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第5巻「北の大地の戦い」

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40.約束

 「どういうこと……?」

 とフルートは尋ねました。まだ会ったことのない、ロキの姉のアリアン。ロキと一緒に海辺の村に住んでいたはずなのに、彼女の居場所は、今フルートたちが目ざしているサイカ山脈だというのです。

 すると、ロキはまたしばらくためらうように黙り込み、やがて、口を開いて言いました。

「おいらの姉ちゃんもさらわれたのさ。兄ちゃんたちの友だちと同じだよ――」

 フルートもゼンもポチも、びっくり仰天しました。そんな話を、ロキは今まで一言だってしたことがありません。

「って、おい! まさかおまえの姉貴もグリフィンにさらわれてった、とか言うんじゃないんだろうな!?」

 とゼンが尋ねると、ロキは黙ってうなずきました。トナカイの手綱を握りしめたまま、うつむくようにその手元だけを見つめています。

「ワン、それじゃ、ロキのお姉さんも魔王にさらわれていたってことですか!? どうして!?」

 とポチも驚いていました。この小さなトジー族の少年が何かを隠しているようだとは感じていたのですが、まさかこんな話だとは思ってもいなかったのです。

 ロキは毛皮の服の上から、そっと胸元を押さえました。その下には、姉の絵姿を収めたペンダントがしまってあります。

「姉ちゃんは占い師だ、って、前に言っただろ……?」

 とロキが重い口を開いて話し出しました。

「姉ちゃんは一流の目をもっているんだよ。姉ちゃんが本気になれば、見えないものは何もない。この北の大地の出来事なら、隅から隅までひとつ残らず、手に取るように見ることができるんだ。きっと、その力を狙われたんだろうな……。おいらの目の前でさらわれてって……サイカ山脈に連れて行かれちゃったんだ……」

 年上の少年たちは何も言えなくなりました。ただただ、驚いてトジー族の少年を見つめてしまいます。

 

 やがて、フルートが尋ねました。

「どうしてそれを黙っていたの? ぼくたちがポポロたちを取り返しに行くのはわかっていたのに」

 ロキはまた長いこと返事をしませんでした。考えるように、ためらうように、ただずっと手綱を握る自分の手を見つめ続け、とうとう低い声で答えました。

「信じられなかった……」

 なにがだ、とゼンが即座に聞き返します。

「全部だよ……。魔王は強いんだろう? そんなヤツに兄ちゃんたちが本気で立ち向かうなんて思えなかった。立ち向かったって、勝てるはずないと思ったし。それに……おいらがこんな話をしたって、兄ちゃんたちが本気で心配してくれるなんて思えなかったから……」

「なんでだよ」

 とゼンがまた尋ねます。不満げな声です。

 ロキは振り返りました。幼い顔が、ちょっと皮肉そうな笑いを浮かべていました。

「ムジラはさ、普通、そんなにトジー族のことを心配しないものなんだよ。ムジラはおいらたちの耳や毛の生えた体を見て、『けだもの』って呼ぶんだ。ムジラより劣っていると思って馬鹿にしてさ。兄ちゃんたちのほうが変なんだよ。本気でトジー族のことまで助けようとしてるみたいなんだもん」

「してるみたいなんじゃない。本当に助けるんだ」

 とフルートがきっぱりと答えました。

「北の大地が溶かされて、たくさんのトジー族が死にそうになってるじゃないか。だったら、助けるのは当たり前なんだ。トジー族だとか、ムジラだとか、そんなのは全然関係ないよ!」

 ロキはそんなフルートをつくづくと見て、また小さく笑いました。

「やっぱり兄ちゃんは変わってる……。どうしてそんなこと言うのさ。友だちさえ助けられたら、それでいいじゃないか。他の種族のことなんか気にしないでさ。わざわざ危険を増やすことなんてないじゃないか」

 フルートがそれに答えようとすると、それより早くゼンが言いました。

「ああ、そりゃ無理だ。そんなふうに知らん顔することの方が、こいつには難しいんだ。なにしろ、馬鹿がつくほどのお人好しだからな」

「ゼン!」

 思わず抗議するフルートを無視して、ゼンは続けました。

「こいつには種族なんか関係ないんだよ。なにしろ、見ず知らずの、何の関係もなかった俺たちドワーフを助けるために、一人でグラージゾって怪物退治に出かけたようなヤツだ。十五メートルもある馬鹿でかい毒虫だったんだぞ。海でも天空の国でも、どこででもそうだ。人間の格好をしたヤツだけじゃなく、魚だって、動物だって、困ってるヤツがいるとこいつはもうほっとけないんだ。そういうヤツなのさ」

 ロキは目をぱちくりさせると、あきれたように言いました。

「ホントにいるんだなぁ、そういう人間って。おいら、おとぎ話の中だけなのかと思ってたよ……」

 おとぎ話の主人公にされて、フルートは憮然とした顔になりました。当人たちはもしかしたら誉めているのかもしれませんが、あまり誉められている気がしません。

「とにかく、ロキのお姉さんもサイカ山脈にさらわれているって言うんだろう? だったら、一緒に助け出すだけじゃないか。ぼくたちの敵は魔王だ。魔王さえ倒せば、ポポロたちもお姉さんもトジー族も、みんな助かるんだから」

 そう言うフルートを、またロキはちらりと見ました。ためらうような、弱々しい微笑を浮かべて目を伏せます。

「フルート兄ちゃん、それ、本気で言ってるだろ」

「当然だよ」

 フルートがまた即座に答えます。ロキはまた笑って前に向き直りました。

「やっぱり、兄ちゃんたちって、ものすごく変てこだぁ……」

 それからまた長いこと黙り込み、やがて、そっとこう言いました。

「兄ちゃんたち……ホントに姉ちゃんも助け出せる……?」

 ロキは前を向いたままで、こちらを向きません。フルートはその小さな肩に静かに手を置きました。

「約束するよ。きっと助け出す」

 ロキは黙ってうなずきました。今にも泣き出してしまいそうに見える後ろ姿でした。

 

 とたんに、ゼンが混ぜっ返すように口をはさみました。

「だからな、無事に助け出したら、絶対におまえの姉貴に俺たちを紹介するんだぞ」

 たちまちロキが振り返り、唇を突き出して答えました。

「名前だけは紹介してあげるよ。でも、姉ちゃんは年下は嫌いだからね」

「お、言いやがったな。そんなら、おまえこそ正真正銘の年下だ。目一杯嫌われているはずだぞ」

「おいらは弟だぞ! 兄ちゃんたちと一緒にするな!」

 しんみりしていた場面が、あっという間に他愛もない口げんかに変わってしまいます。

 騒々しく言い合うゼンとロキに、ポチがあきれたようにつぶやきました。

「ワン、ゼンたら。ホントに涙が苦手なんだからなぁ」

 フルートも思わずほほえむと、そのまま目を行く手に向けました。地平線の上に白い山脈が浮かんで見えます。

 サイカ山脈。フルートたちも小さなロキも、目ざす場所は同じその場所なのでした。

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