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第5巻「北の大地の戦い」

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100.死闘

 出しぬけに金の石が輝きました。光の壁が広がって、突進してくる風のオオカミからフルートたちを守ります。激しい風の流れは障壁に激突してそらされ、後ろの蛇の鎌首の山を削って、そのまま山の後方へ過ぎていきました。

「すげえ衝撃だな」

 とゼンが冷や汗をかきながら言いました。光の障壁には、すでに白いひびが走っています。これほどの攻撃力を持つ風の獣に出会うのは初めてでした。

「ワン、あいつも風の刃が使えるんですよ。ルルから奪った力を使ってるんだ」

 とポチが言います。フルートも真剣な顔になりました。

「障壁は次の一撃には耐えられない。なんとか魔王を倒す方法を考えないと」

 言いながら、フルートは、ちらりと空へ目を向けました。日が暮れても暗くならない白夜の空ですが、どんどんその明るさが増しています。夜明けが近づいているのです。

 急がないと、とフルートは考えました。ポポロの魔力は朝日と共に復活してきます。日が昇ってくれば、魔王はまた魔法を二度も使えるようになってしまいます。ポポロの魔力は絶大で、フルートたちには対抗する手段がまったくありません。朝日が昇ってくる前に、なんとしても魔王を倒さなくてはならないのでした。

「闇の首輪だ!」

 とゼンが言いました。もう弓に矢をつがえ始めています。

「魔王だろうがなんだろうが、風の獣になってるからには、首に首輪があるんだろう。そいつを断ち切れば、あいつは元の姿に戻るはずだ。うまくすれば殺すこともできるかもしれないぞ」

 首輪は風の獣たちの弱点です。しかも、闇の首輪は持ち主の体と同化しているので、断ち切れば、たちまち大量の血を吹き出して持ち主の命を奪います。魔王でもそうなるのかどうかはわかりませんが、やってみる価値はありました。

 飛び過ぎていった風のオオカミが引き返してきました。空を切って飛ぶ音が近づいてきます。百発百中の弓矢を構えるゼンのかたわらで、フルートは首にペンダントを戻し、両手で剣を構えました。オオカミの首元に目を凝らしていたポチが、ワン、と鳴きます。

「ありました、黒い首輪だ! 闇の首輪です!」

 ゼンとフルートにもそれは見えていました。巨大な獣の首元に黒い細いものがのぞいています。ゼンが弓を引き絞り、フルートが剣を高くかざします。

 オオカミが迫ってきました。弓弦が鳴って白い矢が飛びます。うなりをあげて炎の弾が撃ち出されます。

 矢と炎はまっしぐらにオオカミへ飛び、それぞれに黒い首輪に命中しました。

 が、そのまま首輪を突き抜けてしまったのです。まるで手応えなく、風の体を通り抜けて、後ろへ飛び去ってしまいます。

 驚く少年たちに魔王が襲いかかってきました。激しい体当たりに、ついに金の障壁が砕けます。

 

 ゴゴゥッと空に舞い上がった魔王が笑い声を上げました。

「無駄だ、勇者ども。わしの首輪は闇そのものを寄り合わせてできている。そんなもので断ち切れるものか」

 そして、頭をそらしてまた高らかに遠吠えを上げます。その首元の黒い首輪は、確かに、底知れない闇そのものの色をしているのでした。

「ワン、ルルの時には魔王でも首輪が切れたのに……」

 信じられないように言うポチに、フルートは答えました。

「ルルは完全に魔王になってはいなかった。あいつは心の底から魔王だ。その違いなんだ」

 言いながら、フルートはまた空に目を向けました。山の背後の空はますます明るくなり、雲が薄紅に染まり始めています。夜明けは間近です。急がなくてはなりません。

 フルートは一度首にかけた金のペンダントをまた外して手に握りました。

「闇は光でしか切れない。ぼくが行く――」

「フルート!?」

 驚くゼンとポチを残して、フルートは駆け出しました。また迫ってくる風のオオカミに、自分から向かっていきます。

「わざわざ殺されに来たか、金の石の勇者!」

 魔王が笑いました。風の刃を持つ体でまっしぐらにフルートに襲いかかります。

 すると、金の石がまた自分から輝いて障壁を張りました。これでもう何度目でしょう。砕かれても砕かれても、石は障壁を張ってフルートを守ろうとします。

 障壁にはじかれて上空へ飛んだ魔王が、冷ややかな目を金の石に向けました。

「まったく。小さな石がいつまでも無駄な抵抗をするな」

 フルートは地上で身構え続けていました。魔王はまた攻撃をしかけてきます。その瞬間を狙って、金の石の光を首輪にぶつけるつもりでした。闇の首輪は聖なる光に消滅するはずです。

 風のオオカミの魔王が、また上空から襲いかかってきました。金の障壁にまだひびは入っていません。もう一撃は耐えられます。障壁に魔王がそらされるのをフルートは待ちかまえていました。首輪がこちらを向いた瞬間に、障壁を金の光の矢に変えて、首輪を断ち切るのです。

 ところが、光の障壁の目の前で、魔王が闇の障壁を張りました。二つの障壁が激突し、金属のこすれるような激しい音を立てます。

 キシシシシシ……キシャーン……!!

 耳障りな音と共に金と黒の光の火花が散り、双方の障壁にひびが走っていきます。

 ガシャーンンン!!!

 ついに、二つの障壁はまたガラスの割れる音を立てて砕け散ってしまいました。

 うなりをあげて襲いかかってきた風の獣に、フルートは雪の上へ押し倒されました。体の上を激しい風が吹き抜けていきます。

「これはきさまの技だったな、勇者よ」

 と魔王があざ笑うような声を上げました。

「金の光は闇の障壁と相殺される。わしの首輪を金の石の光で消そうとしても無駄だ」

 上空からオオカミが襲いかかってきました。巨大な風の口がフルートの頭をかみ砕こうとします。

 その瞬間、また金の石が光りました。とたんに魔王もまた闇の障壁を張り、ぶつけて障壁を砕いてしまいます。

 とっさにフルートは雪の上を転がりました。今までフルートがいた場所を激しい風がなぞり、雪の上に巨大な刃物のような跡を深々と残します。

 

「フルート!!」

 ゼンとポチが駆け出しました。通常の攻撃しかできない二人に、魔王と対抗する力はありませんが、それでも、助けに駆けつけずにはいられません。

 とたんに、魔王が風の目を向けました。

「めざわりだ! 引っ込んでおれ!」

 とたんに、ゴオッと激しい風が起こり、ゼンとポチを吹き飛ばしました。山のふもとの氷の壁にたたきつけられます。

 折り重なるように倒れた二人に向かって、魔王が言いました。

「どうやら、きさまらの方が先に死にたいらしいな。よかろう、望み通りにしてやる」

 声と共に、突然、蛇の鎌首のような山の壁が崩れました。大小の氷が降ってきて、ゼンとポチの上に落ちかかってきます。岩のように重くとがった氷のかけらの中に、たちまち二人の姿は見えなくなりました。

「ゼ、ゼン! ポチ!」

 フルートは真っ青になって飛び起きました。積み重なった氷の隙間に、ゼンとポチの体がちらりと見えています。二人とも倒れたまま身動きをしません。その毛皮の服と白い毛並みが、みるみるうちに血で紅く染まっていきます――

 フルートは金の石を手に必死で走りました。早く石の力で傷を治してやらなくては、二人とも本当に死んでしまいます。

 ところが、その背後から魔王がまた襲いかかってきました。金の石が自ら張った障壁に、また闇の障壁をぶつけてきます。音を立てて、また障壁が砕けました。

「今度はきさまだ、勇者――!」

 うなりと共に風がフルートを押し倒しました。風の刃が鋭く背中に切りつけていきます。が、フルートが着ているのは魔法の鎧です。雪の上に倒れたフルートは、傷ひとつ負っていません。ただ、巻き込まれて起きた激しい風が、どっとフルートに吹きつけてきました。

「あっ!」

 フルートが突然叫びました。突風に、手に握っていた金の石を飛ばされてしまったのです。凍りついた雪原の上を、金の縁飾りのついたペンダントが転がっていきます。

 

 あわてて拾い上げようと手を伸ばしたフルートの目の前で、どすん! と半透明な獣の前足がペンダントを踏みつけました。魔王が舞い下りてきて、風の前足で金の石を押さえ込んだのです。

 巨大な風のオオカミは、地面すれすれまで頭を下げると、フルートをのぞき込んで笑いました。

「これできさまを守るものは何もなくなったな、勇者よ。いいざまだ。きさまなど、金の石さえなければ、ちっぽけな弱い人間の子どもに過ぎない」

 風の獣に変身した魔王は、直接金の石を踏みつけてもほとんどダメージを受けないようでした。ジャリッと音を立てて、ペンダントを自分の方へ引き寄せます。その足の下で金の石がフルートを呼ぶように強く弱く光っています。フルートは跳ね起きて駆け出しました。魔王に押さえ込まれている石へ手を伸ばして、呼びかけようとします。

「金の――」

 けれども、石が力を発動する前に、オオカミの頭が動きました。フルートの体にかみつき、高々と放り上げたのです。

「うわぁっ!」

 フルートは思わず悲鳴を上げました。小柄な体が宙に舞い、そのまま地面に向かって落ち始めます。下は固く凍りついた雪の大地です。

 と、魔王が巨大な口を開けて、落ちてくるフルートをばっくりとくわえました。そのまま、一口でかみ砕いていきます。

 ガキィッ……メキメキメキ……!!!

 魔法の鎧がひしゃげていく音が、風の牙の間から響いてきました――。

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