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第5巻「北の大地の戦い」

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第14章 ダイト

54.マント

 大トナカイのグーリーは少年たちを背に駆け続けていました。

 フルートたちが北の大地に上陸してから、すでに丸三日が過ぎています。北の大地の上からすべての命が失われるとエルフが予言した一週間の期限まで、あと四日足らずしかありません。少年たちは少しも休まず先へ進み続けました。食事もグーリーの背中ですませて急ぎます。

 周囲は雪と氷だけの景色です。なだらかな起伏があるだけで、本当にまったく変化がありません。ただ、行く手にそびえるサイカ山脈だけが少しずつ近づいて大きくなっていました。

 そんな景色を見ながら、ゼンがふと首をひねりました。

「よぉ。エルフはあと数日で北の大地が滅びるって言ってたけどよ、これを見てると、そんなに差し迫った感じはしないと思わないか? 確かにあちこちで雨が降って雪原が溶けてるけど、北の大地全体があんなふうになるのには、もうしばらくかかりそうな気がするぞ」

「北の大地全体がこんなふうならね」

 とフルートが答えました。厳しい顔つきになっています。

「でも、ゼンだって上陸する前に見ただろう。北の大地の火山が噴火してるんだ。溶岩は氷を溶かすし、噴煙は雨を呼ぶ。きっと、ぼくたちが出会ったどの雨より激しい大雨だ。噴煙におおわれてる地帯は、きっとものすごいことになってるんだよ」

「おいら、北の大地に火山があるなんてしらなかったけどさ」

 とロキが口を開きました。

「でも、それって凍らずの山のことだと思うな。サイカ山脈の向こう側にあるんだけど、その山だけは真冬でも絶対に凍らないんだ。おかげで、おいらたちは近づけないんだけどね。おいらたちは雪や氷がないと生きてけない民だからさ」

 その凍らずの山が、今は激しい火と煙を吐き出しています。その原因はポポロの魔法です。魔王が、彼女から奪った魔力を使って大きな噴火を起こしているからです。白く連なる山脈の向こうに濃い黒雲がたれ込めているのが、遠く見え始めていました。

 ロキはそれをじっと眺めながら続けました。

「おいら、ずっと不思議だったんだ……。風向きがさ、いつもと違ってるんだよ。北の大地って、サイカ山脈からしょっちゅう強い風が吹き下ろしてくるんだけど、このところ、そっちからは風が全然吹いてこないんだ。あっちもこっちも、風も天気もめちゃくちゃだから、そのせいなんだとばかり思っていたんだけど……」

 ロキがフルートたちを振り向いてきました。意外なほど真剣な顔をしています。

「ねえ。兄ちゃんたちの仲間の魔法使い――ポポロって言うんだっけ? そのポポロがさ、風を抑えて、こっちに火山の煙をよこさないようにしている、っては考えられない? さっきだって熊や雪ケマリから助けてくれたじゃないか。あんなふうに、やっぱり、兄ちゃんたちを助けてくれているんじゃないかな?」

 フルートたちは驚いて顔を見合わせました。言われてみれば、充分考えられることです。

 ワン、とポチが吠えました。

「そうだとしたら、ポポロだけじゃなく、きっと他のみんな全員の力ですよ。メールもルルも、そういう人たちだもの」

「姉ちゃんもだな……」

 とロキがつぶやいてうなずきます。

 少年たちは思わず周囲に全身の神経を傾けました。少女たちの存在感はずいぶん薄くなっていましたが、それでもやっぱり気配がしています。柔らかくて暖かいものが、障壁のように彼らを包み込んでいるのです。確かに少年たちは少女たちから守られているのでした。

 ゼンが苦笑いするような顔になりました。

「ったく。助けに行こうとしてるヤツに助けられてるんだから、世話ねえよな」

 フルートも同じような表情でうなずきました。

「ぼく……最近、すごく反省してるんだよ。ポポロたちは確かに女の子だし、力も限定されてるけどさ、でも、彼女たちはものすごく強いんだ。魔王につかまっても縛られても、何度でも抜け出してぼくたちのことを助けに飛んでくる。ポポロなんて、どんなに魔王に力を奪われていても、それでも魔法で助けてくれる。並じゃないよね」

「そりゃそうだ。あいつらだって、れっきとした金の石の勇者の仲間だからな」

「うん。だから、変にかばったり、戦いから遠ざけたりしちゃいけなかったんだなぁ、ってね……。女の子でも、みんなぼくたちと同じだったんだよ」

「だな」

 ゼンはまた苦笑いしました。そもそも、少女たちを迫り来る闇やバジリスクから守ろうと猟師小屋に置き去りにしたことから、今回の事件は始まっているのです。それは痛感するところでした。

 

 やがて上空はゆっくりと灰色の雲におおわれ、湿った風が吹き出しました。また雨雲が出てきたのです。あたりの気温が上がってくるのを感じます。

「ワン、また暖気団に入りましたよ。早く抜け出さないと」

 とポチが言っている間に雨が降り出しました。魔王が攻撃してきたときの土砂降りとは違う、静かで暖かな雨でした。それでも、ロキはぶるぶると長い耳を振って、トナカイに呼びかけました。

「急げ、グーリー! 雨の降ってない方へ行くんだ!」

 グーリーが空の明るい方向へ走り出します。まだ足下の雪は固くしまっています。それが溶け出して足を取られる前に、急いで雨の地域を抜け出そうとします。

 フルートが自分のマントを脱いでロキに着せかけようとしました。雨から守ろうとしたのです。すると、ロキが鋭く言い返しました。

「ダメだよ、兄ちゃん! 着てなくちゃダメだ!」

「でも、ロキが濡れるよ。ぼくは鎧があるから……」

「その鎧が不調なんだろ!? こりてないのかよ、兄ちゃん! 絶対に濡らしちゃダメだったら!」

 ロキが叱りつけるようにどなってきます。その様子にゼンが吹き出しました。フルートとロキの上下関係がいつもと逆転しています。

 フルートは困った顔をしていましたが、やがて、急にロキのすぐ後ろまでにじり寄ると、右腕でマントを大きく広げて投げかけました。マントの中にトジー族の少年をすっぽりと抱き込んでしまいます。怒っていたロキが、驚いた表情に変わりました。

「な、なに……?」

「これならいいだろう? どっちも濡れなくなるんだから。このまま雨がやむまで入っておいでよ」

 フルートは小柄ですが、それでも小さなロキよりは一回り大きな体つきをしています。右腕を伸ばしてロキの上にマントを屋根のように差しかけます。ロキは思わずそれを見上げ、たちまち真っ赤になってうつむきました。

「ホント……兄ちゃんって、頑固だよな」

 と言います。フルートは黙ってほほえんだだけでした。

 

 雨はなかなか降り止みません。グーリーは懸命に先に進むのですが、雨雲が後を追うように広がってきて、いつまでも頭上から消えないのです。暖かい風が吹き続け、時折強く吹いては、どっと少年たちに雨をたたきつけてきます。次第に足下の雪がまた溶け始め、グーリーの速度が落ちてきました。

 ゼンが、舌打ちしました。

「ったく。北の大地では本当に寒さより暖かさの方がやっかいだな! 気をつけろよ、グーリー」

 ヒホーン、とトナカイが返事をして駆け続けます。蹄がゆるんだ雪を蹴散らしますが、足下からはまだしっかりと凍った地面の感触が伝わってきます。

 フルートはマントをかざし続けていました。風と一緒に吹き込んでくる雨から小さなロキを守ります。初めは照れて緊張していたロキが、少しずつフルートに身を寄せ、しまいにはぴったりと金の鎧に寄り添いました。ためらいながら、そっと体重をフルートに預けてきます。フルートは何も言わずに、ただそれを受け止めていました。

 暖かなマントの中で、ロキが小さく笑いました。

「フルート兄ちゃんって、なんか父ちゃんみたいだな……」

 それを聞きつけて、ゼンがまた吹き出しました。

「おい、ロキの親父さんって、そんなにチビだったのかよ?」

 たちまちフルートが顔を赤くして振り返りました。

「そういうゼンだって、ぼくと同じくらいの背丈じゃないか! ぼくがチビならゼンだってそうだぞ!」

「俺はドワーフだからな。背が低くて当たり前なんだよ。それに、俺がドワーフの中では相当でかいことは知ってるだろうが」

 ゼンがにやにやしながら言い返します。フルートは反論できません。悔しそうな顔でにらみ返します。

 すると、ロキがまた笑いました。

「おいらの父ちゃんはもっと大きかったよ。でもね、吹雪の中を行くときとか、よくこんなふうにして守ってくれたんだ。おいら、今よりずっと小さかったしね。思い出しちゃったなぁ……」

 そう言うと、目を閉じてフルートの胸に寄りかかってきます。信頼しきったしぐさでした。そうやってマントの中にすっぽりとくるまったロキは、今までにないほど、本当に小さく見えました。

 年上の少年たちは、思わずそれを見つめてしまいました。同情などロキが求めていないことはわかっています。それでも、この小さな少年が生きてきた道のりを思うと、言いようのない痛ましさを感じてしまうのでした。

 白い大地は続きます。延々と、サイカ山脈の向こうまで続いています――。

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