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第6巻「願い石の戦い」

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3.集合

 常緑の大木がねじれるように生い茂る魔の森の中央に、魔法の泉がありました。そこでは一年を通して緑の草が風に揺れ、花が咲き、蝶やトンボが飛びかっています。泉を縁取る大小の石は本物の金塊、泉の底で日の光を浴びてきらめき揺れているのも、砂に変わった金の粒です。

 風の犬のポチに乗って空から泉のほとりに降り立ったフルートとゼンは、すぐに泉に向かって呼びかけました。

「長老! 泉の長老――!」

 この魔の森と魔法の泉は、泉の長老と呼ばれる不思議な人物に二千年以上もの間守られています。泉の長老は、光の一族と呼ばれるエルフの血縁の中でも、最も年老いて偉大な自然の王なのだと、前回の戦いの際にフルートたちは聞かされていました。二年あまり前、魔法の金の石を取りにこの森に来たフルートに、金の石の勇者になる定めを教えてくれたのも長老です。

 フルートたちの呼びかけに応えるように、静かな泉の表面に水が盛り上がり、ごぼり、と何かが姿を現しました。

 ――それは、白い髪とひげの泉の長老ではありませんでした。黒光りする大きな魚です。水面から顔を出し、丸い目でぎょろりとフルートたちを見ると、人のことばを話しました。

「お久しぶりでございます、勇者様方。その節は大変お世話になりました」

「マグロくん!?」

 フルートたちはびっくり仰天しました。先の冬にあった謎の海の戦いの際に、頼もしい味方として一緒に戦ったマグロだったのです。すると、そこに張り詰めた弦のようによく響く声が重なりました。

「あたいもいるよ! みんな、久しぶりだね!」

 マグロの大きな背びれに、ほっそりとした少女がつかまっていました。長い緑の髪を後ろで一つに束ね、色とりどりの花のような袖なしシャツを着ています。水中に隠れて見えませんが、その下にはウロコ模様の半ズボンをはいているはずです。とても美人ですが、にやにや笑いながら少年たちを見上げる顔は、お世辞にも女の子らしいとは言えません。

 フルートたちはまた同時に叫んでしまいました。

「メール!!」

 西の大海を治める渦王の一人娘で、彼らの仲間のメールでした。

 たちまちポチがまた風の犬に変身して飛びついていきます。

「わぁいわぁい! 今日はすごいや! メールにもこんなにすぐに会えるなんて!」

「あははっ。ポチは相変わらずだね」

 メールが笑いながら風の犬の首に腕を回し、あっという間にその背中に乗り移りました。若木のようなすらりとした体からしたたる水が、風に飛び散ってしぶきになり、日の光の中できらめきます。

 

 すると、泉の表面が再びごぼごぼとわき上がり、マグロのすぐわきに水の柱がそそり立って人の姿に変わりました。見る角度で色合いの変わる青い長衣を着た老人です。白いひげと髪は長く伸びていて、その先は泉の水と同化して見えなくなっています。

 フルートとゼンは、すぐに深々と老人へ頭を下げました。メールとポチも、空中から神妙に頭を下げます。マグロでさえ、水中に頭を沈めるようにしてお辞儀をしました。魔の森を守る泉の長老です。二千年あまりの時を生きた偉大な魔法使いには、いくら敬意を払っても払いすぎることはないのでした。

「よう来た、勇者たち」

 と泉の長老が言いました。水底から響いてくるような、厳かな声です。

 フルートはもう一度深く頭を下げると、丁寧な口調で言いました。

「いつもぼくたちに再会の場所をお貸しくださって、ありがとうございます。ぼくたちがメールを呼びに来るのを知って、先に彼女を呼んでいてくださったんですね」

 すると、泉の老人が言いました。

「頼まれたのじゃよ、ロムド城の銀髪の占い師にの」

「ユギルさんに?」

 子どもたちはいっせいに目を丸くしました。ロムド城とこの泉とでは遠く離れています。どうやって長老に頼んだんだろう、と考えていると、長老が答えました。

「あの若者はなかなか賢い。世界中の泉とわしがつながっているのを見抜いて、ロムド城の泉からわしに呼びかけたのじゃ。これからそなたたちを迎えに行くものがあるので、メールを西の大海から呼んでおいてほしい、とな。わしもずいぶん長く生きてきたが、城の占い師から使いを頼まれた経験はあまりないわい」

 そう言って長老は愉快そうに笑い出し、フルートたちは思わず首をすくめました。町の子どもが国王をつかまえてお使いを頼んだのと同じようなことだったのだと、彼らにもわかったのです。

 ポチが空から舞い下りて、フルートとゼンのすぐわきにメールを下ろしました。小柄な少年たちに比べると、メールは頭一つ分以上長身です。細い腰に両手を当てると、見下ろすようにフルートたちを見て、首をかしげます。

「ふぅん、一応元気になったようだね。安心したよ」

「おう……」

 ゼンが苦笑いを浮かべ、フルートは淡い微笑を揺らします。ポチも、何も言わずに、ただ小さく尻尾を振り返しました。メールは、北の大地の戦いで彼らが友人を失って憔悴しきっていたことを言っているのです。

 彼らの胸に深い傷を残した喪失の痛みは消えません。おそらく一生涯消えることはないのでしょう。それでも、少年たちは新しい希望を見つけて、また先へと進み始めたのでした……。

 

 一瞬しんみりしてしまった空気を変えるように、フルートが明るい声を上げました。

「さあ、あとはポポロとルルだよ。天空の国から呼ばなくちゃ」

「おう、そうだ。早く呼ぼうぜ!」

「ワンワン、これで全員勢揃いですね!」

 ゼンとポチも陽気な声に戻ります。けれども、ゼンがポポロの話をして嬉しそうに笑っているのを見たとたん、メールの胸がちくりと痛みました。こちらは一瞬で笑顔が消えてしまいます。メールはその表情を少年たちに見られないように、あわてて背中を向けました。思わずそっと溜息をついてしまいます。

 メールはゼンが好きです。初めて会ったときからずっと好きでした。でも、向こうは緑の宝石の瞳をした、かわいいポポロをずっと好きでいるのです。

 ホントにいつまでこんな想いを引きずっていなくちゃならないんだろう、とメールは心でつぶやきました。我ながら女々しいと思うし、いいかげんあきらめなくちゃと思うのに、やっぱり気持ちは続いてしまっているのです。そして、そんな自分の本心を少年たちに知られるのも、メールは悔しくて絶対に嫌なのでした。

 フルートが空に向かって呼びかけていました。

「ポポロ、ルル、聞こえるかい――!?」

 森の真ん中に横たわる泉と草原の上に、ぽっかりと青空が広がっています。その空に天空の国は見えていません。世界のどこかの空を魔法の力で飛び続けているのです。けれども、ポポロは魔法使いです。フルートたちが呼びかければ、どんな場所にいたって、ポポロにはちゃんと聞こえるのです。

 呼ぶのには大きな声さえ必要ありません。ただ想いを込めて名前を呼べば、その声は彼女の耳に届きます。でも、それがわかっていても、フルートはつい声を張り上げていました。

「ポポロ! ゴーリスとジュリアさんに赤ちゃんができたんだよ! これからゴーリスの家へお祝いに行くんだ。君たちも一緒に行こうよ!」

 フルートは本当に嬉しそうな声と表情で呼びかけていました。それは、ゴーリスに子どもが生まれることを喜んでいただけなのかもしれません。けれども、ちらっとゼンが複雑な表情に変わりました。フルートはポポロだけでなく、ルルも一緒に呼んでいます。それなのに、ゼンにはフルートが精一杯ポポロを呼んでいるように聞こえてしまったのです。

 これがつまり、今の子どもたちの心の関係でした。ポポロへの想いを胸に秘めているフルートと、親友と同じ少女を好きになってしまっているゼン、そして、そのゼンに片思いをあきらめきれずにいるメール。どの恋も一筋縄ではいかなくて、そのくせ、彼らは本当に仲がよい友だち同士なのです……。

 

「ワン、返事がないですね」

 ポチが不思議そうに首をかしげました。フルートがいくら呼びかけても、ポポロの返事はどこからも聞こえてこないのです。

 ゼンも首をひねりました。

「変だな。この前集まるのに俺が呼んだ時には、あいつはすぐに返事してきたぞ」

 それを聞いて、今度はフルートがちらっと複雑な表情を見せました。彼らはお互いに友人の好きな相手を知っています。フルートはフルートで、自分が呼んだからポポロは返事をしないんだろうか、と考えてしまったのです。金の石の勇者と言っても、フルートはまだ十三歳の少年です。気持ちは普通の少年と変わらないところがたくさんあるのです。

 けれども、フルートはすぐになんでもない表情に変わって言いました。

「それじゃゼンが呼んでみてよ。この間みたいにさ」

 ゼンは肩をすくめると、空に向かって、フルート以上の大声を張り上げました。

「ポポロ! おい、ポポロ、聞こえるか!? 一大事なんだぞ! 返事しろよ!」

 フルートもポチも、メールさえも、つい吹き出してしまいました。三ヶ月前に集まった時に、「ゼンが一大事だと言ってるわ!」というポポロの伝言に、北の峰に集合させられたことを思い出したのです。伝えるポポロも、何事があったのだろうと心配で泣きそうになっていました。まったく人騒がせな呼び出し方です。

 けれども、それでもやっぱり魔法使いの少女から返事は聞こえてきませんでした。

 子どもたちは顔を見合わせました。ポポロらしくありません。呼ばれて無視するなんてことを、彼女がするはずはないのに――。

 

 すると、メールが空を指さして歓声を上げました。

「なぁんだ! 来たよ、ほら! ちゃんと聞こえてたんだよ!」

 青空の中をこちらへ向かって飛んでくる風の犬が遠くに見えていました。淡い幻の竜のような姿です。

「ワン、ルル!」

 ポチがまた風の犬に変身して飛び出していきました。近づいてくる風の犬に突進して、喜んで飛びつこうとします。

 ところが、ポチは途中でとまどって立ち止まってしまいました。

 見上げていた子どもたちも、意外そうな顔になります。

 空の上から彼らに向かって舞い下りてくるルルの背中に、赤いお下げ髪の黒衣の少女は乗っていなかったのでした。

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