空を飛ぶフルートたちの目の前で、鳥たちが次々に死んでいました。
先のトビと同じように、一瞬で石に変わって砕け散っていきます。たった今まで翼を打ち合わせて飛んでいたものが、爆発するように飛び散り、無数の小石になってしまうのです。少年たちは、身のうちが凍る思いでそれを眺めました。その光景は、否応なしに、昔戦った敵を思い出させます。
「くそっ……メデューサか!?」
ゼンがわめくと、フルートは青ざめながら首を振りました。
「メデューサに石にされたものは、こんなにすぐに砕けたりはしないよ。また別の怪物だ」
すると、ポチが眼下の森を見て声を上げました。
「ワン、フルート、ゼン! あれを見てください!」
赤峰の森が、見る間に枯れていました。枯れる――いえ、一瞬灰色に変わったと思うと、音をたてて崩れていくのです。森の木が石に変わって砕けているのでした。
「なんだ!? 何がいるんだ!?」
ゼンが身を乗り出して森の中へ目をこらしました。その顔色は真っ青です。自分の大切な狩り場が石に変えられ、消滅させられていきます。フルートが、あわててそんなゼンをポチの上に伏せさせました。
「危ない! 直接見ちゃだめだ!」
「でも……!」
ゼンは悔しさに歯ぎしりをしました。彼らの見ている前で、森はどんどん石に変えられ、崩れ落ちていきます。後に砂漠のような荒れ地が広がっていきます。
ポチは遠巻きに飛びながら、森が石に変わっていく場所へ近づいていきました。高度を下げていくと、森の奥から黄色い霧のようなものがわき起こっているのが見えてきました。森から飛び立った鳥が、その霧に出会ったとたん、羽ばたきをやめて森の中に落ちていきます――。ポチはびっくりしました。
「ワン、毒だ! 毒の霧まで出ていますよ!」
ゼンはまた歯ぎしりをしました。
「ポチ、あそこへ近づけ! 怪物にこれをお見舞いしてやる!」
と背中からエルフの弓矢を下ろして構えます。
けれども、フルートは言いました。
「だめだよ! ぼくたちは今、偵察に来てるんだ。防具だって身につけてない! 今は戦えないよ!」
「だが、森が……!!」
ゼンが悔し涙を浮かべてわめいた時です。
ふいに、森の中から一匹の生き物が飛び出してきました。鳥のように羽ばたきながら、一気に少年たちの目の前まで上昇してきます。
それは、意外なほど小さな生き物でした。せいぜいカラス程度の大きさしかありません。おんどりそっくりの頭をしていますが、その体はトカゲに似ていて、背中にはドラゴンのような翼があります。長く伸びた尾もドラゴンか蛇にそっくりです。
とたんに、ポチが息を飲みました。
「バジリスクだ!」
フルートも、ぎょっとしました。聞いたことがあります。南方の怪物で、毒の息を吐き、にらみつけたものを石に変えて粉々に砕いてしまうと言われています――。フルートは、とっさに叫びました。
「金の石!」
とたんに、ペンダントの石が輝きだして、金の光で子どもたちを包みました。
怪物が鶏のような頭を振ってにらみつけてきました。たちまち、周囲を飛び回っていた鳥たちが石に変わり、音をたてて破裂していきます。怪物の後ろを飛んでいた鳥たちも、次々に地上へ落ちていきます。バジリスクが放つ毒の息にやられたのです。
けれども、フルートたちは金の光に包まれて無事でいました。恐ろしい石化のまなざしも毒の息も、金の石の障壁が防いでいます。
「すごい……」
ポチが驚いていました。幼い頃からさすらいの旅をしてきたこの子犬は、バジリスクの噂もよく知っていたのです。その恐ろしいまなざしと毒の息で、周囲の生き物や植物を全滅させて粉々にするので、バジリスクが通り過ぎた後は一面の砂漠になってしまう、と言われていました。
バジリスクは何度もフルートたちをにらみつけてきました。黄色い目が怒りに燃え上がっているのが見えます。けれども、それでも金の光は少年たちを守り続け、まなざしも毒も寄せつけませんでした。
すると、ゼンがポチにどなりました。
「あいつに近づけ! これ以上森を破壊されてたまるか! 撃ち落としてやる!」
ワン! とポチは吠えました。敵の攻撃が効かないとなれば、ためらう必要はありません。まっしぐらにバジリスク目がけて飛んでいきます。その背中から、ゼンが次々にエルフの矢を放ちます――。
ところが、矢は怪物には一本も届きませんでした。バジリスクがにらみつけると、片端から砕けてしまいます。何度やっても同じことです。攻撃が効きません。ゼンはまた、ぎりぎりと歯ぎしりをしました。
すると、今度はフルートが炎の剣を抜きました。両手に握って頭上高く振りかざします。
「ポチ、そのまま!」
と言うなり、剣を勢いよく振り下ろします。すると、切っ先から大きな炎の塊が飛び出してきました。炎の剣は切ったものを燃え上がらせ、その先からは炎の弾を撃ち出すことができるのです。
ところが、バジリスクが空中でひらりと身をかわしました。小柄なだけあって敏捷な動きです。トサカのある頭をそらしてケーッと鋭い声を上げると、真っ黄色い霧を口からもうもうと吐き出し始めます。みるみるうちに毒の霧があたりを漂い始め、さらに多くの鳥たちがばたばたと地上へ落ちていきます。霧が降りかかった森も黄色く枯れていきます――。
フルートは唇をかみました。森の中を獣たちが必死で逃げまどっているのが見えます。その上に毒の霧が降りてきて、獣たちが転がるように地面に倒れていきます。ゼンが透きとおるほどに青ざめながら、その光景を見下ろしていました。森が見る間に死んでいきます。
フルートは必死で考え続けました。何とかしてバジリスクを止めなくてはなりません。何とかして……でも、どうやって?
とたんに、胸の上で金に輝いているペンダントが目に入りました。あれは闇の怪物。ならば、金の石の聖なる光が効くはずです。フルートはすぐさま剣を鞘に戻すと、首から鎖を外しました。ペンダントを右手に握りしめ、バジリスク目がけて突き出して叫びます。
「消えろ!」
澄んだ金の光がほとばしり、怪物の姿を包み込みました。
ところが――何も起きません。
フルートは驚きました。石をかざして呼びかけると、そのたびに金の光がバジリスクを照らします。ところが、怪物は少しも変わらず空に羽ばたき続けているのです。
「金の石が効かない……?」
フルートは呆然としました。
すると、ふいにバジリスクがフルートを見据えました。ドラゴンのような翼を打ち合わせて、まっしぐらに襲いかかってきます。
「ワン、危ない!」
ポチがとっさに身をひねって攻撃をかわしました。怪物のくちばしがポチの風の体の中を突き抜けていきます。金の障壁は、バジリスクの直接の攻撃を防ぐことができません。
フルートは、とっさに怪物を振り返りました。空いている手でまた剣を引き抜いて切りつけようとします。
すると、また怪物が突撃してきました。炎の剣の下をかいくぐり、フルートがまだ右手に持ったままでいた金の石に襲いかかってきます。フルートが、はっとした瞬間には、もうペンダントは手の中にありませんでした。怪物が金の鎖をくわえて奪い去っていくのが見えます。
「金の石が――!!」
フルートは叫びました。予想もしていなかった事態です。バジリスクがペンダントをくわえたまま、猛烈なスピードで飛び去っていきます。
「ワン!」
ポチがすぐさま方向転換して怪物を追い始めました。風の飛翔でみるみるうちに追いついていきます。
すると、バジリスクが振り返りました。とたんにゼンがフルートに飛びつきました。
「伏せろ!」
フルートをポチの上に押し倒し、自分も身を伏せます。とたんに頭上を飛びすぎていた鳥が爆発しました。竜のように長いポチの体も後ろ半分が灰色の石になり、次の瞬間、音をたてて破裂します。
「ギャン!!」
ポチが悲鳴を上げました。まっさかさまに墜落を始めます。その白い霧のような体は半分にちぎれていました。
「ポチ! ……ポチ!!」
フルートが必死で叫びます。ゼンは落ちながらバジリスクの方を見ました。鶏の頭の怪物は、恐ろしいまなざしを前に向け直して、まっすぐ南へ向かって飛んでいきます。その行く手で森がどんどん石に変わり、音をたてて崩れ落ちていきます――。
ポチが白い頭を上げました。墜落が止まり、体が宙にふわりと浮きます。次の瞬間、石になって砕けた後ろ半分の体も再生して、長く空に伸びました。
「ワン、すみませんでした! 追いかけましょう!」
そう言ってまた飛ぼうとするポチを、フルートはあわてて止めました。
「待って、ポチ、闇雲に追いかけてもだめだ! 金の石を盗られたんだから、もう障壁が張れない。また『にらみ』を食らって石にされるよ!」
「ワン、ぼくは風の犬だから石にされたって平気です! フルートたちはぼくが守ります。ペンダントを取り返さないと――!」
そう言い続けるポチを、フルートは必死で抱きしめました。
「だめだ、だめだよ、ポチ! そんなことをしたら、きみが消えちゃうよ……!」
ここまでの長い付き合いでフルートにはわかっていました。いくら風の犬でも、大きすぎるダメージを食らうと、風の体が薄れて消えてしまいます。体が消失してしまったら、もう二度と元の犬の姿には戻れなくなるのです。
バジリスクに石化された体を再生したので、ポチの体は前よりも薄くなっていました。こんなことを繰り返していたら、間違いなく消失してしまいます。それでもバジリスクを追いかけようとするポチを、フルートは泣きそうになりながら引き止め続けました。
「距離を置くんだ! あいつがどこへ行くか確かめよう。金の石を取り戻すのは、それからだよ――!」
ゼンも低い声で言いました。
「あいつが行くところは、森が壊れて砂漠になる。跡をつけるのは簡単だ」
そのまま、唇をかんで山肌の森に広がる砂漠をにらみつけます。それはバジリスクが飛んでいった方向を示す道しるべでした。
「ワン、わかりました……」
とポチは答えると、スピードを落とし、森のすぐ上まで降下しました。緑豊かな北の山脈の森。その中に砂の荒れ地が道のように延々と伸びています。本当に、草一本、虫一匹見あたらない死の道です。
道は赤峰の尾根を越えて山の向こう側まで続いていました。そちらからも、森の鳥や獣たちが大騒ぎして逃げまどう声が聞こえてきます。ポチはまた、ぐんとスピードを上げると、砂の道に沿って飛び始めました――。