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第6巻「願い石の戦い」

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14.来訪

 ゴーリスが入口に近づいて扉を開けました。分厚い絨毯を敷き詰めた廊下が見えます。

 ところが、そこには誰の姿もありませんでした。確かに、戸をたたく音は聞こえた気がするのに、誰も立っていないのです。

 すると、ふいにポチが耳をぴんと立てました。ほんのちょっと頭を下げて、そのまま尻尾を振り出します。ゴーリスは、静かに扉を閉めました。

「なんだよ、今の……。誰か来たのかと思ったら」

 とゼンが言いました。他の子どもたちも不思議そうな顔でゴーリスを見上げます。

 すると、突然どこからか声が響いてきました。

「何を言っとるか、おまえら! ちゃんとここにいるだろうが!」

 子どもたちは思わず飛び上がりました。老人の声です。ポチが尻尾をいっそう大きく振りました。

「ワン、こんばんは。なんとなく、こうなるような気がしていました」

 その声に魔法を解かれたように、彼らの目の前に小さな老人が姿を現しました。光の加減で金属のように光る緑の服を着て、床まで引きずりそうな灰色のひげをたらしています。その背丈は、ポチより少し高い程度です。

「ピランさん!」

 子どもたちは驚いて思わず声を上げました。エスタ国王お抱えの、鍛冶屋の長がそこに立っていました。

 ノームの老人はポチに目をやりました。

「わしらの隠れ身の術も、犬には見抜かれるのぉ。わしがここに来ると思っていたのか?」

「ワン。そこまではわからなかったんですけど……大広間で、長老がわざとフルートをどなってたのは感じていましたから」

 ポチは人の感情を匂いでかぎ取ることができるのです。他の子どもたちは目を丸くしました。

「え……てことは、あれはお芝居だったのかよ? 本気で怒ってたわけじゃないのか?」

 とゼンが尋ねると、ピランはにやりとしました。

「本気でびびっとったな、チビども。わしの演技力もなかなかのものじゃったろう?」

「演技」

 子どもたちは何も言えなくなりました。何がどうなっているのか、全然意味がわかりません。

 すると、ゴーリスが穏やかに口をはさんできました。

「フルートの鎧を修理するには、ああいうふうに話を持っていくしかなかったんだ。なにしろ、城中の貴族がおまえたちの動向に注目している。下手にピラン殿が修理を請け負ったりすると、エスタと通じているとたちまち誤解されたからな」

 子どもたちは本当に驚いて、目を白黒させるしかありませんでした。しばらくは口もきけませんでしたが、やがて、ようやくフルートが聞き返しました。

「エスタと通じてる、って……ぼくたちが?」

「おまえが、だ。フルート。おまえはエスタ国王の後押しで、このロムドの次の国王の座を狙っていると思われているんだ」 子どもたちは呆然と立ちつくしました。わかりません。何がどうなっているのか、どうしてそんなことになるのか、さっぱりわけがわかりません。

 

 すると、奥の部屋で窓のガラスが、かたんと小さな音を立てました。それに気づいて、ジュリアがゴーリスに声をかけます。

「あなた」

 ゴーリスはすぐに窓へ向かうと、内側へ大きく引き開けました。とたんに、夜気がどっと部屋に流れ込んできます。思わず震えてしまうような冷たい風です。

 風と共に、黒い人影が音もなく部屋にすべり込んできました。長身を黒い服に包んだ男です。頭にも黒い布を巻いていて、その陰から部屋に集まっている顔ぶれを眺めます。

「全員お揃いでしたね」

 非常に丁寧な口調です。

 子どもたちは本当にびっくりしました。その声、その言い方は――

「ユギルさん!?」

 とフルートは思わず駆け寄って黒装束の男の顔をのぞき込みました。黒い布を巻いた間に、浅黒い整った顔と金と青の瞳がありました。

「左様です、勇者殿。大広間では、よく我慢なさいましたね」

 と城一番の占者がほほえみました。フルートたちは呆気にとられてしまって、もう何も言うことができません。

 ところが、その時また、ポチが窓を振り向きました。大きな黒い目がいっそう大きくなります。

「え……?」

 ユギルと同じような黒装束の人物が、もう一人窓から入ってくるところでした。城の上の方から、ロープを伝って下りてきたようです。反動をつけて窓の中に飛び込み、床の上にしゃがみ込むように着地します。

「ふむ。まだまだ若い者には負けんな」

 と二人目の人物がつぶやきました。張りがあってよく響く男の声です。

 フルートたちは口をぽかんと開けました。そのまま、二人目の男をまじまじと見つめて、いっせいに大声を上げそうになります。

 とたんに、ゴーリスが鋭く制止しました。

「静かにしろ! お忍びでおいでなのだぞ」

 子どもたちはあわてて口を結び、口を押さえました。思い切り上げそうになった声を、かろうじて飲み込みます。

「やれやれ、勇者殿たちにはやっぱり驚かれてしまったか」

 と言いながら、男が頭の布を外しました。銀の髪とひげの老人の顔が現れます。ロムド国王です。笑うように子どもたちを眺める目は、歳に似合わない茶目っ気にあふれていました。

「当然ですね。まさか一国の王がこんなこそ泥のような真似をするとは、普通誰も想像いたしません」

 とユギルが答えます。こちらも頭の布を外しましたが、とたんに、長い髪が黒装束の上を流れ落ちていきました。国王よりずっと色合いの薄い、輝くような銀髪です。

 ゴーリスが窓を閉め、カーテンを引いて振り向きました。

「これで全員が揃いましたな。テーブルへどうぞ。今、茶をお出ししましょう――」

 落ち着き払った声でした。

 

 ゴーリスの部屋で、人々はテーブルを囲んで座りました。

 ロムド国王、占者ユギル、ゴーリス、鍛冶屋の長のピラン、それにフルート、ゼン、メール、ポチの子どもたち――七人と一匹という顔ぶれです。椅子が足りなかったので、子どもたちは長椅子に座っていました。

 全員の前に花茶を配ってから、ジュリアが国王へ丁寧にお辞儀をしました。

「陛下、これにて失礼させていただきます」

「あれ、ジュリアさんは行っちゃうの?」

 とメールが声を上ると、ゴーリスが穏やかに笑いました。

「ここから先の話は、生臭くて胎教に良くないからな」

 子どもたちは思わず顔を見合わせました。

 国王がジュリアに声をかけます。

「お腹のお子は順調かな?」

「お気づかいありがとうございます。おかげさまで、数日前より動くようになってまいりました。父親に似て、じっとしていられない性分のようでございますわ」

「それは頼もしい」

 と国王は笑いました。謁見の場では見せなかった、親しみのある笑顔です。ジュリアはもう一度、深くお辞儀をすると、そのまま奥の部屋へ下がっていきました。

 部屋には男性と子どもたちだけが残ります。

 

 少しの間、誰も話し出しませんでした。ユギルが子どもたちの顔を見渡して口火を切ります。

「皆様方にはきっと、山ほど疑問がおありでしょうね。まず、何からお聞かせいたしましょうか。順序立てて話した方がきっと――」

 ところが、ゼンがさえぎるように声を上げました。

「その前にどうしても聞いておきたいことがある!」

「なんでございましょう?」

 すると、ゼンは席から立ち上がり、大胆にも、ユギルと国王を指さしました。

「あんたら、なんであんな芸当ができるんだよ!? 城の壁伝いにやってきて窓から忍び込むだなんて、絶対に、ぜぇったいに納得いかないぞ!」

 ユギルは目を丸くしました。

「……それが一番最初にお聞きになりたいことですか?」

 ゼンはうなずくと、どっかとまた椅子に座って腕組みをしました。このドワーフの少年は、相手がどんなに身分高くても、本当にまったく意に介さないのです。

 すると、国王が笑い出しました。楽しそうな笑い声です。

「今は、わしも普通に国王などやっているがな、若い頃にはそれこそ、毎晩のように城を抜け出して市内に出かけていったのだよ。城は中にも外にも警備がいっぱいだからな、その目を盗んで抜け出すのに、毎日知恵を絞ったものだ。城の塔の最上階から逃げ出したこともあるぞ。窓から出入りすることくらいのことなら、今でもお手のものだ」

 それに続けて、ユギルも話し出しました。

「わたくしですが、前にも申し上げたことがありましたよね。もともとはロムドではなく、南方諸国の庶民の出なのです。それも、本当に下の方の出身でして――」

 そこまで言って、占者は急にことばを切り、次の瞬間、まるで想像もしていなかった口調になりました。

「おまえら、さっさとずらかれ! ブツ持って二手に分かれるんだ! ぐずぐずしてると警備隊につかまるぞ! ――とまあ、こんなことを毎日言うような生活をしていたわけです」

 銀髪の青年は、すました顔を崩しませんでした。子どもたちは驚きすぎて、本当に声も出せません。

 すると、ゴーリスが笑い出しました。

「本当にな、あの時、ザカラスの大通りで馬車に突然現れて、陛下が暗殺されると言ってきた生意気な小僧が、こんな上品なヤツに化けるとは、夢にも思わなかったぞ」

 すると、ユギルが少しもあわてずに言い返しました。

「どういたしまして。こちらこそ、まさかあの時わたくしのところへ来た人相の悪い男が、陛下の重臣を務めるような大貴族とは思ってもおりませんでした。てっきり、陛下の子飼いの盗賊団の首領か、間者なのだろうとばかり思っておりましたから」

 なんだかお互いさまのようなことを言い合う二人を、子どもたちはただただ呆気にとられて見つめていました。

 やっとのことで、メールが言います。

「毎晩城を抜け出してたの? 国王が……? たしか、ゴーリスもそうだったよね? 若い頃はしょっちゅう屋敷を抜け出して、下町に出かけてたんだろ?」

「どうしてそれを知ってる?」

 とゴーリスが意外そうに聞き返してきました。

「あ、え、えっと……前にジュリアさんからちょっと……」

 あわてたようにメールが答えて口ごもります。大貴族の息子として生まれたゴーリスが、それ故にさんざん嫌な想いをして、下町の庶民の間に入り浸っていたことは、ジュリアとそれを聞かせてもらったメールとポポロの間だけの秘密になっていたのです。

 えぇ? とゼンが声を上げました。

「毎晩城を抜け出すような王様と、やっぱり屋敷を抜け出して下町に入り浸ってた大貴族と、昔、泥棒の親分だった占い師? なんだよ、この取り合わせ!」

「泥棒ではありません。ただの不良少年のグループです。盗みは時々しかやりませんでしたから」

 とユギルが相変わらずすました顔のままで訂正します。

 ワン、とポチが吠えました。

「ぼく……このロムドに来てから、もうずいぶんになるけど……こう言っては失礼かもしれないけど、そんな方たちが動かしている国だとは思いませんでしたよ……」

 子犬は長椅子の上で困惑した様子をしていました。

 すると、面白そうに話を聞いていたピランが口を開きました。

「類は友を呼ぶ、というやつだな。国王が型破りな人物だから、家臣にも型にはまらない奴らが集まってくるんだ。ロムド王は家臣の身分や家柄を問わないことで有名だったが、そういう背景があったわけか。家柄を重んじるエスタでは想像もつかんな」

 

 フルートはずっと何も言いませんでした。最初のうちこそ、国王やユギルの意外な昔話に驚いていましたが、そのうちに、ひとつの事実に気がついたのです。ロムド王は相手の身分や格式にこだわりません。だからこそ、田舎町の少年にすぎない自分が金の石の勇者として現れても、信用して、闇と戦うために送り出してくれたんだ――と。

 すると、そんなフルートを見つめながら、ロムド王が静かに言いました。

「フルートよ、わしが即位して王になったとき、わしはまだたった十二歳だった。いろいろないきさつから思いがけず王になったようなもので、誰もわしに王としての働きなど期待していなかった。――それが悔しくてな。いつか必ず名君と呼ばれる人間になってみせる、と考えたものだ。即位してすでに五十年あまりが過ぎたが、実際に名君になれたかどうか、そこはわからぬ。だが、少しでも国民のためになる君主であろうと、さまざまな場所の人の話を聞き、見た目や格式より人柄や力を重視してきたことは、決して誤ったことでも、無駄なことでもなかったと思っておるのだよ」

 フルートはうなずきました。ロムド王は国民の心のわかる寛大で賢い王と言われて、国民から広く慕われています。フルートたちが抱く王のイメージと、目の前に座るこの老人の間には、少しも違うところがありませんでした。

 

 すると、ユギルが溜息まじりに口をはさんできました。

「ですが、そういう斬新なやり方を喜ばない方々も、中にはいらっしゃいます。今回の件は、それが表に吹き出してきたものなのですよ」

 フルートたちは、はっとしました。

 話はいよいよ、フルートを巡る陰謀劇の核心に迫ってきたのでした――。

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