シルの町のはずれに、小さな家がぽつんと建っていました。そのすぐ目の前は、もう荒野です。名もない草が大地をまばらにおおい、その緑を濃くしています。
朝の光が家と荒野を照らしていました。穏やかな景色の中に響いているのは、ただ鳥のさえずりと風の音だけです。いつもと変わらない、静かな朝の風景でした。
家の台所で、フルートのお父さんとお母さんが朝食を取っていました。先に食べ終わったお母さんが、食後のお茶をいれるために立ち上がります。お父さんは朝食を食べ続けています。二人とも何も言いません。静かな荒野と同じくらい、家の中も静かで穏やかでした。
すると、荒野の遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきました。かすかなその音は、次第にこちらに近づいてくるようでした。
お父さんが顔を上げて窓のほうを見ました。
「一頭じゃないな。二頭いるぞ。こんな時間に誰だろう?」
お母さんが窓へ歩み寄って大きく開け放ちました。とたんに、ワンワンと吠える犬の声が聞こえてきました。馬の蹄の音と一緒にこちらに近づいてきます。
お母さんが悲鳴のような声を上げました。
「あなた――!」
窓の外を指さしたまま、立ちすくんでしまいます。お父さんは椅子から飛び上がり、窓の外を一目見ただけで、そのまま家の外に飛び出していきました。その後から、お母さんも駆け出します――。
フルートとゼンは荒野に馬を走らせていました。二人が乗っているのは、フルートの馬のコリンとゼンの馬の黒星です。二人は天空の国からまたハルマスのゴーリスの別荘に戻り、そこから自分たちの馬でシルの町まで戻ってきたのでした。
ポポロとルルは両親と共に天空の国へ残り、メールは天空王の魔法で西の大海の自分の城へ送り届けられました。別れ際に「きっと近いうちにまた会おうね」と約束しながら。その後、フルートとゼンは馬を精一杯走らせ、十日近くかかる道のりを一週間で走り通して、やっとフルートの家までたどりついたのでした。
ポチがゼンの荷袋から顔を出して元気に吠えました。
「ワンワンワン! お父さんだ! お母さんも出てきましたよ! 二人とも変わりなさそうだ!」
フルートたちはいっそう馬を速めました。急停止するように家の戸口の前で止まらせ、馬から飛び下ります。
そこには、お父さんとお母さんが立っていました。何も言わずに子どもたちを見つめています。その顔は喜びに輝き、お母さんの目には薄く涙が光っていました。
フルートは、両親の前に立ちました。その後ろでは、ゼンがちょっと照れたように笑いながら、フルートと両親の再会を見守っています。荷袋の中からポチが抜け出して、ぴょんと皆の足下に飛び下ります。
フルートは、金の兜を脱ぐと、両親に向かってにっこり笑って見せました。
「ただいま、お父さん、お母さん」
「……おかえり、フルート。ゼン、ポチ」
お父さんとお母さんが答えました。腕を広げ、帰ってきた子どもたちを次々に抱きしめます。
荒野ではすっかり緑の濃くなった景色が風に揺れています。
すでに五月は終わりに近づき、季節は移り変わろうとしていました。
荒野を吹き渡る風は、もう初夏の匂いでした――。
The End
(2006年7月2日初稿/2020年3月13日最終修正)