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第5巻「北の大地の戦い」

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56.都

 北の大地随一の都は広大な雪原の真ん中にたたずんでいました。一面真っ白な大地の上に、何百という白い四角い建物が集まっています。ひとつひとつは決して大きな建物ではありません。周囲の過酷な自然に飲み込まれてしまわないように、必死に集団で寄り添っているように見えました。

「ここがダイトか」

 トナカイの背中から都を眺めて、ゼンが感慨深げな声を上げました。ゼンの祖父は若い頃、このダイトの都まで来たことがあります。小さい頃から話に聞かされてきたその場所に自分もやってきたのだと、ことばにならない想いをかみしめていたのでした。

「ワン。随分たくさん人が住んでいるみたいですね。どのくらいの規模ですか?」

 とポチが尋ねました。

「千人ぐらいいるよ。トジー族の三分の一近くが、このダイトに住んでるんだ。だから、店とかもいっぱいある。おいらは、父ちゃんと一緒に荷物を運んで、何度もここに来たことがあるんだ」

 とロキは答えて、続けました。

「おいらたちトジー族はムジラが嫌いなんだけどさ、さすがにダイトは大きな町だから、ときたまムジラがやってくることがあるんだ。他の町のやつらよりはムジラを見慣れてるから、きっと大丈夫さ。魔法医だって、金さえ払えば、ちゃんと兄ちゃんを治療してくれるよ」

 フルートは、この時にはもう仲間たちに抵抗するのをやめていました。ゼンが、「これ以上騒ぐんなら、ぶん殴って気絶させて医者のところへ運び込むぞ」と言ったからです。ゼンの場合、本当に言った通りのことをやりかねません。フルートもあきらめざるをえないのでした。

「よし、行こう」

 とゼンが言い、一行はグーリーに乗ったまま、ダイトの都に足を踏み入れました――。

 

 都に入ったとたん、目の前に広がる町並みにフルートとゼンとポチは目を丸くしました。彼らの知っている町とはまったく様子が違っています。白、白、一面の白です。それもそのはず、ダイトの都にある建物は、すべて雪が凍りついた氷でできているのでした。

「氷を削って造った家なんだ……」

 とフルートが驚きました。足下の凍った雪の大地を削り出して建物を造っているのです。白い壁には半透明の氷をはめ込んだ窓があり、その上の方に小さな穴が開いていて、煙のように蒸気が立ち上っているのが見えました。テントにもついていましたが、換気用の小窓に違いありません。蒸気は寒さの中であっという間に凍りついて細かい氷になり、地面の上に降ってきました。

 ゼンが、ふーんと腕組みをしました。

「確かにおれたちドワーフの洞窟の家に似てるな。じいちゃんが言ってたとおりだ。形は違うけど、俺たちの家も岩を削り出して造ってあるんだぜ」

 すると、ロキが言いました。

「おいらたちは、移動するときにはトナカイやアザラシの皮でできたテントを持ち歩くけどさ、ちゃんとした家は、こんなふうに氷で造るんだ。何年もたつと雪の中に埋まって氷の下になっちゃうんだけどね、そうしたら、また上の方を削って家を造るんだ。古い家になると、地下に何百年も前に使ってた部屋がいくつも残ってるんだよ」

 へえっと年上の少年たちはまた感心しました。それはドワーフたちの家とも違った構造でした。

「ワン。でも、氷の家じゃ寒いんじゃないですか?」

 とポチが尋ねました。しごくもっともな疑問ですが、くすくすとロキが笑い出しました。

「ムジラは必ずそれを言うよね……。氷の家って、実際にはすごく暖かいんだよ。風が吹き込まないから。それに、内側にはトナカイやアザラシの毛皮を貼ってあるんだ。部屋は、ちょうどテントみたいな半円形さ。それが一番暖かい形なんだ。氷と毛皮の間には、枯れた雪エンドウの蔓や葉を詰め込んであるから、なおさら暖かさが逃げない。火皿を部屋の真ん中にひとつ置いただけで、充分暖かくなるんだよ」

 すると、ゼンがうなずきました。

「じいちゃんも言っていたぜ。トジー族の家は、入ってみるとものすごく暖かくて、裸で暮らせるくらいなんだ、って。まさかと思ってたけど、本当だったんだな」

「そうだね。おいらたち、家の中では服はあまり着てない。革の半袖半ズボンくらいだ。大人たちなんて、体中毛だらけだもんな。ホントにほとんど裸でいるよ」

「世界には、本当にいろんな人たちがいるね!」

 とフルートが思わず声を上げました。実際には、彼らは差し迫った状況にあります。それでも、つい世界の人々の違った暮らしぶりに感心せずにはいられないのでした。

 フルートたちが暮らす荒野の中のシルの町、ゼンたちドワーフが住む地下の町、ポポロたち魔法使いが住む天空の国、メールたち海の民が暮らす島と海、そして、トジー族が暮らしている雪と氷の北の大地……。いろいろな場所があり、さまざまな人々がいて、その場所に合わせた生活を送っています。世界は本当にものすごく広いんだ、とフルートはつくづく感じていました。

 

 町の通りには人影がありました。毛皮の服を着た、耳の長いトジー族の大人たちです。フルートたちが北の大地に上陸してから、ロキ以外に初めて見る人の姿でした。

 彼らは通りのあちこちで立ち話をしたり、荷物を抱えて歩いたりしていましたが、フルートたちを乗せたグーリーが通りを進んでいくと、いっせいに振り返って見つめてきました。刺すような視線で、とても友好的とは言えません。ちっ、とゼンが舌打ちしました。

「まるで俺たちが敵みたいな目で見てきやがる。俺たちが何をするってんだ」

「ぼくは前にもこういう目で見られたことがあるよ。――初めてドワーフの洞窟に行ったときにね」

 とフルートが穏やかに答えると、ゼンはたちまち苦笑いしました。

「ああ、そういやそんなこともあったな。でも、ここじゃ俺たちドワーフも人間の仲間ってわけか」

 子どもたちが町に中に進んで行くにつれて、人の姿は増え、それに比例して、冷ややかな視線も増えてきました。中には明らかな憎しみを込めてにらみつけてくる者もいます。フルートたちを見たとたん、急ぎ足でどこかへ姿を消す者までいるのが、なんとも不穏な雰囲気でした。

 ロキが首をかしげました。

「なんか、みんなピリピリしてるなぁ……。初めてムジラを見るわけでもないのにさ」

「北の大地がこんな状況なんだもの。しかたないよ」

 とフルートが言いました。だから今は余計なことはしないで先を急ごう、と言おうとしたのですが、それを察したゼンに先を越されてしまいました。

「で、魔法医ってのはどこなんだ、ロキ。急ごうぜ」

「うん、このあたりに住んでたはずなんだけど……」

 ロキはグーリーの背中から、通りに面した家々を眺めていました。氷を削った家の前には、短いトンネルのような入口がついています。どの入口にもドアはありません。ただ、入口の上の方に白い板のようなものが渡してあって、そこに絵や文字が描かれていました。よく目をこらすと、それは氷を削った板で、表面に文字や絵を彫り込み、何かの色粉を流し込んだところをさらに氷で固めてあります。それが彼らの看板や表札なのでした。

 フルートたちにはトジー族の文字は読めません。一生懸命魔法医を探し続けるロキを見守るしかありませんでした。やがて、ロキはグーリーを停めると、背中から飛び下りました。

「やっぱり見つからない! 家を変えたのかもしれないな。ちょっとそこで聞いてくるから、兄ちゃんたちはここで待っててよ!」

 そう言うなり、一軒の家の入口に駆け込んでいきます。看板の文字はやっぱりフルートたちには読めませんが、一緒に魚やトナカイや豆の絵が描かれているのは分かりました。どうやら食料品を扱う店のようでした。

「中をのぞいてみたいよなぁ」

 とゼンが好奇心にかられてトナカイの背から降りました。料理好きの彼です。トジー族の店でどんな食べ物が売られているのか、見てみたくてたまらなかったのです。フルートが苦笑いしながら、後に続いて通りに降り立ちました。

「やめておこうよ。なんだか、本当に町の人たちから印象悪く見られているみたいだからさ。きっとロキを困らせることになるよ」

 

 すると、その肩の上に急にポチが下りてきました。フルートの肩にしがみつくような格好をしながら、そっとフルートとゼンにささやいてきます。

「ワン、気をつけてください……。なんだかさっきからずっと、物騒な匂いがつきまっとっているんですよ。誰かがぼくらを憎んで怒ってるみたいな匂いが、ずうっと……」

 もの言う子犬は、余計なトラブルを起こすのを避けるために、フルートたちだけに聞こえるように話しかけてきたのでした。

 フルートとゼンが緊張してあたりを見回すと、通りの向こうから近づいてくる集団が目に入りました。トジー族の男たちで、十人あまりもいます。ものも言わずにすぐ目の前までやってくると、行く手をふさぐようにフルートたちの前に立ちはだかりました。トジー族は人間よりは小柄で、大の男でも人間の女性ほどの身長しかありません。ただ、その体つきはたくましく、そこに毛皮の服を着込んでいるので、身長以上に大きな体に見えました。

 男たちは、マイナス何十度という寒さの中なのに、フードもかぶらずに茶色の髪と長い耳をむき出しにしていました。毛皮の服の前を開けている者も大勢いて、そこから茶色い毛に一面おおわれた素肌が見えています。大人になって毛が生えそろったトジー族は、寒さにとても強くなるのです。

 そんな彼らが手に手に棍棒や槍のようなものを持っているのを見て、フルートとゼンは反射的に身構えました。ポチがフルートの肩から通りに飛び下りて、ウゥーッとうなり声を上げます。目の前にいるのは、絶対に友好的な集団ではありませんでした。ゼンが早くも拳を握ってどなりました。

「なんだよ! 俺たちに何の用だ!?」

 すると、トジー族の男のひとりが口を開きました。

「ムジラの子どもが二人と、子犬が一匹。トカラ様の占いの通りだ」

 トカラ様? とフルートたちは思わず聞き返しましたが、男たちはそれには答えませんでした。ただ、一瞬のうちに危険な気配が強まり殺気のレベルまで高まります。

 ゼンは思わずフルートたちに叫びました。

「下がれ! 来るぞ!」

 とたんに、トジー族の男たちが棍棒や槍を振り上げ、うなり声を上げて襲いかかってきました。

「くたばれ、悪魔どもめ――!!」

 男たちは少年たちに向かって、そうどなっていました。

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