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第5巻「北の大地の戦い」

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93.混戦

 少年たちは三頭の雪オオカミに取り囲まれました。雄牛ほどの大きさもある獣たちが、うなりながら少年たちを狙います。

 フルートとゼンは、それぞれに炎の剣とエルフの弓矢を構えました。少しでもオオカミが近づいてきたら、それをお見舞いしようとします。けれども、ポチだけは何の力もありませんでした。風の犬に変身できなければ、ポチはただの子犬です。精一杯身構えオオカミに向かってうなっても、あまりにも大きさに差がありすぎて、威嚇の効果さえないのでした。

 それでもポチは一歩も引きませんでした。オオカミに向かって背中の毛を逆立て、咽の奥からうなり続けます。

 ポチの前に一頭が立ち止まりました。見下ろすような目で眺めると、身の程をわきまえない生意気なチビ助を一口でかみ裂こうとします。

「ポチ!」

「下がれ!」

 フルートとゼンが同時に叫びました。

 ところが、ポチは引くどころか、逆に自分から飛び出していきました。小さな体で思い切りジャンプすると、目の前にそびえるオオカミに飛びかかっていきます。それは、先にルルに肩口を切り裂かれて傷を負っていたオオカミでした。その同じ傷口に飛びつき、鋭い牙を傷の中に突き立てます。

 ギャン――!

 オオカミは思わず悲鳴を上げて身を引きました。ポチは肩口に食らいついたままです。

 他の二頭のオオカミが、ちらりとそんな仲間を見ました。何をやっているんだ、と言いたげな、馬鹿にするような目つきです。とたんに、傷ついたオオカミは猛烈にうなり、肩口のポチにかみつくと、一瞬で引きはがしてしまいました。そのまま、子犬を空中に放り出します。

「ポチ!!」

 フルートはとっさに後を追って駆け出しました。赤い血を吹き出しながら落ちてくる子犬を、両手を広げて受け止めようとします。その背中に、別のオオカミが飛びかかっていきます。

「この!」

 ゼンが矢を放ちました。至近距離です。白い矢は獣の背中に命中し、オオカミは悲鳴を上げて雪の上に転がりました。

 その間にフルートは走り、落ちてくるポチを受け止めました。吹き出した血が、北の大地の寒さで凍りついて、真っ赤な宝石の粒のようにきらめきながら降ってきます。

 と、フルートの胸の上でまた金の石が輝きました。金の光で彼らを包み込みます。とたんに、骨まで達していたポチの傷が再生して、みるみるうちにふさがっていきました。その上を柔らかな毛がおおって、傷痕が跡形もなく消えてしまいます。

「ワン、フルート」

 顔を上げたポチを、フルートは固く抱きしめました。子犬はまた金の石に命を救われたのでした。

 

「うわっ!」

 今度は背後でゼンの声が上がりました。フルートとポチが振り向くと、リーダーのオオカミがゼンに飛びかかり、押し倒しているところでした。鋭い牙がゼンに迫ります――。

 ゼンはとっさに両手を伸ばして、かみついてくるオオカミの下顎をつかみました。そのまま力任せに押し上げます。ガギン、と音を立ててオオカミの口が閉じます。

 ゼンはオオカミの顎をつかんだまま、片足で腹を蹴り上げ、頭の方へ放り投げました。リーダーのひときわ大きな体が、仰向けに宙を飛んでいきます。

 けれども、リーダーは空中で身をひねると、地面に激突する前に脚から降り立ちました。即座にまた身構えて、ウゥゥーッとうなります。その両脇に、肩口に傷を負ったオオカミと、背中に矢を受けたオオカミが駆け寄ってきます。

 フルートとポチが、立ち上がるゼンに駆け寄り、オオカミと向き合いました。フルートが炎の剣を構えながら叫びます。

「ゼン、そのまま! 引きつけてから行くぞ!」

「おう!」

 ゼンも弓矢を構えながら答えます。

 ところが、そのとたん、ポチが声を上げました。

「フルート、ゼン、危ない!!」

 はっと顔を上げた二人の目に、ふくれあがる黒い光が映りました。魔弾です。とっさにフルートが飛び出し、ダイヤモンドの盾をかざします。撃ち出されてきた魔弾は盾の表面ではじけ、反動でフルートは後ろに飛ばされて、ゼンに受け止められました。

 少年たちは青ざめた顔で空中を見上げました。そこでは黒ずくめの魔王が片手を上げて、次の魔弾を撃ち出そうとしていました。

「卑怯だぞ! おとなしく手下どもに任せて、そこで観戦してやがれ!」

 とゼンはどなりました。もとより話を聞く相手とは思っていませんが、体勢を整え直す時間を少しでも稼ごうとしたのです。

 けれども、魔王はまったく容赦ありませんでした。間髪を置かずに、また魔弾を撃ちだしてきます。間近に手下のオオカミたちがいるにもかかわらず、雨あられと黒い弾を浴びせてきます。

 フルートの胸の上で、また金の石が光りました。澄んだ光で少年たちを包みます。とたんに、魔弾が砕けていきました。光の障壁で守ったのです。

 フルートは驚いて金の石を見ました。本当に、今日は呼びもしないうちに、何度もフルートたちを助けてくれています。

 魔王の撃ち出す黒い弾が、次々と砕け続けます。砕ける瞬間に、光の障壁も金に輝きます。フルートたちから数メートル離れた場所で、黒と金の花火が次々に広がっては消えていくようでした。

 

「う、やばいぞ――!」

 ゼンが突然声を上げて障壁を指さしました。魔弾が降りそそぐ光の壁の上に、白いひびが走り始めていたのです。ひびは黒い魔弾が当たるたびに広がり、やがて、ガラスの砕ける音を立てて飛び散りました。今度は、光の障壁が闇の猛攻撃の前に砕け散ってしまったのです。

 障壁が砕けた瞬間に、三頭の雪オオカミたちが飛び込んできました。子どもたちを一撃で押し倒し、食い殺そうとします。

 けれども、待ちかまえていたフルートが炎の剣を振りました。大きな炎の弾がうなりをあげてオオカミの鼻先をかすめていきます。オオカミたちが思わず躊躇した隙に、フルートは叫びました。

「走れ! 山を背にするんだ!」

 オオカミたちに囲まれてしまっては、どうしても不利です。空からは魔王の魔弾が彼らを狙ってきます。背後を守るものが必要でした。

 雪原を走る彼らをオオカミたちが追ってきました。蛇の鎌首のような山は、まだ数十メートル先です。オオカミたちの吠える声があっという間に後ろに迫ります。人とオオカミでは走る速度がまるで違うのです。

 フルートは唇をかむと、立ち止まって振り向きました。仲間たちを逃がすためにまた炎の弾を撃とうとします。

 そのとたん、雪原にオオカミたちの悲鳴が響きました。

 キャン! キャンキャン!

 まるで犬のように甲高い声を上げます。ゼンとポチも思わず振り向き、驚いて立ち止まりました。

 彼らのすぐ後ろの雪原から、薄緑色のものが姿を現していました。緑の鞭のように雪の中から伸び出してきて、たちまち太くなっていきます。まともにそこに差しかかっていたオオカミたちは、勢いよく伸びる鞭に跳ね飛ばされて悲鳴を上げたのでした。

 緑の鞭はくねりながら伸び続けていました。鞭の先が無数に枝分かれを繰り返し、上へ横へと広がっていきます。たちまち雪原の上が緑の鞭でいっぱいになりますが、それでも、鞭は広がることをやめません。ザザザザ……とこすれるような音を立てて、緑がいっそう濃くなっていきます。鞭から細い蔓が枝分かれし、そこに緑の葉が広がったのです。

 フルートたちは驚いて、ただ立ちすくんでしまいました。

 それは雪エンドウでした。北の大地だけに育つ魔法の豆が、突然雪の中から芽吹いて、信じられないスピードで成長を始めたのです。

 

「どうして……」

 とつぶやきかけたゼンが、はっと自分の腰に手をやりました。さっき風のオオカミに切り裂かれた袋の残骸が、そこに下がっていました。袋に入っていたのは、占いおばばのお伴の大男がくれた雪エンドウです。

 ゼンは思わず歓声を上げました。

「ウィスルの豆だ! こぼれた豆が芽を出したんだぞ!」

 雪エンドウは不思議な豆で、地面に落ちてから何百年もそのままのこともあれば、たった五分後に芽を出すこともあるんだ、とロキが言っていたのを思い出します。

 芽を吹いた雪エンドウの成長は驚異的です。みるみるうちに伸びていって、何もなかった雪原に豆の森を作り上げていきます。

 フルートがふいに鋭い目になりました。蔓が伸びて絡み合い、葉が茂っていく森を見つめて、仲間たちにささやきます。

「あの中に逃げ込もう。森の中は狭いから、オオカミたちは動きづらくなる。あそこで迎え討つんだ」

 ゼンとポチもすぐにうなずきました。

 豆の森をすかして、オオカミたちがこちらへ向かってくるのが見えていました。森が急激に広がっていくので、大きく迂回して走ってきます。空中から魔王がオオカミたちに命じています。

「行くぞ!」

 フルートは仲間たちに叫ぶと、先頭に立って豆の森に飛び込んでいきました――。

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