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第5巻「北の大地の戦い」

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49.冷たい魔法

 「魔法!?」

 少年たちは驚きました。フルートでさえ、一瞬腕の痛みを忘れて、トジー族の少年を見つめてしまいました。小さなロキにそんなものが使えるなんて、今まで想像したこともありませんでした。

 すると、ロキが静かに振り向いてきました。

「おいらたちトジー族はさ、エルフの末裔だと言われてるんだよ。魔法や不思議な能力を使えるヤツがときどきいるんだ……。おいらの姉ちゃんは、抜群の透視力を持ってる。おいらは……さわった物を凍らせることができるんだよ……」

「凍らせる?」

 とゼンが驚き、たちまちいぶかしい顔になりました。

「って、おい、まさか――」

 ロキはうなずき返しました。

「兄ちゃんの腕にその魔法を使えば、痛みは感じなくなるはずなんだよ」

 ゼンとポチは仰天しました。寒さの中で凍りつき、ひどい凍傷を負ってしまったフルートの左腕。今、それが暖気の中で溶けて、激しい痛みを起こしています。ロキは、それをもう一度凍らせようと言うのです。

 ゼンが大声を出しました。

「冗談はよせ! 一度凍傷にかかった場所は、もう絶対に凍らせないようにしなくちゃならないんだぞ!」

 ロキがまたうなずきます。その顔色は血の気が失せて、透きとおるほど白くなっていました。

「そうさ。また凍る危険がある場所にいる間は、凍傷にかかった体を溶かしちゃいけない、ってのも鉄則なんだ。だけど――」

 ロキはマントで包み込まれたフルートの左腕を眺め、それを抱きかかえているフルートを見ました。フルートの顔は、激しすぎる痛みで、まるで死人のような色になっていました。

 ロキは続けました。

「一度凍傷になった場所がもう一度凍ると、体の組織はいっそう大きなダメージを食らっちゃうんだ。どうやったって、再生不能になることが多いんだよ……。だけど、兄ちゃんがどうしてもこのままサイカ山脈に向かいたい、って言うなら……」

「その魔法をぼくに使って!」

 と即座にフルートが言いました。他の仲間たちが口をはさむ隙もありませんでした。

「このままじゃ、ぼくのせいでグーリーが走れない。それじゃ間に合わなくなるんだよ。この痛みが止まるなら、なんだっていい。それをやるんだ、ロキ」

 すると、透きとおるような顔色のまま、ロキが小さく笑いました。

「うん。フルート兄ちゃんなら、きっとそんなふうに答えるだろうと思ったんだよ……」

 その顔は今にも大泣きしそうな表情になっていました。

 

 皆が見守る中で、ロキがフルートの左腕にそっと触れました。ぱんぱんに腫れ上がり、青黒い色に変わってしまっている腕です。ロキの手が触れたとたん、フルートが飛び上がるように身をすくませました。激痛が走ったのです。それでも、歯を食いしばって声は上げません。

 ロキは目を閉じました。ポポロや白い石の丘のエルフのように呪文は唱えずに、ただ、じっとフルートの腕に触れ続けます。

 すると、その目の前で変化が起きました。禍々しい腕の色が少しずつ薄れ始め、ゆっくりと腫れがひき始めたのです。完全には元には戻りません。けれども、腕はだいぶ細くなり、それと同時に、フルートの表情が落ちついていきました。痛みが薄らいでいったのです。

 やがて、腕は完全に凍りついて動かせなくなりました。黒ずんだ皮膚の表面に、うっすらと白い霜がつきます。ロキはようやく手を離して、フルートを見上げました。

「どう、兄ちゃん?」

 フルートは肩を使って左腕を持ち上げてみました。肘で軽く曲げた形のまま伸ばすことができないし、途中までしか上がりませんが、それでも、痛みはまったく感じなくなっていました。

 フルートはうなずきました。

「うん、もう大丈夫だよ。これなら行ける。――ありがとう、ロキ」

 笑顔を向けられて、ロキはとまどったように目をそらしました。お礼を言われるようなことをしたわけじゃないんだよ……と口の中でつぶやきます。

 ゼンは何も言えずに、ただフルートの腕を見つめていました。痛みが止まっても、それはその場しのぎに過ぎません。フルートの腕は相変わらずひどい凍傷を負っていますし、色が黒く変わった場所がいっそう広くなったことにも気がついていました。ロキの魔法のせいで、凍傷が広がったのです。

 すると、ワン、とポチが吠えました。

「金の石を取り返しましょう! ロキの魔法が効いている間に――。そうすれば、フルートの腕だって、また元に戻るんですから!」

 必死に希望を見つけて、それにすがりつくような口調でした。

 フルートはまたうなずくと、かたわらに置いてあった金の籠手を取り上げました。凍りついて動かなくなった左腕に、当然のようにまた装備していきます。

 それをまた涙ぐんだ目で見ながら、ロキが言いました。

「無理に動かしちゃダメだよ、兄ちゃん。凍ったところは脆くなってるから……」

「わかった。ありがとう」

 フルートはまた礼を言うと、炎の剣の剣帯を一度外して、ベルトが肩から左腕の上に来るように巻き直しました。それで左腕を押さえようとしたのです。一人で剣帯を止めるのは難しかったので、ゼンに手伝ってもらって締め直します。

 すると、ふいにゼンがフルートの肩をつかみました。顔をそらしたまま、つぶやくように言います。

「この……馬鹿野郎……」

 フルートの肩を抱く手が震えています。フルートは、思わずそれを見ると、自由になる右手で親友の背中を抱き返しました。

「ぼくの左側は君たちに任せるからね。頼むよ」

 ゼンの手にいっそう力がこもりました。吐き出すように言います。

「ったく……なんでおまえは、そう俺たちの殺し文句を知ってやがるんだよ! 卑怯だぞ!」

 フルートは、はっきりとほほえみました。笑顔のままで、ごめんね、と言うと、顔を上げて行く手を見ます。

「さあ、行こう。ポポロたちが待ってるよ。急がなくちゃ」

 仲間たちは何も答えられません。

 やがて、ロキがトナカイの手綱を取り上げて静かに言いました。

「行くんだ、グーリー。行って……姉ちゃんたちも北の大地も、兄ちゃんの左腕も、全部まとめて助けよう……」

 ヒホーン。

 トナカイは声高く返事をすると、再び雪原の上を進み始めました。

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