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第5巻「北の大地の戦い」

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57.誤解

 突然トジー族の男たちから「悪魔どもめ!」とどなられ、襲撃されて、フルートたちは仰天しました。何故こんなことをされるのか、理由がわかりません。

 棍棒を持った男たちが殴りかかってきました。手前に立っていたゼンに振り下ろします。

 すると、ゼンが片手で棍棒を受け止めました。枯れ葉でも受けるような軽い動きでしたが、たちまち男は目を見張りました。棍棒を握った腕がびくとも動かせなくなったのです。焦っている男を見て、ふん、とゼンは鼻を鳴らしました。

「図体はでかく見えても、力は人間と同じくらいか。俺たちドワーフの相手じゃないぜ」

 言うなり、棍棒をつかんだまま相手を投げ飛ばし、棍棒を奪い取ってしまいます。次に殴りかかってきた男を即座に殴り返します。

 槍を持った男が突進して、フルートへ攻撃をしかけていました。鋭く光る刃先がフルートを狙って突き出されてきます。フルートはひらりと身をかわしました。片腕が凍傷で使えなくなっていても、身の軽さは変わりません。背中からロングソードを引き抜いて構えます。

 また槍が突き出されてきました。フルートの胸元を狙っています。フルートは剣をふるってそれを払いながら、仲間たちに呼びかけました。

「逃げよう! なんだかわからないけど、この場から離れるんだ!」

「ったくよぉ!」

 ゼンがひとりの男を高々と差し上げ、別の男目がけて投げつけながらわめきました。

「ホントに、いきなり何しやがんだよ! 俺たちが何をしたってんだ!?」

「黙れ、魔法使いども!」

 とトジー族のひとりがどなり返したので、フルートたちはまた驚きました。魔法使いども? と思わず自分たちの耳を疑います。本当に、意味がさっぱりわかりません。

 すると、男がどなり続けました。

「きさまらが魔法をかけているのはわかっているんだ! よくも北の大地をめちゃくちゃにしてくれたな! 今すぐ元へ戻せ!!」

 まだ若い男でしたが、血を吐くような声は真剣そのものです。フルートたちは思わず顔を見合わせてしまいました。

 すると、別の男もわめきました。

「そんな子どものなりをしていてもだまされるものか! きさまらのおかげでダイトは崩壊しようとしているんだ! 許さんぞ!」

「ちょ、ちょっと待てよ……!」

 ゼンはますます驚いて反論しようとしましたが、男たちがまたいっせいに攻撃をしかけてきたので、話すことができなくなりました。槍の攻撃を剣でかわしながら、フルートが叫びました。

「ぼくらは魔法使いなんかじゃありません! 北の大地に魔法をかけてるのは、ぼくたちじゃないんですよ!」

 けれども、男たちは聞く耳を持ちませんでした。十人がかりで二人と一匹の子どもたちを襲い続けます。

 

 と、槍の先が勢いよくフルートの胸に命中しました。魔法の鎧そのものは、まともに突き刺されてもびくともしませんが、中のフルートは衝撃で一瞬息が詰まりました。思わず後ろによろめきます。

「ワン、フルート!」

 とポチが思わず叫んだとたん、男たちがいっせいに顔色を変えました。

「話したぞ!」

「この犬も魔物だ――!」

「殺せ!」

 とたんに、びくり、とポチが大きく身をすくませました。ポチは人のことばを話せるばかりに、小さい頃から人間たちに魔物呼ばわりされ、追い立てられてきました。フルートたちと出会ってからは、もうそんなこともなくなっていたのですが、こんなふうに言われてしまうと、一瞬のうちに、あの頃の気持ちと恐怖が甦ってきてしまうのでした。

 立ちすくんでしまった子犬目がけて、鋭い槍が突き出されてきました。フルートは飛び込んでそれを切り払うと、大声で言いました。

「逃げるんだ、ポチ! 早く!」

 ポチは我に返ると、急いで風の犬に変身しようとしました。とにかく、この場を離れるしかありません。フルートたちを背に乗せて飛んで逃げようとしました。

 ところが、その瞬間、湿った暖かい風がどっと吹き抜けていって、唐突に雨が降り出しました。痛いくらいに大粒の雨です。彼らは思わず呆然としました。土砂降りの中に立ちつくしてしまいます。

「おい、これ……」

 顔色を変えて飛んできたゼンに、フルートがうなずき返しました。こんな感じの突然の土砂降りは前にも経験しています。魔王が魔法で降らせてきているのです。

「ワン、これじゃ風の犬に変身できませんよ」

 とポチが悔しそうに雨雲を見上げました。

 通りに面した家々から人々が飛び出してきて、降りしきる雨に悲鳴を上げました。恐怖の叫び声です。家が崩れる! 世界がなくなる! と泣き叫ぶ声も聞こえてきます。

 その時、フルートは綺麗に削り出された家々の壁が、なんとなく削れて丸みをおびえていることに気がつきました。どの家もそうです。前にも何度か雨が降ったことがあるのに違いありません。雨はトジー族が住む氷の家を溶かし、足下の大地を崩していきます。雪と氷の中で生きる彼らにとって、雨は恐怖そのものの存在なのでした。

 目の前で武器を握っている男たちが、土砂降りに負けない声を張り上げました。

「こいつらだ! こいつらが降らせているんだ! 悪魔の魔法だぞ!」

 とフルートたちを指さします。たちまち人々が雨の中に飛び出してきました。全身がずぶ濡れになるのもかまわずに駆け寄ると、通りに転がる氷のかけらを拾い上げて投げつけてきます。

「よくも!」

「よくも我々の町を――!」

「悪魔どもめ!」

 大小の氷のかけらが石つぶてのようにフルートたちに飛んできます。先の男たちが狙い定めて槍を投げつけてきます。ゼンはすんでのところで槍をかわすと、音を立てて歯ぎしりをしました。

「きさまらぁ……! 人違いにもほどがあるぞ!」

 ばらばらと降ってくる氷のかけらの中、拳をふるわせ、今にも殴り込んでいきそうになります。フルートはあわててそれを引き止めました。

「引くんだ、ゼン! 相手にはできないよ!」

「キャン!」

 ひときわ大きな氷が命中しそうになって、ポチが悲鳴を上げて飛びのきました。土砂降りの雨の中、風の犬に変身できないポチは、一番小さくて不利な立場です。フルートは大急ぎで剣を収めて、その手でポチを抱き上げました。鎧の胸にかばうように抱きしめて、また友人に呼びかけます。

「ゼン!」

「ちっくしょう!!」

 ゼンはまた大きく歯ぎしりをすると、フルートたちと一緒に逃げ出しました。通りを、男や人々のいない方向へ走ります。その後を氷のつぶてと人々のどなりごえが追いかけてきます。

 

 そのとき、騒ぎを聞きつけて、店の中からロキが飛び出してきました。通りを走る殺気だった人々と、それに追われて逃げていくフルートたちを見て、驚いて叫びます。

「兄ちゃんたち――!?」

 その声に、通りに残って見送っていた人々が振り向きました。ほとんどが女や年寄りでしたが、ロキを指さして叫びます。

「あの子! あいつも一緒にいたよ! 悪魔どもの仲間だ!」

 たちまちロキも取り囲まれてしまいます。たくさんの手が伸びてきて、小さなロキをてんでに捕まえようとします。ロキは無数の手に引き裂かれてしまいそうに感じて、恐怖に立ちすくんでしまいました。

 すると、トナカイのいななきが響き渡りました。

 ヒホーン!!

 人々の頭上を飛び越えて、グーリーがロキのすぐわきに降り立ちます。突然飛び込んできた巨大な獣に、人々が思わず身を引きます。その隙にロキはグーリーの背中にはい上がりました。

 土砂降りの雨の中、トジー族の男たちに追われてフルートたちが通りを逃げていきます。薄暗がりに追う者たちの武器の刃先がひらめきます。ロキはトナカイにしがみついて叫びました。

「行こう! 兄ちゃんたちを助けるんだ!」

 ヒホーン、とまたグーリーがいななき、周囲を取り囲む人々の頭上を大きく飛び越えました。フルートたちの後を追って通りを駆け出します。人垣が崩れ、人々が後を追って走り出しましたが、トナカイはみるみるうちにそれを引き離していきました――。

 

 フルートとゼンは必死で逃げていました。氷のつぶてはいつまでも追いかけてきて、ばらばらと彼らの体に当たり続けます。鎧や分厚い毛皮の服を着ているので、怪我をすることはありませんが、体にも心にも響く衝撃です。ゼンが悔し涙をにじませてわめきました。

「こんちくしょう! 俺たちを誰だと思ってやがる! おまえらのために魔王を倒そうとしてるんじゃないかよ!?」

 けれども、その声はトジー族の人々の耳には届きませんでした。悪魔だ、殺せ、とわめき続ける声だけが、どこまでも彼らを追ってきます。

 フルートはただひたすら走りました。踏みとどまり、振り返って彼らと戦うのは簡単です。フルートもゼンも剣を持っていますが、追ってくる人々にはせいぜい棍棒と槍程度の武器しかありません。しかも、こちらには怪力のゼンがいます。彼らが何十人束になってかかってきても、絶対に負けない自信がありました。けれども、そうするわけにはいきません。追っ手を切り倒したたき伏せても、ますます誤解が深まるだけなのです。

 戦うことも誤解を解くこともできなくて、フルートは逃げました。見えない傷を負って痛む胸の中に、子犬をいっそう強く抱きしめて、ただただ走り続けます――。

 

 すると、突然行く手に数人の人影が立ちはだかりました。武器を持ったトジー族の男たちです。土地勘がある彼らは、裏道を通って先回りしてきたのでした。はさみうちにされて、フルートとゼンは立ち止まりました。行くも戻るもできません。二人背中合わせになって、迫ってくる追っ手を見つめます。

 その時、ワン、とポチが吠えました。

「そこ! 横道がありますよ!」

 家と家の間に人ひとりがやっと通れるくらいの狭い道がありました。フルートたちは即座にそこに飛び込みました。行き止まりでないことを祈りながらまた走ります。

 が、悪い予感はやはり当たりました。じきに細い通路は壁に突き当たり、それ以上進むことができなくなってしまったのです。袋小路の入口に人々の声や足音が迫ってきます。フルートは青ざめて振り返り、ゼンは低く身構えて拳を握りました。こうなったら強行突破するしかありません。

 ところが――。

 その時、出しぬけに彼らの横に入口が開きました。たった今まで氷の白い壁だった場所です。毛皮の服を着た太い腕が伸びてきたかと思うと、いきなり二人と一匹の少年たちをつかまえて、中に引き込んでしまいます。そして、次の瞬間には、入口は音もなく消えてしまいました。

 

 後を追って袋小路に飛び込んできた人々は、少年たちの姿が見あたらないので驚きました。どこだ、どこに隠れた!? と口々にわめきながら、袋小路を隅々まで調べ、頭上や足下を見回します。いくら探し回っても、少年たちはどこにも見つかりません。

 そこへ、トナカイに乗ったロキが追いついてきました。袋小路をのぞき込み、そこにフルートたちがいないことに気がついて、やはり驚きます。

「どこさ、兄ちゃんたち!?」

 その声がまた追っ手の注意を集めました。

「いたぞ!」

「あいつらの仲間だ! 捕まえろ!」

 男たちが今度はグーリーとロキに襲いかかろうとします。グーリーは大きく飛びのくと、向きを変えて駆け出しました。追ってくる男たちから逃れます。

「グーリー! グーリー、ダメだよ! 戻って! 兄ちゃんたちを助けなくちゃ――!!」

 ロキは泣きながらトナカイにしがみつき、叫び続けましたが、トナカイは引き返しませんでした。その場に戻れば自分の小さな主人の命が危ないとわかっていたのです。まっしぐらに町の外へと駆けていきます。

 ロキの泣き声と疾走するトナカイを、土砂降りの雨が包み隠していきました――。

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