めました――。

 

 皇太子は林の中へ駆け込むと、兵士たちへ馬を迫らせました。面食らったように馬を止めた彼らに向かってどなります。

「きさまら、どこの部隊だ!? 誰の命令で私を追っている!?」

 ものすごい剣幕でそう尋ねると、先頭の兵士のマントの胸元をいきなりわしづかみにして剣を突きつけます。ロムド兵たちが立ちすくみます。

 そこへフルートたちの馬が駆けつけました。

「おやめください、殿下! それはロムド兵じゃないですか!」

 とフルートが叫びます。

 すると、皇太子は冷ややかに兵士たちを眺めました。

「わかっている。だから、誰の命令を受けたどこの部隊だと聞いているのだ」

「荒っぽいなぁ」

 と思わずメールがつぶやき、隣のゼンを横目で見ました。

「あんた以上じゃない?」

「なんだと?」

 ゼンがむっとします。

 林の中の兵士たちが、あわてて兜を脱ぎました。皇太子に剣を突きつけられている者も含めて、深々と皇太子に頭を下げて見せます。

「わたくしどもは、ロムド第七師団十二部隊に所属する者です。現在はメンデオ公爵のお屋敷の警備などに当たっております。皇太子が堅き石の捜索に出発されたので、公爵から殿下の護衛を命じられております」

「伯父上の?」

 と皇太子は言いました。先ほど城門で彼らを見送っていた公爵です。

「護衛は不要と言ったはずだ。さっさと伯父上の元へ戻って、そのように伝えろ」

「しかし、皇太子殿下、伯爵殿は殿下の身をお案じになって――」

「黙れ! 私の命令が聞けぬというのか!?」

 雷のような声に、ロムド兵たちはすくみ上がりました。皇太子はまだ十八の若者です。けれども、人の上に立つように生まれついた者特有の、相手に有無を言わせない威圧感がありました。兵士たちはいっせいにまた頭を下げると、何も言わずに馬の首を巡らし、ロムド城のある方向へと駆け戻っていきました。

 その様子にメールが肩をすくめました。

「あの人たちは、あんたを守るためについてきてたんだろ? それをあんなに叱りとばしちゃ、かわいそうなんじゃないの?」

 とたんに、皇太子は厳しい目をメールに移しました。

「口出しは無用だ」

「まあね、あんたたちの国のことに口出しする気はないけどさ。臣下の気持ちを汲み取れるような主君でないと、結局人の心は離れていくもんだよ」

 と皇太子相手に遠慮もなく言ってのけます。父の渦王が海のものたちを治める姿を見ている彼女は、綺麗事でも何でもなく、率直にそんなふうに感じていたのです。

 けれども、皇太子はまたメールをにらみつけるように見ると、そのまま何も言わずに馬を街道へ戻らせ始めました。

「ち。お高くとまりやがって」

 ゼンが聞こえよがしにつぶやきましたが、それにも振り向こうともしません。

 フルートは皇太子を見つめていました。親友が言うように偉ぶっているだけとも思えないのです。皇太子が味方のはずのロムド兵に見せた態度は、あまりにも激しすぎました。

 何かあるんだろうか……。

 フルートは肩を怒らせて戻っていく皇太子の後ろ姿を見ながら、漠然とそんなことを考えていました。

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