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第6巻「願い石の戦い」

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15.宮廷

 「ロムドは建国から四百年近くたつ古い国です」

 とユギルは子どもたちに話し続けていました。

「当然、代々国王に仕えてきた貴族が大勢います。働きにもよりますが、古い貴族が大貴族、割と最近称号を与えられた貴族が小貴族と呼ばれています。大貴族の方が地位は上ですし、領地も広く、城の中でも重要な役職を任されることが多かったのです」

 これは、ロムドに住むフルートやポチにはわかりきっていることでした。ユギルはロムドにあまり詳しくないゼンやメールのために話しているのでした。

「ところが、陛下の代になって、今までのこの体制に改革の手が入り、いくら大貴族でも、相応の働きができるものでなければ、役職に就くことはできなくなりました。当然、城からのお給料もいただけなくなります。大貴族は一般に広い領地を持つので、そこからの税収は多いのですが、ご存知のように、貴族の暮らしぶりはとても派手です。領地からの収入以上の暮らしをして、経済的に苦しくなっている者も、実は多いのですよ」

 ユギルは少し難しいことばも使って話していましたが、子どもたちに理解できないほどではありませんでした。

「それって馬鹿みたいじゃないのさ」

 とメールが肩をすくめれば、ゼンも顔をしかめて言います。

「ハルマスで見た貴族のヤツら。花で飾り立てた船を湖に出して遊んでたよな。あんなことばっかりやってるようじゃ、ろくな仕事もできないし、貧乏にもなっていくよな」

 思ったことをそのまま口に出す二人です。容赦のない評価に、ユギルが笑い顔になりました。

「そのとおりです。陛下はこれまで何度となく、貴族たちにもっと実直な暮らしをするように命令を出されているのですが、いっこうに改まりません。貴族同士が見栄を張り合って、決して生活を質素にしないのです。仕事がないのに、毎日のように登城してくる者も少なくありません。彼らは城の広間を社交場にしています。陛下はあまり会合をお開きになりませんが、彼ら自身が大きな催し事を開いて、そこに互いに招待し合うので、結局はやっぱり金がかかります。それで、貴族たちはますます貧乏になるのです」

 子どもたちはすっかりあきれて聞いていました。金もないのに見栄を張り合う生活をする、ということが、どうしても理解できません。

 すると、ユギルが静かに言いました。

「宮廷は、そこに人々を集め、人の心を操ろうとする怪物のようなものです……。そこでは、いかに相手より偉く素晴らしく見られるか、ということが何よりも大事なことになります。貴族たちのプライドは長い年月をかけて作られてきたもので、いかに国王陛下であっても、それを一気に変えることは不可能です。そのために、暮らしぶりが悪くなっても、今までの生活を改めようとしないどころか、陛下に責任を転嫁する者たちが出てきたのです。城から仕事がもらえないせいだ。下々の卑しい人間を雇い入れる陛下のやり方が悪いのだ――とね。本当は、階級に安穏としていて、役職に就くだけの力を研鑽してこなかった自分自身が悪いのですけれど。」

 ゼンは思わず肩をすくめると、ユギルの隣の席に座る銀の髪とひげの老人に言いました。

「国王ってのも大変なんだなぁ。そんな逆恨みまでされてちゃ、やってらんないじゃないか」

 あまりにもストレートで不躾な言い方でしたが、国王は怒ることもなく笑い返しました。

「人は王座をうらやむが、国王というのは人が言うほど良いものではない。真面目にやろうとすればするほど、気苦労の絶えなくなる職業なのだよ」

 ゼンはまた肩をすくめると、なんとなく、隣の友人を見ました。国王の言い方が、自分のことを話す時のフルートに似ているような気がしたのです。「金の石の勇者なんて、全然いいものじゃないよ」と友人もよく言うのです……。

 

 「そんなところへ、金の石の勇者が登場しました」

 とユギルが言ったので、子どもたちは思わず驚きました。ここで急にフルートのことへ話が振られるとは思わなかったのです。

「金の石の勇者は、型破りな陛下の家臣の中でも、ひときわ型破りな存在でした。そもそも、陛下がご自分の家臣にしようとなさいません。――むろん、金の石の勇者をロムドの家来にすることなど、できるはずはないのです。あなた方はただ、もっと大きな使命に従って闇と戦っているだけなのですから。でも、頭の固い貴族たちにはそれがわかりません。金の石の勇者を自由にさせておく陛下のやり方に首をひねり、やがて、ひとつのうがった推理に到達したのです。つまり、陛下は金の石の勇者を自分の世継ぎにしようとしているのではないか。だから、自分の家臣にせずに、大切に扱っているのではないか、と――」

 フルートはびっくりしました。本当に、自分がそんなふうに見られているとは考えてもいなかったのです。

「だ、だって、陛下には本当のお世継ぎがいるじゃありませんか! 皇太子殿下がいるのに、どうして――!?」

 と思わず声を上げると、その国王が、少し苦い顔で笑いました。

「わしとあれの間には確執があると、多くの者たちが思っておるからな。あれは生まれつき、少し了見の狭いところがある。王になっていくには、もっと広い世界を見せねばならんと思って、幼少の頃から主に辺境を守る部隊の中に送り込んできたのだが、それが人の目には、皇太子をないがしろにしているように映ったのだろうな」

 ポチは目をまん丸にしていました。

「ワン、辺境部隊だったんですか? 皇太子殿下がいらしたところって。いつも城に皇太子がいないんだ、って噂は聞いていたんだけど。どうしてそんな危険なところに……。いくら鍛えるためだって、もうちょっと違う場所があるような気がするんですけど」

「あれを城から引き離しておく必要があったのだよ。これ以上詳しくは話せんがな。辺境部隊の中が一番安全だったのだ」

 と国王が静かに答え、ユギルが補うように言いました。

「むろん、皇太子の行き先に関しては、わたくしが充分にその安全を占ってから決めました。皇太子ご自身が武芸に秀でた方です。国境近くでは隣国との小競り合いがよく起こりますが、その程度のことで危険に陥るような方でもないのです」

 フルートは首をかしげました。

「ぼくは今日初めて皇太子を拝見しましたけど……とても怒っていらしたけれど、決して悪い方だとは思いませんでした。むしろ、とてもまっすぐで正直な方という気がします。そういうのは会えばすぐにわかると思うんだけれど――どうして皆さんはぼくのことを国王に、なんて考えるんでしょう? ぼくは確かに金の石の勇者だけど、実際には、ただの田舎町の子どもですよ」

「おまえたちの活躍が華々しすぎたのさ」

 とゴーリスがふいに口をはさんできました。

「ロムド全土をおおった闇の霧を払っただけでも大活躍だったのに、その一年後には、長年敵対してきたエスタの永久和平まで取りつけてきた。形ばかりの約束ではない、本物の和平だ。さらに、この前はジーナの町やリーリス湖を襲った黒い風の犬まで退治している。――ルルの一件の真相は世間には秘密にしてあるし、表向きはハルマスの警備隊が風の犬を退治したことになっているが、人前であれだけの戦いを繰り広げてきているんだ。人の口伝いに、誰が本当の英雄だったかはわかっていくんだよ。先日おまえたちが北の大地で戦って、大陸の崩壊を食い止めたことまで、もう噂になってきているんだ」

 それは日中、仲間たちがフルートに言って聞かせたのと同じことでした。金の石の勇者が活躍しすぎたので、人々は、影の薄い皇太子よりフルートの方を自分たちの王にと期待してしまうんだよ、と仲間たちは言ったのです。

「でも……」

 それでもなんだか納得がいかなくて、フルートはいっそう困惑してしまいました。

 いくら金の石の勇者が活躍したって、正当な王位継承者である皇太子を追い払うほどの存在だと、人は考えるものでしょうか……?

 

 すると、ずっと話を聞いて考え込んでいたメールが、急に口を開きました。

「ねぇさぁ、ひょっとして、金の鎧のせいなんじゃないの?」

 フルートたちが意味がわからなくて見つめると、メールは話を続けました。

「えぇとさ……ほら、父上の親衛隊長の、半魚人のギルマンを覚えてるだろ? ギルマンは勇敢な戦士でね、戦いのたびに父上を守って戦ってきたから、それを讃えて父上が自分の使っていた海の矛をギルマンに与えたんだ。あたいたち海の一族にとって、王が使ったものを譲られるってのは、最高の栄誉さ。王が一目置いているっていう証拠になるし、実際、その時からギルマンは親衛隊長になったしね。これって、人間も同じじゃないの? フルートのその金の鎧兜は、もともとは皇太子が使っていたものなんだろ? 使わなくなったから、それをフルートが譲ってもらったんだろうけど、他の人たちの目には、国王がフルートを皇太子と同等の立場に扱ったって――そんなふうに見えたんじゃないのかい?」

 少年たちは唖然としました。フルートは思わず自分の鎧に手を当ててしまいます。

 けれども、ユギルは銀髪の頭を深々とメールに向かって下げました。

「ご明察のとおりでございます、海の王女様。金の鎧は勇者殿にとっては、闇と戦うためにどうしても必要な防具でした。けれども、特に宮中の人々の目には、陛下が勇者殿を後継者候補に考えている証しと映ってしまったのです」

 フルートは国王を振り向きました。

「陛下!」

 と思わず叫んでしまいます。

 ロムド王は黙って頭を振りました。むろん、王は何度もそれを否定しているのです。けれども、先にユギルも言ったとおり、宮廷というのは生きた化け物のような場所です。ことばは言ったままのとおりでは伝わらず、裏の裏を読み、憶測から憶測を生む貴族たちの間で、噂が一人歩きを始めたのでした。

 陛下は皇太子を疎んじている。次期国王に、金の石の勇者の少年を据えるお考えでいるのだぞ――と。

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