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第5巻「北の大地の戦い」

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73.出陣

 「ついたよ……」

 ロキが言って、手綱を引きました。ドッドッと蹄の音を立ててグーリーが立ち止まります。

 目の前に氷の壁がそそり立っていました。雪原から信じられないほど巨大な氷の塊が姿を現し、そびえ立っているのです。切り立った壁はほとんど垂直に近く、見上げると、はるか彼方で頂が朝日を浴びて輝いています。それがサイカ山脈の入口に当たる山でした。

「こりゃあ……全然普通の山じゃねえな」

 とゼンがグーリーの背中からうなりました。山肌を照らす朝日が内側に入りこんで、山全体を暗く明るく輝かせています。本当に氷だけでできている山なのです。

「手がかりになるところがほとんどないね」

 とフルートも難しい顔をしました。切り立った氷の崖に、登り口になりそうなところがまるで見あたらなかったのです。

「ワン、やっぱりぼくがみんなを乗せて上に行くしかないんじゃないですか?」

 とポチが言いましたが、フルートは即座に首を振りました。いくら風の犬が巨大でも、ポチひとりで三人も乗せて飛ぼうとしたら、じきに疲れて力尽きてしまいます。それに、山の天候は変わりやすいのです。突然吹雪に襲われたりしたら、ポチは飛び続けることができなくなります。

 すると、ロキが言いました。

「でも、グーリーなら登れるよ。グーリーなら力が強いし、跳躍力もすごいから」

 確かに、ここから先もグーリーに頼るしかありませんでした。

 ところが、それじゃ行こう、とフルートが声をかけようとすると、ゼンが口をはさんできました。

「その前によ――まずは食え、と行かないか? こんなすごい山なんだ。途中で飯を食うのは大変だと思うぞ。まず腹ごしらえしてから山登りと行こうぜ」

 何を置いても食べることを忘れないゼンらしいセリフです。ロキはちょっと目を丸くすると、小さく吹き出しました。

「ホントに兄ちゃんたちって……! それなら、おいら、いいものを持ってるよ。雪エンドウのケーキなんだ」

「ケーキ?」

 今度は年上の少年たちが目を丸くします。

「うん。前に話しただろ。夏至の祭りの時に食べるお菓子のこと。ダイトで魔法医の家を聞くのに店に入ったら売ってたから、買っておいたんだ」

「お、気がきいてるじゃないか。よぉし、そいつで出陣式と行こうぜ!」

 とゼンが笑いました。人を寄せつけないような険しい山を前にしても、恐ろしい魔王がそこで待ちかまえていても、絶対に陽気さを失わないゼンでした。

 

 ロキが油紙の包みから白い丸い塊を取り出し、四つに切り分けて配ってきました。色も形も凍ったチーズのようでしたが、口に入れたとたん、とろりとクリームのように甘く溶け出します。子どもたちは歓声を上げました。

「すっげぇ! うまいぞ、これ!」

「エスタ城で晩餐の時に出されたデザートに似てるよね。クリームを凍らせたお菓子」

「ワン、でも、あれよりこっちの方がおいしいですよ! 雪エンドウの香りもする。おいしいですねぇ」

 これから生きるか死ぬかの決戦に向かおうとしているのに、子どもたちは本気でお菓子に大喜びしていました。ロキは得意そうに鼻をうごめかせました。

「だろ? おいらたちトジー族にも最高のご馳走なんだぜ。ダイトみたいな大きな街のヤツらは金持ちだから、年中こういうお菓子を食べられるけど、おいらたち村の人間はそうはいかないからさ、本当に年に一度だけ、夏至の祭りの日にこれを作って食べるんだ。作る家によって味も少しずつ違っててさ、それを祭りのテーブルに持ち寄って、みんなで食べ比べるんだ。この時だけは、ご馳走も食べ放題だし、大人たちは酒が飲み放題だし……みんな、本当に大騒ぎして楽しむんだよ」

 一年中雪と氷に閉ざされる北の大地。その中で人々が心待ちにする賑やかな祭りを、トジー族の少年は心の中で思い出しているようでした。とても幸せそうに、にっこり笑います。

 そんなロキの頭をゼンがまた小突きました。

「やっと笑ったな、こいつ。大丈夫、またみんなで祭りができるさ。今度は、魔王を倒した祝賀祭だな」

 とたんに、ロキから笑顔が消えました。それを見てゼンは口をとがらせました。

「なんだ。まだ俺たちに魔王は倒せないとでも思ってるのか?」

「そうじゃないけど……」

 つぶやくようにそう言って、ロキはそれっきり、また黙り込んでしまいました。

 フルートはまた心配そうにロキを見ました。やっぱり少年の様子は気がかりです。

 けれども、ロキはすぐに顔を上げて言いました。

「兄ちゃんたち、食べ終わった? それじゃ出発するよ。しっかりつかまっててね」

 氷の絶壁を見上げながら、手綱を引いて鋭く声をかけます。

「行け、グーリー!」

 ヒホーン!

 グーリーは一声鳴くと、凍った雪を蹴りました。少年たちを乗せたまま、十メートル以上も飛び上がって、絶壁のほんの小さな出っ張りに飛び乗ります。さらにそれを蹴って、また十メートルも上へ。大トナカイは巨体に似合わない身軽さで、次から次と小さな足場を飛び移って、氷の山を登り始めました――。

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