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第5巻「北の大地の戦い」

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66.黒い攻撃

 魔王は闇の魔力で戦います。闇の力を一箇所に集め、それを手のひらから発射する「魔弾」が、歴代の魔王の一番得意な攻撃です。

 水晶玉から現れた魔王は、幻のように実体がありません。それでも魔弾で攻撃してきたので、少年たちは一気に緊張しました。闇の魔法は通常の防具では防ぐことができないのです。

「下がれ、ゼン、ロキ! 下がれ!」

 フルートは、風の犬のポチに運ばれながら叫び続けました。その後を追うように、魔王の撃ち出す魔弾が飛んできます。ポチが身をひねってかわすと、魔弾が雪原に次々炸裂して、水蒸気の小さな雲がわき上がります。それがあっという間に凍りついて雪のように降っていきます。

 フルートは思わず唇をかみました。抵抗のしようがありません。金の石や光の武器ならば、闇の弾を跳ね返し、打ち砕くこともできますが、どちらもフルートたちの手元にはないのです。フルートのダイヤモンドの盾だけは魔弾を防ぐことができます。けれども、それも背中にくくりつけてあったし、外しても、片腕のフルートには自力で構えることができないのでした。

 攻撃をかわすことしかできないフルートたちに、ゼンが歯ぎしりをしていました。無駄と知りつつ魔王目がけて矢を射ますが、やはりそれは魔王の中を通り抜けていくだけでした。

 すると、ロキの声が響きました。

「ゼン兄ちゃん、危ない!」

 黒いグリフィンがまた迫っていました。狂ったような目でゼンを見据えて攻撃をしかけようとしています。ゼンは大きく飛びのくと、エルフの矢を構えて怪物に狙いをつけました。

 そのとたん、宙に浮かぶ魔王がゼンを振り向きました。魔弾を撃ち出す手をゼンに向けます。ゼンは、とっさにまた飛びのきました。けれども、魔王の魔弾を防ぐものは何もありません。魔王の手のひらがゼンに狙いを定めます。

「ゼン!!」

 フルートとポチが引き返しました。フルートたちにだって魔弾を防ぐ方法はありませんが、それでも駆けつけずにはいられませんでした。その目の前で魔王が魔弾を撃ち出しました。黒い光がゼン目がけて飛び出していきます――。

 

 と、魔弾が突然空中で炸裂しました。ゼンの体に命中する前に、まるで見えない何かに激突したように、次々と黒い光を放ちながら壊れていきます。ゼンもフルートもポチも目を見張りました。障壁です。

 少し離れた雪の上にロキが立っていました。青ざめた顔をしながら、小さなその両手をゼンの方に向けて突き出しています。

「ロキ……」

 フルートたちは呆然としました。どう見ても、障壁を張って魔弾からゼンを守ったのは彼です。

 すると、魔王がぎろりとロキをにらみつけました。

「こわっぱめ。そんな真似をしたら、おまえの大事な者がどうなるか、わかっているだろうな?」

 静かですが、恐ろしいほどの怒りと残酷さを感じさせる声です。ロキは真っ青になると、その場に立ちすくんでしまいました。そこへ黒いグリフィンが襲いかかってきました。かぎ爪のついた前足で、小さな少年を引き裂こうとします。

「ロキ!」

 ゼンが飛び出しました。矢では間に合いません。エルフの弓を投げ捨て、腰からショートソードを引き抜いて怪物に切りかかっていきます。ばっと赤い血しぶきと黒い羽根が飛び散り、怪物が悲鳴を上げました。

 ギェェ……ン!

 そこへ風の犬のポチが駆けつけました。フルートがロキの前に飛び下りて炎の剣を構えます。

「大丈夫、ロキ!?」

 けれども、小さなトジー族の少年は震えるばかりで、返事をすることもできません。

 そんな彼らへ、魔王がまた手を向けました。

「来るぞ!」

 とゼンがどなりました。ロキは立ちすくんだままで障壁を張ろうとしません。フルートは、とっさにロキに飛びつきました。何一つ防具を身につけていない少年を、せめて自分の体でかばおうとします。魔王が黒い光の弾を撃ち出します。

 

 すると、今度は突然、天から光が輝きました。まばゆい緑の光がひらめいたと思うと、彼らを照らし、魔弾を一瞬で打ち砕きます。

 フルートは驚きました。誰が自分たちを守ってくれたのかわかりません。

 すると、魔王が空中から憎々しげに雪の上へ目を向けました。

「まったく……奪っても奪っても、それでもなお抵抗をする。どれほどの潜在能力があるというのだ」

 魔王がにらみつける先には、占いおばばの水晶玉が転がっていました。今は透明に戻っている球の中には、闇の触手にとらわれた少女たちの姿が映り続けていました。

 黒い蛇のような触手の隙間から、小さな少女が顔をこちらに向けていました。宝石のような緑の瞳が、水晶玉を通して魔王をまっすぐに見つめています。

 気がつけば、ポポロのすぐ近くにいるメールとルルも、同じように魔王をにらみつけていました。闇の触手に死んだようにとらわれていたはずなのに、それでも今、少女たちは目を開き、魔王に真っ向から挑んでいるのでした。

「生意気な小娘ども! きさまらは身を絞って、力をわしに捧げておればよいのだ!」

 魔王が怒りの声を上げて水晶玉に手を向けました。とたんに、その中の少女たちが苦痛の表情に変わりました。水晶玉から音は聞こえてきません。それでも、彼女たちが大きな悲鳴を上げているのが、少年たちにはわかりました。

「メール! ポポロ!」

「ワン、ルル!」

 ゼンとポチが叫びます。

 フルートも思わず声を上げようとして、ふいに、はっと気がつきました。この状況は、闇の声の戦いで占者のユギルがルルの居場所を占って、魔王になった彼女を呼び出してしまった時の様子とそっくりです。彼女は遠い場所にいながら、占いの媒体を通じて、こちらの場所へやってきていたのです――

 フルートは、占いおばばを振り向きました。老婆は大男のウィスルに抱きかかえられています。

「おばば、占いを閉じて!!」

 老婆は一瞬驚いた顔をすると、すぐにウィスルの腕の中から飛び下りました。小さな体で転がるように走り、雪の上に落ちている水晶玉に駆け寄ります。

「まったく、情けないね、あたしゃ! こんな坊やに教えられるなんてさ!」

 自分に向かってそう怒りながら、水晶玉に手をかざして、占いを終わらせようとします。

「させるものか!」

 魔王が占いおばばに手を向け、何かを握りしめるような動きをしました。とたんに、おばばは悲鳴を上げ、胸を押さえてうずくまりました。魔王の見えない手に心臓をわしづかみにされたのです。

 フルートがまた叫びました。

「ゼン! 水晶玉を壊せ!」

 即座に今度はドワーフの少年が飛び出しました。転がっている水晶玉に駆け寄り、力任せに拳をたたきつけます。ところが、玉は凍った雪にめり込んだだけで、ひびひとつ入りません。

「俺をなめるなよぉ」

 ゼンは顔を真っ赤にしてつぶやくと、水晶玉を宙に放り上げ、左右から同時に拳をたたきつけました。二つの拳の間にはさまれて、たちまち玉が砕けていきます。

 オォォォーーッと、悲鳴とも風の音ともつかない音がわき上がり、黒い魔王の姿が霧のように渦を巻いて、あっという間に消えていきました――。

 

 敵は去りました。

 気がつくと、黒いグリフィンもどこかへ飛び去って、姿を消していました。

 胸を押さえていた占いおばばが、崩れるように膝をついて、大きな息を吐きました。

「まったく……魔王め、もうちょっと手加減しなよ。危なく心臓が止まるところだったじゃないか。年よりは大事にするもんだよ」

 と軽口のような文句を言います。大丈夫、元気そうです。

 フルートは、ほっとして一同を見回しました。ゼン、ポチ、ロキ、ウィスル――皆、怪我ひとつありません。ただ、ロキだけが、真っ青な顔で、がたがたと震え続けていました。フルートは剣を収めると、そっと小さな少年を抱き寄せました。

「魔王は逃げていった。もう大丈夫だよ……」

 そこへゼンが近づいてきました。

「ロキ、おまえ魔法の障壁まで張れたんだな。ホントに意外な力を持ってるヤツだな」

 ゼンを魔王の魔弾から守ったのは、間違いなくロキです。すると、ロキが答えました。

「よ、よくわかんないんだ……。おいら……自分でも何やったか、覚えてないんだよ……」

 やっとそれだけを言うと、いっそう激しく震え出します。そんなロキを、フルートはぎゅっと抱きしめました。

「うん、ありがとう、ロキ。本当に助かったよ」

 ロキはフルートにしがみつくと、声も立てずに泣き出してしまいました――。

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