「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第5巻「北の大地の戦い」

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2.出発

 フルートとポチが家に飛び戻ると、お母さんは家にいませんでした。

「ワン、どこへ行ったんでしょうか?」

 ちょっと気がかりそうな顔をするポチに、フルートは答えました。

「町に行ったんだと思うよ。ちょうどいいさ。今のうちに出かけよう」

 そう言って足早に自分の部屋へ入っていくフルートを、ポチは首をかしげて眺めました。フルートは勇者として旅立つとき、両親にあまりそれを知らせたがらないのです。両親がそばにいる時には別ですが、わざわざ両親を捜し出して、別れを告げてから出かけようとはしません。息子が黙って旅立ってしまったと知ったら、お母さんは後でとても悲しむのになぁ、とポチは思わず考えてしまいました。

 すると、フルートが部屋の中から呼びかけました。

「ポチ、ごめん! 荷物をそろえてよ! ぼくは支度をするから!」

 部屋の中からフルートのリュックサックが放り出されてきます。荷物をそろえると言っても、フルートのリュックサックはほとんどいっぱいになっています。いつでもすぐ旅立てるように、必要なものは常に準備してあるのです。あとは食料や水、薬草といったものを入れればいいだけでした。ポチはリュックサックの紐をくわえると、慣れた様子で台所へ引きずっていきました。

 

 部屋の中ではフルートが手早く支度をしていました。汗まみれになった服を脱いで、別の普段着に着替えます。服を着るのさえ嫌なくらい暑いのですが、長袖の上着と長ズボンを身につけ、その上に金の鎧を装備していきます。すっかり鎧をつけ終わると、とたんに周りの暑さを感じなくなりました。フルートの金の鎧には、暑さ寒さを防ぐ魔法の力があるのです。鎧の下には普通、鎖かたびらというものを着るのですが、それも必要ありません。しかも、あらゆる衝撃を和らげ、重さもほとんど感じることがないという優れものです。

 次に、フルートは壁から黒と銀の二本の剣を下ろすと、背中で交差させて、剣帯を胸の前で留めました。赤い石がはまった黒い剣は、炎の剣と呼ばれる魔剣、銀の剣も、銘こそありませんが使い勝手の良い名刀です。この銀のロングソードは、初めて魔の敵と戦った時に剣の師匠のゴーリスからもらったものでした。

 それから、フルートはベッドの下から魔法のダイヤモンドで強化された盾を取り出し、金の兜と一緒にベッドの上に置くと、机の引き出しを開けました。そこには魔法の金の石をはめ込んだペンダントがしまってあります――。

 とたんに、少年は意外そうに目を見張りました。花と草の透かし模様をほどこした金のペンダント。その真ん中で、魔法の石はまだ灰色のままだったのです。

 フルートはペンダントをとりだして、つくづくと眺めました。石は闇の敵が現れて世界に危険が迫ってくると、目覚めて金色に変わり、鈴を振るような音をたてて勇者を呼びます。それがまだ眠ったままだとすると、ゼンのところでは、いったい何が起きているというのでしょう……?

 その時、台所からポチが呼びました。

「ワンワン、フルート、準備できましたよ! ただ、水筒だけはぼくには無理だから、自分でお願いします!」

 フルートは我に返ると、ペンダントを首から下げて、鎧の胸当ての内側にすべり込ませました。いつでもそこがペンダントの定位置です。そうして、フルートは急いで台所へ行きました――。

 

 十分後、フルートはまた風の犬に変身したポチに乗って、荒野の彼方の北の峰目ざして空を飛んでいました。

 彼らがいる間に、とうとうお母さんは戻ってきませんでした。ポチは町中に回ってお母さんにあいさつしてから行きたかったのですが、フルートがそれを許しませんでした。

「ぐずぐずしてはいられないよ。何が起こっているかわからないんだから、急がなくちゃ」

 とフルートは言いましたが、ポチには、フルートがお母さんに見つからないうちにこっそり出発したがっているように見えました。水くさい態度が、フルートらしいようなフルートらしくないような、不思議な感じです。

 少年は今は金の鎧兜を身につけて、じっと行く手だけを見つめています。厳しいまなざしは、牧場で牛を相手に働いていたときとは別人のようです。青く浮かぶ山脈の向こう側に、もっと別の何かを見すえているような目つきでした。

 

 すると、ふいに彼らの上に黒い影が落ち、ばさりと大きな羽音が聞こえてきました。はっと見上げた少年たちの目に飛び込んできたのは、巨大な鳥の姿でした。ただの鳥ではありません。色とりどりのその羽根は、本物の生きた花でできています――。

「メール!」

 フルートとポチは思わず歓声を上げました。

 西の大海を統べる渦王の一人娘メールが、花鳥の背に乗って彼らの頭上を飛んでいました。すらりとした長身に、色とりどりの袖なしシャツとうろこ模様の半ズボンを身につけ、ひとつに結った長い緑の髪を風になびかせています。相変わらずとても美人ですが、その表情は全然女の子らしくありません。空を飛ぶフルートたちに向かって、にやりと少年のように笑って見せます。

「追いついたね。あんたたちもやっぱりポポロに呼ばれたんだ」

「さっきね。どうやってここまで来たの? 花鳥で?」

 とフルートは尋ねました。話し合う子どもたちの間を、風がひゅうひゅうと吹き抜けていきます。

 メールは花鳥の上で肩をすくめました。

「まっさか。西の大海は世界の裏側にあるんだ。いくら花鳥でも、そんなに速く飛べるわけないだろ。魔法の水路を通って魔の森の泉まで泳いできたのさ。マグロに乗ってね。で、そこから花鳥で飛んできたんだよ」

 魔の森はシルの町の西側にあります。泉の長老の魔法で守られた聖なる場所で、中央にある泉は、メールの言うとおり西の大海ともつながっています。よく見ると、メールが乗っている花鳥には、泉のほとりに咲いている青と白の星のような花がたくさん混じっていました。メールは半分森の民の血を引いていて、花を操って思うままのものを形作ることができるのです。

 フルートはうなずきました。

「長老には会った? 何かおっしゃってたかい?」

 すると、メールがまた肩をすくめ返しました。

「それがさ、いなかったんだよ。泉にはだぁれもいなかった。しょうがないから、無断で森の花を借りてきたんだけどさ。水の守り主が自分の持ち場を離れるってのは、すごく珍しいことだと思うよ」

 フルートも思わず驚きました。泉の長老は二千年以上もの間、魔の森と泉を守り続けた偉大な魔法使いです。世界中の泉をつかさどっていて、フルートたちが訪ねると、必ず泉の上に姿を現しました。長老が泉にいなかったことなど、今まで一度もなかったのです。やっぱり、どこかで何かが起き始めている気がして、なんとなく胸騒ぎを覚えます。

「急ごう」

 とフルートは仲間たちに言いました。いっそう真剣な顔になっています。

 すると、メールが言いました。

「こっちに乗りなよ。その方が楽だよ」

 そこで、ポチはフルートを乗せたまま花鳥の背中に飛んでいって、子犬の姿に戻りました。メールは乗り込んできた仲間たちに、またにやりと笑って言いました。

「あんたたちに花鳥がどのくらい速く飛べるか見せてあげるよ。しっかりつかまってな!」

 そして、メールは鳥に向かって一言、お行き! と叫びました。とたんに、花鳥はぐんとスピードを上げ、まるでつむじ風のような勢いで空を飛び始めました。ごうごうと猛烈な向かい風が吹き出し、地上が入り混じった色の流れに変わります。フルートは危なく吹き飛ばされそうになって、あわててポチを抱きしめて花鳥にしがみつきました。

 けれども、花使いの姫は少しも動じることなく、強風の中で頭を上げ続けていました。日の光にきらめきながらなびく髪は、まるで渦巻いて流れる緑の炎のようです。その激しく美しい姿を、フルートは鳥の背中から眺めるともなく見つめてしまいました。メールは海の王の娘です。勇猛な海の戦士の血を体の中に受け継いでいるのでした。

 行く手の山脈が、みるみるうちに近づいてきました――。

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