白々と明るい夜空の下、子どもたちはトナカイの長い毛を毛布のように体にかけて、とりとめもなくおしゃべりを続けていました。
北の大地で育ったロキは、フルートたちの住んでいる場所や生活の様子を興味深そうに聞いていましたが、そのうちに、聞かれて姉のアリアンの話を始めました。
「姉ちゃんはさ、すっごい真面目なんだ。真面目で、優しいのさ」
と、ちょっと苦笑いするような顔で話します。
「ホント、おいらがちょこっとお客さんの荷物を失敬しただけで、ものすごく怒るし、どんなヤツにだって正直にしろ、って言うし。冗談じゃないよなぁ。おいらたちが住んでるところって、周り中、他人を利用して食いものにすることしか考えてないようなヤツらばかりなんだぜ。そんなところで姉ちゃんの言うようにしてたら、おいらたち、あっというまに餌食にされてそれっきりだ。姉ちゃんってホント、ちょっとずれてるって言うか……世間知らずなんだよなぁ。おいらより四つも上のくせに」
それを聞いて、フルートは思わず心配そうな顔になりました。
「ロキの住んでるところって、そんなにひどいところなの? それってガンヘン村?」
「ううん、今は違う……。おいらたち、父ちゃんと母ちゃんが死んでから、遠い親戚のところに引き取られていったんだ。そこのヤツらなんて、姉ちゃんが魔王にさらわれたって知らん顔さ。本当に、誰も指一本動かしてくれやしない。おいらが姉ちゃんを助けに出るしかなかったんだ」
だから、とロキはまた小さく笑いました。
「最初、兄ちゃんたちがトジー族のことまで助けるんだ、って言ってるのを聞いて、ホントかよ? って思ってたんだよね。友だちを助けに、こんな場所まで来ることさえ驚きだったのにさ」
「ポポロたちは大事な友だちだもの。仲間なんだ」
とフルートは笑顔になって答えました。
「友だちかぁ」
ロキがひとりごとのように言いました。
「なんか、そんなことば忘れてたなぁ。父ちゃんたちが死んでから。ガンヘン村にいた頃は、けっこう友だちもいたし、一緒によく遊んだんだけどさ……」
そう言うロキは、とても十歳の子どもには見えない、冷静な顔をしていました。自分自身を離れた場所において、客観的に眺めているのです。無理やりに大人にさせられてしまった子どもの顔でした。
思わず何も言えなくなったフルートに代わって、ゼンが手を伸ばして、フードを脱いでいたロキの頭をなでました。
「で、どうなんだ? 今は、やっぱり友だちはいいなぁ、とか思ってねえのか?」
ロキはちょっと目を丸くして年上の少年たちを見ました。
「それ、どういう……もしかして、兄ちゃんたちがおいらの友だちだ、って言ってくれてるわけ?」
と驚いたように聞き返してきます。フルートとゼンは同時に笑いました。
「そのつもりだけど?」
「なんだ、それじゃなんのつもりでいたんだ?」
「ワンワン。ぼくだって、ロキは友だちだと思ってますよ」
とポチも口をはさんできます。
ロキはますます面食らった顔になると、急に赤くなって、フルートたちから目をそらしました。
「だ、だって……おいら、ムジラじゃないぞ。トジー族だ」
ゼンは声を上げて笑いました。
「それを言うなら、俺たちだって人間じゃないぞ。俺はドワーフだし、ポチは犬だ。ついでに言えば、ルルだって犬だし、ポポロは天空の民で魔法使いだし、メールは海の民と森の民の血を引いていて、やっぱり人間じゃない。それでも、俺たちはみんな友だちさ」
とたんに、ロキは、グーリーの毛の中で寝返りを打つようにして少年たちに背を向けました。友だちだと言われて、照れてしまったように見えます。そのまま、しばらく黙り込んでいましたが、やがて、静かにこう言いました。
「兄ちゃんたち……おいらが何でも――ムジラじゃないトジー族でも何でも、本当に、そんなふうに思ってくれるのかい……?」
そっと、確かめてくるような口調でした。フルートはほほえみました。
「もちろんさ。トジー族だとか人間だとか、そんなのは全然関係ないよ。ロキはロキなんだから」
ふぅん、とロキはつぶやき、それっきり向こうを向いたまま口をつぐんでしまいました。
その時、頭上でひょうっと風が音を立てました。思わず空を見上げたポチは、そこに思いがけないものを見て驚きました。
「ワン! なんですか、あれは!?」
フルートたちもぎょっとして上を見ました。日が暮れても白々と明るいままの夜空に、得体の知れない光が踊っていました。ぼんやりとした赤い輝きが、揺れながら伸びたり縮んだりしています。光は薄い膜のように広がっていて、まるで薄いカーテンが風にはためいているようです。
驚いて起き上がったフルートたちに、ロキがなんでもなさそうに言いました。
「ただのオーロラさ。心配ないよ」
「オーロラ?」
フルートたちは聞き返しました。初めて聞くことばです。うーん、とロキはうなりました。
「あれの正体は何か、とか言われると、おいらにも説明できないんだけどさ、北の大地の空には時々ああいう光が現れるんだ。極夜になる秋から冬にかけてが一番よく見えるんだけど――」
「極夜?」
ロキの話には知らないことばが次々と出てきます。
「えぇと……白夜の反対だよ。冬になると、北の大地は一日中太陽が出てこなくなって、ずっと夜になるんだ。その時期は本当に空が暗いからさ、オーロラもよく見えるんだけど、夏空にこんなにはっきりオーロラが見えるのは、すごく珍しいよ」
フルートたちはなんとなく感心して空を見上げ続けました。淡い光のカーテンは、白い空の上で揺れ動き、渦を巻いたと思うと、ほどけて広がり、たちまちまた縮みます。色合いも、濃い赤からオレンジがかった淡い赤へとさまざまに変わっていきます。とても幻想的な光景です。
すると、ロキが笑いました。
「兄ちゃんたち、この程度で感心してちゃダメだよ。冬場のオーロラは本当に明るくて綺麗なんだぜ。色だって、あれはただ赤いだけだけど、緑だったり、ピンクや紫に染まったり、それがみるみるうちに色や明るさを変えていくんだ。空の端から端まで光のカーテンがかかって、それが何時間も消えないことだってあるんだよ」
そう言って、ロキは両腕を空に向かっていっぱいに広げて見せました。フルートたちはまた感心しました。
「見てみたいなぁ!」
と思わずフルートが声を上げます。
「冬にまたおいでよ、兄ちゃんたち。そしたら、オーロラだって何だって、いっぱい見せてやるからさ――!」
得意満面でロキは答えましたが、ふいに、その笑顔が曇って消えました。うろたえるように目を伏せて口ごもります。
「もちろん、それまで北の大地が残っていたら、だけどね……」
フルートはまたほほえみました。
「ちゃんと残ってるさ。北の大地も、トジー族もね。そのために、ぼくたちは今、急いでいるんだから」
けれども、ロキはうつむいたまま、顔を上げようとしませんでした。フルートは一本だけになっている腕を伸ばして、そっとその頭をなでてやりました。ゼンとポチも、ほほえむような目のままで、小さなロキを眺めていました。
と、ポチがふいにぴくりと耳を動かしました。全身を緊張させて、雪の大地のひとつの方角を振り向きます。そちらを一緒に眺めたゼンが、ふん、と鼻を鳴らしました。おもむろに背中からエルフの弓を外します。
「ったく、野暮だよな。人がせっかくオーロラ見物してるってえのに……。フルート、お客さんだ。団体でお出ましだぜ」
ゼンが指さした先に白い獣の群れが見えました。ざっと数えただけでも十数頭います。薄闇の漂う雪原を、まっしぐらにこちらへ向かって走ってきます。
「オオカミ?」
とフルートはすぐに身構えました。たった今までロキをなでていた手で、背中の剣を引き抜きます。
「いや、違うな。熊みたいな格好をしてる。頭に一本角が生えてるぞ」
ゼンは猟師なので遠目が効きます。すると、ロキが青ざめました。
「それって、白ツノクマだよ! サイカ山脈に棲む凶暴な熊さ! でも、こんなところまでは出てこないはずなのに……それに、いつも一頭だけでしか行動しないんだぞ。なんであんなにたくさんいるのさ……!?」
「そんなの、魔王が魔法で送り込んできたからに決まってるだろうが」
ゼンはあきれて返事をすると、エルフの弓に矢をつがえて、きりきりと引き絞りました。狙いを定めて放つと、矢は一番先頭の白ツノクマに命中して、ごろりと倒れました。
とたんに、ウォーーッと熊たちがいっせいに吠えました。太い声が雪の大地を震わせます。トナカイが思わず飛び上がるほどの咆哮でした。
「行くよ、ポチ!」
とフルートが呼びかけたとたん、目の前に風の犬が現れました。その背中にフルートが飛び乗ります。
ゼンが呼びかけました。
「気をつけろ! 無理するなよ!」
「わかってる。そっちもね」
そう言い残して、フルートが熊の群れへ突撃していきます。片腕しか使えなくても、まったく躊躇することがありません。
「ったく」
そんな親友を思わず舌打ちしながら見送ると、ゼンはロキに呼びかけました。
「そら、ぼーっとしてるな! とっとと逃げるんだよ!」
「うん……グーリー!」
ロキがぴしりと手綱を鳴らすと、たちまちトナカイが走り出しました。凍った大地に蹄の音を響かせて、全力疾走を始めます。
淡いオーロラがたなびく白い空の下、フルートたちと獣たちとの戦いが、また始まったのでした――。