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第5巻「北の大地の戦い」

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102.逆転

 彼方から飛んでくる青い光と、雪の上の金の光が混じり合い、雪原に輝き渡りました。青と金の星の粉が大気いっぱいにきらめき、あらゆるものに降りそそいできます。

 すると、雪原に倒れていたフルートの全身から、激痛が溶けるようにすっと消えていきました。代わりに体の奥底から熱い力がみなぎってきます。フルートは雪の上に飛び起きました。

 蛇の鎌首の山のふもとでも、ゼンとポチの上にのしかかっていた氷のかけらが、霧のように崩れて消えていくところでした。血を流して倒れているゼンとポチの上にも、青と金のきらめきは後から後から降りそそぎ、たちまちその傷を癒していきます。二人の体を染めた血さえも、きらめきの中で薄らいで、跡形もなく消えてしまいます。

 とたんに、ゼンとポチも跳ね起きました。

「やった! 動けるようになったぞ!」

「ワンワン! もう痛くありませんよ!」

 フルートとゼンとポチは駆け寄ってあたりを見回しました。

 雪の上の金の石は、ますます輝きを増し、雪原を真昼のように照らしています。遠い山の端では青い光が輝き続けています。それを見つめて、フルートが声を上げました。

「あれは友情の守り石の光だ!」

「ってことは――ロキか!!」

 とゼンも歓声を上げます。

 すると、友情の守り石の光がすーっと弱まり、山の陰へ吸い込まれるように消えていきました。けれども、その青い光を取り込んだように、金の石はいっそう強く輝き出しました。目もくらむほどの光で雪原を照らします。こんなに輝く金の石を見るのは、フルートたちも初めてのことでした。

 

 ガシャーン……!!

 ガラスが砕けるような音を立てて、魔王が張っていた闇の障壁が砕けました。金の光がまともに風のオオカミに降りそそいでいきます。

「ウォォォ……!」

 オオカミが吠えました。前足だけでなく、全身が光の中で溶け始めています。

 フルートたちは息を飲んでその様子を見守りました。

 みるみるうちに巨大な風のオオカミの姿が縮んでいき、痩せた黒い男の姿に変わっていきます。薄青い目を憎しみと苦痛に歪めながら、咽の奥からうなり声をほとばしらせています。その姿もすぐに金の光に溶け始め――

 何もかもが溶けていった後、最後に残ったのは、一匹の灰色オオカミでした。巨大な風のオオカミや、雄牛のような雪オオカミたちを見てきたフルートたちの目には、その姿はいやに痩せてちっぽけに映りました。

 すると、灰色オオカミが天に向かって吠えました。

「行くな、デビルドラゴン! わしから離れるな――!!」

 フルートたちはオオカミの見る方向を眺めましたが、彼らの目には何も見えませんでした。四枚の翼を持つ影のドラゴンの姿も、何も……。

 金の石の強い輝きが、吸い込まれるように消えていきました。

 

 急に薄暗くなったように感じられる雪原で、フルートたちと灰色オオカミは向き合っていました。

 フルートが言いました。

「デビルドラゴンが去って、元の姿に戻ったんだな。もう魔王じゃなくなったんだ」

 灰色オオカミの体には、無数の矢傷が残っていました。先にオオカミから聞かされた話を思い出して、フルートはちょっと目を細めました。家族や仲間を目の前で人間に虐殺され、自分自身も殺されかかった心の傷が、そのまま体に残っているように見えます。

 すると、ゼンが言いました。

「おまえにはもう何もできないぞ。降参しろ、灰色オオカミ」

 とたんに、オオカミはウゥゥーッとうなりました。背中の毛を逆立て、少年たちに向かって身構えながら答えます。

「今さら、わしにどんな生き方ができるというのだ。わしの守るべき者はすべていなくなった。わしに残されているのは、あいつらの恨みを晴らしていくことだけだ。たとえ魔王でなくなっても、わしは人間を殺し続ける。地上から最後の一人がいなくなるまで、殺して殺して、殺しまくってやる。その手始めが、おまえらだ――!」

 そう叫ぶなり、灰色オオカミがフルート目がけて飛びかかっていきました。牙をひらめかせて、むき出しになっている顔にかみつこうとします。

 けれども、それより早くポチが飛び出してきて、オオカミの顔に思い切りかみつきました。

 ギャン!

 悲鳴を上げたオオカミに、ゼンがショートソードを抜いて切りかかりました。フルートも握っていた炎の剣を振り下ろします。

 アオーォォォーーン……

 長い長い叫びを残して、灰色オオカミは燃えつきていきました。氷の峰々に尾を引いて響き渡るその声は、まるで泣き声のように聞こえました。

 

 少年たちはしばらくの間、何も言いませんでした。

 雪原に静かに風が吹き出しました。風は次第に強まって、やがて地表から凍った雪のかけらを巻き上げ、女の悲鳴のような音を上げながら、氷の峰の間を吹き始めます。

 金の石が雪の上で静かに輝いていました。穏やかで優しい金の光です。フルートはかがんでそれを拾い上げ、自分の首にかけました。

「こいつとロキのおかげで命拾いしたな」

 とゼンが言いました。フルートは黙ってうなずきました。何故だか、ことばが何も出てきませんでした。

 すると、ポチがふいにぶるぶるっと身震いをして、嬉しそうな声を上げました。

「ワン、風の犬の力が戻ってきました! また変身できますよ!」

 ポチの首輪の石が、灰色からまた澄んだ緑色に戻っていました。

 その時、さーっと彼らの頬を光が照らしました。山の陰から朝日が昇ってきます。本物の夜明けがやってきたのでした。

 金の円盤のような太陽が輝きながら山の端からゆっくりと姿を現し、空に光を投げます。雲が薄紅から赤金色に、そして、たちまち白い綿雲に変わっていきます。空が青く染まり始めます。

 それを眺めながら、フルートは心の中でつぶやいていました。

 灰色オオカミ、おまえの気持ちはわからないじゃない。だけど、世界はおまえだけのものじゃない。おまえの不幸だけで、世界中を不幸に染め変えていくことは、絶対に許されないんだよ――と。

 

「ワンワン、ありました! 山の地下に下りる入口ですよ!」

 蛇の鎌首の山のまわりを探し回っていたポチが、尻尾を振りながら戻ってきました。

 フルートは仲間たちに言いました。

「よし、行こう。中でポポロたちが待ってるよ」

「おう、やっとだぜ!」

「ワンワン、急ぎましょう!」

 ゼンとポチが歓声のように返事をします。

 朝日は氷の山にも、山の地下に続く洞窟にも、明るい光を投げかけていました。少年たちは武器を収めると、洞窟の中へと足を踏み入れていきました――。

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