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第6巻「願い石の戦い」

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13.両親

 子どもたちとゴーリス夫妻の話は、食事中も、食事が終わってからもずっと続きました。

 城の中のゴーリスの部屋には、彼ら以外には誰もいません。料理も食後のお茶も、貴族の夫妻が自ら運んできてくれます。

「私は地方の小貴族の出なものだから、なんでも自分でやる習慣が身についてしまってるのよ。召使い任せにしていられないの」

 とジュリアが笑います。夫のゴーリスも、シルの町で十年間も身分を隠して一人暮らししてきたので、やっぱり気軽に動きます。

 そして、それが今はフルートの身を守っていました。料理も菓子もすべてジュリア自身が、部屋に備え付けられた小さな台所で作ったものですし、それが食卓に出てくるまでに、誰かが細工をする隙もありません。毒殺の危険さえあるフルートにとって、これほど安心できる環境はありませんでした。

 子どもたちは、話の途中で何度も、何故フルートがこんな陰謀に巻き込まれているのか理由を聞こうとしました。けれども、そのたびにゴーリスは「その話はもう少し後だ」と言って、教えてくれようとはしないのでした。

 しかたなく、子どもたちは聞かれるままに、前回ゴーリスたちと会った後の出来事を語りました。三ヶ月前の北の大地での戦いの話です。それは長い長い物語でした。子どもたちは交代しながら話し、やっと語り終えた時には、食卓のある部屋の窓の外は、すっかり夜の色になっていました。

 

 ロキとの別れを話した後、少年たちは口をつぐみました。どれほど時間が過ぎても決して消えることのない痛みが、それぞれの胸にありました。いつかはまた、ロキに再会できる日が本当に来るかもしれません。けれども、それでもやっぱり、深い悲しみと痛みは消えないのです。いつまでも――きっと生涯、なくなることはないのです。

 メールはそんな少年たちを黙って見守りました。少年たちを慰めることばなど何もないことを、海の王女は知っているのです。

 ゴーリスは静かにうなずくと、ただ二人と一匹の少年たちの頭をなでました。大きな手から、ぬくもりが伝わってきます。ジュリアも黙ったまま、彼らの前に新しいお茶をつぎ分けました。花茶と呼ばれる飲み物です。湯気の立つカップから、甘く優しい花の香が漂って、傷ついた少年たちの心をそっと抱きしめてくれます……。

 

 すると、ふいにジュリアが、あら、と小さな声を上げました。驚いた人たちに向かって、笑って見せます。

「今、お腹の中で動いたのよ、赤ちゃんが」

「動くようになったのか?」

 とさらに驚いた夫へ、ジュリアはほほえみ返しました。

「ええ。四、五日前から。日ごとに回数が多くなっているわ。とても元気よ」

「そうか……」

 ゴーリスはつぶやくように言って、ふくらみが少し目立ってきた妻の下腹部に目をやりました。その厳しい顔は、とまどっているようにも、感激しているようにも見えます。

 ところが、子どもたちがそんな自分を見ていることに気づくと、黒衣の戦士は苦笑いの顔になりました。照れ隠しをするように子どもたちに話しかけます。

「不思議だとは思わんか? ここで一人の人間が育っているんだぞ。こんな小さな場所で――命は作られていくんだ」

 子どもたちも思わずジュリアのお腹に注目しました。そこで育つ小さな赤ん坊の姿を想像しようとします。

 すると、ジュリアが穏やかに言いました。

「あなたたちもみんな、こうしてお母さんのお腹の中で育ってきたのよ。十月十日守られて、そして、この世界に生まれ出てきたの」

「ワン、犬はもっと短いですけどね。二ヶ月ちょっとで生まれてくるんです」

 とポチが言いましたが、その黒い瞳は、やっぱりジュリアのお腹をじっと見上げていました。

「ぼくはなかなか大きくならなかったから、生まれてからもずいぶんお母さんに守ってもらったんです。お母さんがいなかったら、ぼくは今頃生きていなかったな――」

「それは人も犬も、みんな同じね」

 とジュリアがうなずきます。

「命はお父さんとお母さんから子どもに受け継がれていくの。子どもは親に守られながら育っていって、そして、やがて自分でこの世界を生きていくようになるわ。でもね、そうなるまでにはとても長い時間がかかるし、たくさん守られてこなくちゃいけないのね……。私があなたたちにまた会いたかったのも、それだったのよ。あなたたちは金の石の勇者の一行で、世界中の人たちを闇の敵から守っているけれど、でも、それは、あなたたちのお父さんやお母さんが、小さかったあなたたちを守り育ててくれたからなのよね。あなたたちのご両親はどんな方たちなのかしら? ぜひ聞かせてほしいわ」

 

 子どもたちは思わず顔を見合わせました。

 ポチがとまどいながら真っ先に口を開きます。

「ワン、ぼくはお父さんには一度も会ってないから、全然知らないんだけど……お母さんはすごく優しい犬でした。優しくて綺麗で……ぼくは、大好きでした」

 ほほえむような悲しいような表情が、大きな黒い瞳の中を横切ります。ポチのお母さんはもうこの世にはいません。霜の花咲く寒い朝に、小さかったポチを守ったまま凍え死んでいったのです――。

「あたいの母上も、もうこの世にはいないけどね、でも、うん、やっぱり優しかったなぁ」

 とメールが答えます。ちょっと得意そうに続けます。

「あたいの花使いの力は母上譲りなんだ。母上もすごい花使いだったんだよ」

「その髪の色もおふくろさん譲りなんだろう」

 とゼンが笑いながら口をはさんできたので、メールは肩をすくめました。

「まぁね。前は海の民らしくなくてイヤだったんだけどさ、今はもう緑の髪もそんなに嫌いじゃないよ。父上だって、別に何も言わないし」

「言うわけねえだろ。おまえの親父さん、おまえには大甘だもんな」

「えぇ? しょっちゅう、あたいを城に置いてきぼりにするような薄情親父だよ! そんなわけないじゃないか!」

 メールの声のトーンが跳ね上がります。このおてんば姫は、海の争いごとを収めに出かける父が自分を連れて行かないのが不満なのです。

「だから、そこが大甘だって言ってんだよ。ったく、こんな鬼姫、城に守ってやってる必要なんかねえってのによ」

「ちょっとぉ、ゼン! それってどういう意味さ!?」

「言ったとおりの意味だぜ。間違ってねえだろ?」

「なんだってぇ――!?」

 たちまち二人の間で口喧嘩が始まりました。すごい勢いで言い合いますが、お互いそれをどこかで楽しんでいるようにも見えます。

 そんな二人を無視して、フルートがジュリアに言いました。

「ぼくの両親も優しいですよ。それに、お父さんは物知りだし、お母さんは――」

「あ、こいつ! 自分だけ優等生やってるんじゃねえ!」

 とゼンがどなって、フルートから話をひったくりました。

「俺の親父はえらく厳しいぜ。北の峰で猟師の組頭をしてるんだ。すごくおっかないから、俺は今でも親父にはかなわない。母ちゃんの方は知らねえ。俺を生んですぐに、病気で死んじまったからな。でも、俺の名前は母ちゃんがつけてくれたんだ」

「へえ、そうだったの?」

 フルートは思わず聞き返しました。初耳だったのです。ゼンは、にやっと笑って見せました。

「けっこういい名前つけてくれたと思わないか?」

 そう言うゼンの声と顔はとても得意そうです。フルートは笑ってうなずき返しました。

 ジュリアはまた子どもたちを見回しました。どの顔もごく自然に嬉しそうな表情を浮かべているのを見て、またにっこりします。

「やっぱり、あなたたちのご両親はみんな素敵な方たちだったのね」

 そんなふうに言われて、なんとなく、照れたように笑ってしまった子どもたちでした。

 

 窓の外では静かに夜が更けていました。

 夕食とも言えない軽い夜食をすませると、ゴーリスが席から立ち上がりました。

「だいぶ遅い時間になったな。そろそろ――」

 そろそろ寝る時間だ、と言われるのだと子どもたちは思いました。満腹になったうえに、一日の疲れも出てきて、まぶたが重くなってきています。ゼンなどは、さっきからあくびを連発していました。

 すると、ゴーリスは子どもたちを見て、にやりと笑って見せました。

「そろそろ、本番の時間だ。客が来るぞ」

 え? と子どもたちは目を丸くしました。時計はもう十時を回っています。こんな時刻に来客があるのでしょうか。

 すると、部屋の入口の戸が、トントン、と外からたたかれました。人の耳にやっと聞こえる程度の小さな音は、驚くほど低い場所から響いていました――。

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