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第6巻「願い石の戦い」

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第4章 大貴族の部屋

12.笑顔

 貴族の中でも、常に王のそばに控えるのが勤めの重臣たちは、城の中に自分の部屋を与えられています。自分の本当の屋敷はディーラの街中にありますが、職務や催し事のために何日も城に詰めることがあるので、その際には城の中の自分の部屋を利用するのです。個人的な客が城を訪ねてきた際にも、城の自分の部屋が使われます。

 部屋の大きさや調度は、その重臣の身分や地位によって違いますが、それでもどれも広くて立派な部屋ばかりです。ゴーリスの部屋も、実際には四部屋もあって、シルの町のフルートの家よりずっと広いのでした。城の中に別宅を持っているようなものです。

 その自分の部屋へ、ゴーリスは子どもたちを案内しました。入口に続く短い廊下の角には、華やかな制服に身を包んだ兵士が警備に立っています。城内警備の近衛兵です。

「客だ。誰も部屋に近づけるな」

 ゴーリスは警備兵に短く言うと、子どもたちと部屋に入っていきました。

 

 フルートとゼンとポチは、これまで何度か城のゴーリスの部屋を訪ねていました。

 ゴーリスは大貴族でありながら、本当に庶民的で飾り気がありません。その人柄を反映するように部屋は実用重視で、余計なものはいっさいなく、むしろ殺風景にさえみえるほどでした。

 久しぶりで入ったゴーリスの部屋は、やっぱり豪華やきらびやかといったことばとは無縁でした。上等ですが、実用一点張りの家具が並んでいます。ただ、足を踏み入れたとたん、少年たちは部屋がこれまでとはどこかが違っていることに気がつきました。なんだか暖かくて、ほっとするような雰囲気が漂っているのです。入口の部屋では暖炉が赤々と燃えていたので、そのせいかとも思ったのですが、なんとなくそれだけでもないような気がしました。

 部屋を見回して、フルートはやがて気がつきました。小さな飾り物の類が増えているのです。レース編みの敷物、壁の上の小さな絵、テーブルや壁際にさりげなく生けられた花……ちょうどシルの町のフルートの家のように、誰かの細やかな気配りがあちこちにあります。フルートの家でそれをしているのはお母さんです。では、この部屋で、戻ってきた主がくつろげるように気配りしてくれているのは誰なのでしょう――?

 奥に続くドアが開いて、一人の女性が現れました。茶色がかった黄色のドレスを着て、豊かな栗色の髪を結い上げています。もう若いとは言えない年頃ですが、そのぶん、落ちついた雰囲気があります。部屋に入ってきたゴーリスと子どもたちを見て、優しくほほえみかけます。

「おかえりなさいませ、あなた。ようこそいらっしゃいませ、フルート、ゼン、メール、ポチ。またお会いできて嬉しいわよ」

 優雅な身なりのわりに、飾らない話し方をする女性です。子どもたちはぽかんと立ちつくし、次の瞬間、いっせいに声を上げました。

「ジュリアさん!」

「ジュリアさんだ!」

「城に来てたの――!?」

 彼らは、ゴーリスの奥方はてっきり市内のゴーリスの屋敷で待っているのだとばかり思っていたのです。

 

 子どもたちはジュリアに駆け寄りました。メールが喜んで飛びついていきます。

「うわぁ……嬉しいな! こんなに早く会えるなんて思わなかったからさ!」

 五ヶ月前の闇の声の戦いの後、ハルマスのゴーリスの別荘で、彼らはジュリアに本当にかわいがってもらってきました。特にメールは、同じ女性同士と言うこともあって、特別な親しみも感じています。

 ジュリアがまたほほえみました。ふっくらとした、優しい笑顔です。

「メールは一段と女の子らしくなったわね。綺麗になったわ。男の子たちはたくましくなってきて。みんな、本当に大きくなってきているわね」

「大きくなってるかぁ? 俺たち、身長は今でも同じなんだぜ」

 とゼンが隣のフルートを指さして言います。やっぱり満面の笑顔になっています。ジュリアは、夫のゴーリスに劣らず気取らない人物です。貴族嫌いのゼンも、この貴婦人だけは大好きだったのです。

 フルートがゴーリスを振り向きました。大喜びしている子どもたちの中で、フルートだけは真剣で厳しい表情をしています。

「ゴーリス、大丈夫なの――城にジュリアさんをいさせたりして。ぼくを狙ってるやつがいるんだろう? 危険じゃないの?」

「相変わらず、自分のことより他人の心配か?」

 とゴーリスが笑いました。本気で心配顔になっているフルートの頭をぽんとたたいて、癖のある金髪をくしゃくしゃにかき混ぜます。

「実は城の中の方が安全なんだよ。城内はいたるところに警備兵がいるし、ユギル殿のような優秀な占者たちが交代で休みなく見張っている。城の中でおかしな動きが起これば、必ず占者たちに見抜かれるんだ。俺の屋敷に置いておくより、ここのほうが、よほど安心できるんだよ」

 ふーん、と子どもたちは納得しました。

 納得しましたが、フルートだけはやっぱり気がかりそうな表情が消えませんでした。自分の屋敷より城の方が安全だ、とさりげなく言ってのけたゴーリスのことばは、ゴーリスたちまでが争いに巻き込まれて、危険な状況になっていることを伝えていたのです……。

 けれども、ゴーリスは笑顔のままジュリアに言いました。

「さあ、この腹ぺこ坊主どもに何か出してやってくれ。大広間でさんざん嫌な目に遭ってきているんだ。腹一杯食って、うさ晴らしをしてもらわんとな」

「ええ。そう思って、たくさん料理を作って待ってましたわよ」

 ジュリアも笑顔で答えます。ジュリアは料理上手です。子どもたちはまた、いっせいに歓声を上げました。本当に、偉い貴族の夫婦とはとても思えない、気さくな二人でした――。

 

 けれども、メールが急に我に返った顔になりました。

「やだな、ちょっと待ってよ。あたいたち、ジュリアさんにお祝いを言いに来たんじゃないのさ」

 それを聞いて、少年たちも、あっと気がつき、いっせいにジュリアとゴーリスの前に並びました。改まった様子で頭を下げます。

「えぇと……ご懐妊、おめでとうございます。お腹の赤ちゃんは順調でしょうか?」

 とフルートが大人のような言い方をて、たちまち隣のゼンに小突かれました。

「まどろっこしいこと言ってんじゃねえ! ジュリアさん、俺の親父とじいちゃんが、おめでとうって言ってたぜ。元気な赤ん坊を産んでくれって!」

「ワン、フルートのお父さんとお母さんも喜んでましたよ。ゴーリスとジュリアさんの子どもだから、きっと元気で賢い子だろうって」

 とポチも言います。ジュリアはとても嬉しそうな顔になりました。

「まあ、あなたたちのような? 素敵ね。ありがとう」

「生まれてくる子どもまでこいつらみたいに危険に飛び込んでいくようになったら、こっちはとても身がもたんぞ」

 とゴーリスが妙に真面目な顔でぼやきます。

 メールが、くすくす笑いながら言いました。

「あたいの父上からはお祝いを預かってきたよ。ほら、これさ」

 と、どこからか美しい小箱を取り出します。華奢なメールの手にすっぽり隠れてしまうほど小さな箱ですが、上にも周りにも細やかな彫刻が施されています。蓋を開けると、中から薄紅色の大粒の真珠が出てきました。

「お、もしかして『人魚の涙』か?」

 とゼンが言いました。人魚の涙とは魔法の真珠で、それを飲むと水中でも息をすることができるようになります。フルートたちは、謎の海の戦いの際にそれを飲んで海中戦を繰り広げてきました。今でもその魔力は続いているので、彼らは水に落ちても溺れることがありません――。

 メールが肩をすくめました。

「残念だけど違うよ。あれは海の王たちにも特に貴重な宝だから、そう簡単にはあげられないんだ。これは『海のほほえみ』。これを持っていると水難に遭わなくなるから、生まれてくる赤ちゃんのお守りにするといいよ」

「それは非常にありがたいな。そう言えば、ゼンの家族からもお祝いをもらった。屋敷の方に届けておいたぞ」

 とゴーリスが言います。ジュリアは、ありがとう、と喜び、改めて目の前の子どもたちを見つめて言いました。

「心づかい、本当に嬉しいわ。でもね、私が一番嬉しいのは、あなたたちがはるばる私に会いに来てくれたことよ。子どもができたとわかってから、何故だか本当にしょっちゅうあなたたちのことを思い出して、ぜひまた会いたいと思っていたの。来てくれて、本当にありがとう。また、たくさん話をしましょうね」

 ジュリアはことばを飾らない人です。決してお世辞もご機嫌取りも言いません。ジュリアの本心が伝わってきて、子どもたちはとても嬉しくなりました。

 思いもよらなかったほど、どろどろとした陰謀が渦巻いていた王都ディーラ。その中心に放りこまれているのはフルートです。

 ジュリアが会いたがっている、というゴーリスの誘いは、実は彼らをディーラに呼び寄せるための口実だったのではないか、と子どもたちは考えていました。それは、確かにそうなのかもしれません。けれども、彼らの前でほほえむジュリアは、本当に子どもたちと再会したことを喜んでくれていました。そのことが、子どもたちにはたまらなく嬉しく思えたのです――。

「さあ、食事にしよう。積もる話はそれからだ」

 とゴーリスが一同に呼びかけ、部屋の中は楽しそうな声でいっぱいになりました。

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