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第5巻「北の大地の戦い」

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11.戦闘

 突然外から襲ってきた黒い影は、あっという間に猟師小屋を粉々にしていきました。太い大きなくちばしがひらめき、窓だけでなく、壁板も柱も砕いていきます。

 少女たちは小屋の奥へと後ずさりました。一番手前に立つメールが他の二人をかばうように片腕を伸ばし、敵を見据えます。けれども、ここは屋内です。メールが得意とする花使いの技は、ここでは使えません。

 すると、すさまじい音をたてて、小屋の壁が一気に崩れ落ちました。もうもうと砂埃が巻き上がる中、影が小屋の中に入りこんできます。――それは、メールが今まで見たこともなかった怪物でした。

 頭はワシにそっくりで太く鋭いくちばしがあります。頭の両脇に短い耳がぴんと突き出していますが、体の前半分は確かに鳥で、首も胸も背も羽根におおわれて、背中には二枚の大きな翼があります。前足もかぎ爪がついた猛禽類の足をしているのですが、体の中ほどから急に短い毛におおわれた獣の体に変わり、後足と尾はまるでライオンのようです。猟師小屋と同じくらい巨大で、全身ぬれたような黒に輝く怪物でした。

 すると、ポポロとルルが同時に息を飲みました。

「グリフィン!」

 メールは驚いて振り向きました。

「あんたたち、あいつを知ってんの!?」

「天空の国にいる神獣よ! だけど、どうしてこんなに真っ黒なの!?」

 と信じられないような声を出すルルに、ポポロが言いました。

「闇の国のグリフィンなのよ! 気配がするわ!」

「闇――!」

 メールは、はっとしました。ゼンの父親がフルートたちに「用心しろ」と言っていたのはこのことだったのだ、と一瞬で理解します。闇はいつの間にかまた、彼らと世界に手を伸ばし始めていたのです。

 

 メールはポポロにどなりました。

「外へ! 逃げるんだよ!」

 ポポロがはじかれたように入り口のドアに飛びつきました。ところが、いくら押しても引いても、ドアはびくともしません。まるで鍵でもかけられたように、まったく動かないのです。

「開かないわ!」

 とポポロが泣き声を上げました。メールは舌打ちをすると、迫ってくるグリフィンをにらみつけました。巨大な体と翼が小屋いっぱいに入りこんでいます。

 すると、怪物が少女たちを吟味するように頭を下げて見回してきました。とっさに、メールはかたわらにたたんであった毛布をつかむと、勢いよく怪物に投げました。毛布がばっと広がって、怪物の頭を包み込みます。

 ギエェェ……!

 突然視界を奪われたグリフィンが声を上げて頭を振りました。その隙にメールは仲間たちに叫びました。

「今だよ! 外へ!」

 そして、自分が先頭を切って駆け出し、毛布を外そうともがく怪物のかたわらを駆け抜けて、外へ飛び出していきました。その後にポポロとルルが続きます。

 森の空気は、夏とは思えないほど冷え切っていました。木陰に小さな花がいくつか揺れているのが見えましたが、この寒さに元気をなくしています。それでも、メールは必死で呼びかけました。

「花たち! お願いだ、来ておくれよ!」

 とたんに、森のいたるところから雨が降るような音がわき起こりました。小さな虫の群れのように花が飛んできて、メールの目の前に集まります。花使いの姫がさっと手を振ると、とたんにそれは一匹のサルに変わりました。グリフィンに負けないほど大きな、花でできたサルです。

 メールは小屋の中を指さして命じました。

「お行き!」

 花ザルがキイッと鋭い声を上げて、小屋の中へ飛び込んでいきました。

 ところが、サルが飛びかかるより早く、グリフィンは頭の毛布を引き裂き、足で踏みにじって振り返ってきました。鋭いくちばしでサルの胸をまともに突き刺します。ばっと花が飛び散り、一瞬獣の姿が崩れました。が、次の瞬間、花はまた寄り集まってサルに戻ると、長い両手を振りかざして、グリフィンへつかみかかっていきました。

 

 メールは両手を伸ばして花ザルを操り続けていました。やはり、この寒さは花たちにはあまり都合がよくありません。一瞬でも気を抜けば崩れ落ちそうな花たちを、メールは必死で支え、動かし続けていました。そうしながら、背後のポポロとルルにどなります。

「早く、逃げるんだよ! あいつは闇の生き物だ。あたいたちには倒せないんだよ! フルートたちを探して連れてきて――!」

 その瞬間、グリフィンの鋭い前足が花ザルをまっぷたつに引き裂きました。ざーっと音をたてて花たちが崩れます。冷たい空気の中、メールは額に汗さえ浮かべながら、必死で呼びかけました。

「がんばりな、花たち! 負けるんじゃないよ!」

 引き裂かれたサルが、二匹の花トラに変わりました。大きく吠えて、左右から同時に怪物に飛びかかっていきます。

 ところが、グリフィンは巨大な黒い翼を打ち合わせて宙に飛び上がると、二匹のトラ目がけて舞い下りてきました。トラがかぎ爪のついた巨大な足の下敷きになります。

 メールは思わず悲鳴を上げました。グリフィンの足の下で、花が見る間に踏みにじられていきます。

 すると、シュン、と音をたててルルが空に舞い上がりました。その体がふくれあがって、幻のような風の犬に変わります。白い霧が流れ渦巻く中で、トレードマークの銀毛がきらめきます。

 ルルが少女たちに叫びました。

「フルートたちを探してきて! ここは私が食い止めているから、早く!」

 グリフィンが襲いかかってきました。ルルはすばやく身をかわすと、猛烈な勢いであたりを飛び回り始めました。スピードに乗るにつれて、白い体が次第に鋭さを増していきます。体に触れた木の枝がすっぱりと切り落とされ、木の幹にナイフで切りつけたような傷痕がつきます。ルルは「かまいたち」の現象を利用した風の刃の攻撃ができるのです。

 グリフィンがルル目がけてくちばしを突き出してきます。ルルの風の体が一瞬まっぷたつになり、次の瞬間、またひとつに戻りました。そのまま身をひねらせて、怪物にまとわりつきます。すると、ばっと黒い羽根が飛び散りました。残念ながら、攻撃は怪物の体までは届きませんが、面食らったように、怪物がたじろぎます。

 呆然とその戦いを見つめるポポロの腕を、メールがぐいと引っ張りました。

「おいで、フルートたちを見つけなくちゃ! どこにいるかわかるかい!?」

「あ……」

 ポポロはあわてて森の奥を見透かしました。魔法使いの目で少年たちを探し、やがて、顔色を変えてまた立ちすくみました。

「フルートたちが――!」

 その緑の瞳は、となりの赤峰の方向を見つめていました。

「怪物と戦ってるわ! あれは――あれは――バジリスクよ!!」

 ことばの最後の方は、もう悲鳴でした。メールも真っ青になります。メールも、バジリスクの恐ろしい噂なら聞いたことがあったのです。

 

 その時、突然犬の悲鳴が響きました。

「キャウン!」

 ルルがグリフィンにつかまって振り回され、太い立木の根元にたたきつけられたのです。風の犬はどんな物理攻撃も平気で流してしまいますが、首に巻いた銀の首輪だけは唯一の弱点です。そこをグリフィンにくわえられて、まったく抵抗できずに振り飛ばされてしまったのです。首輪を食いきられなかったことだけが、不幸中の幸いでした。

「ルル!」

 叫んだポポロとメールの目の前で、ルルがまたゴオッとうなりをあげて空に舞い上がりました。風の刃でグリフィンに切りつけていこうとします。すると、怪物が真っ黒な翼を広げました。大きく羽ばたくと、どっと強い風が巻き起こり、風の犬のルルを押し戻してしまいます――。

 風の中にポポロが立ち上がりました。黒い衣の袖と裾を激しくはためかせながら、懸命に風に逆らって立ちます。緑の大きな瞳が燃えるように輝きだしています。

「メール、できるだけあたしのそばにいて」

 とポポロはかたわらの友人に呼びかけました。毅然としたその顔と声は、ついさっきまで、フルートに声をかけられなかった、メールがうらやましい、と半べそをかいていた少女とは別人のようです。メールは思わず息を飲むと、素直にポポロのすぐそばまで身を寄せました。 すると、ポポロは今度は風の犬に呼びかけました。

「ルル、そのままよ! 風のままでいてね! 絶対に元に戻っちゃダメよ!」

 ルルは、はっとして、ぐんと遠くへ飛びました。そのまま上空で渦を巻きます。

 ポポロは黒い衣を着た両腕を思い切り前に伸ばしました。一方の手はグリフィンを、もう一方の手は隣の赤峰をさしています。ポポロがひとりごとのように言いました。

「うまくいくかどうかわからないわ。一度に二箇所に魔法をかけるなんて初めてだから……でも、やらなくちゃ……!」

 ポポロの魔法使いの目は、目の前の黒いグリフィンだけでなく、恐ろしい視線でフルートたちを石にしようとしているバジリスクの姿も同時に捉えていたのでした。その両方の敵に向かって、呪文を唱え始めます。

「レオコー……テイツリオコークタカ……」

 強力な冷凍魔法の呪文でした。たちまちあたりの空気が温度を下げて冷え始めます。ポポロの小さな姿が淡い緑の光を放ち、まるで緑の炎に包まれたように揺らめき始めます。メールは思わず呼吸さえ止めて、少女の姿を見つめてしまいました。小さくて華奢でかわいいポポロ。けれども、この魔法使いの少女は、その身のうちに、誰よりも強力で激しい魔法の力を秘めているのです――。

 

 ところが、ポポロが呪文を完成させて魔法を発動させようとした瞬間、出しぬけに目の前の空に一人の男が現れました。黒ずくめの服を着た痩せた男です。宙に浮かんだまま、薄青い目を少女たちに向けると、ふいに、にんまりと笑いました。

「見つけたぞ、力」

 その冷酷な目は、まっすぐポポロを見つめていました。

 とたんに、ポポロが声もなくその場に崩れました。意識を失って倒れてしまいます。メールはびっくりして飛びつきました。

「ポポロ! ポポロ!?」

「ポポロ!」

 ルルも悲鳴のように叫んで飛んできました。ポポロは真っ青な顔で地面に倒れたまま、ぴくりとも動きません。

 メールは突然空に現れた男をにらみつけました。

「あんた、誰さ! いきなり何をすんだい!?」

 ところが、男の顔を見たとたん、ルルは鋭く息を飲みました。幻のような白い体を激しく揺らめかせて、じりじりと後ずさりを始めます。

「……魔王……」

 とつぶやきます。メールはまたびっくりしてルルと男を見比べました。

 男がルルに目を向けました。薄笑いを浮かべるその顔は冷酷そのものです。

「魔王になりそこねた臆病者の犬か。わしを感じることだけはできるようだな」

 どこか獣じみた、うなるような低い声でした。ルルは打ちのめされたように全身を震わせ、さらに後ずさっていきました。闇の声の戦いでデビルドラゴンに取り憑かれ、危なく魔王にされかけた彼女は、あのときと同じ圧倒的な恐怖に襲われて、声を出すことも立ち止まることもできなくなっていました。

 メールも全身に鳥肌が立つのを感じました。このままここにいては危険だ! と直感が叫んでいます。けれども、ポポロを置いて逃げるわけにはいきません。メールはありったけの勇気を振るってポポロの前に飛び出していきました。

「花たち! 花たち、お願いだよ! 来ておくれ――!」

 花の大半は、さっきグリフィンに踏みにじられて力尽きていました。けれども、メールが必死で呼び続けると、かろうじて生き残っていた花たちが、また宙に舞い上がりました。強く大きな獣を形作るには、あまりにも少なすぎる数ですが、それでもメールの呼びかけに応じて集まってきます……。

 

 魔王はそんな花使いの姫にはまったく目もくれずに、倒れているポポロに向かって手を伸ばしました。ぐい、と引き寄せるような動作をしたとたん、地面からポポロの小さな姿が消え、次の瞬間、魔王の腕の中に現れました。ぐったりと気を失ったまま、魔王に抱きかかえられます。

「ポポロ!」

 ルルが悲鳴を上げました。恐怖も何もかも一瞬で振り飛ばすと、猛烈なうなりをあげて魔王に飛びかかっていきます。風の刃がひらめき、男の肩口を切り裂きます――。

 けれども、魔王は血を流しませんでした。見る間にその傷がふさがっていきます。ルルはまたうなり、空中で激しく渦を巻きました。

 とたんに、メールの声が響きました。

「お行き、花たち!」

 花が細い蛇のように絡み合って、するすると伸び、魔王を縛り始めます。身動きができなくなった男に向かって、またルルが襲いかかっていきます。

 すると、男が口を開きました。

「おまえたちもなかなか面白い力を持っているな……。よかろう、一緒に来い」

 次の瞬間、男を縛っていた花が、ばっと飛び散りました。切りかかっていったルルが見えない壁に跳ね飛ばされます。男はメールとルルに向かって引き寄せるように手を振りました。

「キャン!」

 ルルが突然風の犬から茶色の犬の姿に戻って、空中から落ち始めました。周囲に浮いていた花たちも、力を失ったように地面に落ちていきます。

「ルル!」

 メールは叫びました。花にルルを受け止めさせようとするのに、花を操ることができません。メールはあわててルルが落ちてくる下へ駆けつけて、抱きとめようとしました。

 すると、いきなり大きな力がメールをわしづかみにしました。グリフィンが巨大な前足でメールの体をつかんだのです。もう一方の足には犬になったルルの体をつかまえています。

「ルル! ――ポポロ!」

 メールはまた叫びました。犬も少女もそれぞれの敵につかまったまま、ぐったりと動かなくなっています。

 とたんに怪物の前足に胸を締めつけられて、メールは息ができなくなりました。その細い腕が、力なく垂れ下がります。

 黒ずくめの男は、ポポロを抱きかかえたまま空中から姿を消しました。グリフィンも、黒い翼を打ち合わせると、前足にルルとメールをつかんだまま、まっすぐ空に舞い上がっていきます。怪物が飛び去っていくのは北の方角でした。

 壁が崩れ落ちた猟師小屋、引き裂かれた花たち。踏み荒らされた土の上に戦いの跡を残して、森は静かになっていきました――。

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