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第6巻「願い石の戦い」

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第3章 ロムド城

8.装備

 シルの町のフルートの家を出てから五日後、一行は王都ディーラのすぐ手前にある、カトラスという町までたどりつきました。

 そこは西の街道でも大きな宿場町で、王都から徒歩で半日という場所にあるので、王都入りしようとする旅人が身支度を調えるために足を止める場所になっていました。フルートたちも、まだ日が落ちないうちに宿に入ると、風呂で旅の埃を落としました。

 さっぱりした気分で部屋の暖炉の前に座っていると、部屋にゴーリスが入ってきました。手に一通の手紙を持っています。

「陛下の勅令だ」

 とゴーリスは子どもたちに言いました。

「明日、ディーラ入りしたら、そのまままっすぐ城へ参上するように、とのことだ。おまえらにお会いしたいそうだ」

「ジュリアさんには会えないのかい?」

 とメールが口をとがらせました。海の王の娘の彼女は、一国の王が直々に会いたいと言ってきても、全然感激したりしません。ゴーリスはちょっと笑いました。

「むろん会わせてやるさ。だが、物事には順序というものがあるからな。まずは陛下にご挨拶するのが先なんだ。なにしろ、おまえらはロムドで一番有名な子どもたちだからな」

 フルートたちは顔を見合わせて、思わず肩をすくめ合いました。全然ぴんと来ません。確かに、彼らは金の石の勇者の一行ですが、自分たちではごく普通の子どものつもりでいたのです。

 すると、ゴーリスが続けました。

「陛下の前に出るんだ。フルートとゼンは装備を綺麗にしておけよ。メールとポチはそのままでかまわん。――それとも、メールにはドレスを用意したほうがいいか?」

「冗談ッ!」

 たちまちメールは金切り声を上げました。

「あたいは自分の城でもずっとこの格好なんだ! どこへ行ったって、これでいいんだよ!」

 と立ち上がって胸を張って見せます。色とりどりの袖なしシャツにウロコ模様の半ズボン、素足に編み上げのサンダル履きという服装です。海の民の魔法で作り上げられた服なのか、いつもそれしか着ていないのに、汚れることも色あせることもありません。

「この季節には少し寒そうに見えるがな」

 とゴーリスが言いました。もう十月も下旬に入っていて、ロムドもぐっと冷え込むようになってきていました。日中でも暖炉のぬくもりが心地よく感じられるほどです。

「平気さ」

 とメールがつんと答えました。絶対にこの服装を替えるつもりはないのです。ゴーリスはまたちょっと笑うと、夕飯の前に準備しておけよ、と言い残して部屋を出て行きました。彼は子どもたちの隣に自分の部屋を借りていたのでした。

 

 そこで、子どもたちは自分たちの装備を磨き始めました。フルートは金の鎧と兜を、ゼンは青い胸当てと盾を、メールもフルートの盾や剣の鞘を磨くのを手伝います。装備は埃が取れると、次第に輝きを増し始めました。金と青の防具、それに黒と銀の剣が、目にも鮮やかで本当に綺麗です。

 すると、一人手伝うことができなくてただ見守っていたポチが、暖炉の前から言いました。

「ワン、それにしてもずいぶん傷がつきましたよね……。激しい戦いばかりだったから、しょうがないんだけど」

 フルートの鎧兜もゼンの胸当てにも、よく見ると大小の傷がたくさんあります。どちらもエスタ城のノームの鍛冶屋に鍛えてもらった逸品で、普通の防具よりはるかに強力にできているのですが、それを上回る攻撃に何度も出会って、そのたびに傷ついてしまってきたのでした。特にフルートの鎧の傷みはひどくて、遠目にもはっきりわかる傷や歪みがいくつもありました。先の北の大地の戦いで、風のオオカミに変身した魔王にかまれた痕です。

 ふぅ、とフルートは溜息をつきました。思わず口から出てしまったのです。特に大きなへこみのある背甲を取り上げながら言います。

「装着する分には問題ないんだけどさ、でも、なんとなく、防御力そのものが落ちてるような気がするんだ。例の左の籠手(こて)も、たぶん今はもう普通の鎧くらいの防御力しかないんだと思う。装備したときに感じるんだ。だから、ピランさんに修理を頼む手紙を書いたんだけど――」

 そのままフルートは口をつぐみました。手紙を書き送っても、ノームの鍛冶屋の長からの返事はありませんでした。今頃、シルの町の自分の家に返事が届いているのでしょうか? 行き違いになった分だけ修理が遅くなるかもしれないと思うと、内心、フルートは言いようのない焦りを感じるのでした。

「まあ、今はそれでもかまわないが、早いとこ修理しておかないと、次に魔王が復活してきたときに困るよな」

 とゼンも言います。なにしろすぐに危険な状況に陥るフルートなので、装備の不備は命に関わります。自然とやはり難しい顔になっていました。

 すると、メールが言いました。

「じゃあさ、ディーラでジュリアさんに会った後、エスタに行って、ピランって人を訪ねたらどう? 返事が来るのをただやきもき待ってるくらいなら、こっちから直接行って、修理してもらった方が早いじゃないのさ」

 いかにも待つことの嫌いなメールらしい提案でしたが、それは悪くない考えのように思えました。

「なるほど。どうせ方向はこっちなんだし、ついでにエスタまで足を伸ばすってのは、面倒がなくていいぞ」

 とゼンが言い、フルートもうなずきました。自分の命を狙っている得体の知れない敵のことを、忘れたわけではありません。けれども、だからこそ早く装備を直しておく必要があったし、あの夜以来、襲撃もなかったので、今のうちに、という気もしました。

「よし。それじゃ、国王様とジュリアさんに会ったら、その後エスタ城まで行ってみることにしよう」

 とフルートは言いました。ずっと気になり続けていたことに、ほんの少し、明るい希望が見えてきたように思えました。

 

 翌日は朝から青空が広がる良い天気になりました。フルート、ゼン、メール、ポチの三人と一匹は、馬車で王都の西の門をくぐり、ディーラに入りました。そのかたわらをゴーリスが馬で伴走していきます。

 初めてディーラに来たメールが、目を丸くしながら馬車の窓の外を眺めていました。

「ずいぶん家がたくさんあるんだねぇ! てか、家と道しかないんじゃないの? あれが城? 大きいね。何でもかんでも石でできてるんじゃないのさ……!」

 メールが住むのは大海の孤島にある城です。王は世界の海の半分を治める渦王ですが、臣下の大半は海の民や海の生き物たちなので、城の周りには暮らしていません。メールたちの城は、王の支配力からすれば意外なほど小さく、しかも、島の緑に埋もれるようにひっそりと建っていました。

 石壁に囲まれた中に何千という家がひしめき、縦横無尽に石畳の道が走り、その中央に見上げるようなロムド城がそびえる城下町は、メールにとっては生まれて初めて見る景色でした。物珍しさに興奮して、あちこちきょろきょろと眺めてしまいます。

 そんな様子にゼンが笑いました。

「ま、確かにでかい街だよな。それに、あんまり賑やかだから、俺も初めて来たときには祭でもやってるのかと思ったもんな」

「ワン、ディーラは中央大陸でも屈指の大都市ですからね。エスタの王都のカルティーナ、極東の国ユラサイの首都のホウに次いで、三番目に大きいんです」

 とポチが博識なところを披露します。この子犬はわずか十歳ですが、小さい頃からあちこちを放浪してきたので、意外なほどいろいろなことを知っているのです。

 

 けれども、賑やかに話す仲間たちのかたわらで、フルートは黙ったまま窓の外を見ていました。見つめているのは、町並みではなく、師匠のゴーリスの姿です。今日は国王に会うというので、旅の間着ていた服をもっと立派な服に着替えていますが、それでも上から下まで黒一色で、腰には大剣を下げています。身分の高い貴族なのですが、やっぱり大貴族というより剣士という方が絶対ふさわしく見えます。

 そのゴーリスが、ディーラの街に入ってから、急にまた警戒を強めているのに、フルートは気づいていました。何も言いません。表情にも表してはいません。けれども、確かにゴーリスは何かに用心して、油断なくあたりに気を配り続けているのでした。

 フルートは、仲間たちに気がつかれないように、こっそりまた胸元からペンダントを出しました。やはり、石は目覚めていません。待ち受けるのは、闇の敵ではないのです。フルートはそっと唇をかみ、かたわらに置いてあった銀のロングソードを引き寄せました。これを使うような事態にならないことを、心の中で願います――。

 

 馬車が城門をくぐりました。高い塔のある城が目の前にそびえ建っています。その正面の大階段まで馬車は走っていって、滑るように停まりました。階段の前の石畳は、段差ひとつなく綺麗に整備されていて、まるで一枚岩の床のようだったのです。

 子どもたちが馬車から降り、そのかたわらに黒衣のゴーリスが立つと、階段の下に控えていた大勢の人々が駆け寄ってきて、うやうやしく頭を下げました。てんでに彼らの荷物や武器を受け取り、城の中に案内しようとします。

 ゴーリスが子どもたちに言いました。

「荷物とマントだけ預けておけ。俺たちは武器を携帯していくことを陛下から許されているからな」

 とたんに、ゼンとポチはゴーリスを見上げました。なんでもなさそうな口調の陰で、武器を手放すな、と伝えてきたのに気がついたのです。ポチはウゥとうなって牙をちらりとのぞかせ、ゼンは黙ったまま、背中の弓矢を揺すり上げました。

 フルートは、最初から武器を預けるつもりなどありませんでした。炎の剣もロングソードも、勇者の彼にとっては命を守るための大切なものです。いつでも、誰の前に出る時でも、人に預けたことなどありません。どうやら危険の渦中に飛び込んだらしい今となっては、なおのこと、手元から離すわけにはいきませんでした。

 メールはあたりに目を配っていました。彼女も、もう今は珍しそうに眺めるのをやめてしまっています。その視線が、城の入口の大瓶に生けられた大量の花の上で止まりました。城の中に入っていくと、絨毯を敷き詰めた長い廊下のあちこちにも、明るく燃える燭台と一緒に、たくさんの花が飾られています。メールは静かに、にんまりしました。花さえ近くにあれば、花使いの姫は無敵なのです。

 今はもう、ゴーリスは警戒していることを隠そうともしませんでした。あからさまに周囲へ鋭い視線を向け、見えないものを体で受け止めるように胸を張りながら、子どもたちの先に立って城の中を歩いていきます。その右手は腰の大剣にかかったままです。廊下ですれ違う別の貴族や城の召使いたちが、射抜くように鋭いゴーリスの視線に遭って、驚いたように壁際に退いていきます……。

 一行は城の大広間の入口までたどりつきました。案内に立っていた召使いが、扉の外から呼びかけます。

「ゴーラントス卿、ならびに金の石の勇者のご一行様が到着でございます!」

 

 その時、ゴーリスが子どもたちを振り返って言いました。

「中ではおまえたちは何も話すな。いいな、何があっても、絶対に何も言うんじゃないぞ」

 子どもたちは驚きました。それはどうして、と思わず聞き返そうとしましたが、それより先に扉は開き、黒衣の剣士はまた正面に向き直ってしまいました。

 大勢の貴族がずらりと並び、一段と高い玉座にロムド国王が座る大広間の光景が、目の前に広がりました――。

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