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第5巻「北の大地の戦い」

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第15章 占い師

58.老婆

 突然伸びてきた太い腕に、フルートとゼンとポチは氷の壁の中に引き込まれました。勢いあまって、折り重なるように倒れてしまいます。

 そこは穴蔵のような薄暗い場所でした。周り中を氷で囲まれていて、冷たい空気が漂っています。まったく違う場所へ連れてこられたのです。

 けれども、少年たちには驚く暇がありませんでした。すぐ目の前に、見上げるような大男が立っていたからです。即座に跳ね起きて身構えます。

 男はたくましい体に茶色い毛皮の服をまとい、腕組みをして少年たちを見下ろしていました。肌の色はロキよりも浅黒く、頭の両脇からは、黒っぽい茶色の耳が突き出しています。

「トジー族にしちゃでかいな」

 とゼンが言いました。すでに身を低く沈めて、すぐにでも殴りかかれる体勢に入っています。

 ポチが背中の毛を逆立てて、ウゥーッとうなります。

 フルートは剣を抜き、仲間たちの前に一歩出ました。

「誰だ!? ぼくたちをどうするつもりだ!?」

 すると、急に低い笑い声がわき起こりました。妙に楽しそうに、くっくっくっと響きます。その声が意外なほど年老いて聞こえてフルートたちは面くらい、さらに、大男がにこりともしていないのに気がついて、またびっくりしました。笑っているのは別の人物なのです。

 すると、突然ポチが大男の左肩に向かって、ワン! と吠えました。そこに、とても小さな人影が乗っていたからです。灰色っぽい毛皮の服を着込み、毛皮のフードを深々と下ろしています。ロキよりも幼い子どものように見えましたが、頭を上げると、フードの奥にあったのは、しわくちゃな老婆の顔でした。髪も、フードから突き出た長い耳も、雪のように白い色をしています。

「なぁるほど、これが金の石の勇者の一行かい。たいそう勇ましいねぇ。見た目は本当にただの子どもなのに」

 とトジー族の老婆が言いました。相変わらず、面白そうに笑い続けています。フルートまた驚き、右手の剣を構え直しました。

「ぼくらを知ってる――? あなたは誰だ!?」

「おやおや、怖いこと。そんなにピリピリするんじゃないよ。あたしゃ、あんたたちの味方なんだから」

「味方?」

 少年たちは思わず目を見張りました。ダイトの町中でトジー族の大人たちに訳もなく襲われたばかりです。すぐには信じられなくて、面食らってしまいます。

 すると、大男の肩の上の老婆は、また、ほほほ、と声を上げて笑いました。明るい灰色の瞳で少年たちを見下ろしながら、驚くほどはっきりした口調で答えます。

「そう、ダイトの占いおばばと言えば、このあたしのことだよ。金の石の勇者の一行が危険な目に遭うと占いに出たんでね、勇者の姿を拝みがてら、助けに来てやったのさ」

 

 フルートたちは呆気にとられて老婆を見上げてしまいました。

 小さな老婆は、大男の左肩にちょこんと座ったまま、少年たちを見下ろしています。その膝の上に丸い石のようなものがあることに、フルートは気がつきました。透きとおったガラスのような水晶玉です。

「その水晶で、ぼくらのことを占っていたんですか?」

 と思わず尋ねると、老婆はまた、ほほ、と笑いました。

「ずうっと見させてもらっていたよ。あんたたちがエルフの大ワシに乗って北の大地に上陸した、その瞬間からね。なにしろ、あんたたちは本当に目立つ。水晶玉の中が隅々まで金の光に照らされて、まるで真昼のようだったよ」

 少年たちは思わず顔を見合わせました。

「金の光、って……こいつのことか?」

 とゼンがフルートを指さして見せます。

「他に誰がいるのさね? もちろん、あんたたちも大した光を放ってるんだよ、ドワーフの勇者。あんたの光は澄んだ銀色だし、そこの子犬の勇者は星の光のように輝いている。でも、金の石の勇者の光にはかなわないね。今こうしていたって、あんまり光がものすごくて、あたしゃ目がくらみそうなくらいなのさ」

 少年たちはまた顔を見合わせました。フルートたちが光り輝いていることは、以前、別の占者にも言われたことがあります。でも、彼ら自身に見えるのは、ごく当たり前の友人の姿だし、あたりは相変わらず薄暗い穴蔵のような空間です。占者たちにそんなふうに言われても、全然ぴんとはこないのでした。

 すると、老婆が急に顔をしかめて、ふん、とつぶやきました。

「まったくねぇ……こんな勇者たちをつかまえて闇の魔法使いだなんて言うんだから、トカラも焼きが回ったよねぇ」

 フルートたちは、はっとしました。さっき、町の男たちに襲われる直前に耳にした名前です。

「トカラって……?」

 と尋ねると、老婆はいっそう顔をしかめました。

「このダイトで一番有名な占い師だよ。――一番力がある、とは言わないけどね。占いの示す真実より、占いで自分の権力を伸ばすことに夢中になってきたような男だからね。ちょっと闇から揺すぶられると、あっという間にだまされちまう。ほんと、情けないこと」

「闇にだまされる?」

 フルートはまた聞き返しました。なんとなく、事情が読めてきたような気がします。

「そう。三日前、北の大地のすべての占い師たちに、いっせいにひとつの結果が出たのさ。みんな、この北の大地を襲っている異常な天気や噴火のことを占っていたからね。いわく、海を越えて渡ってきた二人のムジラの子どもと一匹の子犬が、北の大地に魔法をかけている。この者たちは姿は子どもだが、正体は闇の悪魔で、この北の大地を滅ぼそうとしているのだ、とね。その占い師の力によって占いの結果の出方に違いはあったけれど、内容はすべて同じだった。今、北の大地中の町や村は大騒ぎさ。ただでさえ、この天候だ。みんな殺気だってて、ムジラと見れば問答無用で殺しかねない状況だよ」

 ゼンとポチがまた顔を見合わせました。やっぱり、とフルートがつぶやきます。

「魔王のしわざだ。ぼくたちを犯人に仕立てて、トジー族の人たちに襲わせようとしたんだ」

「ちっくしょう!」

 ゼンが歯ぎしりをします。魔王は、彼らが町や村に立ち寄るときのことを想定して、先手を打ったのに違いありません。

 すると、老婆が静かな声になって続けました。

「皆を許してやっとくれ……。あたしたちトジー族はみんな本当に、生まれてこのかた雨なんてものは一度も体験したことがなかったんだよ。それが目の前で家を溶かし、大地を崩していくんだ。逃げ場もなくて、みんな恐怖で気が狂いそうになっているんだよ。このダイトは雨はまだ二度目だから、これでも落ちついている方だけれど、中には完全に消滅した村や町もある。住人がひとり残らず流されちまった集落もある。みんな、なんとか助かりたくて死にものぐるいになっているのさ……」

「だから、それを助けるために俺たちが魔王を倒しに行くんじゃないかよ! それを、よりにもよって、俺たちを犯人扱いしやがって――!」

 どうにも気持ちが収まらなくて憤慨するゼンを、フルートは、そっと抑えました。

「しかたないよ。みんな、ぼくたちが何のためにここに来てるのか知らないんだから」

 ったく! とゼンはどなりました。フルートのように寛大ではいられないゼンでした。

 

 フルートは改めてあたりを見回しました。そこは氷を削って造った穴の中です。床と壁は平らですが、天井は低くてドーム型をしています。ひどく薄暗い場所でしたが、大男の足下に小さなランプがひとつあって、その灯りがぼんやりとあたりを照らし出していました。

 彼らが引き込まれてきた壁に入口らしいものがまったく見あたらなかったので、フルートはまた老婆を見上げました。

「ここはどこなんですか? どうやって、ぼくたちをあそこからここに連れてきたんです?」

「ここは、あたしの屋敷の地下だよ」

 と老婆が答えました。

「さっき、あんたたちの友だちから教えられただろう? 古い家の地下には、昔造られて雪の下に埋もれた部屋がたくさん残っているものなのさ。この屋敷はよそからの影響を受けにくい、占いに向いた場所に建っていてね、代々、強力な占い師が住んできたのさ。中には占いだけでなく魔法まで使えた占い師もいた。あたしは魔法のほうはさっぱりだけどね。そんな先輩たちの中には、何百年も先のことを占って、屋敷に準備を残していってくれた人がいるのさ……。この部屋には、ダイトの町のとある場所とつながる魔法がかけられていたんだよ。それが、時を迎えて発動したってわけさ。三百年も前の先輩の占い通りに、追い詰められたあんたたちのところへ入口が開いたんで、このウィスルにあんたたちを助けさせたんだよ」

 と、自分が肩に乗っている大男の頭を、ぽん、とたたいて見せます。すると、ウィスルと呼ばれた大男は、黙ったまま少年たちに会釈しました。フルートたちも思わず頭を下げ返し、なんとなくとまどって、また老婆と大男をながめてしまいました。占い師という人たちは、白い石の丘の賢者のエルフと同様、常識ではどうにも理解しがたい存在でした。

 

 すると、老婆が言いました。

「さ、それじゃ行こうかね。こっちへおいで」

 と小さな手で少年たちを招きます。大男のウィスルがくるりと背を向けて歩き出したので、フルートはあわててまた尋ねました。

「あの、おばあさん。どこへ行くんですか?」

「あたしゃ占いおばばだよ。あんたたちもそう呼んどくれ。――もちろん、外に出るんだよ。あんたたちをダイトから逃がしてやらなくちゃ。だけど、町の中は、あんたたちを血眼で探す人でいっぱいになってるからねぇ。見つからないように行かなくちゃ」

 それを聞いて、少年たちは、はっとしました。町の中に残してきた小さな少年を思い出したからです。

「おばば、町にはまだ友だちがいるんだよ!」

 とゼンが呼びかけました。

「ワン、ロキを助けないと!」

 とポチも必死で言います。フルートは自分たちの出てきた氷の壁を見ました。

 すると、老婆は大男の肩の上から振り返りました。

「そこはもう開かないよ。空間を開く魔法は、さっきの一回こっきりだからね。だけど心配はいらないよ。あたしの占いによれば、あんたたちの小さな仲間は無事に逃げ出したと出ている。あたしゃダイトの占いおばばだ。あたしの占いはよく当たるんだよ。あたしを信じて、ついといで」

 そうきっぱりと言って陽気に笑う老婆を、フルートたちはまた見つめてしまいました。顔もしわくちゃならば、体もこびとのように小さな人物です。けれども、その老人が、言いようのない力強さと頼もしさを放っているのを、少年たちは肌で感じたのでした。

「さあ、おいで」

 と老婆にもう一度言われて、フルートたちは素直に後についていきました――。

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