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第5巻「北の大地の戦い」

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第5章 少年

18.地吹雪

 少年たちは地吹雪の中を歩き続けていました。

 激しい風が地表を吹き渡ってきて、積もった雪を巻き上げます。極寒の地に降る雪は、水分の少ないさらさらした粉雪です。それが舞い上がり、真っ白な雪煙になって吹きつけてきます。

 片腕を顔の前にかざして、たたきつけてくる風と雪を防ぎながら、少年たちは歩き続けました。足下の雪は固く凍っていて案外歩きやすいのですが、どうにも視界がききません。風がどっと吹きつけてくるたびに雪煙が濃くなって、そばを歩いている仲間たちの姿さえ見えなくなってしまいます。

 とうとうゼンがどなりました。

「フルート、ポチ、もっとこっちに来い! このままだと、はぐれるぞ!」

 その声も吹雪の中に吹きちぎられそうになっています。フルートとポチは急いで声のしたほうへ近寄って、ゼンのそばに立ちました。ゼンの毛皮の服もフルートの毛皮のマントもポチの毛並みも、粉雪がびっしり貼り付いて真っ白になっています。

「方角はわかってるね?」

 とフルートが仲間たちに確かめました。フルート自身は地吹雪の中で、とっくに方向がわからなくなっています。けれども、ドワーフのゼンと犬のポチは、生まれつきずば抜けた方向感覚に恵まれていて、どんなときにも方角を見失うことがないのです。

「おう、もちろんだ。任せとけ」

「ワン、北はこっちですよ」

 とゼンとポチが即座に答えます。一行はひとかたまりになりながら、また吹雪の中を歩き出しました。真っ正面から吹きつけてくる風に逆らいながら、少しずつ前進していきます。

 

 地吹雪は何時間もやむことがありませんでした。

 時折、風が弱まると雪煙が薄くなりますが、そのたびに見えるのは、どこまでも続く雪と氷の平原です。その彼方に何か見えないかと目をこらすのですが、すぐにまた風が吹き出して、あたりはまた白い地吹雪に閉ざされてしまうのでした。

「きついな」

 とゼンがついにぼやきました。白一色の世界は、漠然とした恐怖を心の中にかき立てます。確かに方向はわかります。けれども、歩いても歩いても、地吹雪がやむたびに見える景色は変わらないのです。ゼンは、思わずひとりごとのように言いました。

「ホントどこまで行っても同じだよな。俺たち、本当に前に進んでるのか……?」

 すると、ふいに足下でワン、とポチが吠え、フルートがゼンの腕をつかみました。ゼンは、はっと我に返りました。たちまち不安な気持ちが心の中から消えていきます。

 ゼンは苦い顔になって、毛皮のフードの上から頭をかきました。

「ちぇ、また魔法につかまりそうになってたのか」

 フルートは吹雪の中で顔をゼンの間近に寄せて言いました。

「魔王の魔法は北の大地全体をおおっているんだよ。気持ちが弱くなったとたんに、心をしばられて恐怖につかまるんだ。エルフが言ってたとおり、心を強く持たなくちゃいけないんだよ」

「わかってる。もう油断しないぜ」

 とゼンは肩をすくめ返すと、仲間たちに言いました。

「なあ、ちょっと何か食おうぜ。腹が減ると気分が滅入ってくるんだ。まずは食え、だぞ」

 それにはフルートとポチも大賛成でした。何時間も雪の中を歩き続けて、みんな、かなり空腹になっていたのです。ゼンは吹雪に背を向けて、体で風をさえぎりながら荷袋を下ろしました。

 ところが、急にゼンが声を上げて、何かをフルートに放ってきました。

「見ろ!」

 とっさにそれを受け取って、フルートも目を丸くしました。チーズの塊が堅く凍っていたのです。

「ワン、とても食べられませんよ」

 とポチが試しにかじりついて言いました。チーズは冷たい石か何かのようで、無理にかもうとすると、歯の方が折れてしまいそうでした。

「肉、パン、果物……何もかも凍ってやがる。まいったな、こりゃ」

 とゼンがぼやきます。荷袋の中の食料は、北の大地の寒さに徹底的に凍りついていて、とても歯が立ちそうになかったのです。火をおこして暖めれば溶けるのでしょうが、吹雪の中では、その火を起こすこともできません。食料は手元にあるのに食べることができなくて、少年たちは困り果ててしまいました。

 吹雪はやむことなく続いています。食べられないと思うと、いっそう空腹が募ってきます。

 すると、フルートがふいに思い出しました。

「そうだ、エルフがくれた食べ物は――?」

 急いでリュックサックを下ろして、エルフからもらった袋を開けてみると、中からさらに小さな革袋がいくつも出てきました。袋を開くと、白っぽい柔らかい塊が現れます。

「凍ってない!」

 とフルートは声を上げました。ゼンがさっそく塊の端をちぎって口に放りこみます。

「こりゃ脂だ。中にいろいろ混ざってるぞ。肉、果物、クルミに大麦に干しぶどう――ってとこか? 脂肪で煮込んで固めてあるんだ。脂を使ってるから凍らないんだな」

「ワン、でもなんの脂肪だろう? かいだことのない匂いの脂ですね」

 とポチが首をひねると、ゼンがにやりとしました。

「なんだっていいさ。とにかく、これなら食える。味もけっこういけるぜ」

 そこで、少年たちは脂肪で固めた食料を分け合って食べました。口に入れたとたん、脂はさらりと溶けて、口の中に固形物だけが残ります。それをゆっくりかみしめていくと、じきに体が温まって力が湧いてきました。

 フルートはさらに袋の中を探して、ビスケットと飲み物の瓶も見つけ出しました。どういう理由か、これも凍りついていません。ビスケットを食べ、かすかに辛みのある飲み物を飲むと、体がほてるくらいに暖かくなります。体の温まる薬草が混ぜてあったのです。極寒の地に合わせた食料を準備してくれた賢者のエルフに心から感謝するばかりでした。

 

 食事がすむと、少年たちはまた歩き出しました。地吹雪は相変わらず続いています。けれども、満腹になった子どもたちは元気に歩き続けました。雪も風も、もう彼らをおびえさせることはできません。

 すると、突然風がやみました。雪煙がたちまち晴れて、遠くまで見渡せるようになります。

 ゼンが行く手の地平線に視線を向けて目を細めました。

「山が見えるぜ。山脈だ」

 地平線の上に、遠くかすみながら、きらきらと光る銀の山並みが見えていました。

「あれが道しるべかな?」

 とフルートは言いました。北を目ざせば、きっと道しるべが現れる、というエルフのことばを思いだしたのです。

「わからん。だが、とにかく北はあっちだ。あの山脈に向かって歩きゃ、おまえだって絶対に迷わないだろう」

 そう気軽に言ったゼンですが、じきに、それが言うほど簡単なことではないことがわかってきました。あたりが次第に暖かくなってきたのです。

 ポチがしきりに鼻をひくひくさせながら風の匂いをかいでいました。

「ワン、まるで春風みたいですよ。暖かくて湿ってて……。さっきまでと、全然違います」

 とたんに、ずぼりと子どもたちの足が雪に埋まりました。今まで固く凍りついていた雪が、暖かい風にゆるみ出していたのです。一歩ごとに雪に深く足を取られるようになって、子どもたちはたちまち、進むのに難儀するようになってしまいました。

「ちきしょう! 暖かい方が歩きにくい、ってエルフが言ってたのはこういうことだったのかよ!」

 とゼンがわめきました。

 フルートも困惑して立ち往生していました。本当に、雪原に一歩足をのせると、自分の重みで体が雪の中に沈んでしまいます。一度凍りついて溶け始めた雪は、まるでザラメか石英の結晶のように角張っていて、素肌に触れると痛く感じられるほどです。

 この雪や氷が、北の大地の上を数千メートルの厚さでおおっているんだ、とフルートは考えました。このまま暖かくなれば、雪はいっそうゆるんで、ますます深くなっていくのです。

「引き返そう。このまま進むのは不可能だよ」

 とフルートは仲間たちに呼びかけました。ゼンが、ちっと舌打ちしました。

「北の大地は今、あっちこっちで暖かくなっているんだぞ。それをいちいち避けながら行ったら、いつ魔王のところにたどり着くかわからないだろうが」

 すると、ポチがワン、と吠えました。

「ぼくが風の犬になりますよ。雪原の上を飛び越しましょう」

 そう言って、すぐに変身しようとしたので、フルートはあわてて止めました。

「だめだよ。いつまた、すぐに天候が変わるかわからない。風の犬になっている最中にあんな吹雪になったら、きみの体が吹き飛ばされちゃうよ」

 巨大で無敵に見える風の犬にも、実はいくつかの弱点があります。強すぎる雨や雪に出会うことも、そのひとつです。風の犬の体は霧のような魔法の物質でできていて、通常の攻撃にはまったくダメージを受けないのですが、激しい雨や雪の中を飛んでいくと、風の体がその中に吹き散らされて、最悪の場合には消滅してしまうのでした。

 フルートが気がかりそうに眺める地平線が、白くけむっていました。また地吹雪が起きているのです。それを見て、ゼンも渋々うなずきました。

「しょうがない。迂回していこうぜ」

 一刻も早く先に進みたい気持ちを我慢しているのが、ありありとわかる顔でした。

 

 ところが、彼らが後戻りを始めようとしたとき、突然甲高い音が聞こえてきました。

 ヒィホーン……ヒィホホーン……!

 何かの生き物が死にものぐるいで鳴いています。

 そして、それと同時に、こんな子どもの声が聞こえてきました。

「がんばれ、グーリー! はい上がれ――!」

 フルートとゼンとポチは思わず顔を見合わせました。生き物の鳴き声と子どもの声は、なだらかな雪の丘の向こうから聞こえてきます。

 次の瞬間、フルートたちは丘の向こうを目ざして、はじかれたように駆け出していました――。

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