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第5巻「北の大地の戦い」

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第17章 恐れ

68.魔法の行方

 凍った雪原が果てしなく広がる大地を、少年たちは大トナカイに乗って疾走していました。行く手に次第にサイカ山脈が近づいてきます。

「どのくらいで到着する?」

 とフルートがロキに尋ねました。ロキは行く手を見たまま答えました。

「まっすぐ走って行けたとして、あと半日くらい。でも、途中で雨が降ってきたら迂回しなくちゃいけないし――」

「ワン、雨はもう降らないような気がしますよ」

 とポチが口をはさみました。

「雨が降ってきたって、ぼくたちが止まるわけはないんだもの。それよりも、もっと直接的な方法で、魔王はぼくらを止めようとするでしょう」

「だな」

 とゼンがうなずきました。実際、行く手の空はよく晴れていて、雨雲はどこにも見あたりません。降りそそいでくる日の光が、雪原いっぱいに反射して銀にきらめいています。あまりまぶしくて、目の奥が痛くなってくるほどです。

 すると、ロキがグーリーの首元にくくりつけてあった荷袋から何かを取りだして、フルートに手渡してきました。

「兄ちゃんたち、これをつけなよ。占いおばばがくれたんだよ」

 それは細長い眼鏡でした。白い縁の中に黒いガラスのようなものがはめ込んであって、頭の後ろで縛って止められるように細い革紐がついています。それを見たとたん、お、とゼンが声を上げました。

「雪メガネか、ありがたいな」

「雪メガネ?」

 フルートには初めて見るものです。すると、ロキが言いました。

「こんなよく晴れた日に長い時間、外にいるとね、雪に反射した太陽の光で目をやられちゃうんだよ。雪目ってやつさ。今までは空に薄雲がかかってたから大丈夫だったけど、今日はホントによく晴れてるから、雪メガネをかけたほうが安心だよ。トナカイの角と黒水晶で作ってあるんだ」

「俺たちも冬場の狩りに雪メガネを使うことがあるんだぜ。雪目ってのは、言ってみりゃ、日差しで目玉を火傷した状態だ。どえらく痛くなって目が開けてられなくなるから、絶対に雪メガネはかけた方がいいぞ」

 大真面目で話すゼンを、ポチが見上げました。

「なんか妙に実感がこもってますねぇ。それこそ、雪目で痛い目にあったことがあるんですか?」

「うるさいな!」

 ゼンはたちまち憮然としましたが、否定しないところを見ると、どうやら図星だったようです。

 そこで、フルートは雪メガネを装備しました。兜を脱いで眼鏡をつけ、また兜をかぶりなおします。ゼンとロキも眼鏡をかけます。世界がぐっと暗くなり、目が急に楽になったのが実感でわかりました。

 ポチの分の雪メガネはありません。フルートは心配して尋ねました。

「ポチは何もつけなくて大丈夫なの?」

「ワン、ぼくは犬ですからね。大丈夫なんですよ」

 ポチが笑うように答えました。

 

 グーリーは雪原を駆け続けました。全速力のまま、少しもスピードが衰えません。ロキもグーリーを停まらせようとはしませんでした。食事も走るトナカイの背中ですませます。

 占いおばばと別れてから、すでに数時間がたっていました。空にはまだ太陽が輝いています。フルートたちが住む場所ならば、とうに日暮れを迎えている時間帯ですが、極地にある北の大地では、夏の一日はなかなか終わらないのでした。

 そんな中、ふと、ゼンが口を開きました。

「そういや、俺、ずっと不思議に思ってたことがあったんだよな」

「何が?」

 とフルートが尋ねます。

「ポポロの魔法のことさ。魔王は、あいつの魔力を奪って、その力でサイカ山脈の向こうの火山を爆発させてる。そこまではわかるんだが――ポポロは魔法を一日に二回まで使えるんだぞ。あとひとつの魔法はどうしたんだ?」

「ワン、魔王は純粋にポポロの魔法のエネルギーだけを奪ってるんじゃないですか? それを自分の魔法の力にしてるんじゃないかなぁ?」

 とポチが鋭いところを突きます。けれども、フルートは首をひねりました。

「いや……ゴブリン魔王が海王の力を奪ったときには、闇の魔法と海の魔法を使い分けてたよ。もし、今度の魔王も同じように魔法の力を自分のものにしてるなら、やっぱり、ポポロの魔法はそのままの形で使われてるんだと思うな。つまり、一日に二回しか使えなくて、強力だけど、数分間しか持たないんだ」

「でも、火山はずっと噴火を続けてるぞ。どうやってるんだよ?」

 とゼンが文句をつけます。納得がいかないのです。

「それこそ、そこがポポロの魔法の行方なのかもしれないよ。どうやってるのかわからないけど、魔王はポポロの魔法がずっと切れないようにしてるんだ。そこに、ポポロのもうひとつの魔法を使ってるのかもしれない」

 相変わらず賢いフルートでした。ゼンは思わず目を丸くすると、やがて肩をすくめました。

「まあ、それならそれでいいんだけどな。あいつには雷の魔法とか冷凍魔法とか、見た目に似合わずおっかない魔法が多いから、そいつで攻撃されたらまずいと思ったんだよ」

「魔王にポポロの魔法が自由に使えたら、とっくにぼくらは死んでるさ」

 とフルートは思わず笑いました。

「魔王は火山の爆発と、もうひとつ、何かのためにポポロの魔法を使い切ってる。だから、ぼくらもこうして無事に先に進めてるんだよ」

「なるほどな」

 とゼンはまた肩をすくめました。

 

 すると、ポチがちょっと考え込んでから言いました。

「でも、それでも、ポポロは魔法で何度もぼくたちを助けてくれましたよね。魔王に魔法の力を奪われていたはずなのに……」

 フルートは真顔に戻ってうなずきました。

「魔王が水晶玉の中のポポロに向かって言ってたんだ。奪っても奪っても、それでも抵抗してくる。どれほどの潜在能力があるんだ、って……。ポポロの内側にはきっと、もっと大きな力が眠っていて、それは魔王にも奪いきることができないんだよ。ポポロはその力でぼくたちを助けてくれてるんだ」

 少年たちは黙り込みました。それぞれに黒衣の少女の姿を思い浮かべます。本当に、あんなに小さくて華奢な体のどこに、それだけの力を秘めていると言うのでしょう……。

 すると、ロキが急に話し出しました。

「闇の民はさ、地底の国から地上に這いだしてきて人の魂をかり集めていく、って言われてるけど、本当は、奪っていくのは人の精神エネルギーなんだよ。さっきポチが言ってたとおり、それを自分たちの魔力の強化に使うんだ。だけどさ、魔王は人の持つ能力をそのままの形で使うこともできるんだよね。こんなヤツは、闇の怪物にもめったにいないよ」

「詳しいな」

 とゼンが驚くと、ロキはかすかに笑いました。

「トジー族なら誰でも知ってることだよ……。でもさ、ポポロは天空の国に住む光の魔法使いなんだろ? 魔王は闇の存在のくせに光の魔法まで使っているんだもの、本当に信じられないほどの力の持ち主なんだよね……」

 フルートは話の内容よりも、ロキがなんとなく沈んだ表情と口調でいるのが気になりました。元気がありません。占いおばばと別れて走り出してから、ずっとこうなのです。

 大丈夫? と聞こうとすると、それより先にゼンが後ろからロキの頭を小突きました。

「なんだ、おまえ、臆病風に吹かれたのか? 魔王が強いのなんて承知の上なんだよ。それでも俺たちは勝ってきたんだ。今回だって俺たちが勝つのさ」

 それを聞いて、ロキはまたちょっと笑いました。心から笑っているわけではない、あいまいな笑顔でした。

「兄ちゃんたちは頼もしいよね」

「あったり前だ。俺たちは金の石の勇者の一行だからな。でもな、今はおまえだってその一員なんだぞ、ロキ」

 トジー族の少年はびっくりしたように目を見張りました。

「勇者の一員? おいらが?」

 それには、ゼンだけでなくフルートとポチも同時にうなずき返しました。少年はますます面食らった顔になりました。

「だ、だって、おいら何もできないよ……戦うことも……何の力もないし……」

「でも、ぼくたちをこうして魔王の元まで運んでくれてる。ぼくやゼンのことだって、何度も助けてくれてるじゃないか」

 とフルートは答えました。

「実際、かなり頼りになるぞ、おまえもグーリーもな。おまえらだって、立派に勇者の仲間なんだよ」

 とゼンも言います。

 ロキは前を向いてしまいました。何も答えません。照れてしまったわけではないような、沈んだ雰囲気が伝わってきます。フルートは首をかしげて見守りました。やっぱり、なんとなく心配な感じがします……。

 

 すると、その時ふいにポチが吠え始めました。

「ワンワンワン……行く手! 見てください! 何かが接近してきますよ!」

 フルートたちは、はっと顔を上げました。行く手の地平線が、きらきらと輝いているのが見えました。雪が反射しているのではありません。なにか薄い霧か靄のようなものが、きらめきながら地平線の向こうからやってくるのです。たちまち地平線の一部がきらめきに包まれてかすみます。

 とたんにロキが長い耳を震わせて叫びました。

「アイスウィングだ! 逃げなくちゃ――!!」

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