「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第5巻「北の大地の戦い」

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101.夜明け

 「フルート兄ちゃん!!」

 ロキは大きな悲鳴を上げました。

 サイカ山脈の山間に広がる氷河の上。雪に突き立てられた銀のロングソードに、魔王と戦い窮地に陥っているフルートたちの姿が映し出されていました。

「ゼン兄ちゃん! ポチ――!」

 ロキは剣に向かって叫び続けました。小さな闇の少年は、魔王に雷で撃たれた傷が癒えるのを待ちながら、フルートが残していった剣に戦いの様子を映し出して見守っていたのでした。

 ロングソードの銀の刃の中で、ゼンとポチは氷のかけらに押しつぶされ、フルートは今まさに風のオオカミに食われようとしています。声や物音は聞こえてきません。それでも、ロキには彼らのうめき声や、かみ砕かれていくフルートの鎧の音が聞こえるような気がしました。

 ロキは真っ青な顔で振り返りました。

「大変だ、グーリー! 兄ちゃんたちを助けないと!」

 そこには大きな黒いグリフィンが控えていました。フルートたちをバジリスクの洞窟まで届けた後、ロキのところまで飛び戻っていたグーリーです。ギェェン、と鳴いて翼を広げ、すぐさま空を飛んで助けに駆けつけようとします。

 ロキは首を振りました。

「ダメだよ、グーリー! そんなんじゃ間に合わない! 何か、何かもっと早く――ああ、どうしたらいいんだ!?」

 早く何とかしなければ、フルートたちは殺されてしまいます。ロキは今にも泣き出しそうになりながら周囲を必死で見回しました。はおった毛皮のマントが激しく揺れています。全身ががたがたと震え出すのを止めることができません。

 

 と、その赤い目が剣の柄にからめてあるペンダントに止まりました。フルートがロキを守るために残していった、友情の守り石です。

「あれだ……」

 とロキはつぶやくと、雪の上に両手をつき、体を引きずるようにして剣に近づいていきました。時間がたってだいぶ傷や火傷は癒えていたのですが、まだ立ち上がることができなかったのです。長い爪の生えた手を伸ばして、青い守り石をつかもうとします。

 とたんに、ジュッと小さな音がして、ロキは思わず手を引っ込めました。指先に痛みが走ったのです。見ると、指先に火傷をしたような小さな水ぶくれができていました。友情の守り石は聖なる石。闇のもののロキが触れると、まるで焼けた鉄にさわったように熱く感じられるのでした。

 ギェェ、とグーリーがまた鳴きました。それに触るな、と警告してきます。

 ロキは首を振りました。

「これを使うしかないんだよ……。これしか、間に合うものがないんだから。おいらは闇のものだけどさ、きっと石は応えてくれるんだ。だって……だって、兄ちゃんたちは……」

 

 兄ちゃんたちは、友だちだから。

 

 ロキは口の中でそうつぶやくと、思い切って友情の石をつかみました。焼けつく熱さと痛みが手のひらから全身に走り、頭の芯がしびれ、一瞬気が遠くなりかけます。

 けれども、ロキは歯を食いしばってそれに耐えると、後ろのグーリーに向かって言いました。

「離れろ、グーリー! 巻き込まれるぞ!」

 ギエェェェン……!

 グーリーがまた大きな鳴き声を上げます。

 けれども、ロキはもう振り返らず、雪の上に膝をついたまま、石を高く掲げて叫びました。

「友情の石、応えてくれ! 兄ちゃんたちを――助けて!!」

 すると、ペンダントの真ん中で、青い石が奥の方から輝き始めました。きらきらとまたたきながら、透きとおった光をたたえ始めます。光が強まっていきます。

 そして――

 

「うぬ?」

 風のオオカミになった魔王が、低くうなって動きを止めました。フルートを鋭い牙の間で食いちぎろうとしたのですが、魔法の鎧が丈夫で歯が立たなかったのです。力をこめてかみ砕こうとすると、鎧はきしみ声を上げましたが、それでも、どうしても壊すことができません。

 魔王は、ぺっと獲物を吐き出しました。

 フルートは凍った雪原に転がり、力なく倒れました。どんな衝撃にもびくともしないはずの鎧が、あちこち傷つき、歪んでしまっています。魔王の攻撃の力が強すぎるのか、鎧の左肘から始まっていた守りのほころびが全身まで広がっていたのか、その両方なのか――。かみちぎられることだけは、かろうじてこらえていたものの、フルートの体の中では骨が何本も折れていて、苦しくて呼吸が今にも止まりそうになっていました。

 そんなフルートを見下ろして、魔王が言いました。

「ふん。このまま放っておいても間もなく死ぬのだろうが、金の石の勇者は油断がならんからな。とどめを刺しておくとしよう」

 

 少し離れた雪の上に炎の剣が落ちていました。黒い柄の中で、紅い宝石が燃えるように光っています。フルートは必死でそれに手を伸ばしてつかもうとしました。が、とたんに激痛に襲われて大きなうめき声を上げました。胸も肩も背中も足も、いたるところが刺すように激しく痛んで、動かすことができません。

 それを見て、魔王が、ほう、と声を上げました。

「ここまで来ても、まだ戦うつもりでいるのか。勇者というのは見上げたものだな」

 ごうっと風が巻き起こって、炎の剣を雪と一緒に遠くへ吹き飛ばしました。もうフルートの手には届きません。フルートは、痛みでかすむ目を悔しさに歪めました。

「さて、おまえにはどんな最後を与えてやろう。さんざんわしの邪魔をしてくれた勇者だ。それにふさわしい死に方をさせてやらなくてはな」

 と魔王がひとりごとのように言いました。氷の声です。

 彼らの正面で、空の一角が明るくなり始めていました。氷の峰々をきらめかせながら、山の端からまぶしい光が現れてきます。フルートは真っ青になってそれを眺めました。ついに日が昇りだしたのです。

「夜明けか」

 とつぶやいた魔王が、フルートの表情を見て、ふいに、にやりと笑いました。

「なるほど。何を気にしているのかと思ったら、日の出と共にあの娘の魔力が復活するのを用心していたのか。残念だったな。魔法はまた、わしの元へ戻ってきたぞ」

 勝ち誇ったように言う魔王に、フルートは返すことばがありませんでした。山の端はますます明るくなってきます。フルートにはもう、どうすることもできません――。

 再び魔王がにやりとしました。

「おまえの良い始末の仕方を思いついたぞ。勇者よ、こんな死に方はどうだ?」

 そう言うなり、魔王は風のオオカミの頭を上げ、空に向かって呪文を唱え始めました。

「ローデローデリナミカローデ……」

 フルートは目を見張ったまま凍りつきました。ポポロの雷の呪文です。かつて、闇の声の戦いの時にこの魔法を食らって、もう少しで命を落としそうになったことを思い出します。あの時には、金の石のおかげでフルートは息を吹き返すことができました。けれども、その金の石も今は魔王の足の下に押さえ込まれているのです。

 呪文は続きます。

「キサキヒオラソテツナトラシハノチヅカイ」

 フルートは逃げられません。全身が激しく痛んで、身動きすることさえできません。呪文が完成していきます。

「……セクツキヤオチタヤシウユ!!」

 フルートは思わず固く目をつぶりました。

 

 ところが。

 

 いくら待っても天から雷の柱は落ちてきませんでした。空は白々と明るいままで、雷を生む暗雲も現れていません。

 魔王はいぶかしげに空を見上げ、山の端の光を眺めて険しい顔つきになりました。

「あれは……朝日ではないのか?」

 光はますます明るさを増していました。澄んだ光をあたりにまき散らし、氷の山々の頂を輝かせ――ふいに、ふくれあがるように大きく輝いたと思うと、青い光の束が、まっすぐこちら目がけて飛び出してきました。

「むっ!?」

 魔王は素早く身構えました。青い光の奔流を闇の障壁で受け止めます。光はますます強く激しくなり、障壁の上で水のしぶきのようにはじけていきます。

 すると、突然、魔王の前足の下からも強い輝きがあふれ出しました。青い光に応えるように、澄んだ金の光がふくれあがり、広がっていきます。

「オォォォ!!」

 魔王はすさまじい悲鳴を上げて飛びのきました。風のオオカミの前足が一本、付け根から消滅しています。魔王が足の下に押さえ込んでいた金の石が、いきなり爆発するように輝きだしたのでした――。

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