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第6巻「願い石の戦い」

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9.国王

 ロムド国王は宝石をちりばめた王冠をかぶって、玉座に座っていました。銀の髪とひげの老人ですが、その瞳は意外なほど強く明るく光っていて、少しも歳を感じさせません。フルートたちが玉座の前に進んでいってひざまずくと、張りのある若々しい声で話しかけてきました。

「遠路はるばるよく来られた、勇者たち。ロムド城を再訪してくれたこと、嬉しく思うぞ――」

 おや、とフルートは思いました。

 ロムド国王とはこれまで何度も謁見していて、直接声をかけてもらったこともあります。大国の王にしては意外なほど気さくな人物で、身分にこだわらずに有用な人材をどんどん採用していくので、国民からも絶大な人気があります。フルートやゼンを子ども扱いすることもありません。

 この時も、王はフルートたちを勇者の一行としてきちんと扱ってくれていました。けれども、その言い方はどこかよそよそしくて、妙に他人行儀に聞こえたのです。そっと目を上げて様子をうかがうと、少しも表情を変えずに彼らを見ている王の顔に出会いました。再会を嬉しく思う、と言いながらも、全然嬉しそうには見えません。

 フルートのかたわらで、ゼンとポチも同じ違和感を王に感じたようでした。ゼンが顔を上げて、何かを言おうとします――

 

 すると、ゴーリスが口を開きました。

「陛下、彼らはわたくしの妻の懐妊を祝いに駆けつけてくれました。しばらくわたくしの屋敷に泊まってもらって、ディーラ市内や近隣を案内したいと考えております」

 さすがのゴーリスも国王の前では丁寧な口調になります。王はうなずきました。

「それがよかろう。楽しむが良い」

 やはり、どこかそっけない口調です。フルートは思わず目を細めました。何か妙な雰囲気です。気がつけば、居並ぶ貴族たちの表情もいつもとは違います。はっきりとはわからないのですが、なんだか居心地の悪いものが伝わってくるのを感じてしまいます。

 ゼンが不愉快そうな顔になりました。ドワーフは自分たちの王を持ちません。そのせいなのか、ゼンは相手が国王だろうがなんだろうが、いつもまったく敬意を払おうとしないのです。口をとがらせて、ロムド国王に文句をつけようとします。

 ところが、とたんに今度はわきに立つメールに、思い切り腕をつねられました。思わず、痛てっ! と声を上げてしまいます。

「何しやがんだよ、いきなり!?」

 とゼンはどなりましたが、メールは知らん顔をしていました。

 貴族たちがいっせいにそれに注目する中、国王が面白そうな目をメールに向けました。

「そなたは? 初めて見る顔だが」

 すると、メールがすっと立ち上がりました。フルートたちが今まで見たこともなかったしぐさで、大きく腕を振り、王の前で深々と頭を下げます。おじぎをしたのです。袖なしのシャツに半ズボンという、少年のような格好のメールが、優美な舞姫のようにに人々の目に映りました。

「ロムド国の礎(いしずえ)たる国王陛下にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。西の大海を統べる渦王の王女の、メールと申します。陛下にお目にかかれたことを、心より光栄に思っております――」

 フルートもゼンもポチも、ぽかんとメールを見つめてしまいました。こんな上品な態度とことばづかいの彼女を見るのは初めてです。普段あれほど男勝りなおてんばでも、やっぱり王女だったんだ、と驚かされます……。

「これはこれは、海の王の姫であられたか。我が国へようこそおいでになられた。歓迎しますぞ」

 王の声が急に親しみを帯びました。けれども、それは海の王女のメールに対するものです。相変わらず、フルートたちには目も向けようとはしません。メールはもう一度優雅におじぎをすると、またフルートやゼンの隣にひざをつきました。ゼンが幽霊でも見るような目で、それをまじまじと眺めます。

 フルートは何も言わずに国王を見上げ続けました。絶対に変です。この大広間には、目には見えない何かがありました。うかつに動くことも、口をきくこともできない気がしました。

 すると、居並ぶ貴族たちの後ろから、こんな声が上がりました。

「陛下、先ほどから隣室にて客人がお待ちでございます。あまり長くお待たせしては、失礼に当たるかと存じますが」

 とても丁寧な口調と共に、長い銀髪の青年が前に進み出てきます。まるでエルフのように美しい顔をしているのですが、肌は浅黒く、左右の瞳が金と青の色違いをしています。王のお抱え占い師のユギルでした。フルートたちにももうおなじみの人物です。

 子どもたちは思わず顔を輝かせました。ユギルはとても力のある占者で、これまでに何度となく金の石の勇者の一行を助けてくれています。闇の声の戦いの際にも、ルルをデセラール山から救い出すのに多大な力を貸してくれました。ディーラに着いたら、この人にもぜひまた会いたいと考えていたのです。

 ところが、銀髪の青年は、そんな子どもたちにちらりと目を向けただけで、すぐにまた国王の方を向いてしまいました。子どもたちには優しいまなざしひとつ投げようとしません。子どもたちはびっくりしました。ユギルまでこんな態度を示してくることが信じられませんでした。

 ゼンが憤慨した表情になりました。立ち上がって、ユギルや国王に向かってどなりだそうとします。フルートは、とっさにその腕をつかんで引き止めました。厳しい顔で首を横に振って見せます。ゴーリスは何があっても黙っていろ、と言ったのです。それはきっと、この状況を言っていたのに違いないのです――。

 国王が言いました。

「おお、そうであった。これは失礼した。客人、どうぞ入ってこられよ」

 フルートたちが大広間に入ったのとは別の、横の扉が開きました。召使いの案内で広間に入ってきたのは、驚くほど小さな人物でした。背丈は小柄なフルートたちの半分もありません。金属のような銀色に輝く不思議な緑色の服を着ていて、床に届くほど長い灰色のひげをしています。しわだらけの顔をしたこびとの老人です。

 フルートとゼンとポチは、呆気にとられてしまいました。この人物は知っています。この人は――

 

 こびとの老人がロムド王の横まで来て、悪びれる様子もなくそこに立ちました。王がフルートたちに言います。

「エスタ国王直属の鍛冶屋の長、ピラン殿だ。勇者たちはすでに面識があるであろう。仕事で使う材料を探しに我が国まで来られて、この城に挨拶に立ち寄られたのだが、勇者たちが来るというので、ぜひ会いたいと待っておられたのだ」

 フルートは何も言えませんでした。金の鎧の修理を依頼して手紙を書き送っていた人物が、今、ロムド城の大広間に立っています。これが偶然とは思えませんでした。ここでピランと会えるように、段取りがつけられていたのです。ただ――こんな手の込んだ方法で再会させる理由がわかりませんでした。ひしひしと迫ってくる違和感に、身動きひとつできなくなりそうな気がしました。

 すると、ピランが灰色のひげをしごきながら笑いました。

「久しぶりだな、小さな勇者たち。わしが作った防具は役に立っとるだろう? なにしろ、最高の材料をつぎ込み、わしが精魂を込めて鍛え上げた最高傑作だからな。どんな敵に出会っても、絶対に――」

 相変わらず、ノームの鍛冶屋の長は自分の作品には自信満々でした。名人としてのプライドがあるのです。ところが、その老人が急に絶句して目をむきました。血相を変えて玉座の隣から下りてくると、いきなりフルートの着ている鎧をつかみます。

「これは――これはなんだ!? 何故、わしの作った鎧がこんなに傷ついとるのだ!?」

 と鍛冶屋の長は金切り声を上げました。その指は金の鎧に無数についた傷やへこみをなぞっていました。

 フルートは本当に驚きました。ピランは金の鎧が度重なる戦いで傷ついていることを手紙で知っているはずです。それとも、何かの手違いで、手紙は届いていなかったのでしょうか。わけがわからなくなって、ことばが出てこなくなります。

 ピランは隣にいるゼンの青い胸当ても眺め、さらに怒ってわめき出しました。

「こっちもだ! きさまらはわしの傑作をなんだと思っとるのだ!? 世に二つとない逸品を、こんな――こんなに粗末に扱いおって!!」

 あまりの剣幕に、さすがのゼンも口をはさむことができません。二人の少年は目を白黒させながら、老人の叱責の嵐にさらされていました。

「鍛冶屋の長殿。これは――」

 と少年たちのかたわらからゴーリスが取りなそうとしましたが、老人は聞く耳を持ちませんでした。今度はまた玉座まで駆け上がり、国王に直接食ってかかっていきます。

「ロムド王、これはなんとしたことだ! あの金の鎧兜はわしが先代のエスタ王より命じられて、ロムドの皇太子のために作ったものだ! それを金の石の勇者に譲ったことは承知していたが、あんなに粗末に扱われるとは思わなかったぞ! あれは我が国エスタとロムドの和平の証しとして贈られたもの! それがあんな子どもにぼろぼろにされるとは――! こんな侮辱は我慢がならん! あの鎧の有様こそが、ロムドがエスタをどう思っているかという真意の表れだ! わしは今すぐエスタに戻って、王に陳情させてもらうぞ!」

 居並ぶ貴族たちがざわめき出しました。怒っているのはエスタの王族でも使者でもない、ただの鍛冶屋のノームです。ですが、エスタ王直属の鍛冶屋の長というのは、独特の地位を持っていました。王族を守る魔法の武器や防具を一手に引き受けて鍛える名人なので、エスタ王の家臣でありながら驚くほど自由で、時には王に直接意見することさえ許されているのです。

 さすがのロムド王も真剣な顔でピランをなだめようとしました。けれども、怒り狂う鍛冶屋の長は、隣国の王のことばにさえ耳を貸そうとはしません。

「これがロムドの真意ではないというならば、その証しを見せろ、ロムド王! あの鎧を今すぐ元通りにするのだ! それならば、わしもエスタ王に訴えるのを取りやめてやる!」

 とんでもない状況になってきました。フルートたちは何も言うことができなくなって、ただ、おろおろと大広間の真ん中に立ちつくしてしまいました。そのかたわらで、ゴーリスも困り果てています。ロムドの貴族たちの間に、非難と困惑の声が広がっていきます――。

 

 すると、家臣の間から占い師の青年が口を開きました。その声は静かですが、大広間の中にはっきりと響きました。

「失礼ですが、ピラン殿、我が国にあの金の鎧を扱える腕を持つ職工はおりません。あの鎧は、世に並ぶ者なき名工であられるあなたでなければ、とても手出しはできないからです。いかがでしょう。お怒りはごもっともですが、どうかそのお気持ちを収めて、あの鎧兜を元通りにしてはいただけませんでしょうか」

 そう言って、深く頭を下げます。腰まである長い銀の髪がさらりと灰色の長衣の上をこぼれていきます。

「あの鎧はわしにしか扱えん。うむ、それは確かだ」

 とノームの鍛冶屋が言いました。世界一の名工だと言われて、少し機嫌を直した声になっています。そのまま腕組みをして、考えるような顔になります。

 そこへロムド王がたたみかけるように言いました。

「貴殿が要求するものはなんでも我が国で準備しよう。むろん、謝礼も存分にさせていただく。仕事場として、我が城の鍛冶場を使い、修理がすむまで、いつまででも我が城に滞在していただいてかまわない。――いかがであろうか、ピラン殿」

 けれども、それでもノームの鍛冶屋は良い顔にはなりませんでした。

「材料が足りん」

 と、うなるように言います。

「あの鎧の傷を直すには、堅き石と呼ばれる魔石が必要なんだ。だが、それは今、わしの仕事場にはないし、近隣にそれを持つ者がいるとも聞いてはおらん。堅き石は世界のどこかで眠っているんだろう。それを探し出して持ってこなくては、鎧を修理することはできんのだ」

「それならば、わたくしがその石のある場所を占いましょう。たとえ、それが眠るのが世界の最果てであっても、必ず見つけ出しておみせします」

 と銀の髪の占い師は断言して、また深々と頭を下げて見せました。

「世界の最果てであっても、か?」

 ピランが疑うように占い師を見ました。

「見つけ出したとしても、誰がそれを取りに行く。魔石を探し出すのは、いつだって非常に大きな困難が伴うものだ。たかが鎧ひとつを修理するために、誰がそんな危険を冒すというのだ」

 

 とたんにフルートは声を上げていました。

「ぼくが行きます! ――ぼくがその魔石を取ってきます!」

 ゴーリスに絶対口をきくな、と言われていたことも忘れて、夢中で叫んでしまいます。ゼンとメールとポチが、そんなフルートを驚いたように見ました。

 ふん、とノームの鍛冶屋は鼻で笑いました。

「おまえが行くというのか、チビの勇者。そうだな。おまえの鎧なのだから、自分で取りに行くのが筋というものだな」

 やれるものならやってみろ、と暗にあざ笑っているのが、はっきりと伝わってきます。

 フルートは玉座のわきにいるピランを見上げながら、きっぱりと答えました。

「取ってきます。そして、あなたに鎧を修理していただきます」

 本当に、何がどうしてこんな状況になってしまったのか、フルートにはよくわかりませんでした。ノームの老人に誤解されてしまったことも、胸に突き刺さるように感じられます。けれども、大切な鎧の修理をするための道が、今、目の前に開き始めています。絶対にそれを見逃すわけにはいきませんでした。

「俺たちも一緒に行くぞ」

 とゼンがフルートに言いました。

「何が何だか全然わかんねぇけどよ、とにかく、おまえが行くところには俺たちも一緒に行く。世界の果てだろうがなんだろうが、どこまででも行ってやらぁ」

 と憤然と言い切ります。メールとポチも同時にそれにうなずきます。

「では、わたくしはさっそく堅き石の場所を占うことにいたします。今はこれにて失礼します」

 と占い師が国王とピランに頭を下げました。そのままきびすを返して、部屋を出て行こうとします。

 けれども、その時、一瞬だけ占い師の青年はフルートたちに目を向けました。青と金の色違いの不思議な瞳です。そこには、かすかに、ほほえむような表情が浮かんでいました――。

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