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第5巻「北の大地の戦い」

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60.再会

 ダイトの都が雪原の彼方に小さくなると、グーリーはようやく駆けるのをやめて立ち止まりました。背中の主人を気遣うように、ぶるる、と鼻を鳴らします。

 ロキはグーリーの首にしがみついたまま、すすり泣いていました。トナカイの上にはフルートもゼンもポチもいません。ダイトの路地裏で見知らぬ大人たちに取り囲まれている中に、置き去りにしてきてしまったのです。

 何がどうなっているのか、少年にはさっぱりわかりませんでした。たったひとつわかっているのは、自分には年上の少年たちを助け出す力がない、ということです。ロキには、フルートのような剣の技も、ゼンのような怪力も、ポチのような風の犬になる能力もありません。ダイトに戻っても、彼らを助けることはできないのです。

 自分の非力さが悲しくて、また一人に戻ってしまったことがたまらなくつらくて、ロキはグーリーにしがみつきながら泣きました。ずっと、自分だけを守りながら、こんなふうに一人で生きてきたはずなのに……。今はもう、ひとりぼっちが、震えるくらいに怖く感じられるのです。

 そんな主人を励ますように、グーリーがまた鼻を鳴らしました。甘く優しい声を上げます。

 

 すると、何もない空間から出しぬけに右手が現れて、グーリーの赤い手綱を引っ張りました。突然のことに驚いたグーリーが、いなないて棒立ちになりかけます。すると、少年の声が鋭く響きました。

「ドーッ、グーリー! 落ちついて! ぼくたちだよ!」

 ロキは泣き顔を上げました。グーリーも、すぐにいななくのをやめて脚を下ろします。

 彼らの前に二人の少年がいました。フルートが、手綱を握っているゼンに向かって眉をしかめます。

「ダメだよ、ゼン。脅かしちゃ。ロキが振り落とされるところだったじゃないか」

「わりぃ。こっちが見えないってことを忘れてたんだ」

 とゼンが頭をかきます。

 ロキは、ぽかんとしました。目の前にフルートとゼンが立っています。町で別れたときと変わりのない、元気そうな姿です。足下には子犬のポチもいて、尻尾をちぎれそうなほど振っていました。

「ワンワン。良かった、ロキ。無事でしたね。町の人たちに怪我でもさせられてたらどうしよう、って心配してたんですよ」

 ロキはまだ呆気にとられていましたが、それを聞いて思わず答えました。

「何言ってんだ、ポチ……それ、おいらのセリフだぞ……」

 言いながら、まじまじと年上の少年たちを見つめてしまいます。

 すると、フルートが、くすりと笑いました。

「ロキ、またぼくたちを幽霊じゃないかと考えてるだろう? 本物だよ。この人に助けてもらったのさ」

 そう言って一歩横に移動した後ろに、トナカイに引かれた赤いそりと、その上に乗った二人の人物の姿がありました。御者席に座った大男と、小さな老婆です。

「ワン、ダイトの占いおばばって方ですよ。知ってますか?」

 とポチが言ったので、ロキはびっくりしました。

「占いおばば!? 本物なの!?」

「お。そんなに驚くところを見ると、ばあちゃん、よっぽどの有名人なんだな」

 とゼンが感心すると、小柄な老婆が、にやっと笑いました。

「北の大地ではね、占い師がとても大切にされているのさ。この大陸で生きていくためには、占いの力がどうしても必要だからね。自分で言うのもなんだけど、ダイトの住人で占いおばばの名前を聞いたことがない奴がいたら、そりゃもぐりだよ。あたしゃ、もう五十年も前から占い師をやってるんだからさ」

「ダイトの住人じゃなくたって、トジー族なら、ダイトの占いおばばのことはみんな知ってるよ……兄ちゃんたち、どうして占いおばばと知り合いになったの?」

「別に知り合いになったわけじゃない。向こうが勝手にこっちを知ってたんだ」

 とゼンが肩をすくめます。ほほほ、とおばばが笑いました。

「北の大地を救ってくれる勇者たちを、むざむざ町の者たちに殺させるわけにはいかないじゃないか。でもまあ、あんた――ロキって言うんだっけ? もうちょっとこっちにお寄りよ。ランプの光が充分に届かないからね」

 グーリーがゼンに引かれてそりに近づきました。ロキが不思議そうな顔のまま、その背中から降りてきます。また、つくづくと年上の少年たちを見ると、そっと手を伸ばしてフルートの鎧に触れました。確かめるような手つきです。

 フルートはにっこりしました。

「ね、本物だろう?」

 ロキの顔が大きく歪みました。フルートにしがみつくと、鎧の胸に顔を押し当てます。その目から、突然涙がぼろぼろとこぼれ始めました。

「兄ちゃん……兄ちゃん。兄ちゃん……!」

 繰り返して呼ぶ声が次第に大きくなり、やがて、ロキは大声を上げて泣き出してしまいました。震えながら、なおいっそう強く鎧にしがみついてきます。

「ったく。そんな大泣きするようなことかぁ? 俺たちがあんなヤツらにやられると思ってたのかよ」

 とゼンが言います。不満そうな口調を作っていますが、実はロキに泣かれて困惑しているだけです。フルートはまたほほえみました。一本だけの腕で、そっとロキを抱きしめます。

「うん、怖かったよね……。心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」

 トジー族の少年は、フルートの胸の中でいつまでも泣き続けていました――。

 

 ロキが泣きやむまでにはずいぶん時間がかかりました。泣きやんでからも、フルートの横にぴったり寄り添って離れようとしません。それを見て、ゼンがからかいました。

「甘ったれめ。小さなガキみたいだぞ、おまえ」

 ロキは、いーっとゼンに顔をしかめ返すと、すぐに照れたような顔になって、またフルートにしがみついてしまいました。そうすることで、ようやく少しずつ安心を取り戻しているようでした。

 すると、ポチがワン、と吠えて溜息まじりに言いました。

「結局、フルートの腕を治すことはできませんでしたね……。魔法医なら治してくれるんじゃないかと思ったのに」

 他の仲間たちは、はっとしました。ロキが顔を上げて、心配そうにフルートの左腕を見ます。

「店で聞いたんだけどさ……魔法医は町のあのあたりに住んでたらしいんだ。でも、おいら、どうしても看板が見つけられなかったんだよ」

 すると、占いおばばが静かに話しかけてきました。

「入口を隠していたんだよ。魔法医たちがよくやる方法さ。来てもらっちゃ困る客が来そうなときに、魔法で家の入口を見えなくしてしまうんだ。トカラの占いで、あんたたちのことはダイト中に知れ渡ってた。魔法医だって、あんたたちを診るわけにはいかなかったんだよ」

 それを聞いてロキがまた涙ぐみ、ゼンは怒りの声を上げました。

「ったくもう、どいつもこいつも! いいかげんにしろよな!」

「しかたないんだよ。トカラは市政にも一番発言力がある占い師だ。あの男の占いを信じないような者は、ダイトにはまずいないんだよ」

 ゼンはますます怒って歯ぎしりをしました。今すぐダイトに引き返していって、そのトカラという占い師の頭をぶん殴って来たいところでしたが、さすがにそういうわけにはいきません。ただフルートだけが、ひとり落ちつきはらっていました。

「だから、大丈夫なんだったら。ロキの魔法のおかげで腕は痛んでないんだからね。このままサイカ山脈まで行けるよ」

「だって、兄ちゃん……」

 ロキはますます涙ぐみました。自分の魔法がその場しのぎにすぎないことは、ロキ自身が一番よく知っているのです。

 

 すると、占いおばばが言いました。

「どれ、金の石の勇者。腕を見せてごらん。あたしには魔法医みたいな治療の力はないけどね、あんたの腕がこの後、治るかどうかは占ってあげられると思うよ」

 そこで、フルートはゼンたちに手伝ってもらって、左腕を押さえていた剣帯を外し、鎧の籠手を外しました。凍傷を負った腕は黒ずみ、固く凍りついています。色の変わった部分は、もう腕の付け根あたりから指先まで広がっていました。それを見たとたん、ロキは涙を浮かべた目をそらしてしまいました。

 ふぅん、とおばばは凍りついた腕に触りながら言いました。

「本当に見事に凍ってるね。生きてる者の体をこんなふうに凍らせる魔法は初めて見たよ。大した力だこと」

「全然大したことなんかないよ!」

 とロキがどなり返しました。

「物を凍らせる魔法なんか、北の大地じゃ全然必要ないんだからさ! 何の役にも立たないよ!」

 怒ったような声です。けれども、おばばは穏やかに言いました。

「それでも、金の石の勇者はあんたの魔法で助けられてるじゃないか……。あんたはよくやったよ、ロキ。あんたたちの置かれてる状況では、これが最善の方法さ。すっかり凍らせたおかげで、この腕は腐り出さずにすんでる。こうして魔法が効いている限り、勇者は腕を切り落とすことも、命の危険にさらされることもないわけだからね」

 そう言われてロキは面食らった顔になり、フルートは大きくうなずきました。

「ぼくたちは魔王を倒して仲間を助け出して、それと一緒に金の石も取り返すつもりなんです。金の石が戻ってくれば、ぼくの腕も治ります。それまでの間、この腕がこのまま持ってくれればいいんです」

 仲間たちが、すがるような想いで期待していた金の石。それさえあれば、とゼンもポチもロキも口には出さずに思っていたのですが、フルート自身は、期待するよりももっと強い気持ちで、金の石を取り戻すことを考えていたのでした。きっぱりとした口調は、フルートの決心の表れでした。

 占いおばばはうなずきました。

「あんたの腕がどんな方法で治っていくのか、そこまではわからない……でもね、あたしの水晶玉には、綺麗に元通りになったあんたの左腕が映っているよ。大丈夫、あんたの腕は治る」

 力強いことばでした。

「ほ、本当?」

「ホントか、ばあちゃん!?」

 ロキとゼンが口々に言います。老婆は、ほっほっほっと高らかに笑い出しました。

「あたしをお信じよ。あたしはダイトの占いおばばだよ。あたしの占いは、とてもよく当たるのさ!」

 ヒホーン。

 まるでその笑いの意味がわかっているように、グーリーが明るくいななきました。

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