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第6巻「願い石の戦い」

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11.小道

 「なんなんだよ! なんだってんだよ、本当に! ちきしょう!!」

 ゼンがわめいていました。ロムド城の中庭の、植え込みが作る小道の中です。ゴーリスは子どもたちのそばにいません。謁見が終わった後、大広間に残って国王や公爵、皇太子と話を始めたので、子どもたちは先に会場を抜け出して、ここに来ていたのでした。

 小道をひんやりする風が吹き抜けて、生け垣の遅咲きのバラを揺らしていきます。遠くからたくさんの人の気配が伝わってきますが、この中庭に人影はほとんどありません。ずっと大広間で居心地悪い想いをしてきたフルートたちは、やっと息がつけるような気分になっていました。

 ゼンがフルート相手に爆発していました。

「ホントに、おまえはどうしてあんなに好き放題言われてやがるんだよ!? おまえは王座を狙ってると思われてんだぞ! あいつら、おまえが皇太子を暗殺するんじゃないかと考えてやがったんだ! ったく、冗談じゃねえや!!」

 フルートは困惑したように首をかしげました。

「ぼくは、ただの平民の子どもだよ。小さな田舎町に住んでて、お父さんは牧場で働いてて、ぼくは普通に学校に通ってる。そんな人間が王様になんかなれるはずないのに、どうしてみんなあんなに心配するんだろう――?」

 とたんに、仲間たちはいっせいに頭を抱えてしまいました。フルートはとても頭の良い少年です。でも、こと自分に関することになると、驚くほど事実が見えていないことがよくあるのです。

「フルート、あんたは金の石の勇者なんだよ」

 とメールが苦笑いするように言いました。

「今までロムドや他の国の人たちのために、本当にたくさん敵を倒してきたじゃないのさ。みんなだって、それはちゃんと見てるんだよ」

「ワン、この国の皇太子はお父さんの国王とあまり仲が良くないと言われてますからね。国王陛下がフルートを跡継ぎに考えてるんじゃないかと思われたんでしょう。フルートの方が国王にふさわしいと見られているんですよ」

 とポチも言います。フルートは、ますます困惑した顔になりました。

「ぼくはそんなこと考えたこともない。ぼくはただ、デビルドラゴンを倒して、みんなを闇から守りたいだけだよ」

「そんなのはわかってる! だが、あいつらにはそれがわからねえ。それが問題なんだよ!」

 とゼンがまた声を上げました。溜息まじりの声でした。

 遠い潮騒のように、城の中の人々の声が風に乗って聞こえてきます。その大半は身分ある貴族たちで、誰もが上品で美しい様子をしています。そんな人々を抱える王宮は、夢のようにきらびやかで美しく――同時に、陰で信じられないほど腹黒く醜いものが渦巻いているのでした。

 

 フルートはしばらく考え込んでから言いました。

「とにかく、ぼくたちはもうすぐ堅き石を探しに出発するんだ。城を離れれば、もう嫌な想いはしないですむよ」

「あの鼻っ柱の強い王子が一緒だぞ!?」

 とゼンがまたどなりました。本当に、ドワーフの少年は相手がどんなに身分ある人間だろうと、ここがどんな場所だろうと、まったく遠慮することなく声を上げてしまいます。

「あんなヤツと一緒に旅なんかしたくねえや! おい、フルート、本当にあいつを連れて行くのか!?」

「陛下と約束したからね」

 とフルートは答えました。――答えましたが、やっぱり、弱ったような顔は隠すことができませんでした。正直、皇太子などという人物とどう一緒に行動したらいいのか、見当がつかなかったのです。

 すると、メールが肩をすくめて言いました。

「ま、あの王子様の気持ちも、あたいはわかんないじゃないけどね……。父親みたいな立派な王になれ、って小さい頃から言われ続けてきたんだろ。親が偉大すぎるとね、子どもはけっこう苦労するもんなんだよ」

 それは、世界の海の半分を統治する渦王の娘だからこそ言えることばでした。

 フルートたちはなんとなく黙り込んでしまいました。

 また旅に出ること自体は、別にどうということもありません。仲間が一緒にいれば、どんなに困難に見える旅路でも、彼らは全然怖くないのです。

 ただ、皇太子が同行することと、王宮に渦巻いている陰謀の影が、重くのしかかっていました。彼らはまだ子どもです。こんな状況は、とても担いきれるものではありませんでした。

 

 すると、中庭の小道を誰かがやってきました。ゴーリスではありません。金のかかった派手な身なりをした中年の貴族でした。小道の途中にたたずむフルートたちを見つけると、嬉しそうな表情になって駆け寄ってきました。

「これはこれは、こんなところにおいででしたか、勇者の皆様方! その節は大変お世話になりました。またお目にかかれて、本当に嬉しく思っておりますぞ――」

 親しげに話しかけてくる貴族に、フルートたちは目を丸くしました。誰だかすぐには思い出せません。ところが、貴族が首にひだ付きの大きなリボンを巻いているのを見たとたん、記憶が一気に戻ってきました。闇の声の戦いの時、リーリス湖畔でゴーリスをあざけり、フルートたちの船に嫌がらせをしてきたカミチーノ卿です……。

 フルートたちがいっせいに嫌な顔になっても、カミチーノ卿は気にする様子もなく話し続けていました。

「いや、まことに、あの時にはお世話になりました。わたくしどもの船を風の犬から守っていただいただけでなく、危なく湖で溺れ死ぬところだった息子と娘の命まで救っていただきましたのに、皆様方がご身分を隠していらしたばかりに、お礼を申し上げることさえせずにおりました。長い間のご無礼、本当にお許しくださいませ――」

 カミチーノ卿は、自分の子どものような歳のフルートたちを相手に、最大限の敬語を使って話しかけてきます。立て板に水のような、とうとうとした話しぶりです。

 けれども、ゼンは舌打ちしました。何言ってやがる、俺たちが金の石の勇者の一行でなかったら今でも礼を言う気はなかった、ってことだろうが――と心の中でつぶやきます。

 あの時、風の犬のルルに襲われて、カミチーノ卿の船は沈みそうになり、卿の二人の子どもたちは湖に落ちたのです。それを救ったのは風の犬になったポチと、ゼンとメールでした。けれども、カミチーノ卿たちは、命の恩人の彼らにありがとうの「あ」の字も口にしようとはしなかったのです。

 

 フルートはフルートで、カミチーノ卿がリーリス湖の桟橋でゴーリスを悪し様に言い、その奥方のジュリアまで馬鹿にしたことをしっかり覚えていました。用心するように相手を見上げながら言います。

「それで――まだ何か、ぼくたちにご用でしょうか?」

 いつも礼儀正しいフルートには珍しく、さっさとあっちへ行ってほしい、というニュアンスを強く漂わせます。

 けれども、中年の貴族はそれに気がつかないのか、気づいても気づかないふりをしているのか、にこやかに話し続けていました。

「実は勇者の皆様方がいらっしゃると聞き及んで、拙宅にて感謝の宴を準備させておりました。世界中を旅される皆様方にはさほど珍しくもないかもしれませんが、世界各国の珍味や料理なども揃えさせております。先ほど、ゴーラントス卿も快く招待をお受けくださいました。勇者の皆様方も、ぜひ拙宅においでになり、ささやかな食卓を囲みながら歓談のひとときをお過ごしいただければ、私どたちもとしても、これほどの光栄はありません。子どもたちも、久しぶりに勇者の皆様方にお会いして、きっと大喜びすることでございましょう――」

 フルートは困りました。ゴーリスがカミチーノ卿の招待を喜んで受けた、というのは、とても怪しいような気がします。けれども、この人物は同じ王宮でゴーリスと共に国王に仕える貴族です。その招待をむげに断ることで、ゴーリスに迷惑がかかったらどうしよう、と考えてしまったのでした。

 そんなフルートに、ゼンとメールは首を激しく振っていました。カミチーノ卿の息子や娘も、親に劣らず生意気で鼻持ちならない性格をしています。自分たちに再会して喜ぶなんてことは絶対にありえない、と思っていました。

 フルートは足下にたたずむポチを見ました。人の感情を匂いでかぎ取ることができる子犬は、こういう場面でとても頼りになります。すると、それをどう受け止めたのか、カミチーノ卿があわてたようにまた口を開きました。

「えぇと、そのぉ……実はわたくしの娘は、いや、妻は犬が大の苦手でして……獣は毛が飛び散って料理などにも入りますし……ですから、犬はその、ちょっと――」

 これまでの流暢な話し方とは一転して、しどろもどろになりながら、そんなことを言います。

 とたんに、フルートは表情を変えました。少しとまどったような穏やかな顔が、急に厳しく険しくなります。

「ポチはぼくの弟で勇者の一員です。ポチに来るなとおっしゃるならば、ぼくたちも全員あなたの家には行きません」

 自分より身分も歳もはるかに上の貴族に、きっぱりとそう言い切ります。

「お、弟……?」

 カミチーノ卿は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になりました。中庭には肌寒いほどの風が吹いているのに、真っ赤になって、顔中に汗をかいています。

「そ、その、そちらの犬――殿は、魔法か何かでそんな姿にされているのでしょうか……? 元は人間だとおっしゃるのですか……?」

「違います。でも、ポチは本当にぼくの弟なんです。失礼します」

 それだけを言うと、フルートは呆気にとられている卿をその場に残して、さっさと中庭の小道を歩いていきました。仲間たちがあわててついていきます。

 

「ふん、さすがに追いかけてはこないな」

 とゼンが振り返って言いました。カミチーノ卿の姿は植え込みの向こうに消えて、もう見えません。ポチが、ワンと鳴いてフルートを見上げました。

「そんなに怒ることないですよ、フルート。世の中には犬が嫌いな人はいっぱいいるんだから。それに、ぼくのことを弟って言うのはやめた方がいい、っていつも話してるじゃないですか。ただでさえ、ぼくは人のことばをしゃべるんだもの。みんなに誤解されますよ」

「誤解するならすればいい。とにかく、ポチを侮辱されるのは我慢できないんだ」

 とフルートが答えました。堅い口調になっています。仲間たちは思わず肩をすくめました。優しげな顔をしているし、実際とても優しいフルートですが、意外なくらい頑固な一面があります。フルートが一度こんな風に言い出してしまったら、仲間たちには絶対説得することができないのでした。

 メールがあきれたように言いました。

「ほぉんと、フルートって変だよね。自分のことは何を言われても平気なくせに、友だちを馬鹿にされると、むきになって怒るんだもん」

「ま、いつものことだよな」

 とゼンが笑います。そう、彼らのリーダーのフルートはそういう少年なのです……。

 

 すると、そこへ小道を通ってまた誰かがやってきました。一瞬、カミチーノ卿がしつこく追いかけてきたのかと思いましたが、植え込みの陰から姿を現したのは、黒ずくめの剣士でした。

「遅くなってすまん。話が少し長引いてな。――なにかあったのか?」

 フルートが怒った顔をしているのに気がついて、すぐにゴーリスが尋ねてきます。そこで、ゼンとメールとポチは、かわるがわるカミチーノ卿とのやりとりを教えました。

 ゴーリスは苦笑いの顔になってうなずきました。

「今、宮廷の貴族どもはまっぷたつに別れているからな。皇太子を擁護しようとする集団と、金の石の勇者に取り入ろうとする連中だ。カミチーノ卿は後者に趣旨替えしたんだろう」

「だから、どうしてそんなことになってんだよ? どこをどうしたら、こいつを国王にしようなんて話になるんだ?」

 とゼンがフルートを指さします。するとゴーリスは皮肉に笑って見せました。

「それはここでは話せん。後で詳しく教えてやる」

 そして、身をかがめるようにして子どもたちの目をまっすぐ見ると、意外なほど真剣な口調でこう言いました。

「これから誰かから食事に誘われることがあっても、ポチを同席させなければ絶対に食事に出るな。それが国王からの誘いであってもだ。――毒殺される危険があるからな」

 子どもたちはびっくりしました。物騒です。あまりにも物騒です。

「ワン、カミチーノ卿はフルートを殺すつもりだったんですか? ぼく、そこまで危険な匂いは感じなかったんだけど」

 とポチが言うと、ゴーリスは、しっと唇に指を当てて、声を潜めました。

「食事に毒を入れるのは、家人でなくてもできることだからな。用心するのに越したことはないんだ。ポチは犬だから鼻がきくし勘もいい。危険なものには必ず気がつくだろう」

 子どもたちはまた顔を見合わせてしまいました。フルートは本当に困惑していました。

「ゴーリス……本当に、何がどうなっているわけ?」

「うむ。では俺の部屋に来い。腹も減っただろう。安心して食べられるものを出してやる――」

 そう言って、黒衣の剣士は先に立って歩き出しました。城の中にある自分の部屋に向かいます。子どもたちはとまどいながらも後についていきました。

 遅咲きのバラが彩る中庭を、また風が吹き抜けていきました。十月も下旬の風は冷たさを増しています。バラが薄い花びらを寒そうに震わせていました――。

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