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第5巻「北の大地の戦い」

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64.豆のシチュー

 雪原に張られたテントの中で、子どもたちと占いおばばは話し続けていました。風がほんの少し出てきていましたが、風の音はテントの中までは聞こえてきませんでした。

 ふと気がつくと、ロキが座ったまま、こくりこくりと居眠りをしていました。占いおばばが笑います。

「おやおや、話が長すぎるんで、退屈して寝ちゃったようだね。どれ、急いで結末を話そうか」

 と天空の国から始まった光と闇の大戦争の話を続けます。

「この後の展開は明解なもんさ。金の石の勇者のおかげで、光の陣営は連勝するようになって、闇の陣営は世界中の大陸から追い払われていったんだ。闇の大陸と呼ばれる場所で最終決戦があって……金の石の勇者と、当時の天空王の活躍で、ついにデビルドラゴンは世界の果てに幽閉されたんだよ。それから後は、また平和な世界になった。もちろん、こぜりあいや戦争は常にあったけれど、世界中を滅亡に導くような大戦争は、それっきり起こっていない。そして、長い年月が過ぎる間に、トジー族や、世界中に隠れ住んでいるエルフたち以外の人々は、二度の大戦争のこともデビルドラゴンのことも忘れてしまったのさ。――奴が復活を狙って、闇の神殿からまたこの世に現れようとするまでね」

 フルートは、はっとすると、思わずまた自分の鎧の胸元を押さえました。考え込むようにつぶやきます。

「天空王や白い石の丘のエルフたちが気をもんだはずですね……。デビルドラゴンの復活っていうのは、そんなにも危険なことだったんだ」

「結局、フルートは二千年前の金の石の勇者と同じ役目になってるってわけだな。光の陣営の旗頭だ」

 とゼンが腕組みして言いました。少し難しい顔をしています。彼らが考えていた以上に、フルートに期待されているものが大きいことを感じてしまったのです。

 すると、真剣な顔で考え込んでいるフルートに、ポチが体をすり寄せました。

「ワン、ぼくたちがいますよ、フルート。どんなにデビルドラゴンが強くたって、ぼくたちが一緒に戦いますから」

 ゼンもたちまち、にやりとします。

「おう。俺たちが光の軍勢だろうがなんだろうが、やることは変わらないもんな。デビルドラゴンや魔王どもを思い切りぶっ飛ばしてやるだけだ」

 フルートは笑顔になりました。彼を金の石の勇者にした守りの石は、今はここにはありません。けれども、それに勝るほど強力で頼もしい仲間たちが、ここに一緒にいるのです……。

 すると、占いおばばが表情と声の調子をがらりと変えて言いました。

「さあ、難しい話はこれで終わりだよ。ウィスルのシチューができたみたいだ。遅くなったけど、昼ご飯にしようじゃないか!」

 とたんに、居眠りしていたロキが、ぱっと顔を上げて返事をしました。

「昼ご飯! 待ってました!」

「なんだ。寝てたくせにそういうのは聞こえるのかよ。調子のいい耳だな」

 とゼンがあきれ、一同は大笑いになりました。悲惨な戦いの記憶が吹き飛ばされていくような、明るい笑い声が空まで響きました。

 

 間もなく、ウィスルが鍋をテントに運んできて、全員にシチューを配ってくれました。柔らかく煮えて半分つぶれた緑色の豆と茶色の肉が、器の中で湯気を立てています。それを木のスプーンで口に運んで、子どもたちはいっせいに歓声を上げました。

「おいしいっ!」

「うまい!」

「ワン、最高ですね!」

 同じトジー族で、この手の料理は何度も食べているはずのロキでさえ、感心して言いました。

「ホントにすっごくおいしいや。こんなおいしい豆シチューは初めて食べたよ!」

「だろう? ウィスルの料理は本当に北の大地一なんだよ」

 とおばばが自分のことのように得意そうに笑います。

「さあさ、シチューはまだたっぷりあるよ。あんたたちが一生懸命豆を摘んでくれたからね。たんとお食べよ」

「言われなくても食ってるよ!」

 とゼンが返事をして、一番に空になった器を突き出しました。ウィスルが、にこにこしながらおかわりをよそってくれます。

 テントの中には火の気がありませんが、大勢が集まっているので、空気はほのかに暖かくなっていました。そこへ熱い食べ物が運び込まれて、いっそうぬくもりが増したような気がします。暖かく優しい雰囲気の中、一同は幸せな気持ちで料理を食べ続けました。

 

 やがて食事がすむと、熱いお茶が配られました。それを飲みながら、ふと、フルートが尋ねました。

「そういえば、二千年前に負けた闇の軍勢はどうなったんですか? まさか全滅したってことはないんでしょう?」

「何十万って大軍だからね。さすがに全滅ってことはなかったねぇ」

 と占いおばばが答えます。

「軍勢の中にいた怪物たちは、そのまま地上に散っていったよ。それが今の闇の怪物たちの祖先さ。闇の軍勢は、本当にたくさんの怪物を作りだしていたから、今でも数え切れないほど残っているよね」

 フルートたちはうなずきました。闇の怪物は、森の奥や地中や夜の暗がりに潜んで、通りかかった人たちに襲いかかってきます。フルートたちも旅に出るたびに、たくさんの闇の怪物に遭遇してきました。――もちろん、そのたびに撃退してきましたが。

「闇の軍勢の人々は、地中深く潜って、そこに自分たちの国を作った。闇の国さ。そして、彼らは闇の民と呼ばれるようになったんだよ」

 と占いおばばが言うのを聞いて、フルートはまたうなずきました。地下深い国に住み、地上にはいだしてきては、人々に悪行を働いていくという闇の民。彼らは人の世に争いと不幸を引き起こし、生きた者の魂を魔法の材料のためにかき集めていくと言われています。けれども、それも元をたどれば、天空の国に住んでいた正義の魔法使いたちだったのです……。

 すると、膝を抱えて座っていたロキが、口をとがらせて言いました。

「おいら、信じられないなぁ。だって、闇の民だろ? あいつらは本当に残酷で意地悪で、他人を不幸にすることしか考えてないんだぞ。そんなヤツが元は天空の民だったなんて、絶対信じられないよ!」

 途中から居眠りしていたロキですが、それでも、大事なところは一応耳に入っていたようです。おばばは考えるような目になりました。

「デビルドラゴンに支配されていた影響だろうねぇ。デビルドラゴンは悪そのものの存在だ。そいつに長く支配されていれば、心も歪んで闇に染まってくるだろうよ。……でもね」

 おばばは、ふいにトジー族の少年をじっと見ました。灰色の瞳が同じ色の瞳をのぞき込みます。

「こんなことも思うんだよ。――明るすぎる光の中には、必ず暗い影の部分ができる。でも、暗闇の中に闇の薄い部分があれば、それは逆に、闇の中では光って見えてくるんじゃないか、ってね」

 ロキは目をぱちくりさせました。意味が分かりません。

「それはどういうことですか?」

 とフルートが尋ねると、おばばは、にっこりしました。

「以前、水晶玉にそんな光景が映ったことがあるのさ。だからね、闇だって、もっと濃い闇の中にあれば光に変わるのかもしれない、なんてことを考えたりするんだよ」

「ぜぇんぜん、意味がわかんねえ!」

 とゼンが頭を振りました。苦虫をかみつぶしたような顔をしています。

「だろうねぇ。言ってるあたしにだって、意味はわからないんだからさ」

 そう言って、ほっほっほっ、と笑い出した老婆を、子どもたちは呆気にとられて眺めてしまいました――。

 

 ポチがテントから外に出ました。雪原に立って、北の方角にそびえるサイカ山脈を眺めます。その後について、フルートも外に出てきました。ゼン、ロキがそれに続きます。

「そろそろ出発しなくちゃね」

 とフルートが仲間たちに言いました。占いおばばのおかげで、思いがけず心休まる時間を過ごすことができましたが、それもそろそろ終わりを迎えようとしています。彼らはまた北へ進まなくてはならないのです。仲間の少女たちを救い出し、デビルドラゴンに操られた魔王を倒して、北の大地の崩壊を止めるために――。

 すると、テントの中から占いおばばが呼びかけてきました。

「お待ち、勇者たち。出発の前に、あたしにできることをもうひとつだけやってあげるよ。仲間の女の子たちが本当にサイカ山脈につかまっているのかどうか、水晶玉で占ってあげよう」

 たちまち少年たちはテントに駆け戻りました。

「ワン、本当ですか?」

「ホントにそんなことができるのか、ばあちゃん!?」

 とたんに、おばばは、じろっとゼンをにらみつけました。

「ダイトの占いおばば相手に、ずいぶんと失礼なことを言うじゃないか」

「で、でも、魔王がいるところは、いつも誰にも見えないんですよ。闇が濃すぎるから……」

 とフルートが言いました。たった一度だけ、ロムド国の占者のユギルが魔王になったルルの居場所を占ったことがありますが、それも、ルルとつながりの深いポポロがいたからできたことでした。

 すると、おばばは、すまして答えました。

「もちろん、あたしにだって魔王がいるところは見えやしないよ。闇が深すぎて、まるで底なしの井戸みたいだからね。だけど、あんたたちの隣には、ずっと女の子たちがいるからねぇ」

 少年たちは驚いて、思わず自分たちの周りを見回しました。――もちろん、何も見あたりません。少女たちの気配も、ダイトに入ったあたりを境に、まったく感じられなくなっていたのです。

「ポポロたちがいるの!? おばばにはそれが見えるんですか!?」

 とフルートはせき込んで尋ねました。

「見えるって言うか、感じるねぇ。ずっと、あんたたちのそばに四人の女の子たちがいて、あんたたちを探し続けているんだよ。それ、そこで静寂のランプが燃えているからね。女の子たちにも、あんたたちの姿が見えないのさ」

 と、そりに下がった小さなランプを示して見せます。

「ばあちゃんの水晶玉なら、あいつらの居場所がわかるんだな?」

 とゼンが言いました。うなるような声です。おばばは、はっきりとうなずきました。

「あの子たちは心をここまで飛ばしてきているからね。それをたどれば、体がどこにとらわれているのかは、すぐにわかるよ」

「占ってください!」

「ワン、今すぐ占って!」

 フルートとポチが同時に叫びました。ゼンも、青ざめた顔でうなずきます。いきなりやってきた展開に、声も出せなくなっていたのです。姉ちゃん……とロキが小さくつぶやきました。

「さあ、そうと決まったら善は急げだ。こっちへお寄り。水晶玉の中を一緒に見るんだよ。あんたたちは、女の子たちと、とてもつながりが深い。あんたたちが願えば、きっと、あんたたちにだって女の子たちの姿は見えるようになるだろうよ――」

 そのことばが終わらないうちに、少年たちは転がるようにおばばの周りに集まりました。その膝の上にはいつの間にか紫の布が敷かれ、丸いガラスのような水晶玉がのっています。少年たちは、いっせいにその玉の中をのぞき込みました。

「いいね。それじゃ占いを始めるよ」

 そういうと、老婆はしわだらけの小さな手を、水晶玉の上にかざしました――。

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