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第5巻「北の大地の戦い」

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76.氷の山脈

 フルート、ゼン、ロキ、ポチとグーリーの三人と二匹は、ようやくたどりついた頂上で、声もなく周囲を見回していました。

 そこは鋭い氷柱の先端でした。彼らがやっと全員で立てるくらいの場所に、雪が積もり、固く凍りついています。目の前には切り立った崖がはるか下まで続いていて、なだらかな雪の斜面に変わり、またすぐに険しい崖になります。そのさらに下には、一面真っ白な平原が広がっています。彼らがずっと渡ってきた北の大地の雪原です。彼方の地平線は雪煙にかすんでいましたが、その中に一箇所、意外なほど黒い雲におおわれている場所がありました。火山から流れていった噴煙です。それはちょうどダイトの都の方角のように、子どもたちには見えました。

 頭を巡らして反対側を見ると、そこは目もくらむような山岳地帯でした。彼らが立っている山も高く険しいのですが、さらに高くさらに鋭い山の峰々が、何十、何百と連なっています。まるで氷でできた太い針を、大地一面に埋め込んであるようです。その頂のひとつひとつに太陽の光が当たって輝きを放ち、怪しいまでに美しい景色を繰り広げています。

「この山は全部氷なんだね……」

 とフルートが言いました。岩山の上を氷がおおっているのではなく、山そのものが氷でできているのが、光の加減ではっきり見えていたのです。ロキがうなずきました。

「サイカ山脈ってのは、最果ての山々って意味なんだけどね、本当は北の大地の一番真ん中にあるんだよ。北を目ざして進んでいくと、必ずサイカ山脈が終点になる。北極点がある場所なんだ。だから、北の最果てって意味でサイカ山脈……。北の大地をおおう厚い氷が、押し合いぶつかり合って、大陸の真ん中でせり上がって山脈になったんだ、って言われてるよ。だから、山の中をどこまで深く掘っても、岩には突き当たらないんだ」

 それから、ロキは山々の間の氷の谷間を指さしました。

「ほら、あれ……周りと少し色の違う氷が山の間を埋めてるのがわかるだろ? 山に降り積もった雪が滑り落ちて凍りついてるんだけど、あれ、水みたいにほんの少しずつ下に動いてるんだよ。氷の川、氷河なんだ。この山々は、氷河が何万年もかけて氷の大地を少しずつ削って作り上げたんだ、って言われているよ」

「ふぅん、壮大な話だね……」

 フルートは思わず感嘆しました。自然がこの景色を作り上げた時間の長さに想いをはせると、気が遠くなってくるようです。

 

「だが、問題はこの山の中のどこに魔王が隠れてるかだよな」

 とゼンが言いました。ドワーフの少年は、いつでも現実的です。

「ワン、それに火山の噴火してる様子も見えませんね。ぼく、ここまで登ればわかるんじゃないかと思ったんだけど」

 とポチも首をひねりました。氷の山々の向こうにあるという火山地帯。けれども、そちらの方角はただ白っぽい霧に包まれていて、噴煙も噴き上がる炎も、何も見えなかったのでした。

「魔王が火山のそばにいるとは限らないよ」

 とフルートは答えました。

「それに、ポポロたちはサイカ山脈の地下の洞窟にいる、って占いおばばが言っていただろう。きっと、魔王は安全な山の地下から、火山地帯に魔法をかけて噴火を起こしているんだよ」

「その洞窟をどうやって見つけるか、だな。こう山の数が多くちゃ、しらみつぶしに当たるってわけにもいかないぞ」

 とゼンが連なる山々を見て溜息をつきました。氷の槍のような山は大小さまざまですが、本当に何百とあるのです。どこかに魔王が潜んでいるような痕跡はないかと目をこらしても、まるで手がかりがありません。ゼンは思わずぼやきました。

「あぁあ、こんなことならいっそグリフィンに飛んできてもらいたいぜ。そうすりゃ魔王の居場所もわかるだろうに」

 とたんに、ロキがぎょっとしました。

「やめてよ、ゼン兄ちゃん。冗談じゃない!」

 以前グリフィンに襲われたことがあるだけに、真っ青な顔をしています。ブルル、とグーリーも抗議するように鼻を鳴らします。

 ところが、その時ポチがぴくりと耳を動かしました。本当に、遠くからバサリと大きな羽音が聞こえてきたからです。

「ワン、何かが飛んできますよ。こっちへ向かってます」

 羽音はサイカ山脈の奥の方から、どんどんこちらへ近づいていました。あっという間に羽音が大きくなり、ウサギのようなロキの耳にも聞こえるようになってきます。

「鳥の翼の音だよ。すごいスピードだ――」

 とロキが見やる方向の空に黒い点が見えてきました。みるみるうちに銀色の鳥の姿に変わっていきます。弾丸のような勢いで空の中を突進してきます。

「危ない!」

 少年たちはあわてて山の頂で身を伏せました。ロキがグーリーの手綱を強く引いてかがませます。

 その頭上を巨大な翼がうなりをあげて通っていきました。手を伸ばせば銀の羽根に触れられるほど、間近な場所を通り過ぎていきます。たちまち一陣の風が巻き起こりました。

 鳥の後ろ姿を見てロキが叫びました。

「大雪鳥(おおゆきどり)だ!」

「ち、やっかいなヤツが現れたな」

 とゼンも舌打ちします。ところが、鳥は少年たちの上を飛びすぎると、あっという間にまた、空の彼方へ飛び去ってしまいました。

「ワン、行ってしまいましたよ?」

 とポチが目を丸くすると、ゼンは首を振りました。

「一度通り過ぎただけだ。あいつは飛ぶ速度が速いから、すぐには止まれないんだ。じきに戻ってくる」

 厳しい表情で背中からエルフの弓を外しています。ロキも顔色を変えて言いました。

「逃げよう、兄ちゃんたち! ここは狙われやすいから危険だよ! 大雪鳥はすごく硬い体をしてるんだ。鳥のくせに、全身岩の塊みたいなんだよ。それで体当たりの攻撃をしてくるんだ……!」

「ロキの言うとおりだ。しかも、あいつは執念深いから、狙った獲物は、倒すまで決してあきらめないんだ。ここから降りた方がいい」

 そこで少年たちは大急ぎでグーリーの背中に乗りました。フルートが友人に言います。

「詳しいね、ゼン」

 ゼンが肩をすくめ返しました。

「大雪鳥は冬になると南にある俺たちの峰まで渡ってくるんだよ。攻撃もなかなか効かない、やっかいな鳥だ。普通、人は襲わないんだが――魔王に操られてるんだから、そういうわけにもいかないよな」

 

 その時、ポチとロキが耳を大きく動かして叫びました。

「ワン、また来ます!」

「グーリー、逃げろ!」

 ぽーん、とグーリーが氷の頂から飛び下りました。絶壁に近い氷の斜面を、滑るように下へ降りていきます。

 そこへ、大雪鳥が戻ってきました。全身を銀に輝く羽根に包まれた鳥で、翼の端から端まで五メートル以上もあります。それがいきなり翼をたたんだと思うと、頭から頂に突っ込んできました。激しい音が上がって頂が大揺れに揺れ、大小の氷が飛び散ります。

 ばらばらと氷のかけらが降りかかってくる中、グーリーは下へ下へと降り続けました。崖が終わって雪の斜面につくと、全速力で駆け出します。

 空の彼方へ姿を消した大雪鳥が、また引き返してきました。逃げ続けるグーリー目がけて突撃してきます。

「また来た!」

 とフルートが叫んだ声に、弓矢の音が重なりました。ゼンがエルフの矢を射たのです。ところが、百発百中の魔法の矢は、鳥の胸元に当たってはじき返されてしまいました。ロキが言っていたとおり、全身をおおう銀の羽根は、岩か鋼のように強力なのです。

 次の瞬間、大雪鳥がグーリーに襲いかかってきました。ピイ! と声を上げて、グーリーがさらに速く走ります。そのすぐ後ろの斜面に鳥が頭から激突し、くちばしが凍った雪を砕きました。斜面に爆発したような大きな穴が開きます。かろうじてそれをかわしたトナカイは、必死で走り続けました。大雪鳥の直撃を食らったら、グーリーも少年たちも、間違いなく木っ端みじんです。

 大雪鳥が激しい羽音と共にまた遠ざかっていきました。見えないほど遠くまで離れたところから、また勢いに乗って突撃をしてくるつもりなのです。

 

 と、グーリーがふいに立ち止まりました。雪の斜面が終わり、また氷の断崖が現れたのです。先の氷の斜面より急で、そこを降りようとすれば、飛び下りるのと同じことになってしまいます。見下ろすと、何十メートルも下の方に雪の積もった斜面が見えていました。

「いくらグーリーでも無理だ!」

 とロキが泣き声を上げました。

 フルートは背中の剣を抜きました。

「行こう、ポチ」

「ワン!」

 即座に子犬が風の犬に変身します。ところが、フルートがその背中に飛び乗ろうとすると、ゼンに引き止められました。

「待て。大雪鳥はいくら攻撃しても全部あの羽根に跳ね返されるんだ。一箇所だけ弱点があるんだが、それがわかるのは俺だ。俺が行く」

「ゼン」

 フルートがひどく心配そうな顔をしたので、ゼンはわざと口をとがらせて見せました。

「なんだ、俺の腕前が信用できないのかよ。任せろ、おれは北の峰の猟師だぞ。それに――最近おまえばっかり目立ってるだろうが。たまにはこっちにも出番をよこせ」

 大真面目な顔で冗談を言うゼンに、フルートは思わず吹き出してしまいました。こんな緊迫した状況なのに、急に肩から力が抜けてしまいます。

 ゼンも、にやっと笑い返すと、ポチに飛び乗って言いました。

「ヤツの攻撃を一度だけそらしてくれ。そうしたら、俺たちが追いかけてヤツをしとめる」

「わかった」

 フルートはうなずいて、剣を握り直しました。

 

 空の彼方からまた羽音が近づいていました。

「来た!」

 とロキが空の一点を指さします。ポチはゼンを乗せて舞い上がり、フルートはグーリーの上で炎の剣を構えました。空の点がたちまち鳥の姿に変わっていきます。まっしぐらにトナカイに襲いかかってきます――。

「はあっ!」

 フルートは炎の剣を思い切り振りました。片腕しか使えないので、バランスが保てず、勢い余ってグーリーの背中に突っ伏してしまいます。剣の先から撃ち出された炎の弾が、大雪鳥目がけて飛んでいきます。

 キェェェ……

 大雪鳥は鋭く一声鳴くと、大きく羽ばたいて炎をかわしました。そのまま、彼らの頭上高くを通り過ぎていきます。

「行くぞ、ポチ!」

 とゼンがどなり、ポチが猛スピードで空を飛び始めました。大雪鳥の後を追いかけます。鳥の姿も、ゼンとポチも、たちまちの空の方へ遠ざかっていきます。

「ゼン、ポチ……」

 フルートはグーリーの上から、心配そうにそれを見送りました。

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