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第5巻「北の大地の戦い」

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67.別れ

 雪の上に、砕けた水晶玉の破片が飛び散っていました。日の光にきらきらと輝いています。その真ん中に立って見回しながら、占いおばばが溜息をつきました。

「うかつだったね。ロキの姉さんは魔王の『目』にされていたんだよ。その姉さんのことを占おうとしたものだから、こっちが見つかっちまったのさ」

 フルートが申し訳なさそうにおばばを見ました。

「水晶玉を壊してしまって、すみませんでした。あれしか魔王を撃退する方法が思いつかなくて……」

 その腕の中でロキはもう泣きやんでいましたが、相変わらず青ざめた顔のまま、フルートにしがみついていました。

 老婆はにっこりしました。

「いいや、おかげで助かったよ。素手で水晶玉を打ち壊したのには、たまげたけどね。ドワーフにしたって大した力だこと」

 すると、ゼンが、にやりとしました。

「俺、ドワーフの洞窟では一番力が強いぜ。大人にだって負けないんだ」

「だろうねぇ。あんたのおじいさんだって、そこまでの力はなかったもの」

 若い頃の祖父と比べられて、ゼンはまた得意そうに、にやっと笑いました。

「ワン。でも、これじゃおばばはもう占いができないですね」

 とポチが水晶玉のかけらを見回しました。水晶玉は木っ端みじんになっていて、元に戻すことなど考えることもできませんでした。

 すると、おばばが答えました。

「心配はいらないよ。家に戻れば、他にも水晶玉はたくさんあるからね。でも、これで、あたしゃ、あんたたちと一緒に行けなくなっちまったよ。占いの力で魔王の隠れ家まで案内してあげようと思っていたんだけどね……。ダイトまで別の水晶玉を取りに戻ったら、それこそ手遅れになっちまう。あんたたちは、魔王のところまで、自分たちだけで行くしかないんだよ。静寂のランプもグライフに壊されちまったから、あんたたちの姿は、また魔王から丸見えになっているんだけれど……」

 グライフというのは、グリフィンのことです。

 すまなそうな顔をする老婆に、フルートはほほえんで見せました。

「大丈夫ですよ。それは最初から覚悟していることですから。これは、ぼくたちの戦いなんです。魔王と戦うのも、ポポロたちを取り返すのも、ぼくたちの役目なんです――」

 言いながら、ふっとフルートの顔が曇りました。ポポロの名前を聞いて、ゼンとポチも表情を変えます。皆、闇の触手に絡みつかれ、力を絞り上げられている少女たちの姿を思いだしたのでした。

 ロキの肩を抱くフルートの右手に、ぐっと力がこもりました。

「行こう、ポポロたちを助けに。一刻も早く、みんなをあそこから助け出すんだ」

 ゼンとポチが同時にうなずきます。けれども、ロキがまた泣き出しそうな顔を上げました。

「でも、グーリーが! グーリーがいなくちゃ、おいらたち、先には――」

 大トナカイのグーリーは、怪物に襲われたときに逃げていったきり、行方がわからなくなっていたのです。

「泣くな。別に取って食われたわけじゃないんだ。探しゃ見つかるさ」

 とゼンがロキの半べそ顔の上にフードを引き下げて、ポチに呼びかけました。

「来い。グーリーを探しに行くぞ」

「ワン!」

 

 ところが、ポチが風の犬に変身しようとしたとき、大男のウィスルがふいに、うぉーっと大声を上げました。雪原の彼方を指さしています。見ると、そちらの地平線から雪煙を上げて近づいてくるものがありました。

 ロキが長い耳をぴん、と立てました。

「グーリー!!」

 と一声叫ぶと、フルートの胸の中から飛び出していきます。地平線から近づくものは、みるみるうちに大きくなり、一頭の大トナカイに変わりました。背中に荷物をくくりつけ、赤い手綱をなびかせながら走ってきます。フルートとゼンとポチも歓声を上げて駆け出しました。駆け戻ってくるグーリーを皆で出迎えます。

 蹄の音を立てて停まったトナカイに、ロキが飛びつきました。

「グーリー! グーリー! グーリー……!」

 嬉し涙にむせびます。グーリーが小さな主人にしきりに頭をすりつけて、鼻を鳴らし続けました。まるで、何かを謝っているように見えます。ロキは泣き笑いの顔になると、グーリーの大きな頭を抱きしめました。

「いいよ、気にしなくて……。こうして戻ってきてくれたんだからさ」

「なんだ、ご主人様を置いて逃げ出したのをすまながってるのか? 律儀なヤツだな」

 とゼンはあきれたように、ぽん、とグーリーの横腹をたたきましたが、とたんにグーリーが悲鳴を上げて飛びのいたので、びっくりしました。

「どうした? そんなに強くたたいてないぞ」

「……ちょっと怪我してる。グライフの爪に引っかかれたみたいだ」

 とロキがグーリーの体を調べて言いました。フルートやゼンたちは、たちまち心配して近寄りました。ここに癒しの金の石はありません。軽傷ならば良いのですが――。

 すると、グーリーがまた、ヒホーン、と声を上げました。

「心配ないってさ。グーリーが言ってる」

 とロキが通訳していると、大男のウィスルが近づいてきてトナカイの傷を調べ、何やら手に持っていたものを塗り始めました。占いおばばが言いました。

「ウィスル特性の薬だよ。トナカイにもよく効くのさ」

「あ、ありがとう……」

 とまどった顔でロキが礼を言いました。フルートたちにはよほど素直になりましたが、他人からの無償の親切には、相変わらず身構えてしまうようです。

 そんなロキにおばばが言いました。

「あんたの姉さんを助け出したらさ、姉さんと一緒にダイトのあたしのところへおいで。どうやら、あんたの姉さんは一流の占い師の才能を持っているようだ。あたしゃ、ずっと自分の後継者になれる人材を探していたんだよ。それに、あんたの魔法の力も役に立ちそうだしね」

「おいらの魔法って……凍らせる魔法のこと? そんなもの、何の役に立つのさ!」

 ロキが思わず驚くと、ちっちっとおばばが指を振って見せました。

「役に立つともさ。たとえば、さっきの雪エンドウを考えてごらんよ。あれは早いとこ収穫しないと、あっという間に豆の木が枯れていって、豆がはじけてしまうじゃないか。畑で収穫するときにも、みんな大忙しだろう? でもね、あんたの魔法で凍らせれば、木が枯れるのを止められるから、ゆっくり収穫ができるんだよ。豆を集めるのに、凍った雪を何メートルも掘らなくてすむようになる。あんたの魔法は北の大地では珍しい。きっとみんなの役に立つよ」

 ロキはますます驚いた顔になると、やがて、下を向きました。そのまま黙り込んでしまいます。おい、とゼンがそれを小突こうとして、フルートに止められました。見れば、ロキはうつむいたまま涙を流していました。

 おばばが優しく続けました。

「大丈夫。あんたの姉さんはきっと助かるよ。魔王がなんと言っていたって、実際には、大事な目の役目をしている姉さんをどうにかできるわけはないんだから。いいね、きっと二人であたしの屋敷に来るんだよ。待ってるからね」

 今まで、ロキたちにそんなふうに言ってくれた人は誰一人いませんでした。ロキはこぼれる涙を止めることができません。

 すると、ポチがロキの足下に体をすり寄せて言いました。

「ロキ、おばばのことばは嘘じゃないですよ。ぼくにはちゃんとわかるんです」

 ロキは泣きながら、黙って何度もうなずきました……。

 

 少年たちはまたトナカイの背中の上に乗りました。グーリーの首元にロキが座って赤い手綱を握り、その後ろにフルート、ポチ、ゼンの順番で座ります。怪物に怪我を負わされたグーリーですが、手当のおかげもあってか、むしろ今まで以上に張り切っているようでした。ブルル、と鼻を鳴らして足下の雪を前足で蹴ります。

 すると、ゼンに向かって大男のウィスルが何かを差し出してきました。小ぶりな布の袋です。

「え、くれるのか?」

 とゼンが受け取って中を見ると、直径が二センチほどの緑色の豆がぎっしりと詰まっていました。雪エンドウです。

 ほほほ、とおばばが笑いました。

「ウィスルは、さっきあんたにグライフから助けてもらったお礼がしたいのさ」

 ゼンは目を丸くしました。

「お礼って……怪物に殺されそうになってたんだ。あそこで助けるのは当たり前だろ。別に礼を言われるようなことじゃないぞ」

 すると、それを聞いて、ウィスルがちょっと悲しそうな顔になりました。おばばが言います。

「受け取っておやりよ。ウィスルはことばが話せないんだ。『ありがとう』の気持ちを、別のものであんたに渡したいんだよ」

 ゼンはますます目を丸くしましたが、やがて、そっか、とうなずくと豆の袋を持ち上げて見せました。

「そういうことなら、ありがたくいただいておくぜ。ホント言うと、さっきの豆シチューがめちゃくちゃうまかったから、俺も作ってみたいと思ってたんだ」

 それを聞いて、ウィスルはとても嬉しそうな顔になりました。

 

 出発の時が来ました。

 フルートはトナカイの背中から占いおばばとウィスルにていねいに頭を下げました。

「本当に、いろいろとお世話になりました。これでお別れします」

 おばばはまたウィスルの肩の上に乗っていましたが、子どもたちに向かって片手を差し伸べると、厳かに言いました。

「あんたたちの上に、北の大地の女神の守りがあらんことを。……この先、あんたたちの旅はますます危険になっていくだろう。だけど、恐れずに進んでいくんだよ。あんたたちは光の勇者たちだ。光はきっと闇に打ち勝つからね。そして、あんたたちの仲間の女の子たちを助け出して……この北の大地も救っておくれ」

 フルートは深くうなずきました。

「おばばたちも帰り道、お気をつけくださいね」

 と言います。すると、おばばが、ほほほ、と笑いました。

「ホントに行儀のいい、優しい勇者だこと。その優しさが、あんたの一番の力なのかもしれないねぇ」

 フルートは、ちょっと首をかしげました。おばばのことばは何だか謎めいていましたが、それを聞き返している時間はもうありませんでした。

「はいっ!」

 ロキが赤い手綱を打ち鳴らし、グーリーが凍った大地を駆け出しました。子どもたちは後ろを振り返り、手を振って見送っているおばばとウィスルに大きく手を振り返しました。二人の姿はみるみるうちに遠ざかり、やがて雪原の上の小さな点のようになって、見えなくなっていきました――。

 子どもたちは向き直ると、行く手にそびえるサイカ山脈を見ました。白い頂は冷たい光を放っています。

 フルートは仲間たちに言いました。

「魔王はぼくたちを見張り続けてる。絶対にまた敵を送り込んでくるぞ。油断しないで行こう」

「いつでもどんと来い!」

 とゼンが背中の弓矢をゆすって見せると、ポチも元気に吠えました。

「ワンワン、敵が近づいてきたらすぐに知らせますからね!」

 ロキは、まだ少し青ざめた顔をしていましたが、それでも手綱を握りしめながら言いました。

「グーリーのスピードを上げるよ。ここから先はもう、サイカ山脈に着くまで立ち止まらないから。グーリーに走れるだけの速さで行くよ」

 年上の少年たちはうなずきました。とらわれの少女たちの姿が、また脳裏をよぎります――。

 ロキが手綱を鳴らすたびに、グーリーが速度を増しました。後ろに雪煙が上がり、羽根のはえたような速さで雪原を走っていきます。

 北へ、北へ、サイカ山脈へ。一行は脇目もふらず、突き進み続けました。

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