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第5巻「北の大地の戦い」

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84.剣の中の景色

 「さて、本当に、これからどうするかだな」

 泣いていたロキが落ちつくのを待って、ゼンが言いました。フルートが即座にうなずきます。

「ロキはまだ動かせない。ぼくたちだけで魔王を倒しに行くしかないね」

 ロキが一瞬、そんな、という表情をしましたが、自分が稲妻に撃たれてひどい怪我と火傷を負っているのは本当だったので、すぐにあきらめた顔になりました。

 するとポチが尋ねました。

「ロキ、その怪我はどのくらいで治りそうですか?」

「……半日くらいかな。あと一時間もすれば、起きられるようにはなると思うけど……」

 実際、ほんの二、三十分の間に、ただれていたロキの顔や手足には薄く皮膚ができあがって、急速に傷が治り始めていました。本当に、闇のものの体の再生力は驚異的です。

「ワン、それじゃ、ロキが治るのを待っている間に、ぼくたちも魔王を倒してこられますよ。ちょうどいいですよね?」

 とポチが笑うようにフルートとゼンを振り返ったので、フルートたちも思わず笑い顔になりました。なかなか剛胆なことを言う子犬です。

「ぼくたちはポチに乗って魔王の隠れ家の山を探すよ」

 とフルートが言って、かたわらに立ち続けていたグリフィンを見上げました。

「グーリーはロキを守っているんだ。いつまた魔王がロキを狙ってくるかわからないからね。……ポポロの魔法は一日に二回まで使える。さっきの雷の魔法の他に、もう一度使うことができるんだ。たぶん、ぼくたちの方を攻撃するために使ってくるだろうとは思うけれど、用心するのに越したことはないからね」

「しっかりご主人様を守ってろよ」

 とゼンが巨大なグリフィンの体をぽんとたたきました。その手つきは、大トナカイのグーリーをたたく時と少しも変わりありません。グルル……とグーリーが嬉しそうな声を上げました。

 

 フルートが背中からロングソードを引き抜いて、ロキのすぐわきの雪に突き立てました。抜き身の刃が銀に光ります。

「これを残していくよ。何かあったら使うんだ。それから――」

 と今度は首から友情の守り石のペンダントを外します。

「これも君に残していく。魔王が魔法で君を狙ったら、きっとまた守ってくれるはずだから」

 とペンダントの金の鎖を、突き立てたロングソードの柄の部分に絡ませます。青い宝石は銀の刀身の上に垂れ下がって、一緒に美しく光りました。

 それを見て、ロキが言いました。

「待って、兄ちゃん……ちょうどいいや。魔法の金の石のある場所を教えてあげるよ」

 えっ、とフルートたちは声を上げて驚きました。

「金の石のある場所だって!?」

「ワン、魔王が持っているんじゃないんですか!?」

 口々に尋ねると、ロキは薄く笑いました。

「魔王だって闇のものだよ。聖なる金の石なんか持っていられないよ。あいつはバジリスクに金の石を奪わせて、そのまま番をさせてるのさ。バジリスクは闇の怪物じゃないからね……。ここからそんなに遠い場所じゃない。今、バジリスクがいる場所を見せてあげるよ」

 そして、ロキは雪に突き立てたロングソードへ片手を向けました。比較的火傷が軽かった左腕です。そのまま、じっと剣を見つめていると、ふいに、その刀身に何かが映り始めました。フルートたちは、はっとして目をこらしました。剣に映し出されたのは、一面黒い岩がむき出しになり、地中から白い湯気を吹き上げる荒れ地だったのです。

「ここが、凍らずの山――つまり、火山地帯だよ。魔王がポポロの魔法で噴火させてる。この山の谷間にバジリスクが潜んでいるのさ」

「おまえ、こんなことまでできたのか。まるで占いおばばの水晶玉みたいじゃないか」

 とゼンが感心すると、ロキは、ちょっと苦笑いをしました。

「闇の民としては、おいらは魔法が下手な方なんだよ……。姉ちゃんみたいになんでも見えるわけじゃないんだけどさ、でも、あまり遠くないところなら、こうして映し出せるんだ。占いおばばは水晶を媒体にしてたけど、姉ちゃんやおいらは、鏡になったものが媒体なんだよ……」

「雨が降っていないね」

 と銀の刀身に映し出された景色を見ながらフルートが言いました。噴火する山が吹き上げる蒸気と噴煙で、火山地帯はものすごい嵐になっていると聞いていたのですが――。

「やんだんだよ……今日は魔王が魔法を止めてるからね」

 とロキが答えました。

「魔王自身が言ってたよ。兄ちゃんたちを倒すためにポポロの魔法を温存したんだ、って……。結局は、おいらに雷を落とすのに使ったけどさ……。だから、今日は火山は噴火してないんだ……。金の石を奪い返すには……絶好のチャンスなんだよ……」

 気がつくと、ロキの息が上がり始めていました。ロングソードに差し伸べた手が、息づかいと一緒に揺れています。どうやら、透視能力で遠い景色を映し出すためには、かなりのエネルギーを消耗するようです。

 フルートはあわてました。

「もういい、ロキ。もういいよ。休まなくちゃ!」

 けれどもロキは言いました。

「あと、もうひとつだけ……」

 またロングソードへ向かって念をこらします。すると、先の岩場の風景は消え、今度は針のようにとがった氷の山々が映りました。今、彼らがいる、このサイカ山脈です。

 ひとつの山が、次第に大写しになっていきます。

 それは、奇妙な形にねじ曲がった氷の頂でした。まるで、獲物に飛びかかろうと身構えている蛇の鎌首のように見えます。

「魔王は……この地下さ……」

 とロキはあえぎながら言いました。額から脂汗が流れ落ちていきます。一度治り始めていた火傷の痕が、見る間にまたただれていきます。

「ロキ!」

 フルートたちは思わず叫びました。それでもロキは透視をやめません。

「これが……ホントの最後……周りの風景。よく見て……」

 懸命に手を向け続ける先で、剣の中の景色が再び遠ざかっていきました。蛇の頭のような山と、それを取り囲む山々が映し出されます。氷の山々はどれも奇妙な形にねじれ歪んでいました――。

「わかった! だからもうやめるんだ、ロキ!」

 フルートが悲鳴のように叫びました。ロキはやっと手を下ろしました。たちまち剣の中の景色が薄れて消えていきます。ロキは仰向けの姿勢のまま、ぜいぜいと荒い息をつきました。

「無茶しがやって」

 ゼンがうなるように言いました。

 

 ロキがやっとまた落ちついたのを見届けて、フルートたちは立ち上がりました。

「それじゃ、行ってくるよ。くれぐれも、無理しちゃだめだからね」

 すると、ロキが黒いグリフィンを見ました。

「ポチで飛ぶより、グーリーの方が速いよ……。グーリー、兄ちゃんたちを、凍らずの山まで送るんだ……」

「でも」

 フルートたちは渋りました。ロキは魔王から見れば徹底した裏切り者です。フルートたちがこの場を離れてしまえば、すぐにロキを始末にやってくるかもしれません。グーリーまで連れて行って、ロキをひとりぼっちにしたくありませんでした。

 すると、ロキが小さく笑いました。

「大丈夫だよ……。さっき、兄ちゃんたちがおいらのところに来たときに、魔王は魔法を使ってこなかった……。全員まとめて始末する、絶好の機会だったのにね……。何でだかわからないけど、魔王はもうひとつの魔法を自由に使えないんでいるんだ。だから、おいらのことは心配いらないんだよ……」

 フルートたちは雪の上に横たわるロキを改めて眺めました。怪我と火傷を負って、ぐったりと身動きできずにいる少年の姿は、ひどく小さく、痛々しく見えます。それでも、ロキは懸命に、自分は大丈夫だよ、という表情を浮かべて見せているのでした。

 フルートは自分が着ていた毛皮のマントを脱いで、ロキの体の上にかけてやりました。あわててそれを断ろうとする少年に言います。

「いいからかけておいで。凍え死ぬことはなくても、寒さは感じるんだろう? これぐらいは残して行かせてよ」

 ロキは泣き笑いするような表情になって、自分の近くに突き立ててあるロングソードと友情の守り石を見ました。

「おいら、もう、いっぱい残してもらってるよ……。もう充分だよ」

「気をつけろよ。俺たちが戻ってくるまで死ぬんじゃないぞ」

 とゼンが言って、今度は傷にさわらないように気をつけながら、頭をなでてやりました。ロキは、ますます泣きそうな顔になりました。

「兄ちゃんたちもね……。おいら、ここで待ってるから。ポチも、気をつけてね」

「ワンワン。ちゃんとロキのお姉さんを助け出してきてあげますよ」

 と子犬が元気に答えます。

 

 氷河を囲む山々の頂が、降りそそぐ日の光に鋭く輝いていました。太陽は空の一番高い場所に差しかかっています。長い夏の一日が、半分過ぎようとしているのです。

 フルートたちがいよいよ出発しようとすると、ロキが引き止めるように手を伸ばして、剣帯で押さえてあるフルートの左腕に触れました。そのまま、少しの間、目を閉じます。

 フルートは、はっとしました。

「ロキ、また魔法を……!」

 ロキは目を開けて、ちょっと笑って見せました。また顔色が悪くなっています。ロキは鎧の上からフルートの左腕に冷凍魔法をかけたのでした。

「念のためにね……。でも、これで最後だよ。金の石さえ戻ってきたら、兄ちゃんのこの腕も元に戻るもんね……」

「ロキ」

 フルートは胸が詰まって声が出なくなりました。やっとのことで、ありがとう、と言います。

 すると、ロキが精一杯の声を上げました。

「行け、グーリー……! 兄ちゃんたちを、金の石の場所まで連れて行くんだ……!」

 ギエェェン。

 グリフィンのグーリーが声高く鳴き、雪の上に伏せました。フルートたちが乗り込むのを待って、大きな翼を広げて飛び立ちます。

「ロキ!!」

「フルート兄ちゃん! ゼン兄ちゃん! ポチ――!」

 空と地上に離れながら、少年たちは名前を呼び合いました。無事で、きっと無事で、と互いに心の中で祈りながら。

 グーリーはロキの上で大きく一度旋回すると、黒い翼を羽ばたかせて、まっしぐらに空を飛び始めました。めざすはサイカ山脈を越えた彼方、バジリスクが潜む、凍らずの山でした――。

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