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第5巻「北の大地の戦い」

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17.雪原

 見渡す限りの雪原に彼らは立っていました。なだらかな起伏を描く一面の銀世界です。

 遠い地平線が、けむるようにかすんでいました。地吹雪が起きているのでしょう。雪煙を通して差し込んでくる日の光は、弱く淡く雪原を照らして、不思議な陰影を作り上げていました。

 翼をたたんだ大ワシの前にエルフが立っていました。雪と氷に閉ざされた世界の中、子どもたちは分厚い毛皮の服やマントを着込んでいるのに、エルフは薄い緑の長衣のままです。突き刺さるほど冷たい風の中に、長い銀髪をなびかせながら、エルフはいつもと変わらない様子で話していました。

「私がおまえたちを送れるのはここまでだ。ここから先はおまえたち自身で進んでいかなくてはならない。魔王は強大だが、北の大地は、自然自体が恐ろしい魔物に等しい。決して油断せずに行きなさい」

 少年たちはうなずきました。北の大地の空気は信じられないほど冷え切っていて、まるで張り詰めた鋭い弦のようです。吐く息も、毛皮の上であっという間に白く凍りついていきます。

 エルフは続けました。

「おまえたちが身につけているその毛皮の服には魔法がかかっている。それを決して脱がないようにしなさい。食料はここにある。前にも話したが、食べることをおろそかにしないように。体温を生むためには、食べてエネルギーを補給することが大切なのだ。休憩の際には手足をこすって凍傷を防ぎなさい。常に体の隅々まで血行をよくして、熱が行き渡るように心がけるのだ」

 極寒の大陸を行こうとする子どもたちを案じているのでしょう。エルフの助言は、いつにも増して細かく具体的でした。

 すると、フルートが、ちょっと心配そうな表情になってポチを見下ろしました。

「ぼくたちは毛皮の服があるけど、きみにはないね。ぼくが抱いていったほうがいいかな?」

 すると、子犬は尻尾を振りました。

「ワン、大丈夫ですよ。さっきちょっと風の犬に変身してから元に戻ったら、ぼくの毛が冬毛に変わっていたんです。もう寒くても平気なんですよ」

 それを聞いて、ゼンが目を丸くしました。

「へえ。それじゃおまえ、変身して元に戻れば周りの気候に適応できるのか。便利だな」

「犬の体の範囲で、ですけどね。犬はもともと寒さには強いんです。暑すぎる場所よりは、ずっと楽ですよ」

 と言って、ポチは笑うような顔をしました。その全身は確かに白いむくむくの毛でおおわれていて、北の大地に来る前よりずっと暖かそうに見えていました。

 

 エルフとの別れの時が迫っていました。

 少年たちは誰からともなく雪原に目を向けました。耳に聞こえるのは遠い風の音だけです。けれども、その向こうから、彼らを呼ぶ声が聞こえてくるような気がしました。それは、少女たちの声のようにも、トジー族と呼ばれる原住民の悲鳴のようにも思えました。

 では、とフルートが頭を下げようとすると、エルフが言いました。

「フルートよ、金の石は今は失われているが、いつか必ずおまえの元にまた戻ってくる。それまで、おまえたちにはエルフの守りを与えよう。この中から好きなものを一つ選ぶがいい。それが、きっとおまえたちを守るだろう」

 そう言ってエルフが帯の中から取りだしたのは、三つのペンダントでした。金の鎖の先に、それぞれ色が違う宝石が下がっています。

 フルートは嬉しく思いながらも、ちょっととまどってエルフを見上げました。

「どれを選んでもいいんですか……? ぼくの好きでかまわないんでしょうか?」

「かまわない。選ぶのはおまえではない。石のほうだからな」

 とエルフは答えました。これらもまた、自分自身の意志を持つ魔法の石だったのです。

 そこで、フルートは目を閉じると、手のを伸ばして、一番最初に指に触れた石をつかみました。手を広げてみると、細い金の縁飾りに囲まれた青い宝石が載っていました。

「友情の守り石か。確かにおまえたちに一番ふさわしい石かもしれないな」

 とエルフが言いました。フルートとゼンは、はっとして、互いに顔を見合わせました。二人が一人の少女をめぐって、もう少しで友情を失いそうになったのは、ついこの間のことです。なんとなく、ばつの悪い想いにかられて、顔を赤らめてしまいます。

「ちぇ。そんな石に守ってもらわなくても、俺たちの友情はもう大丈夫なんだよ……」

 とゼンがつぶやきました。

 フルートはエルフに向かって頭を下げて感謝すると、青い石のペンダントを首から下げました。金の石の時と同じように、鎧の胸当ての内側に石をすべり込ませます。

 すると、エルフの手に残った二つのペンダントを見上げながら、ポチが尋ねました。

「ワン、そっちはどんな石だったんですか?」

「赤い石は『力』の守り石、黄緑の石は『命』の守り石だ」

 とエルフが答えます。とたんに、ゼンが声を上げました。

「命の守り石? じゃ、そっちのほうが断然良かったじゃないか! もう交換できないのかよ!?」

「できない。おまえたちが石を選んだのではない。石がおまえたちを選んだのだからな。誰も、石を自分の思い通りにすることはできないのだ」

 とエルフがおなじみの答えを言います。相変わらず、魔法の石は頑固で変わることがありませんでした。

 

「行こう、ゼン、ポチ」

 フルートが仲間たちに呼びかけました。その目はすでに大地の彼方を見ています。

「おう」

「ワン」

 ゼンとポチがいつもの返事をして、一行は雪原に踏み出しました。ポポロとメールとルルが、そして、少女たちをさらった魔王が、この広い大陸のどこかにいます。道を示すのはただ「北」という方角だけです。それでも、少年たちはためらうことなく歩き出しました。

 すると、無事を祈るエルフの声が追いかけてきました。

「遠い彼方の金の石、近くに光る友情の石、氷の大地を行く勇者たちの上に石の守りが堅くあらんことを」

 少年たちは振り返り、エルフに深く頭を下げると、また前に向き直りました。北を目ざして、まっすぐに進み始めます。

 雪原の彼方では地吹雪が続いています。遠い風の音が獣の吠える声のようです。

 エルフは、雪原を遠ざかっていく少年たちを見送り続けました。少年たちの姿が小さな点のようになり、やがて、吹雪の中に飲み込まれて見えなくなってしまうまで、ずっといつまでも……。

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