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第6巻「願い石の戦い」

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18.送別

 ロムド城の西門の外に、見送る人々が並んでしました。ゴーリスとユギル、皇太子の伯父に当たるメンデオ公爵、それに数人の城の家臣たちです。旅立つ者たちの身分からすれば、ささやかすぎるほどの見送りでした。

 フルート、ゼン、メール、それに皇太子のオリバンの四人は、それぞれ四頭の馬にまたがっていました。国王が準備した馬で、どれも良い毛づやをしています。ポチはフルートの鞍の前にくくりつけた籠の中におさまっていました。そこが子犬の特別席だったのです。

 公爵が皇太子に話しかけていました。

「本当に、供の者を一人もつけずに行かれるつもりですか? どう考えても危険ですぞ。腕の立つ者を二、三人はぜひ――」

 フルートたちが道中、王子の命を狙うに違いないと考えているのを、隠そうともしません。けれども、皇太子はそっけなく答えました。

「無用です。自分の身くらい自分で守れます」

 言い切る皇太子は、艶のない黒っぽい銀の鎧で身を包み、面あてのついた兜をかぶり、腰には大剣を下げて、戦士の格好をしています。上背のあるたくましい体つきと相まって、実に堂々とした風格です。

 それに対して、金の石の勇者の一行は、全員が小さな子どもです。一番背の高いメールでさえ、体型は細く華奢なので、まったく強そうには見えません。そんな彼らが皇太子を殺すのでは、と公爵が本気で心配しているのは、なんだかとても滑稽なように思えました。

 

 ゴーリスが旅立つ者たちに向かって言いました。

「陛下は急な公務で手が離せなくなって、見送りにおいでになれない。道中無事で行くように、というおことばだ」

 とたんに、皇太子が兜の奥でぴくりと顔を引きつらせました。メンデオ公爵もあからさまに顔をしかめます。

「皇太子の旅立ちだというのに、見送りにも来られぬのか、陛下は!」

 とどなりましたが、その場にいる者たちは誰も返事をしませんでした。皇太子も何も言いませんでしたが、その横顔がいっそう厳しく意固地になったことに、フルートたちは気がつきました。

 長い銀髪の青年が進み出てきました。

「今朝ほども申し上げましたが、わたくしの占いによれば、堅き石はロムドの南西の国境にある、ジタン山脈の山中にあると出ました。正確な場所まではわかりませんが、途中まで西の街道を進み、ビスクを越えたあたりから南西を目ざしていけば、必ず堅き石と出会えることでしょう。ただ、皆様方の道中にはいくつもの危険が待ちかまえている、とも占盤は告げております。どうぞ充分気をつけてお行きくださいますように」

「危険は承知の上だ。何を恐れることがある」

 と皇太子が言いました。胸を張り、ことさらに勇を誇るような言い方です。

 それに対して、金の鎧を身にまとったフルートは、馬上でそっと頭を下げました。

「わかりました、ユギルさん。充分気をつけて行きます」

 変声期をまだ迎えていない少年は、本当に優しい顔立ちをしていて、まるで少女が戦士の仮装をしているようです……。

「皆様方の行く先々に神の守りと導きが常にあらんことを」

 緋色の長い衣を着た男が手を差し伸べて声を上げました。城の敷地の中にある寺院の司祭です。彼らの道中の無事を祈ってくれます。旅の一行は黙って頭を下げました。

 

 旅立ちの時が来ました。

 子どもたちと若者が馬の首を巡らして西を向きます。そのまま静かに旅立っていこうとします。

 すると、それを見送っていたゴーリスが、ふいに腰から大剣を抜きました。何も言わずに抜き身の刃を空にかざします。

 剣を引き抜く音にフルートが振り返り、すぐに同じように自分の剣をかざしました。フルートが引き抜いたのは、すべてを焼き尽くす魔力を持つ炎の剣ではなく、師匠のゴーリスからもらった銀のロングソードの方でした。銘はなくとも、切れ味の鋭い名刀です。

 それにならって、ゼンが腰のショートソードを、皇太子が自分の大剣を、それぞれに引き抜いて天にかざしました。降りそそぐ秋の日差しの中、四本の剣が光を返してきらめきます。武器を持たないメールは片手を高く上げ、ポチが籠の中から伸び上がってワンワン、と吠えます。

 子どもたちと青年は、剣を収め手を下ろして、前に向き直りました。西の方角へと馬を進め始めます。

 ゴーリスも自分の剣を収めると、何も言わずにそれを見送り続けました。丘の上にある城から、一行が街道を遠ざかっていくのをいつまでも見つめ続けます――。

 

 銀の髪の占い師は、少しの間ゴーリスと共にそれを見送っていましたが、ふと後ろの城壁を振り返りました。目をこらすように見上げると、黙ったまま城門をくぐり、壁の上へと上がっていきます。

 城壁の上は警備のために人が通れるようになっていました。攻めてくる敵を防ぐために、通路の外側の壁が高くなっていて、矢狭(やざま)と呼ばれる小さな窓が一定間隔で開いています。

 通路の両端には衛兵の姿が見えていましたが、ユギルが上っていった通路の中央に人影はありませんでした。ユギルは四角い窓のひとつへ近寄っていくと、身をかがめるようにして声をかけました。

「そこでお見送りでしたか、ピラン殿」

 すると、誰もいないはずの空間から、老人の声が返ってきました。

「ふむ。占い師にも見つかってしまったか。さすがに目がいいのう」

 エスタ城の鍛冶屋の長の声です。姿は見えません。ピランは、ノームの隠れ身の術を使っているのです。

「わしはあいつらに腹を立てていることになっていて、おおっぴらに見送りはできんからな。……だが、それは国王も同じようだ」

「左様です」

 とユギルは静かにほほえみました。

 ロムド国王はここに見送りには来ていません。けれども、王が城の中の一番高い塔に上がって、見晴らし窓から旅立っていく者たちをずっと見送っていることを、占い師は知っているのでした。

 

 少しの間、沈黙がありました。城壁の上を秋の風が吹き抜けていきます。

 ピランの声が話しかけてきました。

「何故なんだ?」

 ユギルは声の方を聞き返すように見ました。

 声が繰り返します。

「何故、あの子どもらを騒ぎのただ中に置いておく? 金の石の勇者が王位を狙っているなんて馬鹿げた噂は、ロムド王であれば簡単に収められるはずだぞ。しかも、そんな中で旅立たせるなど、権力の亡者どもにさあ襲ってくれと言うようなものだ。賢王らしくもないことだ」

 ユギルは答えませんでした。ただ、遠ざかる者たちをまた矢狭から見送ります。

 ふん、とピランが鼻で笑った気配がしました。

「やはりな……。わざと皇太子を冷たくあしらい、騒ぎをあおって、狐が尻尾を出すのを待っとるんだろう。あいつらは、そのための呼び餌だ。人間どもが考えつきそうなことだ」

 ユギルがまた声の方を見ました。ほんの一瞬躊躇してから答えます。

「彼らを守るためです」

「守るためか。だが、当人たちを呼び餌に使ったんでは、餌を食われてそれっきりになりかねんだろうが」

 鍛冶屋の長は意外と辛辣です。

 ユギルは答えました。

「死なせはいたしません。あの子たちは、わたくしが必ずお守りいたします」

「大した自信だ。さすがはロムド一の占者だな」

 と鍛冶屋の長の声が笑います。

 すると、銀髪の占者は少しの間、黙り込みました。何かを考えるように、思い出すようにたたずみ、やがて、静かに口を開きます。

「ピラン殿、占い師が一番冒しやすい過ちが何か、ご存知でいらっしゃいますか?」

「一番冒しやすい過ち? さてなぁ。見当もつかんわい」

「自分自身の占いの結果を信じすぎて、裏をかかれることです……。運命とは深く巧妙なものです。いくつものくぐり戸を準備して、人をその運命の中へ導き入れようとします。占いで危機を逃れたと思っていたのに、次の扉で飲み込まれるようなことが起きてはならないのです。……せめて、あの子たちだけには……」

 つぶやくような最後のことばに、ノームの鍛冶屋がユギルを見上げた気配がしました。

「何かあったかね、昔に?」

 と尋ねてきます。

 銀髪の占い師は何も答えませんでした――。

 

 それとはまた別の時間、別の場所で、灰白の髪をした年配の男が恰幅の良い男と話をしていました。

「卿らはわしに任せると言われたはずだ」

 と年配の男が恰幅の良い方へ言っていました。

「金の石の勇者の一行を途中で刺客に襲わせるなど、言語道断。見たまえ、彼らを目一杯警戒させてしまったではないか」

 以前、メンデオ公爵の耳に金の石の勇者の危険性をささやいた、三人の貴族のうちの二人です。あの時一緒にいた一番年若い貴族は同席していませんでした。

 恰幅の良い貴族が心外そうな顔になります。

「これは遺憾。あの刺客は私が送り込んだのではございません。今日は来ておりませんが、シーラ子爵の先走りですぞ」

 金の石の勇者はエスタ国と通じている裏切り者だ、とあの晩、熱弁をふるった青年は、自分の失態に、仲間たちの前に顔を出せなくなっていたのでした。

 すると、灰白の髪の老人が相手をじろりと見上げました。

「卿は? 聞くところによると、カミチーノ卿の自宅で死者が出たというではないか。宴会の料理をつまみ食いした下働きの娘が中毒死したと大騒ぎだ。カミチーノ卿は金の石の勇者を食事に招く予定であったと聞いているぞ」

「なんと、それが私のしわざだと? カミチーノ卿のところの食中毒は、食材の中に毒魚がまじっていたためと聞き及んでおりますぞ。ただの偶然でございましょう」

「そうかな。シーラ子爵が二度目の先走りをするとは思えん。それに、カミチーノ卿はスロウズ卿、貴殿と同い年で、話す機会も多いと聞いている。人に吹き込んでそそのかすのは、卿の得意技ではないのか?」

 スロウズ卿と呼ばれた恰幅の良い貴族は、薄く笑っただけでした。

 灰白の老貴族は顔をしかめました。

「とにかく、彼らはわしに任せておけ。卿らの手出しは無用だ。やりにくくなってかなわぬ」

「キーレン伯爵のお手並み、とくと拝見させていただきましょう」

 スロウズ卿はそう言って、馬鹿丁寧なほどに深く頭を下げました。

 

 彼らのいる部屋の窓の外は木立の揺れる中庭です。色の変わった木の葉が、風に乾いた音を立て続けています。

 すると、ひときわ強い風が、どっと吹いてきました。

 晩秋に向かう風は冷たく、上空に悲鳴のような音を響かせながら、西に向かって吹き抜けていきました。

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