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第6巻「願い石の戦い」

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16.鎧兜

 話は子どもたちの想像をはるかに超えて物騒になっていました。

 正当な王位継承者である皇太子を擁護する一派と、次期国王候補と見られるフルートを支援する一派に、宮廷がまっぷたつに別れてしまったのです。

 双方の陣営に、国王の斬新なやり方がねじれて受け取られていました。

 フルート支持派は主に小貴族と呼ばれる新しい貴族です。彼らには、ゴーリスやユギルといった風変わりな人材が、金の石の勇者に関わる功労で今の地位に上がっていったように見えていました。金の石の勇者に取り入れば、同じように国王から引き立てられるのではないかと考えたのです。

 リーリス湖であれほど彼らを馬鹿にしていたカミチーノ卿が、手のひらを返したような態度で彼らを食事に招いてきたのは、その露骨な現れでした。

 一方、皇太子を擁護しているのは、大貴族や王家の親族に当たる貴族たちです。国王が家柄や大貴族の地位を無視して、どんどん新しい人材を登用していくので、このままでは本当に自分たちの立場がなくなるのではないか、という不安を抱いています。

 皇太子が次の国王にならなければ、自分たちの身が本当に危ない。そんな危機感から、彼らは皇太子を守ろうとし、フルートを目の仇にしていました。フルートが世界を守る金の石の勇者だとかなんだとか、そういうことは、彼らにはまったく関係がありません。彼らには、フルートは王室の乗っ取りを企む国賊としか見えていないのです。

「ここに来る途中でぼくらを襲ってきた刺客は、そういう人たちがよこしたものだったんですね……」

 とフルートはつぶやくように言いました。顔が青ざめています。王位継承権を巡るいざこざなど、フルートにとっては雲の上の出来事のような気がします。なのに、確かに、危険はすぐそばまで迫ってきて、自分や仲間たちの命を脅かしたのです……。

 

「ちっきしょう!!」

 とゼンがわめき出しました。

「いいかげんにしろよな、ったく! これだから人間ってヤツらは嫌なんだよ! フルートは金の石の勇者だぞ! 闇から世界を守ってくれてるヤツなんだぞ! それを――何考えてやがるんだ、馬鹿野郎!!」

 メールも毅然とした顔で椅子から立ち上がって言いました。

「帰ろう、フルート。これ以上、こんな馬鹿な人間たちを守ってやる必要なんてないよ。あたいと一緒に海においで。海の民と海の一族が、あんたと一緒に戦ってあげるから!」

 フルートは青ざめたまま、しばらく何も言いませんでした。必死に解決の道を探しますが、どうしても見つからなくて、国王を見ます。

「陛下、どうすることもできないのですか?」

 国王は難しい顔で首を振りました。

「一番よい解決方法は、金の石の勇者から金の鎧兜を取り上げ、ロムドから国外追放にすることだ。そうすれば、馬鹿な噂も消えていく。だが、むろん、そんなことはできるはずはない――」

 今にも爆発してどなり出しそうになったゼンとメールは、国王の真剣な顔を見て、かろうじて声を飲みました。王も、なんとか解決の道を探していることが、はっきり伝わってきたのです。

「この鎧がなくなるのは困ります」

 とフルートは言いました。本心です。これがなくては、フルートは闇の敵と戦うことができません。

 すると、王が言いました。

「むろん、わかっておる。その鎧はもうそなたのものだ。だが、こういう状況になっている今、うかつにその鎧を修理してやることもできないのだ。……そなたが戦いで傷ついた鎧の修理をピラン殿に依頼していたことは、エスタ国王からの手紙でわかっておった。その鎧は、ピラン殿でなければ修理することはできぬ。エスタ国王は、修理のためにピラン殿をロムドまで派遣する、とおっしゃってくれたのだ。必要な資材機材も、すべてエスタが負担する、とな。そなたたちが風の犬や闇の敵からエスタを守ってくれたことへの、感謝の気持ちを表したい、と言われていた」

 フルートたちは、エスタ国の恰幅のよい国王の姿を思い出しました。実の弟と王位を巡って争い、命まで狙われていた王でした。フルートたちは、風の犬を退治しただけでなく、エスタ王の身内の敵まで排斥してきたのです――。

 すると、ゴーリスが言いました。

「だがな、この状況でエスタ国王の好意を表立って受けると、金の石の勇者の評判がますます上がってしまって、まずいことになるんだ。おまえを担ぎ上げる連中を勢いづけてしまうからな。一方、皇太子擁護派の中には、金の石の勇者がエスタ王と通じていて、エスタ王の命令でロムドの国王の座を狙っていると考える奴も少なくない。そいつらにつけ込まれる、絶好の機会も与えてしまうんだ。おまえらはまだ、子どもだからな。どうしても、そんなふうに後ろ盾になる大人がいると思われるんだよ」

「ったく……いいかげんにしやがれ」

 とゼンがつぶやきました。怒りすぎて、低くうなるような声しか出なくなっています。

 

 フルートは小さなノームの老人を見ました。

「それで……大広間であんなお芝居をなさったんですね? ぼくたちが鎧を粗末に扱ったって怒ってみせて、陛下がしかたなく約束するような形で、鎧を修理できるようにしてくださったんだ……」

 エスタ国の鍛冶屋の長は、腕組みをして少年を見ました。今にも泣き出してしまいそうな顔に、小さく笑って見せます。

「まったく、人間の王宮というのは、どの国でもやっかいなものだな。だが、鎧はうまいこと修理できることになったんだ。ロムド王やそこの占い師たちのおかげだぞ。そんなに情けない顔はするもんじゃない」

「ワン、それじゃ、修理に堅き石が必要だっていうのは本当なんですね?」

 とポチが尋ねました。

「ああ、本当だとも。傷を消して表面を綺麗に直すだけならば、今ある材料だけで充分なんだが、見たところ、金の石の勇者の敵はどんどん強力になっているようだからな。このままでは、じきに対抗できなくなるだろう。堅き石を組み込んで、鎧をもっと丈夫にしなくてはな」

「鎧がもっと丈夫になる!」

 子どもたちはいっせいに繰り返しました。なんだか、急に目の前が、ぱっと明るくなったような気がしました。

 

 すると、銀髪の占い師が静かに口をはさんできました。

「堅き石のある場所は、すでに占ってあります。ロムドの南西の国境に近い、ジタン山脈の山中と出ました。――住む者もほとんどいない、まったくの未開地域です」

「今度は南西か」

 とゼンが言いました。宮廷や王座を巡る、どろどろした争いごとは、本当にもうたくさんです。そこを離れて、また旅に出られると思うと、ほんの少しだけ気分がよくなります。

 が、すぐにゼンは渋い顔になりました。

「でもなぁ。あの皇太子が一緒に来るんだろう? なあ、ユギルさん。あの占いも本当なのか? 俺たちが皇太子と一緒に行かなくちゃいけないっていう――」

「本当です。申し訳ありませんが」

 とユギルが謝りました。子どもたちがいっせいに、うわぁ、とうんざりした顔になったからです。

 フルートが真剣に尋ねました。

「いいんですか? 皇太子とぼくが一緒に行ったりして……。それこそ、みんな何か起きるんじゃないかと心配するんじゃないですか?」

「むろん、皇太子の身に何かあれば、真っ先に犯人に疑われるのはおまえらだ」

 とゴーリスが歯に衣着せることなく、ずばりと言ってのけました。

「だから、皇太子を守れ、と言っているんだ。道中何事もなく、無事に帰ってこられたら、それだけで、おまえたちに降りかかった疑いは薄くなるんだからな」

 すると、ユギルも言いました。

「できることなら、皇太子と友だちにおなりなさい。そうすれば、本当に、皇太子派も金の石の勇者派も、双方の陣営を黙らせてしまうことができますから」

 子どもたちは目をぱちくりさせました。

 それは確かにそうかもしれません。そうかもしれませんが――

「えぇ!? あんな皇太子と友だちになれってぇのかよ!? 冗談じゃねえぞ!」

「いくらなんでも無理なんじゃないの? あっち、目一杯フルートをライバル視してるよ」

「ワンワン、絶対喧嘩が起きると思うんですけど――」

 一国の皇太子をつかまえて、さんざんの言いようです。

 フルートも、すっかり困惑した顔でいました。自信なさそうに、大人たちに向かって言います。

「皇太子殿下の身はできる限りお守りします。そう約束しましたし。でも……友だちになるってのは……」

 それきり口を閉じてしまいます。

 その少女のように優しげな顔を、国王はほほえんで眺めました。

「すまぬな。手のかかる息子だがよろしく頼むぞ、勇者殿」

 国王に直々に頼まれて、なおいっそう困惑した顔になったフルートでした――。

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