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第5巻「北の大地の戦い」

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104.返事

 子どもたちが部屋の中を見回して探していると、隅の岩陰をのぞき込みながら、ポチがワンと鳴きました。

「いましたよ。アリアンです!」

 岩の後ろの狭い隙間に、黒髪の少女が座りこんでいました。フルートたちが駆け寄ってくると、おびえたように、いっそう壁際に体を押しつけます。目も覚めるほど美しい少女でしたが、その瞳は血のように赤く、額には鋭い一本の角が生えていました。

 不安そうな様子をしているアリアンに、フルートは、ほっと肩の力を抜きました。

「よかった、無事だったんだ……。心配しなくても大丈夫ですよ。金の石はもう眠りについて、危険なことは何もないから」

 と灰色に変わった金の石のペンダントに触れて見せます。

 ポポロがアリアンに駆け寄り、笑顔で少年たちを振り返りました。

「彼女はずっとあたしたちと一緒にいたのよ。あたしたちにフルートたちの姿を見せてくれて、あたしたちが助けに行くのを手伝ってくれていたの」

 メールも笑います。

「怖がんなくても大丈夫さ、アリアン。フルートたちはあんたが闇の民だって全然気にしないんだから」

 そのことばにフルートはうなずきました。ロキはずっとフルートたちと一緒に戦ってきました。そして、その姉のアリアンはポポロたちと戦い続けていたのです。目には見えない場所で、ずっと一緒に。

 フルートはアリアンに手を差し伸べました。

「さあ、戻りましょう。ロキが待ってる。無事な姿を見せて、喜ばせてあげなくちゃ」

 岩陰から出てきたアリアンは、フルートよりもずっと長身でした。メールに少し負ける程度です。黒いドレスのような服を身にまとっているだけで、化粧も飾りも何一つしていないのに、本当に驚くほどの美しさです。長い黒髪は腰のあたりまであって、濡れたように光りながら揺れています。

 ゼンは思わず腕組みをしてうなりました。

「うーむ、ホントに美人だな。絶世の美女ってことばは、こういうのを言うためにあるんだなぁ」

 とたんに、わきにいたメールが、思いっきりゼンの手をつねりました。ゼンは分厚い毛皮の服を着ていたので、手袋を外していた手を狙ったのです。いててっ! とゼンは悲鳴を上げました。

「なにしやがんだよ、いきなり!?」

「鼻の下伸ばして、でれでれしてるんじゃないよ! まったく、男ってのは美人に弱いんだからさ!」

 すねた口調むき出しでメールが答えます。

 ゼンは目を丸くして、やがて、そっぽを向きました。思わずにやりと笑ってしまいます。ゼンは、夢の中の世界でメールがやきもちを焼いたのを思い出したのでした。

 あれは本当は夢ではなく、メールが飛ばした心そのものでした。あの時、答えを確かめそこねた質問が、またゼンの中によみがえってきます。そうです、ゼンは思っていたのです。メールを助け出して、質問の答えを必ず聞いてやるんだ、と……。

 

「さあ、それじゃ地上に出よう。ポチとルルに別れて乗ればいいよね」

 とフルートが仲間たちに呼びかけ、急に、あっと気がつきました。

「だめだ。君たちはこのままじゃ外には出られないんだ……」

 フルートは魔法の鎧を、ゼンは魔法の毛皮の服を着ています。ポチも寒さにはすっかり慣れました。けれども、洞窟の外はマイナス何十度という寒さです。ここは地下なのでほどほどの暖かさがありますが、防寒着もない少女たちが外に出ていけば、たちまち凍死してしまいます。

 すると、ルルが言いました。

「私は平気よ。風の犬になるから」

「私も……闇の民ですから、寒さは……」

 とアリアンがおずおずと言います。闇に属するものなのに、本当に優しげで物静かな少女です。

 フルートは難しい顔でポポロとメールを見ました。ポポロは星空の衣を着ているだけ、メールにいたっては、袖なしのシャツに半ズボンという格好です。絶対に北の大地の寒さに耐えられるはずがありませんでした。

 すると、ポポロがにっこりしました。

「あたしに任せて。魔王にヒントをもらったの。きっとうまくいくわ」

「魔王に?」

 少年たちは目を丸くしました。ポポロが笑顔でうなずきます。

「魔王は北の大地を溶かすのに、火山を噴火させて、それを継続の魔法で持続させていたの。そうすれば、最大丸一日、あたしの魔法は続くのよ。……あたし、周りを暖かくする魔法をかけて継続させるわ。そうすれば、きっと大丈夫よ」

 言うが早いか、ポポロは呪文を唱え始めました。

「レーナクカタタァヨリワーマノシタワー」

 たちまち、ほんのりと、あたりが暖かくなります。ポポロの魔法は制御が難しくて周りを巻き込んでしまうのが特徴ですが、周囲を暖かくする魔法ならば問題はありません。そこへ魔法使いの少女はもうひとつの呪文を続けました。

「ヨーセクゾイーケ!」

 短いことばが響いたとたん、先の呪文がどこからともなく、また聞こえ始めました。

「レーナクカタタァヨリワーマノシタワー……レーナクカタタァヨリワーマノシタワー……」

 ポポロの声が呪文を繰り返しています。けれども、目の前の小さな少女はもう何も言っていません。継続の魔法が呪文を繰り返しているのです。

 フルートは思わず感心しました。

「すごいや、ポポロ。また腕を上げたね!」

 誉められて、魔法使いの少女はとても嬉しそうに、にっこりしました。輝く笑顔です。それを見て、フルートもまた幸せな気持ちになりました。この笑顔が見られたらもう充分だ、と心の底から思います……。

 

 ポチとルルが風の犬に変身するために部屋の外へ出ました。四方を黒い岩壁に囲まれた部屋の中では狭すぎたのです。竜のような風の体が、通路の中に長々と伸びていきます。

 その上に乗るために、子どもたちも次々に部屋を出ました。フルート、ポポロ、そしてアリアン……。

 ところが、その後についてメールが部屋を出ようとすると、後ろからゼンに腕をつかまれました。

「ちょっと待て、メール」

 メールは驚いて振り返りました。

「なにさ?」

 と言いながら、いぶかしげにゼンの顔を見直します。常にふてぶてしさと茶目っ気の入りまじった表情をしているゼンが、いつになく真剣な目をしているような気がしたのです。

 すると、ゼンがちょっと口ごもってから、こう切り出しました。

「おまえ、俺の夢に何度も来てたよな?」

 メールは首をかしげました。今さら確認しなくても、わかりきっていることです。

「まあね。でも、あたいだけじゃなかっただろ? ポポロだってルルだって、ゼンの夢を訪ねたよね」

 ゼンは頭を振りました。今はそんなことはどうでもいいのです。またちょっとためらってから、こう尋ねます。

「あの時、俺が聞いたことを覚えてるか? おまえはまだ、その答えを言ってないんだぞ」

 メールは、あの時と同じように、じっとゼンを見つめました。その顔がゆっくりと上気して、赤く染まっていきます。もちろん覚えているのです。けれども、メールはあえて聞き返しました。

「あんた、何を聞いたっけ?」

 感情の乗らない、固く平板な声でした。ゼンは口をとがらせ、じろりとメールを見てから、わざとはっきり言いました。

「おまえが俺を好きなのかどうか、ってことだよ」

 それを聞いてどうするのさ、あんたはポポロを好きなはずだろ。あの時、メールはそう言っただけで、ゼンを好きとも好きでないとも答えませんでした。その時から、質問はずっとゼンの中で宙ぶらりんです。魔王と戦っている間こそ忘れていましたが、思い出してしまえば、いらだつほどに答えが気になってくるのでした。

 メールはまた何も言わずにいました。その顔がさらに赤く染まっていきます。それをゼンはじっと見つめ続けました。今度は答えをあいまいにしたまま逃がすつもりはありませんでした。

 

 メールの唇が何かを答えかけ、一瞬ためらってから、突然大きく笑い出しました。

「やぁだ、ゼンったら! 真剣な顔で何を言うのかと思ったらさぁ!」

 声高く笑いながら両手を腰に当て、かがむようにしてゼンをのぞき込みます。

「残念でした。あたいの理想はね、あたいより強くて背が高い男性なんだ。ゼンなんて問題外だね――!」

「お、なんだよ、その言い方!」

 本気で怒った様子でゼンが言い返します。メールはいっそう鋭く笑いました。

「うぬぼれるんじゃない、って言ってんのさ。あたいがあんたを好きだって? 馬鹿も休み休み言いな。寝ぼけてんじゃないよ!」

 それはゼンが初めに質問したときに予想していた答えそのものでした。ゼンが憮然とします。

 メールは大きく肩をすくめてみせると、そのまま部屋を出ていきました。その顔から、みるみる笑いが消え、表情が歪んでいきます。

 怒りと苦さと悲しさがごちゃ混ぜになった胸の内で、メールはわめきました。馬鹿ゼン! 今頃そんなこと言い出すんじゃないよ! あんたはポポロを好きなんじゃないか! と。

 胸が痛みます。部屋に駆け戻って、ずっと抱き続けてきた想いをゼンにぶちまけて、その腕の中に飛び込んでしまいたくなります。でも、そのゼンの気持ちは、今だってやっぱり、宝石の瞳の小さな少女の上にあるのです……。

 メールは唇を血がにじむほどかみしめると、きっと行く手をにらみました。絶対に、涙など見せるつもりはありませんでした。胸を張って頭をそらすと、強い足取りで仲間たちの後を追いかけていきます――。

 

 ひとり部屋に残されたゼンは、憮然としたまま立ちつくしていました。メールが去った出口から目をそらすと、ちぇっと低くつぶやきます。なんだか予想外にメールの返事が胸に応えていました。

「自分より背の高いヤツが理想か……」

 ゼンは部屋の天井をふり仰いで大きな溜息をつきました。

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