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第6巻「願い石の戦い」

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10.同行

 ところが、銀髪の占い師が大広間を出ようとしたとき、広間の片隅から声が上がりました。

「その子どもたちが堅き石を取りに行くというなら、私も同行しよう」

 聞き覚えのない若い男の声でした。占い師のユギルが、わずかに眉をひそめて振り返ります。フルートたちも思わず声の主を振り向きました。

 青い服を着た長身の若者が貴族たちの前に出てきました。けむるような暗い灰色の髪をしています。その顔立ちは非常に整っていて、空気のように自然に、高貴な雰囲気を漂わせていました。

 ゼンがそっとフルートにささやきました。

「誰だ、あれ?」

「皇太子殿下だよ……国王陛下の息子の、オリバン殿下だ」

 とフルートはささやき返しました。その目は皇太子に釘付けになったままです。自分の国の王子ですが、肖像画などで知っていただけで、実物を見るのはこれが初めてだったのです。

 皇太子のオリバンは、確か今年十八歳、フルートたちより五つ年上のはずです。けれども、実際に見る皇太子は、立派な体格をしているせいもあって、本当の年齢よりずっと大人に見えました。黒っぽい灰色の瞳も落ちつきがあって、賢王と呼ばれる父のロムド国王によく似ています。

 その皇太子が言っていました。

「その鎧兜は元は私の所有物だったものだ。十三年前のザカラス国との戦闘の際には、私の命を頼もしく守ってくれた。その鎧が傷ついたままでいるのは、私としてもまことに忍びない。私も堅き石の探索に出かけて、鎧の修復に尽力しよう。それがロムドの皇太子としての務めと思うが――いかがでしょう、父上?」

 非常にしっかりした、堂々たる話しぶりです。

 皇太子に問いかけられて、ロムド王は答えました。

「そなたも金の石の勇者たちと一緒に旅立つというのか、皇太子よ」

 何故か、フルートたちに話しかけてきたときより、さらにそっけなく聞こえる声です。とたんに、皇太子はぴくりと顔を引きつらせて、眉間に小さなしわを作りました。

「こう見えても、私は幼い頃より父上のご命令で国のあちこちの要所に行かされ、そこで国の守りを学ばされてまいりました。父上直属の大本陣一千の兵にも負けない働きができる自信がございます。金の石の勇者に同行しても、助けにこそなれ、足手まといにはならないつもりでございますが」

 力をこめて言い切ることばの裏に、非常に大きなプライドが見え隠れしていました。

 ロムド国王は首を横に振りました。

「そなたは皇太子だ。そのような軽々しい行動が許されると思っておるのか?」

「これは遺憾。父上も、お若い頃には城を抜け出して、下々の者たちの生活に触れていたではございませんか。何故、私にはそれをしてはならぬと言われるのですか」

 下々の者、とあからさまに言い切られて、ゼンが小さく舌打ちしました。どうもこの皇太子からは、ゼンが大嫌いな、身分を鼻にかけた匂いが漂ってきます。

 

 すると、皇太子のすぐ近くに立っていた初老の貴族が口を開きました。

「皇太子殿下、陛下は殿下の身を案じておられるのです。殿下はゆくゆくは陛下の跡を継ぎ、このロムド国の王となられる方。万が一にも、もしものことがあってはならないお体ですぞ」

 初老の貴族は皇太子の髪の色に似た、灰色の口ひげをたくわえています。闇夜に三人の貴族たちと密会していたメンデオ公爵でした。とたんに、皇太子の落ち着き払った態度が豹変しました。

「万が一などあるものか! 伯父上は私が金の石の勇者よりも役立たずだと言われるのか!?」

 どなる声に、まだ大人になりきっていない、少年じみた響きが混じりました。口ひげの公爵は静かに答えました。

「お静まりを、殿下。誰もそのようなことは言っておりません。殿下はこのロムドの正式なお世継ぎ。誰にも、それを揺るがすことはできないのです――」

 言いながら公爵が厳しい目を向けた先は、大広間の真ん中に立つフルートでした。あからさまな憎悪を視線に込めてたたきつけてきます。

 びっくりして立ちすくむフルートの前に、ポチが飛び出して背中の毛を逆立てました。牙をむいて、ウーッとうなり出します。かたわらのゼンも、反射的に身構えて拳を握りました。

 すると、そんな子どもたちの前にゴーリスが出てきました。大きな背中で子どもたちを守るように立ち、口ひげの貴族に向かって言います。

「失礼ですが、メンデオ公は思い違いをなさっておいでですぞ。ここにいるフルートは金の石の勇者。この世界を闇の敵から守るのがその使命です。皇太子の地位を脅かすなど、夢にも考えてはおりません」

 

 フルートは本当にびっくりして、何も言えなくなってしまいました。他の子どもたちも驚いてゴーリスを見ます。金の石の勇者は皇太子の地位を脅かしてはいない、とゴーリスは言います。それは、ひっくり返せば、フルートが他の人たちからそんなふうに思われている、ということなのです。

 ゴーリスの露骨なことばに、公爵は不愉快きわまりない顔になりました。皇太子も暗い灰色の目に怒りの火を燃やします。居並ぶ貴族たちは、眉をひそめ、揶揄する顔になり、こっそりと下心を持って国王の表情をうかがいました。非常に嫌な雰囲気です。

「おい――!」

 ゼンがたまりかねて声を上げました。どれほど偉い人々がそこに集まっていても、ゼンは全く平気です。冗談じゃねえや、痛くもない腹を探られるのはまっぴらだぞ! とどなろうとします。

 すると、それより先に銀髪の占い師が口を開きました。

「堅き石を見つけ出すのに、金の石の勇者たちとの皇太子殿下のお力が揃えば、これほど確実なことはございません。皆様で行かれるのがよろしいかと存じます」

 大広間にどよめきが広がりました。ユギルは皇太子にもフルートたちと一緒に石を探しに行け、と言ったのです。メンデオ公爵が顔色を変えました。

「な、なんということを! きさまは己が何を言っているのか承知しているのか!? ――この、南蛮の占い乞食めが!!」

 興奮のあまり本音が口をつきます。けれども、ユギルは美しく整った顔を少しも崩しませんでした。

 とりなすように、国王が公爵に話しかけました。

「彼は我が国一番の占者です。我が国の守りですぞ、義兄上」

「義兄などと呼ばれるな。歳は陛下の方が上であられる」

 公爵は憮然としながら答えると、そのまま黙り込んでしまいました。それ以上、国王付きの占者を非難し続けることはできなかったのです。

 大広間の中は低いざわめきが続いていました。貴族たちが動揺しているのが、子どもたちにもわかります。

 国王は穏やかな声のまま占者に尋ねました。

「皇太子にも行けというのは、それはそなたの占いの結果か、ユギル?」

 若い占者は丁寧に頭を下げました。銀の髪が滝のように流れ落ちます。

「左様でございます、陛下。わたくしには、皇太子を象徴する青き獅子が、四つの光と共に旅立っていくところが見えております。光は金と銀と青と小さき星。勇者の皆様方の象徴です」

 そう言いながら、ゆっくりと顔を上げた占者は、はるか彼方を眺めるような、遠いまなざしをしていました。

 

「わかった」

 と国王は答えました。まだ怒った顔をしている息子へ、よく響く声で話しかけます。

「オリバン、そなたは金の石の勇者たちと一緒に、堅き石の捜索へ出かけるが良い。そなたたちには身辺警護のために、一個中隊をつけよう」

 ロムドの一個中隊と言えば、三十人あまりの兵士の集団です。

「そんなものは必要ありません!」

「そんなのいるか!」

 と皇太子とゼンが同時に声を上げました

 すると、ユギルがまた言いました。

「陛下、彼らの旅路に警護の軍勢をつけることはできません。魔石は非常に不思議な石です。大勢の者がそれを探す時には、決してその姿を現すことがないのです」

「占い師の言うとおりだ」

 とずっと黙って成り行きを見守っていた鍛冶屋の長も言いました。

「石はいつも、求める者の心に応えて現れる。石が自分の所有者を選ぶんだ。大勢で押しかけていったら、石は心閉ざして、いっそう深い場所へ潜っていってしまうぞ」

「なるほど。魔石とは不思議なものだな」

 国王はあっさりと納得すると、今度はフルートに向かって呼びかけました。

「金の石の勇者よ」

 フルートは急いで片膝をつき、もう一方の膝に両手を置きました。戦士が主君の前に出る時の姿勢です。

「聞いてのとおりだ。堅き石の捜索には皇太子が共に行く。どうか皇太子を守ってやってほしい」

 とたんに皇太子が乱暴に足を踏み鳴らしました。

「父上! 父上は私がこんな子どもたちに守られるような軟弱者とお考えですか!?」

 さっきまでの落ちつきぶりはどこへやら。反抗の気持ちもむきだしに、皇太子が食ってかかっていきます。その様子に、フルートの後ろに立っていたメールが、あらまぁという表情で肩をすくめました。

 すると、国王が言いました。

「人を見た目だけで判断してはならぬと何度も教えてきたはずだぞ、皇太子。確かに金の石の勇者たちはそなたより年若い。だが、人ならぬもの闇のものと戦ってきた経験は、彼らの方がはるかに豊富だ。道中、ひょっとすれば、そのような敵が襲ってくることもあるかもしれぬ。彼らと協力していくのだ」

 皇太子は何も返事をしませんでした。

 

 国王にまた目を向けられて、フルートは頭を下げました。

 大広間中から突き刺さるような視線が自分に集中しているのがわかります。その中でもひときわ強い憎悪を向けてくるのが、皇太子の伯父に当たる公爵と、皇太子自身です。

 ほんとにどうしてこんなことになっちゃったんだろう、と心の中で考えます。けれども、事態はフルートたちの思惑とは関係なく、新しい方向へと大きく動き出していました。

 フルートは答えました。

「ぼくたちは、できる限りの力で皇太子殿下をお守りします」

 本当に、それ以外、返事のしようがありませんでした。

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