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第5巻「北の大地の戦い」

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27.火のぬくもり

 「さ、できた。兄ちゃんたちはこの中で待っててよ」

 とロキが言って、雪原の上に張ったテントを見せました。

 それは、フルートたちが知っているテントとは、だいぶ形や様子の違ったものでした。綺麗な半円形をしていて、毛がついたままの獣の皮でできています。ロープは一本も使っていなくて、代わりに、テントの骨組みを作るアーチ型の支柱を凍った地面に深く埋め込んであります。

 ロキは、テントをくるんであった布をたたんで片付けると、テントの裾をていねいに雪で埋めながら言いました。

「こうしておかないと、風が中に入ってきて、テントをひっくり返しちゃうんだ。兄ちゃんたちも手伝ってよ」

 そこで、フルートたちも一緒になって、裾を埋める作業を始めました。ひとり手伝うことができないポチは、くんくんとテントの匂いをかいで言いました。

「これはトナカイの毛皮ですか?」

「うん。支柱はコオニクジラの肋骨でできてるよ。軽くて丈夫なんだ」

 とロキが答えます。

「それに、トナカイの毛皮は雪を寄せつけないし、この形は風をやり過ごすんだ。よくできてるんだぜ」

 テントの中に入ってみると、見た目は小さい割に、中はけっこうゆったりしていました。頭上だけが低いのですが、フルートたちは皆背が低いので、それほど苦になりません。テントの床にもトナカイの皮が敷き詰めてありました。

 ゼンがたんねんにテントの作りを眺めていました。

「すげえな。皮をつないだ部分に縫い目が全然見えないぞ」

 すると、ロキがまた答えました。

「風や寒さが入らないようにするためだよ。おいらたちトジー族の伝統技術さ」

 ロキは歳の割には難しいことばを使っていましたが、得意そうに笑うその顔は、十歳の少年そのものでした。いかにも自分の種族が誇らしくてしかたない、という表情をしています。

 ゼンが思わずニヤリとしました。なんとなく、ドワーフという種族を自慢する自分自身の姿に似て見えたからです。

 

 ロキはテントの天井を指さしながら続けました。

「あそこには小さな息抜きの穴があるよ。閉じることもできるけど、絶対開けておいてね。中の空気が悪くなっちゃうし、湿気がこもると、それが凍ってテントの中が氷だらけになっちゃうから。座るときや寝るときにはこの小さな毛皮を敷くと下から冷えてこないよ。おいら、できるだけ早く用事を片付けて戻ってくるけどさ、買いたいものもあるし、少し時間がかかると思うんだ。なんとなく吹雪が近づいてる気配もするから、本当に吹雪になったら、おいら、町に泊まってくるからね」

 そんな話をする間も、ロキはてきぱきと少しも休むことなく手を動かし続けています。床の真ん中に開いていた穴の下の雪を少し掘り、そこに金属製の短い筒を差し込みます。さらにその上に金属製の皿を載せ、手元にあった袋から、何やら黒っぽいものを取りだして上に置きます。

「それは?」

 とフルートは目を丸くしました。彼らが今まで見たこともないものでした。

「火皿だよ」

 とロキはあっさり答えましたが、フルートたちの表情に気がつくと、ああ、とうなずいて続けました。

「ここで火を燃やすんだよ。テントの中が暖まるし、上で料理することもできるんだ」

「それっぽっちの燃料で足りるのか?」

 とゼンが疑わしそうな声を出しました。皿の上の黒っぽいものは、ほんのひとつかみしかなかったのです。

 すると、ロキは自信を込めて言い切りました。

「足りるさぁ! これは泥炭(でいたん)って言って、燃える土なんだ。雪の下から切り出されるんだけどね。これだけあれば、ゆうに一日は持つよ。見てな」

 そう言いながら、ロキは自分の服のポケットから小さな箱を取りだし、ふたを開けて、細い木の棒を差し込みました。たちまち棒の先が燃え出します。火種を入れて持ち歩く、火箱だったのです。

 火を移すと、泥炭は一気にボウッと炎を上げました。一瞬黒い煙が上がり、天井の息抜き穴に向かって立ち上っていきます。と、みるみるうちに炎はおさまり、黒い泥炭の奥で赤い火がちらちらと燃えるだけになりました。テントの中が本当に暖かくなり始めたので、フルートたちは驚きました。

「こんなにちっぽけな火なのになぁ」

 とゼンが火皿の上に手をかざしながら、また感心しました。火力としてはあまり強くありませんが、煮炊きするには充分な熱量です。

 ワン、とポチが吠えました。

「フルート、鎧の氷が溶けてきましたよ」

 鎧の表面を水晶のようにおおっていた氷が、溶けていくつものかけらに分かれ、鎧の表面を滑り落ちていきます。ロキが言いました。

「雪や氷は絶対テントの中に持ち込んじゃダメだよ。濡れてまた凍るから」

 そこでフルートたちはあわてて鎧から落ちた氷を集めて、テントの外へ出しました。ついでに自分たちの靴についていた雪もかき落として外に捨てます。

 ロキが安心したような顔になって言いました。

「じゃ、おいら、行ってくるからね。おいらが外に出たら、入口を中から閉じておいて。おいらが戻ったら、外から声をかけるからさ」

「気をつけてね」

 とフルートはテントを出ていこうとする少年に言いました。入口の垂れ幕をめくった向こうには、白い雪と氷の世界がどこまでも続いています。広大な氷原の中で、少年の姿はあまりにも小さく見えました。

 ロキはうなずいて、無造作に外へ出て行きました。垂れ幕が下がり、グーリーを呼ぶロキの声が聞こえてきます。やがて、トナカイの蹄の音が雪を蹴って遠ざかっていきました。

 

 フルートがロキに言われたとおりテントの入口を閉じていると、ゼンが言いました。

「フルート、例のエルフにもらった食料をひとつ出してくれ。ちょっとやってみたいことがあるんだ」

「やってみたいこと?」

 フルートは首をひねりながら、脂肪で固めた食料の小袋を取り出しました。ゼンは自分の荷袋から鍋や携帯用の食料を取りだしています。

「へへ、案の定だ。この暖かさで脂肪が溶け出してるぞ。これなら料理できそうだ」

「ワン、それを料理に使うんですか? 何を作るの!?」

 とポチが驚くと、へへっ、とゼンはまた笑いました。

「ま、見てなって。火さえあればこっちのもんなんだよ」

 と言いながら、火皿の上に鍋を置き、脂肪の塊を放りこんで、何やらごそごそと作り始めました。猟師のゼンはなかなかの料理上手なのです。

「楽しみだね」

 と言いながら、フルートは左の腕をおおっている籠手にふれました。確かめるように何度か小さく動かして、そっと眉をひそめます。

「どうした?」

 とゼンがめざとく気づいて尋ねました。その手はひっきりなしに鍋の中をかき混ぜています。シュゥーッと鍋の中から脂の跳ねる音が聞こえてきます。

 フルートは左肘を曲げるような真似をしながら答えました。

「うん……なんだか、きしむっていうか、肘のつなぎ目の部分の動きが悪いんだ。しばらく前から留め具の調子が良くないんだよ」

「おい、大丈夫かよ?」

 ゼンが本気で心配する目を向けてきました。フルートの鎧は暑さ寒さやあらゆる衝撃からフルートを守ってくれる、非常に強力な防具です。けれども、自分から敵の目の前に飛び出していって、仲間たちを守るような戦い方をするフルートには、どんなに強力な防具でも、強力すぎると言うことはありません。その鎧の調子が良くないというのは、即、命に関わることになるのでした。

 フルートはうなずき返しました。

「うん、大丈夫だよ。ちょっと動かしにくいだけで、動かないわけじゃないから。ただ、兜の留め具もはずれやすくなってるし、そのうち修理をしてもらわなくちゃいけないんだろうなぁ」

「兜もかよ。いつからだ?」

 すると、フルートが何故だかちょっと笑いました。

「渦王の島のコロシアムで、君と戦ったときからだよ」

 ゼンは目を丸くして、やがて、あ、と声を上げました。半年あまり前の謎の海の戦いで、渦王に連れ去られたゼンとそれを助けに行ったフルートは、ちょっとした誤解から、かなり本気で戦い合いました。そのとき、ゼンはフルートの兜を力任せにむしり取ったのです。

 ゼンは苦り切った顔で頭をかきました。

「わりぃ、フルート……俺は馬鹿力だからなぁ。大丈夫なのか?」

「うん。たまに、何かの弾みで脱げやすくなってるだけさ。問題はないよ。こっちの肘当ての方は、この前の闇の声の戦いの時からさ。ストーンゴーレムに力づくで外されたからね。その時に留め具の調子が悪くなったんだと思う」

「エスタ城のノームのじいさんに直してもらわなくちゃいけないなぁ」

 とゼンが鎧兜を作った鍛冶屋の長のことを言い、フルートはまたうなずきました。

「そうだね。この戦いが終わったら連絡を取ってみるよ」

 この戦いが終わったら――。

 けれども、凍てついた大地での戦いは、どこで対決できるのか、いつ戦いが終わるのか、誰にもまるで見当がつきません。敵は雪と氷が果てしなく続く彼方です。そして、彼らが魔王と倒して少女たちを助け出し、北の大地を救って家に帰れる日が来るのかどうか、それも本当のところは誰にもわからないのでした。

 

 やがて、ゼンが陽気な声になって言いました。

「さあ、できたぞ! ゼン様特製のシチューだ。うまいぞ」

「ワン、シチュー!?」

「本当に!?」

 フルートたちが驚いてのぞき込んだ鍋の中で、本当に白いシチューが湯気を立てていました。いい匂いが立ち上ってきます。ゼンが得意そうにまた、へへへ、と笑いました。

「肉や果物や木の実を脂肪で固めてあるわけだからな。そこに粉と水なんかを加えりゃ、立派なシチューになるのさ。乾燥野菜も入れたから、栄養も満点だぜ」

「ワン、北の大地で暖かいものが食べられるなんて思いませんでしたよ!」

 とポチが歓声を上げ、子どもたちは大喜びで食事を始めました。

 テントの外からは何の音も聞こえてきません。時折風がテントをたたいていきましたが、それも強くはありません。静けさに充たされた雪原に、テントは、ぽつんと立ち続けていました。

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