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第5巻「北の大地の戦い」

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25.雪オオカミ

 「いくぞ!」というフルートの声に、ロキがびっくりして振り向きました。

 ゼンが大きな弓を構えて矢を放ち、ポチがみるみるうちにふくれあがって、半ば透き通った巨大な風の犬に変身しています。すると、後を追ってくるオオカミの一頭が、ころりと雪の上に倒れました。ゼンの矢が急所を射抜いたのです。

「え……?」

 ロキは目を丸くしたまま、後ろの少年たちを見つめました。ゼンはもう次の矢を構えて狙いをつけていますし、フルートは抜き身の剣を握って立ち上がろうとしています。

 すると、ゼンが言いました。

「気をつけろ、フルート! 常識はずれにでかいヤツらだぞ!」

「わかった」

 答えるなり、フルートがグーリーの背中から飛びました。全速力で駆けていくグーリーです。そこから飛び下りればとても無事ではすみません。ロキが思わず悲鳴を上げると、その目の前で風の犬のポチがフルートを拾い上げていきました。あっという間にオオカミに向かって飛んでいきます。

 ぽかんとしているトジー族の少年に、ゼンが言いました。

「そら、とっとと急げ! 後ろのことは俺たちに任せて逃げるんだよ!」

 そう言いながら、また矢を放ちます。別のオオカミが、額の真ん中を射抜かれて雪の上に倒れました――

 

 フルートは、風の犬のポチに乗って後ろへ飛びました。みるみるうちにオオカミたちが近づいてきます。ゼンの言うとおり、巨大なオオカミです。一頭一頭が小さな牛ほどの大きさもあって、全身を真っ白な毛におおわれています。

「ワン、大きいですね。あれなら、大きなトナカイを襲えるのもわかります」

 とポチが飛びながら言いました。フルートは黙ってじっと敵を見据えていました。その手に握られているのは、黒い柄の炎の剣です。

 すると、群れの先頭のオオカミが大きく吠えてジャンプしました。目の前に迫ってきたフルートたちに向かって、牙をむいて飛びかかってきます。

 フルートは剣をふるいました。研ぎすまされた刃がオオカミの首を切り落とし、次の瞬間、宙を飛んだ頭も、首のなくなった体も、ボウッと音を立てて炎に包まれます。フルートの炎の剣は魔剣です。切ったものを燃やし尽くす力を持っています。

 ポチがオオカミの群れの真ん中に飛び込んでいきました。フルートが右に左に剣をふるい続けます。切っ先が白い毛皮を切り裂くたびに、炎がわき起こり、獣が悲鳴を上げて燃え上がります。

 そのかたわらを、矢が次々と飛びすぎていきました。駆け続けるグーリーの背中から、ゼンが撃ってくるのです。混戦状態の中へ矢を放つのは危険ですが、ゼンが使っているのはエルフの魔法の弓矢です。狙ったものは絶対に外さないので、敵味方が入り乱れていても、決してフルートたちには当たらないのでした。

 巨大なオオカミたちが次々に眉間を射抜かれて倒れていくのを、ポチは密かに感嘆しながら眺めていました。いくら百発百中の力があっても、エルフの弓は大変な剛弓です。普通の人には弦を引くことさえできません。それをいとも軽々と連射してくるのですから、ゼンの怪力ぶりは見事と言うしかありませんでした。

 すると、突然一頭のオオカミが横合いから飛びかかってきました。鋭い牙をひらめかせて、フルート目がけてかみついてきます。ちょうど別の一頭を切り倒していたフルートの、返す刀が一瞬遅れました。

 ポチは、ものも言わずに、ぐんとスピードを上げると、フルートを乗せたままオオカミから身をかわし、空振りして地面に落ちるオオカミを巻き取りました。ポチの風の体も、敵を攻撃するときだけは実体に変わります。太い蛇のような胴体で力一杯締め上げると、オオカミはキャンキャンと犬のような悲鳴を上げました。その喉笛にがっぷり風の牙を突き立てると、雪の上に血しぶきが散り、獣はそれっきり静かになりました。

 

 フルートたちの戦いぶりを、ロキは目を見張って眺め続けていました。あれよあれよという間にオオカミの数が減っていきます。ものすごい強さでした。

 すると、またゼンがどなりました。

「気をつけろ、ロキ! 足下まで追いついてきたヤツがいるぞ!」

 ロキが、はっと下を見ると、トナカイと並んで走るオオカミの白い姿が目に入りました。一面の雪原の中、オオカミの毛皮は保護色です。鋭い目がトナカイとその上の子どもたちをにらみつけ、一声吠えて、トナカイの脚にかみついてきます。

「グーリー!」

 ロキが悲鳴を上げたとたん、トナカイの後脚がオオカミを蹴り上げました。牛ほどもあるオオカミの体が何十メートルも飛んで、雪の上に激突します。

「うひょう。やるな」

 とゼンが感心しました。グーリーは全力で走りながらオオカミを蹴り飛ばしたのです。

 フルートのわきをすり抜けてきた数頭が、次々に彼らに追いついてきていました。威嚇するように吠え続けています。

 ゼンはトナカイの背中で後ろ向きになると、足に長い毛を絡ませて片膝立ちになりました。そのままエルフの弓矢を構えてロキに言います。

「そのまままっすぐ行け! 大丈夫だ、グーリーにはさわらせねえよ!」

 言うなり、また矢を連射し始めます。あっという間に三頭のオオカミが死体になって雪の上に転がりました。

 そこへ風の犬のポチに乗ったフルートが追いついてきました。

「しつこいヤツらだよ。こんなにやられても、まだあきらめないんだ」

 とゼンに話しかけてきます。雪オオカミの群れはもうわずか四、五頭になっていたのですが、それでもなお後を追ってきているのでした。

「ワン、あいつら、変ですよ。吠えてはいるけど、まともなことばを言ってないんです。気が変になったみたいに、こっちを倒すことだけを考えてます。たぶん――」

 そこまで言いかけたポチのことばを、ゼンが奪いました。

「魔王が送り込んだ敵か。なるほどな」

 またエルフの矢が弓を離れ、一頭が雪の上に倒れました。フルートもまたポチと一緒に敵に襲いかかり、オオカミたちを切り捨てていきます。そこここで火の手が上がり、炎の中でオオカミが燃え尽きていきます。

「最後のが行ったぞ!」

 とフルートがゼンに向かって叫びました。フルートの剣の切っ先をかわしたオオカミが、飛ぶようなスピードでトナカイに追いつき、襲いかかっていきます。

 とたんに、グーリーの後脚がまた高々と跳ね上がりました。オオカミの白い巨体が宙を飛んで転がります。その急所に、エルフの矢が突き刺さりました――。

 

 オオカミは全滅しました。

 ドッドッと蹄の音を立ててグーリーが立ち止まります。全力で雪原を走り続けたので、さすがに激しい息をしています。ポチの背中から飛び下りたフルートが、駆け寄ってグーリーの首を抱きました。

「偉いぞ、グーリー! よくがんばったね!」

 と、まるで牧場の自分の馬に話しかけるように声をかけます。すると、大トナカイは息をはずませながらも、ブルル、と得意そうに鼻を鳴らしました。

 ゼンも弓を背中に戻しながら言いました。

「ま、確かに本当に頼りになるようだな、グーリーは。お前の言っていたとおりだ」

 と横目でロキを見ます。

 ところが、ウサギの耳をしたトジー族の少年は、呆気にとられたようにフルートたちを見たまま、何も言えなくなっていました。雪オオカミは北の大地でも特に恐ろしい存在です。その大群を、自分より少し年上なだけの少年たちが、いとも簡単に倒してしまったのです。とても信じられませんでした。

「兄ちゃんたち……何者なのさ……?」

 やっとのことでそう尋ねると、ゼンは、うん? という顔をしてから、にやりと笑いました。

「言っただろうが。俺たちは金の石の勇者の一行だよ。今度は納得したか」

 ロキはまた、目をまん丸にすると、フルートとゼンとポチを見回し、やがて渋々うなずきました。

「わかったよ……確かに兄ちゃんたちはものすごく強いや」

 悔しそうに認める声が、いかにも年相応に聞こえて、ゼンもフルートも思わず吹き出してしまいました。

 とたんに、ロキが顔を赤くして怒り出しました。

「何がおかしいんだよ! 笑うな!」

「ごめんごめん。馬鹿にしたわけじゃないんだよ」

 とフルートは急いで謝ると、グーリーの背中にまたよじ上って言いました。

「さあ、オオカミはいなくなった。先に進もうよ」

 と、また行く手の山脈に目を向けます。

 すると、ロキが急に顔つきを変えて、雪の上に転がるオオカミの死体を振り返りました。

「なんだ?」

 とゼンが尋ねると、ロキが言いました。

「もったいないよ、あれ……。雪オオカミの毛皮って、町に持っていくと高く売れるんだぜ。せっかくの上等な獲物を捨てていくってのはないと思うんだけどなぁ」

 今度はゼンとフルートが目を丸くしてあきれる番でした。

「ったく、ガキのくせにホントにしっかりしたヤツだな。見上げた根性だぜ」

 とゼンが肩をすくめると、ロキが、ちょっと笑いました。

「だって、そうしなかったら生きていけないもんね。誰もおいらを助けてなんてくれないんだから――」

 ほんの一瞬、言いようのない複雑なものが少年の声にまじりました。淋しさ、悔しさ、怒り、あきらめ……そんなものの響きです。

 けれども、フルートたちがはっと見直したときには、ロキはもうトナカイの背中から滑り下りていました。雪原に転がっているオオカミの死体に近づいていきます。フルートたちは、思わず顔を見合わせてしまいました。

 すると、ロキが振り返って言いました。

「うん、こいつが良さそうだ。ゼン兄ちゃん、こいつをグーリーに乗っけてよ!」

 屈託なく、そして、抜け目なく言うその口調は、もういつものロキの声でした――。

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