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第5巻「北の大地の戦い」

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15.嵐

 北の大地を目ざして出発してから丸一日が過ぎる頃、ふいに風向きが変わりました。大ワシに正面から吹き続けていた風が、突然横から吹き始めたのです。大ワシが翼を傾けてバランスを取ったので、背中の座席も大きく傾きます。少年たちは驚き、あわてて座席にしがみつきました。

「な、なんだ、いきなり?」

「ワン、なんだか暖かいですよ!?」

 ポチが言うとおり、急に風が暖かくなっていました。みるみるうちに、毛皮や鳥の羽の上から霜が消えていきます。周囲をずっと包んでいた薄い霧が完全に晴れて、遠くまで見渡せるようになってきます。

 とたんに、フルートが叫びました。

「みんな、あれ――!」

 行く手の空に巨大な雲の塊がありました。生き物のようにうごめきながら、不気味に視界をさえぎっています。雲の下の海は夜のように真っ暗です。

 すると、エルフが言いました。

「あの雲の中は嵐になっている。回避するぞ」

 ワシが大きく進行方向を変えました。広げられた翼が空の上をすべっていきます。背中に乗った子どもたちの耳元で、風がひゅうひゅうと音をたてます。

 その目の前に近づいてきた光景に、子どもたちは息を飲みました。灰色の雲が太い柱になって渦を巻いています。地上から吹き上がってくる風が濃い霧を巻き上げ、雲の渦を作っているのです。彼らの頭上よりもっと高い場所に雲が広がり、いたるところで稲妻がひらめいています。全身を震わせるような雷の音がひっきりなしに響いてきます。

「すげえな」

 ゼンが目を丸くしていると、エルフが言いました。

「積乱雲だ。魔法でねじ曲げられた暖かい風が、冷たい海上の空気に出会って上昇気流に変わり、嵐を引き起こしているのだ。今、北の大地ではいたるところでこの嵐が起きていて、雨が氷を溶かして――」

 

 その時、ふいにエルフは口をつぐみました。積乱雲が急に広がり始めたのです。カリフラワーのような雲が、もくもくとわき上がって頭上をおおい、あたり一帯が暗くなってきます。エルフは手綱を繰って、雲から遠ざかろうとしました。ところが、渦を巻く雲の柱は、それよりも早く彼らに迫ってきました。

「嵐が追ってくる!」

 と子どもたちは振り返りながら叫びました。暗い灰色の雲が、今にも彼らを飲み込もうとしていました。風のうなる音、雲の中でとどろく雷鳴が聞こえてきます。エルフがつぶやくように言いました。

「気づかれたな」

 その瞬間、どっと濃い霧が彼らの後ろから流れてきて、大粒の雨が降り出しました。激しい風にあおられて、ワシが大きく二度三度と方向を変えます。背中の子どもたちは危なく振り落とされそうになって、あわててまた座席にしがみつきました。フルートは胸の中にしっかりとポチを抱きしめます。

 風が吹きつけてくる雨が、彼らの全身を痛いくらいにたたきのめします。すぐ近くの雲の中で稲妻がひらめき、耳をふさぐような音が響き渡ります。巨大な嵐の前では人は無力です。フルートもゼンも、ただただ座席にしがみつき、風にあおられて飛ばされないように、必死でうずくまっているしかありませんでした。

 そんな中、エルフはワシの首元で手綱を繰り続けていました。銀の髪も緑の服も嵐の中でちぎれそうなほどはためいていますが、それでも微動だにせず立っています。時折ひらめく稲妻が、その姿を白く照らし出します。

 ワシがまた大きく方向転換をしました。すると、行く手に細い雲の切れ目が見えてきました。青空がのぞいています。ワシは羽ばたきを繰り返して一気に切れ目に飛び込むと、そのまま嵐の外に飛び出しました。突然雨が止み、日の光が降りそそいできます――。

 

 風が弱まりました。また明るくなった空の中を、大ワシが飛び続けていきます。激しい嵐の雲は、どんどん後ろに遠ざかっていました。

「もう大丈夫だ。嵐を突き抜けた」

 とエルフに声をかけられて、子どもたちはようやくまた身動きができるようになりました。座席に座り直し、フルートは胸の中からポチを自由にしました。

「嵐は俺たちを追いかけてきてたよな」

 とゼンが黒雲を振り返りながら言いました。雨で濡れた額に冷や汗をかいています。フルートも青ざめた顔をしていました。

「魔王は、ぼくたちがここまで来たのに気がついたね。妨害してきたんだ」

 ひんやりとしたものが少年たちの心を充たしていました。ことばにならない恐怖です。嵐の中、彼らはまったく無力でした。あんな大嵐も操れる魔王に立ち向かわなければはならないのだと考えると、思わず心がおびえます。自分たちは、まだほんの少年にすぎないというのに。守りの金の石もなくなっているというのに――。

 

 すると、ポチがワン、と吠えました。

「でも、行かなくちゃ。ルルとポポロとメールが待っているんだから」

 二人の少年は我に返ったように子犬を見ると、すぐに、それぞれ苦笑いを浮かべました。

「うーん。なんか、最近ポチにぼくの役目を取られてる気がするなぁ」

 とフルートが頭をかけば、ゼンはポチを小突く真似をしました。

「この野郎、最近ホントに生意気になりやがって。俺たちに説教するなんて、いい度胸じゃないか」

 すると、ポチがきっぱりと言い返しました。

「ワン。二人があんまり情けないからですよ。いくらポポロやメールをさらわれたからって、そんなにしょげてたら何もできないでしょう。金の石の勇者の一行が聞いてあきれる。今の二人はただの意気地なしですよ」

「なんだって!?」

「もう一度言ってみやがれ! ホントにぶん殴るぞ!」

 少年たちは本気で腹をたてて顔を真っ赤にしました。興奮した拍子に、魔王に対する恐怖など、どこかに消し飛んでしまいます。

 すると、エルフが穏やかに口をはさんできました。

「そのくらいでいいだろう、ポチ。敵の見えない手は離れた。もう大丈夫だ」

 少年たちは、ことばの意味がわからなくて、きょとんとエルフを見ました。すると、エルフがさっと片手を振りました。とたんに、嵐でずぶ濡れになった少年たちの服や体が乾きます。思わず驚く少年たちに、エルフは微笑を浮かべて言いました。

「気がつかなかったか? おまえたちは今、魔王の闇の魔法に絡め取られようとしていたのだ。ポチがそれを引き止めてくれたのだよ」

 フルートとゼンは、はっとしました。魔王に言いしれない恐怖を感じたのは、敵の心理攻撃だったのです。大嵐に思わずひるんだ心の隙に、魔王がつけ込んできたのです。ポチが彼らを怒らせてくれなければ、さらに深く心を縛られて、怖じ気づいてしまったところでした。

 エルフが静かに続けました。

「おまえたちには今、金の石の守りがない。以前と比べて、おまえたちはいろいろな意味で弱くなっているのだ。心を強く持ちなさい。闇に対抗する方法は、それしかない」

 フルートは思わず自分の胸元に手を当てました。その鎧の下にペンダントはありません。フルートはそのまま唇をかみ、手を伸ばして目の前の子犬を抱きしめました。

「ありがとう、ポチ。助かったよ」

 そう言われて、子犬は嬉しそうに尻尾を振りました。

「ワン、どういたしまして。失礼なことを言ってすみませんでした」

 けれども、ゼンは憮然とした顔のまま、つぶやきました。

「ホントにそれだけかぁ? なんか、本音もかなり混じっていたような気がするぞ……」

 

 すると、エルフが行く手に向き直って言いました。

「さあ、見なさい。あれが北の大地だ」

 えっ!? とそちらを見た少年たちは、思わず息を飲みました。いつの間にか、すぐ目の前まで陸地が迫っていたのです。

 それは一面真っ白な大陸でした。深い緑色の海の上に横たわり、けむるような靄(もや)に包まれています。ポチが耳を動かしながら言いました。

「ワン、音が聞こえます! なんだか、すごく大きな音が、あちこちからたくさん……」

「大地の氷が割れていく音だ。今、その姿を見せてやろう。これが魔王のしていることだ」

 エルフはまたワシの手綱を繰りました。鳥がいっそう速く飛び始めます。その行く手に、白い大陸がぐんぐん迫ってきました――。

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